第1話『横須賀鎮守府』


西暦197X年12月01日。

第二次世界大戦が終わって久しいはずのこの時代。

世界は新たな戦いの最中にあった。

どこからとも無く現れた敵が制海権を奪い去ったのだ。

既に7年と4ヶ月の間戦い続けているその敵を深海棲艦という。

彼女らは海上交通網を破壊したばかりか、港への攻撃を行い人類を海から遠ざけようとした。

日本も海上自衛隊を展開して防ぐが、ミサイルの直撃で沈まない人間大の敵には対処しようがなかった。

それに対し、今から3年半前、天皇家がある声明を出す。

古来よりの盟約者である付喪神を呼び出すというものだ。

聞いた人間たちは眉唾として受けていたが、実際その付喪神達は成果を出してみせた。

即ち艦娘である。

そして、戦力として採用されるに至った彼女達は確かな成果をあげ、量産が決定。

一年前には日本に4つの鎮守府が開設され防衛網が構築された。


その一角、横須賀鎮守府に開設と同時に着任した男。
提督と呼ばれる役職を持つ男は、ふぅっと息を漏らす。

「何も、このくそ寒い中演習なんぞしなくても……」
「何言ってるのよ。海の上はもっと寒いんだから。
 司令官がそんなことじゃ駄目よ!」
「駄目つってもな……。まあいい、雷」

提督が海上の戦闘から視線を外し隣で同様に海上戦闘演習を視察している雷を振り返る。
雷はそれに対し、不思議そうに提督を見上げる。

「なぁに? 司令官?」
「いや、少し頼みがあるんだが」
「言ってみて」
「ああ、帰っていい?」
「いいわけないでしょ!」

雷は期待が裏切られたかのように、少し頬を赤くしながら提督に怒鳴る。
海上では接戦状態になってきたらしく、互いに牽制しあって動きが緩慢になっている。
それをついて言ったのなら大したものだと雷は思うが首を振ってから提督に向き直る。

「本当はなにか別に言いたい事があるんでしょう?」
「雷はお見通しか、ちょっとね。
 先日不知火君が着任しただろう?」
「今模擬戦してるじゃない」
「まーな、でだ。彼女は実際どんな感じだ?」
「そうねー? ああ、そう言えばあの子も明石の洗礼をうけたみたいよ」

雷は少し渋い顔をする、彼女は明石に苦い記憶があった。
いかずちではなく、漢字からだろう。らいちーというニックネームを頂いていた。
らいじゃないわ、いかずちよと何度か抗議をしたが一部の艦娘達には広まった後だった。

「洗礼……あれか、それでなんて?」
「確か、ぬいちゃん・・・だったかしら?」
「ぬいちゃんね、ぬいぬいなんて可愛いと思うが」
「本人の前で言っちゃ駄目よ。かなり硬い感じの子だから」
「へーそうなのか、ってそうじゃなくてだな」

雷はお返しよと言う意味を込めてちろっと舌を出す。
それから真面目な顔に戻り。

「うん、まだ馴染んだとは言い切れないけども。
 夕張が面倒みてるし、この前の遠征帰りに襲われたのあるじゃない?」
「ああ、珍しく参謀殿が畏まって俺に報告に来てたな」
「まーね、真面目な参謀さんにしては珍しいぽかだったけど、それなりに意味もあったのよ」
「というと?」
「あの後、不知火と他の子達との距離が縮まったみたい」
「そうか……」

提督は考える素振りをするが、また目線を演習に戻す。
戦闘の行方は足柄のチームに傾きそうだった。
夕張と不知火のいるチームが最初は優勢に運んでいたように見えたが。
水面下から伊168が魚雷による一撃離脱を図ったため既に何隻か撃沈判定が出ている。
だが、練度の高い夕張を囮とし不知火が足柄に対し雷撃を敢行、中破判定まで持っていく。
そこで時間切れ、演習は終了となった。

「勝利は足柄チーム、しかし夕張チームも艦種的に不利なのによく頑張っていた。
 結果は足柄チームのB判定勝利とする」
「ええー? A判定じゃないの?」
「確かに優勢に進めてたが被弾が多い、特に最後の雷撃で中破判定が出ているしな」
「となると夕張チームの敢闘賞はぬいちゃんですね」
「いえ、ゆー……夕張さんのアシストのお陰です」

