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野菜の女王様
艶花は夜開く
(吉永さん家のガーゴイル)
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田口先生ごめんなさい

西に傾いた夕陽が山々を茜色に染めていた。
まだまだ残暑は厳しいが、朝夕の風には秋の気配が感じられる。
御色町立第一小学校は、町を見下ろす山の麓に建っている。
そして学校の裏山には、主(ヌシ)と呼ばれる存在がいた。
それは錬金術によって生み出された、女性の姿をした植物で、名をオシリスという。
オシリスは全身から生やした触手をじゅるじゅるとうねらせ、山頂に続く小道をゆっくりと歩いていた。
優雅なステップに合わせてたわわに実ったメロンのような豊乳と、右手に下げたビニール袋がリズミカルに揺れる。
ビニール袋の中身は、駅前にある南口商店街の人々からの差し入れである。
自らの製作者であるヒッシャムとともに、山小屋で暮らすオシリスは商店街と契約して、連日アーケードの下で踊っている。
年末商戦に合わせ全身に電飾を施したときなどは、踊るクリスマスツリーとして地方紙の一面にも掲載されたほどで、今ではすっかり商店街の名物になっていた。
全てヒッシャムの生活費を稼ぐためである。
タイムサービスで売れ残ったカレイの唐揚や大根の煮物といった差し入れの品も、時として白米と塩だけで糊口を凌ぐヒッシャムには、天からの贈り物に等しい。
優秀な錬金術士ではあるが、専門分野意外の知識に著しく欠けるうえ、絶望的に世渡りが下手糞なヒッシャムだった。
オシリスがいなかったら、とうの昔に餓死しているところである。
(ま、だからこそ放っておけないのじゃがな)
オシリスは小さく肩をすくめた。

木々の間から山小屋が見えてきた頃だった。
首から下げた携帯電話が、軽やかな着信音を奏でた。
オシリスが、胸の谷間に埋まった携帯電話を手にとって、液晶画面に表示された文章を読む。
『鉄道橋下の堤防で待つ』
それだけだった。
携帯を操作し、発信元を表示すると、ヒッシャムの携帯電話から打たれたものだった。
常に鬱陶しいほど饒舌なエジプト人からのメールにしては、いつになく素っ気無い。
いやな予感がした。
携帯電話を元にもどしたオシリスは、地面の下に姿を消した。
地上を走るより地中を泳いだほうが速いのだ。
御色川の河川敷で地面に出て、堤防にあがったオシリスは、周囲を見回した。
堤防の土手道を鉄橋に向って歩いていると、黒塗りのワゴン車がオシリスの横を通った。
オシリスを追い越したワゴン車は、道路に横になって停まった。
中から六人の男が出てきた。
明らかにただの人間ではなかった。
暴力を生業としている人間が持つ暗さが、男たちの面貌にはあった。
さて、とオシリスは考えた。
男たちを叩き伏せることは容易だった。
本気で暴れるオシリスをどうにかするには、自衛隊を呼ぶしかない。
やくざ者の五人や十人程度、フンコロガシほどの役にも立たない。
無視して地中に逃げることも出来たが、先刻のメールも気になる。
ためらっている隙に、男たちがオシリスを取り囲んだ。
『何の用じゃ?』
声帯を持たないオシリスは、携帯電話を使って会話する。
「へへっ、たまんねえ身体してるじゃねえか」
男の一人が口笛を吹いた。
軽薄に嗤いながら、無造作にオシリスの乳房に手を伸ばす。
「今は駄目だ」
別の男が、その手を抑えた。
あきらかに他の男たちとは貫禄が違った。
剥き出しの腕が太かった。
剛毛に覆われている。
オシリスの乳房に触ろうとした男は、不承不承といった様子で、後ろに下がる。
「おたくもその物騒なものを引っ込めてくれ」
そう言われてオシリスは、いまにも光線を発射しようとしていた触手を体内に仕舞った。
「さて、用件に入るが」
リーダーとおよぼしき男が口を開いた。
「ちょいとツラかしてもらいてェ」
他の男たちは無言でオシリスを見ていた。
粘ついた視線だった。
「インド人のおとしまえをつけてもらいてェ」
ヒッシャムのことだろうと、オシリスは思った。

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