くるっと回ってターン



その言葉の通りにラピスの視線の先の機体がくるんと回ると、それを追っていた機体は見事に背後を取られる。
振り向くよりも先にテールランスがコックピットを貫き、血のようにオイルの滴が零れる。
その様子に、それまで漆黒の機体を追いやっていた敵機の動きに怯みが生じる


ハイ、そこでレールガン


ラピス・ラズリは頬杖を付きながら、その光景を見てそう呟く。
呟くよりも早く、黒い機体から発射された実弾は一体の頭部、一体のコックピット、そして残り一体の武装ごと右腕を破壊する。


琥珀色のその瞳はわかりきった結果を見るが如く退屈そうであり、また美しいとうっとりとするものである。

心地良い退屈さ。

今の彼女の表情、感情に強いて名を付けるとすればそういうタイトルがつくであろう。
視線の先では星の海を自由に泳ぐ巨大な黒い鳥。

「鳥というよりも寧ろエイ……?」

呟くと、ラピスの目の前にウィンドウが現れる。

『エイなんてカッコ悪いですぅ〜やっぱり、やっぱりマスターの乗る機体にはかっこ良く鳥が似合いますよ〜でも、でもでもでも、エイって尻尾の先に毒があるんですよね〜〜いやぁ〜ん、マスターの毒をユーリも撃ち込まれたいですぅ〜』
「…………」

馬鹿馬鹿しい盛り上がりをみせるユーチャリスのAI:『ユーリ』の開いたウィンドウを無言でラピスは押し退ける。
『あは〜ん!!』と表示しながらウィンドウはくるくると飛んでいってしまう。
当然これは単なるおふざけに過ぎない。そして、それはラピスも十分に承知している。
ラピスは特に嫌悪感を持つわけでもなく、純粋に目の前に展開された事が邪魔なだけだったようだ。

撃墜された数が二桁を超え、いよいよ危機感を覚え始めたらしき敵の母艦から本隊が現れる。

量産型六連

火星の後継者の往生際の悪さの決定版。
ラピスはそう断ずる。
ラピスは慌てて出てきたかのような六機の敵艦の艦長の愚鈍さを鼻で笑う。

大方舐めきっていたのだろう。

コチラは一機しかない。

いいところを見せようと、雑魚ばかりを寄越すから結局13機ものステンクーゲルを10分弱で失う羽目になるのだ。
自分であったら、一機で戦いを挑んでくるような不気味な機体など、主砲で牽制しながら最大戦力で最速で仕留める。
既にあと何手で勝負の勝ちが見通せてしまったプレイヤーのようにラピスは溜息を吐くように呟く。

「アキト、今だよ」

アンニュイな表情で、可憐な桜の花弁の如き唇からほうっと漏れ出る吐息は何処か甘い香りを漂わせてるかの如く。
ラピスは少女の未成熟な独特の色香を放っていた。

琥珀色の瞳に映る黒い鳥、ラピス達にはエイと称された機体は折り曲げ、縮めて窮屈そうであった手足を伸ばすように徐々にその姿を変えていく。
量産型六連が火星の後継者の往生際の悪さの決定版ならば、それは火星の後継者へのダメ押しの決定版。

ブラックサレナ二号機……というのでは芸が無いので、ラピスとイネスがおふざけで付けた名前は“フラワーワルツ”。
何となく可愛らしくてラピスは自分で付けたこの名を気に入っていた。
けれども、肝心の王子様は大不満。
その原因が名前にない事くらい重々承知。

フラワーワルツは最後の決戦で大破したブラックサレナに代わって彼が乗る機体。
けれども、その外観は全く異なっていた。
それもそのはず、それはブラックサレナとは似ても似つかない。
サレナによってコックピットを潰された夜天光を黒くカラーリングを変え、ハンドカノンを装備し、変形機構用に改良を加えた機体。
背中に広がるサレナの名残とも言える巨大な翼はさながらハングライダーを背負ったかのようだ。

窮屈であったからなのか、主の気持ちが移ったのか、フラワーワルツは不機嫌そうに赤い瞳を輝かせると、即座に身を翻す。

目に見えて、六連の動きが鈍る。
それもそうだろう、色こそが変われども、その姿は自軍最強の男が乗っていた機体なのだ。
それでも、六連を任されただけあって、腕も心構えも出来ているのか、怯みは一瞬であった。

すぐさま六連はミサイルの雨を降らせる。

しかし、彼にとって、黒い王子様にとってはその一瞬の怯みは十分過ぎるほどの時間であった。
一瞬にして間合いを縮めるコースを脳裏に描き出したのか、すいすいと隙間を縫うように機体を滑らせると、そっと触れるように一機の六連の胸元にコンっと音を立てるようにハンドカノンを押し当てる。

光色の花が一つ咲く。

瞬く間にやられた自体に、更に六連の動きが一瞬鈍る。
狙いを丁寧に付けたハンドカノンがコックピットを躊躇なく貫く。


くあっ……


ラピスは小さく可愛らしい欠伸を漏らす。
『ラピスはもうおねむですかぁ?』
「つまんない。アキトもきっとつまんないって思ってる」
ちょっと不機嫌そうに唇を尖らせるラピスに、ユーリは汗マークのウィンドウを表示する。
人間で言うところの『苦笑』のつもりらしかった。
そんな遣り取りをしている間に、星の海にはまた光の花が咲く。

フラワーワルツはハンドカノンを取り外すと、両手のナックルを回転させながらディストーションフィールドを最大展開する。
ラピスは、あれは飽きてきたんだなぁと、即座にアキトの心境を推し量る。