よそ見をしていた割にはテキパキと判断を下す提督に雷はなにか言いたげだったが口をつぐんだ。
実際その判定は公正であり、細部までよく見ていた。
真面目でこそないものの、それなりに鎮守府を切り盛りしているだけの事はあるのだろう。

「では、解散。ただし夕張は参謀殿が呼んでいるようだ、行ってやってくれ」
「司令官さん。参謀さんだけ殿呼びですけど……」
「あいつの方が優秀だろ? 俺はたまたま出世街道に乗るのが早かっただけでな。
 本当は逆が普通だろ?」
「あー、いえ。そのようなことは」
「ははは。まあそういうことだ。参謀殿にはよろしく伝えておいてくれ」
「はい、了解しました♪」

そう言うと夕張は不知火を伴って去って行く。
彼女は艦種こそ軽巡であるため、横須賀鎮守府最強ではないものの練度は並ぶ者はいない。
呉から送られてきた実験的強化案、ケッコンカッコカリ指輪を参謀と交わしているとの噂もあった。
なんともスピリチュアルな強化案であるため、まだ広まってはいないものの、実際それなりの効果はあるようだった。
名実ともに参謀の嫁の彼女だが気兼ねなく話せるので人気が高い。
提督の横で見ていた雷の目は少し吊り上って見えた……。

因みに、現在大本営は呉に移動している。
それは横須賀が一度壊滅させられているからだ。
今の横須賀基地は陸上自衛隊の基地しかなく、海上自衛隊基地跡の一部を流用して横須賀鎮守府を運営している。
横須賀駐留米軍も海上自衛隊と共に戦ってくれたのだが……結果は……。
だから、海上施設は横須賀鎮守府のみ。
有り体に言えば、重要度の低い鎮守府であるといえるかもしれない……。





『いつもしずかなうみへ』 
小笠原泊地攻略の章
第一話 横須賀鎮守府



提督や司令官と呼ばれるようになって一年、まだまだ首がこそばゆいがどうにかやっている。
一応既に参謀殿を提督に押しているので、その内立場が入れ替わるかもしれないが。
横須賀の防衛大で同期だった奴と俺は不思議と縁があったのだろう、卒業後も何度か職場を同じくしている。
あいつが俺よりも優秀だったのは事実で、いつも中庸な成績しか残せなかった俺と上位に食い込んでいたあいつの差はでかい。
まあ、その頃から既に怠け癖のあった俺は中庸以下だったのは否定できないが……。

ともあれ、俺は今提督席にて書類整理。
実際、隣の横須賀基地と比べれば微々たるものではあるだろうがその分事務処理をする人間が少ない。
参謀殿が優秀なお陰で、俺の所まで回ってくる書類は少ないもののそれでも日に100枚単位と言う事はざらだ。
それもたいてい、決算書類だの提案書だの稟議書だの許可を出す前に読み込みが必須な物ばかりで進みが遅い。
対外的な書類も面倒なものが多い、例えば艦娘の有用性に関する書類等は実戦データを踏まえた報告書をまとめねばならない。

といっても、参謀殿が結構やってくれるがただ参謀殿はやりすぎるきらいがあるため少し間引く必要もある。
ありていに言うと、目立って目をつけられると難題がまたぞろやってくるのだ。
上層部は艦娘を兵器として使い潰す気でいるのかもしれない。
倫理的に受け付けないと言う人も多いのだ。
人の意思がある兵器というものを。
だから過酷な命令を下して上手く行かなければ失点として艦娘不要論を掲げる。

実際今まで何度かそう言う例はあった。
もっとも、ならば深海凄艦に対し何を持って対抗するのかという結論にいきつき却下されたのだが。
因みにこれのたちの悪い所は、俺達が悪であることだ。
年端もいかない少女たちを戦に行かせて殺しているのだ。
そりゃ、これで善だったら何が善かと言う話だろう、隣で書類とにらめっこしている雷など小学生にしか見えない。
俺達は悪だ、少女を利用し戦う悪、だが必要悪でもある。

