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砂漠の陽炎
(西村寿行×イヴの林檎・他)
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街灯が寒々しい光を投げかける寂しい夜道を、ファミレスで編集とのネームの打ち合わせを終えた一人の女が歩いている。
女の名は宮前綺羅。
月刊シルフェニアに不定期連載の仕事を持つ、どこにでもいるスパークする成年コミック作家である。
二人連れの男が背後から近づいていることに綺羅が気付いたのは、東京中野区の、哲学堂に近い一角を一人で歩いているときだった。
男たちはどうやら酔っ払いのようで、ろれつのあやしい口調で喋り合っていた。
日付は十月四日、時刻は夜の九時過ぎで周囲には他に人通りはない。
住宅街だからその時間になれば滅多に人は通らないのだ。
酔っ払い特有のつんのめるような足取りでアスファルトを踏み鳴らす靴音が、背後でどんどん大きくなる。
二人の男は足を早め、綺羅との距離をぐんぐん縮めていく。
綺羅は歩調を崩さなかった。
二人の男がご機嫌のあまり、何かを話しかけるか、からむかしようとしていることは、気配でわかっていた。
「酔っぱらったってだ、なにも法に触れてるわけじゃねえや。そうだろうが」
すぐ後ろまで迫った足音の一人がだみ声で言った。
仲間に言ったのか綺羅に言ったのかはわからない。
それを聞いた綺羅は笑った。
唇の端を吊り上げる、あまり行儀のよろしくない笑いだった。
(私に触れたらタダじゃ済まさないけどね)
心の中でそう呟く。
宮前綺羅は美人である。
しかも“超”の付く美人であると自負している。
見栄や虚勢ではなく客観的に見ても男の目を惹き付けずにはおかない、そんな容姿をしている。
まずプロポーションが日本人離れしている。
脚が長く、尻の位置が高い。
胸は豊かで腰は細く括れている。
髪は脱色を重ねて金髪と見紛うほど薄い茶色であり、肌は大理石のように滑らかで新雪のように白い。
そして彫りの深い端正な顔立ち。
これらが相俟って、黙って立っているだけで北欧出身のポルノ女優のような怪しい色香を醸し出している。
人気の無い、暗い夜道で女一人、背後から近づく酔っ払いときては警戒しないはずがない。
だから酔っ払いが不埒な真似に及んでくることはある程度覚悟していた。
だが乱れた足音を立てて綺羅の両脇を擦り抜けようとした二人が、胸や尻を触ってくるのではなく左右の腕を同時に押さえてきたときは、酔っ払いとは思えぬ素早く連携の取れた動きに虚を突かれた。
そして左の脇腹に鋭い痛みが走る。
左側の男の、自分の腕を押さえているのとは反対側の手に注射器が握られているのを、綺羅は見た。
ただの痴漢ではなかった。
男たちを振り払おうと綺羅は体を捻った。
綺羅は女性にしては長身で、それなりに荒事にも場慣れしていた。
だが二人の男は明らかに暴力の行使に熟達しており、巧みな体捌きで綺羅の抵抗を音もなく、吸い込むように殺いでしまった。
綺羅は体を沈めた。
沈めた反動で相手の鳩尾に肘を突き立てる、腕が緩んだらすかさず金的蹴りを…。
そう考えたものの、沈んだ体は自らの意思に反して起き上がろうとはしない。
注射は即効性で体が重くなると同時に意識が朦朧としてきた。
二人がぐったりと脱力した綺羅を両脇から抱え、何事もなかったかのように歩き出した。
「いい体を、しているじゃないか」
男の片方がそう呟き、服の上から綺羅の乳をまさぐっていた。
もう片方は無言でスカート越しに尻たぶを掴み、グニグニと揉んでいた。
やがて夥しい光が網膜を埋めた。
それが自分たちに近寄ってきた車のヘッドライトだということはかろうじて判った。
だがそこまでだった。
底知れない闇が綺羅を飲み込んだ。

闇の中に女がいた。
すらりと伸びた四肢を力無く投げ出し、一糸纏わぬ姿で闇の中に横たわっていた。
豊かな乳房も、悩ましい曲線を描く腰も、大きく張り出した臀部に脂の乗った太腿も、余すところなく曝け出していた。
暗がりの奥から男の手が伸びてきてシャツの襟を掴んだ。

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