彼女らが現れるまで深海凄艦に対抗出来る艦はいなかったわけではない。
ただ、駆逐艦以上の艦ですら撃墜と撃沈の比率が2対1程度だっただけだ。
そう、二百人以上乗り込む船が相手の人間大小型艦艇2隻と対等なのだ。
つまり、実際の所の比較は200人で2隻潰すのが限界。
向こうは何万隻もいると言われている段階でそれだ。
人数比較しても何百万人、それ以前に戦闘艦艇を万以上作る等狂気の沙汰でしかない。
月刊空母を誇っていたアメリカですら不可能だろう。

だから、敵弾を回避し、直撃をくらっても直ぐに撤退させれば修復可能な便利な彼女達に頼らざるを得ない。
人的、金銭的、素材的それぞれの資源の消費は素材的な資源を除けば比較するべくもない。
人的資源は全く消費されないのだから圧倒的に優位だ。
金銭的にも、彼女ら自身の生活費及び艤装の整備費用、そして訓練や戦闘で消費する弾薬や艤装の整備のための資材の費用くらいか。
艤装の整備は個人ですら可能なので、建造費用も含め費用は10分の1程度ではなかろうか。
素材的な資材に関しては、それなりの量を必要とするが、燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトの4種類で事足りる。
実際、銅線やその他多数の資材は艦娘の艤装に使用されていないため負担はすくなくなっている。

もっとも、燃料や鋼材は日本に残る資源がそう多くない事もあって節約するしかないため厳しい。
だがそれは普通の艦を使った場合でも変わらないため意味はないだろう。
何より、先ほどの理由により艦娘は驚くほど撃沈される可能性が低い。
結果として、5隻撃沈以上のエースが鎮守府全体の9割を占めるという通常ではありえない比率を出している。
鎮守府で5指に入るような猛者は100隻以上の撃墜数を叩きだしている。
そんな、比較するのもおこがましいほどの結果を残しているからこそ今も艦娘はしぶしぶ上層部に認められているのだ。
いくら天皇陛下のお墨付きといえど、訳のわからない者に人類の未来を託したくないという思いが強いのだろう。

だから、逆に化け物と思われるような結果も芳しくない。
そのため、撃墜記録等は改ざんし可能な限り結果を薄めて書いている。
例えば最高練度を誇る夕張の撃墜記録は23隻となっている、が、実際は十倍以上だろう。
知っているのは記録をつけている参謀殿だけだ。
何せ正確に報告すると、実験しようとする輩や、恐怖で前が見えなくなって排斥しようとする輩が出てくるからだ。
下手すれば、鎮守府に対するテロが起こる可能性もある。
俺はゆったりやっていきたいので、そう言うのは御免だった。

「ふう、一段落だな。今日はここまでにしよう」
「お疲れ様っ、司令官。珈琲入れたけど飲む?」
「ああ、頼むよ」
「クリープと砂糖は2つだったわよね?」
「その通り。甘い物が好きでね」
「も〜う、司令官ったら。子供っぽいんだから」

ふんすっと両手を腰にあて威張るようにしてから、彼女は珈琲にクリープと砂糖を入れる。
なんというか、お母さんぶりたい子供というか、そう言う微笑ましさがある。
雷は特別有能な秘書艦というわけでもないが、よく気が付くし機転も効く。
何より、睦月型と同様、あまり戦場に出したくないと言うのが本音でもある。
彼女の妹も黎明期に初期艦として配属され、今では艤装を纏う事も出来ないと聞く。
出来れば同じようにはなってほしくなかった。

「はい、司令官。熱いから冷ましてから飲むのよ?
 なんなら、ふーふーしてあげましょうか?」
「いやいや、猫舌だけどね。まーもうちょっとしてから飲むよ」
「そう? でも、もっと頼ってもいいのよ?」
「それは……」
「うん、妹の事あんまり気にしないでね。彼女はある意味束縛から放たれたんだから」
「そうか。まー仕事はまだまだある。明日もまた頼むよ」
「うん。じゃあね司令官」

去って行く雷を見送り、コーヒーを飲んでから俺は席を立つ。
不知火の歓迎会で参謀殿が探してくれた店結構よかったな。
また行ってみるのもいいか、とはいえ今日は流石に無理だろう。
当直というわけではないが、第3警戒態勢が敷かれている。
艦娘の3分の1が当直についている関係上、個人での外出は困らせる事になる。
取り戻した遠征艦隊の使う航路に深海凄艦が出たのだ、当然の警戒だろう。
歓迎会の時は一応抜けられたが、それにしたって俺が一番遅く出て一番早く帰る必要があった。
それで、店の選択を押し付けた事に文句まで言われたんだから踏んだり蹴ったりだ。

「仕方ない、食堂でも行くか」

7時前のこの時間、夕食に来る艦娘達でごった返している為席が取れるか怪しい。
前なんか、参謀殿のハーレムをむざむざ見せつけられる事になりほぞを噛んだくらいだ。
実際、人づきあいでも参謀殿には叶わないのでどうしようもないのだが。
まさか、あの明石君まで手なずけるとは……参謀殿……恐ろしい子……。

「お、今日は意外にすいてるな」
「あら、提督珍しいですね」
「鳳翔さん、お久しぶり」
「この大規模な食堂は提督が具申して作ってくださったのに、
 あまり寄りついて下さらないですから少しさびしく思っていました。
 丁度いいですし、お好きな物を食べて行って下さいね」
「そうか、ありがたいな。
 なら、すき焼きを頼んでいいか? 多めにね」
「あら、4人前までありますけど?」
「ならそれを2つね」
「ふふふ、もう直ぐあの子たちが帰ってきますからね」

鳳翔さんは初期の5人とは違うが、古参の艦娘だ。
というか、原型となっている空母鳳翔は最も初期から活躍していた空母であり、空母の親と言っても過言ではない。
つまりまー、彼女は艦娘たちにお母さんとして慕われて……。

「あら、何かおかしな気配が。提督?」
「いや、何でもない……それより頼むよ」
「ええ。申し訳ありません」

不穏な気配を感じ取ったのか、げに恐ろしきは女のカンというが……。
彼女は知るまい、既に殆どの艦娘から影でお艦と呼ばれている事を。

「何か言いませんでした?」
「いいや?」

本当にカンが鋭いな。
これからは気をつけよう。
暫くすると、北ルートで遠征に出ていた睦月型の皆が戻ってきた。
報告は既に参謀殿に上げているらしく、食堂につっこんでくる。

「やーっと終わったよ。距離だけは遠いからなー資源を持ってこないといけないから仕方ないけど」
「まぁ、そう言わないの。如月たちがあの圧縮ドラム缶を持っていかないと貿易もままならないのよ?」
「そりゃーそうだけどさー」
「あっ! 提督はっけーん!」
「よっ! お仕事お疲れさん。鳳翔さんにすき焼き作って貰ってるから一緒に食べないか?」
「おお! すき焼き! 奢ってくれるのですか? 太っ腹なのです!」
「ごめんねぇ。睦月はまだ大人の魅力とか分かってないのよ。如月は好きよ」
「どぉでもいいから、食べさせて〜」
「こら!」

今回の遠征は睦月、如月、望月、長月か旗艦は確か那珂だっけな。
そう言えば、那珂は前の時にちょうど敵に遭遇したんだったな。
とはいえ、その時は南周りだったし、今は北回りのルートしかやってない。
南のルートは再度掃討作戦を行ってからになるだろう。
呉の大本営にとっても、南の交易ルートは必須だろうから、大規模作戦として発令してくる可能性が高い。
もっとも、多少の戦闘があったとしても睦月は鳳翔さんと同時期の艦なので戦歴は相応だ、引き際は心得ているだろう。
だが、睦月型の耐久性は駆逐艦の中でも最も低いため、戦場向きではない。
しかし、遠征をしても人間サイズの彼女達が運べる量には限界がある。

そのため作り出されたのが圧縮ドラム缶だ。
見た目は普通のドラム缶だが、艦娘システムに対応しており、
彼女らが艦の能力を人間のその体に秘めているように、ドラム缶の内部には1万倍の1000トンもの量を積み込める。
と言っても、艦娘がいなければ、封入も取り出しも出来ないので、彼女らが必須なのだが。
それに、海上を1000トンの重さを持って運べるのは艦娘だけだ。
あのサイズで1000トンでは普通のタンカー等では穴があいてもおかしくない。
もっとも、艤装を外した時彼女らは人間の能力しか発揮できない為、
艤装を持って陸に上がり、内部のものを取り出すまでが仕事となる。
だが、艤装をつけて陸に上がると、艦としての移動力を失うためかなり鈍くなるので大変だろう。
手間をかけているな……。

「にゃししっ! 今日も睦月は一番なのです!」
「うふふ、姉さんあんまりはしゃいじゃ駄目よ?」
「だる〜まだすき焼き来ないの?」
「望月姉さん、しっかりしろ!」

うん、まああんまり心配しないでいいや。
そんな事を考えているうちにも、すき焼きが出来たらしく鳳翔さんが鍋を持って近付いて来る。
一つ目は関東風、二つ目は関西風のすき焼きである。
実の所、違いは2点、1点目はダシの割したを作っておくか、鍋で直接作るか。
2点目はネギを入れておくかおかないか。
後は大体同じだが、関東風のほうが濃い味になるのが特徴的だろうか。
正直、上記2点とは関係なく、ダシを濃くしているか薄くしているかの違いだ。

もっとも、そう言った違い等ものともせず睦月型姉妹は食べ始める。
そのうち、川内三姉妹や残りの睦月型も合流し追加ですき焼きを頼む羽目に。

「提督〜! こんなゴロゴロしてるなら夜戦しようよ〜夜戦!」
「あのな、奇襲でもなけりゃ夜戦は負けなんだよ。いざという時までその趣味はとっとけ!」
「う〜」
「提督が困ってるじゃないですか、姉さんもあまりはしゃがないの」

夜戦好きの川内は、しかし本当の所夜戦装備がなければそれほど圧倒的に夜に強いわけでもない。
妹の神通にお株を奪われる事もしばしば、まあ、艦の時も神通は華の二水戦と呼ばれるくらい活躍したから仕方ないが。
艦娘はどうも、原型となった艦の記憶やその船員達の癖が反映されやすいようだ。
鳳翔などはその典型で、黎明期の空母という性質が母性になったのかもしれないし、
船員のコックの腕が一流だった事が料理への造詣に直結している感じがする。
本人の努力が無いなどと言うつもりは全くない、実際彼女は勤勉でよく働き、学習の類も欠かさない。
ただ、精神の在り方に影響を与えているのは事実なのだろう。

「提督、申し訳ないのですが少し報告しておきたい事が」
「……わかった場所を変えよう。鳳翔、支払いここに置いておく」
「はい、後でまた来てくださいね」
「そうだな、そう時間はかからないだろう。後でな」
「お待ちしております」

神通がこう言ってくる時は大抵緊急を要するか、厄介事と相場が決まっている。
彼女は真面目な性格で、上官に対して必要以上に畏まる傾向があるため、逆に分かりやすい。
だから、その場を後にし、少し外に出た。
海の近くなら聞かれても波で聞きとり辛いという点を考慮してだ。

「お心遣い感謝します」
「いや、それで……、どんな用件なんだ?」
「はい、前回の遭遇戦ですが……航路と敵の進行方向から逆算すると小笠原からと思われます」
「小笠原だと……」

日本には敵泊地が2つ存在している。
沖縄諸島のどこかにあると言われる泊地と小笠原諸島のどこかにあるといわれる泊地。
どちらかといえば沖縄諸島のほうが規模が大きいらしく、殆どの場合戦闘に入るのはそちらの艦隊だ。
小笠原の泊地はどちらかといえば本島や九州といった大きな島から離れている為、
航路さえ気をつければ接触する事は少なかった。

大本営はそれを利用し、ここ横須賀にある程度の艦隊を張り付けるにとどめ、
先に沖縄奪還を始めるべく艦隊を増員、佐世保へと集中し始めていた。
だがもし、この段階で小笠原の敵が動けば、横須賀は増援を期待出来ない状態で戦わねばならなくなる。
今回、航路上に現れたのが小笠原の艦隊であるならば、かなりまずい事になる。

「それは既に誰かに報告したか?」
「はい、参謀殿に。そして、その事で提督の考えを仰いでおくよう言われてきました」
「ふむ……」

現状、出来るだけ詳しい情報が必要だ。
小笠原への威力偵察も必要になるかもしれない。
横須賀にいる艦娘は39人。
このうち、戦力として期待できるのは半分くらいか。
数百の艦がいる可能性が高い敵箔地と正面からやりあえるはずもない。

「仕方ない、現状は偵察のために水上機母艦、千歳と千代田を艦隊に入れて周辺を警戒に当たってくれ。
 大本営のほうに増援の具申はしておく、ただ、どちらにしろ泊地への攻撃をするには数が足りない。
 突出する艦が出ないように気を配っておいてくれ」
「了解しました」

言付けを持って静々と去って行く神通を見ながらふと思う。
そう言えば、彼女の第二改装案が出ていたなと、今度の戦いには間に合わないだろうが具申はしておくか。
そう考えながら食堂に戻るが、既にすき焼きは全てらべられた後だった。

「むぅ……」
「あら、出遅れましたね。でももう少し待ってくださいね」
「へ?」
「すき焼きの残りをおうどんにしようと思いまして。
 ちょと癖はあるかもしれませんが食べてみてくださいな」

鳳翔さんに言われて待つ事5分ほど、茶色のダシで味をつけたうどんが出てきた。
確かに酒の場でそういう絞めがあるのは知っている。
が、よく考えたら俺飲み会で最後までいた事がない。
士官学校を出てぺーぺーの間は酔い潰されるために出ていたようなものだし、
その後は、海へ出ては訓練の日々、鍋なんぞつつく事はほとんどなかった。
そして、とある事件をきっかけに駆逐艦の副長へと大抜擢されたのが4年前。
更に艦長が戦闘に倒れ、士官の不足から艦長代理となり半年で艦長に就任。
その頃にはもうどこの飲み会にも呼ばれなくなっていた。
仕方ない事とはいえ……友達少ないな俺……。

「そういや、絞めってあまり食べた事無いんだよ」
「そうなのですか、お忙しいですからね。
 あら、でもそれなら提督の初めて、私が頂いたのですね♪」
「!?」

俺は思わずうつむく、何だこの子エロい。
いやいや、性質は母親的とかなんだから、分からないでもないが……。
生まれて3年ほどだぞ……、それも、別にエロい格好をしている訳でもない。
見せ方を心得てるというか……うーん、艦娘ってよくわからんな。
そんな事を考えつつもうどんをすすり。
なるほど、とひといきつく。

「うまいな。少し水でも足して薄めてから更にダシを足していると言う感じか?」
「正確には薄めのだし汁を適量足したんです」
「なるほどこれは食が進むな」
「ありがとうございます。私も提督に来て頂けて嬉しいです。
 よろしければ、これからも来て下さいね♪」
「ああ、空いてたらな」
「あら、それじゃ他の子には貸し切りって言っておこうかしら?」
「ははは。まあ、また来るよ」
「はい、お待ちしております!」

その日は部屋に戻っていくばくかの時間を過ごした後、寝た。
夢を見たのかどうか……ただ、ぼんやりと何かが語りかけて来たような気はした。
もっとも、朝の支度をしている間にすっかり忘れていたが。
俺はいつもより早く提督執務室へと向かう。
すると、部屋の前で雷が悪戦苦闘しているのが見えた。
んー、掃除か?

「おはよう雷、何か汚れでもついているのか?」
「あ、司令官。おはよ。
 これは一応毎日やってるのよ、だってここは言わば横須賀鎮守府の顔じゃない?
 綺麗にすると、皆頑張れるかなと思って」
「なるほど、いつもありがとうな雷」
「いつもの事よ、でも司令官も早いのね」
「まーな、今日は忙しくなるかもしれん」
「え?」
「掃除を先にやるくらいの時間はあると思うが……」
「緊急なのね?」
「ああ」
「ちょっと待って、ささっと仕上げる」
「頼む」

提督執務室の扉と机を重点的に、窓と床をササッと拭いて雷は掃除を終了した。
10分ほどで仕上げた執務室は毎日の賜物だろうかなりきれいだった。
そうして、俺を執務室に招き入れた後、雷は真剣な表情で聞く。

「小笠原が動いたのね?」
「ああ」
「大本営への通達は?」
「昨晩もうすませている」
「偵察は?」
「第三、第四艦隊に千歳と千代田を入れて偵察させる事になっている。
 隣の横須賀基地に航空警戒を頼むつもりでいるが……」
「通達は私に任せて、提督は大本営の反応を待たないと。
 それから、主力艦隊の編成は?」
「待機はさせてある。編成は偵察待ちだな。
 それと、参謀殿の方でも動いているはずだ、そちらとのすり合わせも急ぎたい。
 細かい点は参謀殿に任せるしかないしな」
「わかったわ。参謀さんを呼んでおく。じゃあ行ってくるわね」
「頼む」

流石は我が秘書艦と言ったところか。
とはいえ、あれは戦闘への緊張を仕事をすることで和らげているのもあるだろう。
出来れば、彼女らに被害が出ないよう作戦で圧倒しなければな。
暫くして、雷は参謀殿を連れて執務室に戻ってきた。
両者は俺の前で敬礼し、直立して俺を見る。
俺は、それに軽く敬礼を返し、にこりとほほ笑んで見せる。

「参謀殿、いらっしゃい」
「提督、その言い方はやめてほしいんですが」
「そのうち逆転するよ階級なんて」
「それはあり得ません、私には刀一本で深海凄艦とやりあうなんて曲芸できませんので」
「ありゃ、たまたま相手が艦上に上がってて、更に近接状態だったから出来たんだよ。
 それでも筋力とかじゃまるで歯が立たなかった、
 船の揺れを経験した事のない奴らだったんで助かったがね」

まあ、実際運そのものだったと思う。
何せあの時は、艦が既に傾き始めていたし、相手は足を踏ん張っていた。
こちらへの攻撃も近すぎて砲撃ができず、腕を振り回しての攻撃だったしな。
相手が振り回した遠心力を利用する形で、低い姿勢で突っ込んでいきながら足元を刈り取った。
重心が保てなくなった彼女は船べりだったこともありそのまま落下。
俺はその隙に全速前進を指示し、どうにか振り切ったのが真相だ。
どこぞで言われているように、正面から決闘したわけじゃないし、倒してもいない。

「最新鋭のミサイルですら倒せない敵を撃退しただけで十分英雄ですよ」
「その直後に艦を沈められちまったがな」
「はぁ、今回はその事はいいです。それよりも」
「援軍は要請しておいたが、来るかどうか怪しい。
 大本営の指令は小笠原の敵を沖縄へ行かせるなだ」
「我々を足止めにして、その間に沖縄の制圧をしてしまうつもりという事ですか」
「そうなる」

はっきり言って、相手の動きはこちらが沖縄攻略に動き出した事への反応である可能性が高い。
ということは当然ながら次は大規模な動きがあるだろう。
それを考えるなら、こちらも本格的に相手の動きを抑制するための行動を取らねばならない。
実数10分の1程度に過ぎない横須賀の戦力だが、練度の差もありある程度は足止め出来るかもしれない。
ただ、当然ながらそれでは艦娘達に被害が出るだろう、ヘタすれば半減ということもありうる。
それを防ぐ手立てはいくつかあるが、実行可能なものは俺にはない。
せいぜい犠牲を減らすのが限度だろう。

「そこで、参謀殿の出番だ」
「は?」
「迎撃作戦立案及び、実行を命令する!」
「いやいや、提督? 立案は私の仕事ですが実行は提督の仕事でしょう?」
「俺は海防艦やらを率いて封鎖線を貼る、もちろん機雷で近づけないようにしてからな」
「いやいや、それこそ私の仕事ですよ」
「何を言う、参謀殿は実際に艦を動かしたことはないだろう?」
「それはそうですが……」
「ねぇ、司令官……まさかこんな時までサボるつもり?」

話を横から聞いていた雷は俺をギロリと睨む。
いや、ま、サボってるわけじゃないんだがな、適材適所だろう。
何せ、参謀殿の作戦立案能力は大本営でも惜しまれた逸材なのだ。
俺がやるより数倍いい仕事をするに違いない。

「兎に角、これは決定だ!」
「あー急に耳が遠くなりました、聞こえませーん!」
「ええい、往生際の悪い!」
「アンタが指揮を取らないでどうすんだよ!」
「子供みたいな喧嘩やめなさーい!!」

そんな泥沼な議論を交わしながら、八丈島迎撃作戦は開始されたのだった……。




あとがき
出之さんに艦これ合作を持ちかけられ、やってみましょうと一念発起しましたw
記念作品の数を増やせればとの思いもありますしねw
出之さんのゼロ話と私の1話を記念作品としてまとめて投稿する予定です。
内容は、正直互いのすり合わせがまだまだで、きちんと連携組めているかはこれからを見てくださいな感じですw
ただ、本格的に艦これSSを書くというのも楽しそうだなと思いまして。
今回の記念も、前回の記念も1話で収められる範囲しか作っていませんしね。
無茶をしない程度に頑張りたいと思います。



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