その通りとでも言うように、ナックルガードのついた拳が三機の六連を順々に貫いていく。

そして、最後にフラワーワルツは赤い瞳を光らせて戦艦を睨み付ける。
戦艦からは降伏の合図が出される。
条約に則り、降伏をした敵軍の兵士は捕虜として丁重に扱わなければならない。
その事を逆手に取ったつもりなのであろうが、ラピスは何処までも愚物としか言いようの無い敵艦の艦長を嘲笑する。
そして、そんな艦長の下で命を散らせて行く兵士達に髪の毛一筋ほどの同情をしてあげる。
それでも大出血サービスだ。

フラワーワルツは、そのウイングの付いたリフターをパージすると両手に持つ。
まるで大団扇で扇ぐのか、それともビート板を突き出すような格好だ。
きっと、それだけを観ても何をしているのかわからないだろう。

しかし、次の瞬間、敵の艦長を初めとした敵艦の船員は表情を青褪めさせる。
ウイングの外装が開くと、中から覗いたのはニードルの束。
ニードルガンならぬニードルランチャー。
電磁波で打ち出される無数のニードルは敵からの通信をつなげるまでもなく、一瞬にして巨大艦をズダズダに引き裂いた。











『おっかえっりなさいませぇ旦那様〜〜もといマスター〜〜♪』
『よ、憎いですよ、千両役者!!』
『三冠王!!』

ピンク色のウィンドウが次々と現れては消えていく。
ユーリなりの歓迎に、苦笑しながらフラワーワルツを滑らせる。
まるで、フィギュアスケートの最後のキメをするように、くるんと一回転した機体は音もなくふわりとユーチャリスのデッキに納まる。

『ワルツちゃん、お帰りなさいまし〜』
『最強、無敵、ワルっちゃん!!』
『今日の一番星!!』

ワルツを出迎えるウィンドウと共に、作業用バッタが熱を持った機体を冷やしに掛かる。

冷却剤で白く曇ったデッキの中、桃色のプラチナブロンドがふわりと無重力の海を飛び込んでくる。

機体をゆっくりと着艦させると、アキトはパイロットスーツを脱ぎ、アンダーウェア姿になる。

出迎えに来たラピスからジャケットを受け取るのももどかしく、彼女がジャケットと共に持ってきた箱を手にする。
息が荒いのは戦闘での疲労からではない。
全身を駆け巡るナノマシンが活性化を始めているせいで、機械で言うところのオーバーヒート状態にあった。
身体が熱でドロドロの鉄を血管中に入れられたように熱くて仕方がない。

顔だけではなく、身体中をナノマシンの光が明滅しているなか、それでもアキトはふわりと飛んできた妖精を優しく膝の上に乗せるのを忘れない。

「アキト、お帰り」

アキトの膝の上から見上げるようにラピスがようやくの挨拶。

「ただいま、ラピス」

受け取った箱を手にしながらアキトの声は少し苦しそうな響きを持つ。

箱を開くと、中から出てきたのはIFS処理に使う注射器。
アキトはそれを震える手で首筋に当てる。

ぷしゅっ

気の抜けるような音と共に注射器に入ったナノマシンがアキトの体内に広がっていく。
まるで麻薬中毒者だなと、朦朧とした意識の中でアキトは苦笑するが、実際は全くの逆の行為であった。
火星の後継者のラボから接収した人体実験の中からイネス・フレサンジュが作り出した医療用ナノマシン。
それを注射としてアキトは戦い以来打ち続けていた。
いきなり全てのナノマシンを正常に戻そうとすればアキトの体がもたない。
それ故に、少しずつ、少しずつ適度なレベルを注射にして打つ。
わかってはいるが、この行為はどうにもアキトを陰鬱な気持ちにさせる。
しかし、既に視覚が正常に戻り、味覚が戻り始めている事実は事実として認めなければいけない。

すると、それまで大人しく膝の上に座っていたラピスが体勢をもぞもぞと入れ替える。
身体をふわりと入れ替え、アキトの膝にまたがり見つめ合う体勢になる。
その口元に浮かぶ小悪魔のような笑みに、ピリッと電流が走ったようにアキトはドキリとする。


「アキト、アフターケア」


桜色の瑞々しい唇が、蟲惑的にゆるゆると開く。
花弁のようなぷっくりとした唇の間からちろりと覗く鮮やかな舌に、アキトはナノマシンとは異なる身体の中に燻る熱が燃え上がるのを覚える。
アフターケア……上位IFS所有者からのリンク接続による円滑な情報整理。その手段の最も単純な方法は粘膜的接触。
それは必要といえば必要な行為と言えた。
けれども、イネス・フレサンジュのナノマシンはそのような行為を特別行う必要等無くナノマシンを書き換えてくれる。
ゆえに、それは不要といえば不要な行為と言えた。

だがしかし、ぺろりと舌なめずりをする無邪気で、それ故に何処か魔性の艶やかさを持つ少女にアキトは自分でも呆れるほどに抗う術を持っていなかった。

ナノマシンの注射をした後、暫らく身体の自由は利かない。
身体細胞の機能、エネルギーの全てがナノマシンの書き換えに注がれているからだ。
だから、身体の自由が利かない。


それは、アキトにとっての免罪符。
ラピスにとっての口実。

ラピスのしようとしている行為は、この不自由な時間を確かに縮めてくれるのだ。
だから、必要といえなくもない行為。

そのような事をしなくても、不自由な時間はすぐに過ぎ去る。僅か、二、三分のことなのだから。
だから、不要といえなくもない行為。


「アキトォ」


甘えるようにラピスがアキトの頬に手を添える。
瞳は陶然として、アキトの瞳を覗き込んでいる。
瑞々しい唇はアキトの唇を欲している。
身体の温もりと柔らかさが膝から伝わり、アキトの根源的な欲望を刺激する。
鼻腔をくすぐる甘い香りが麻薬のようにアキトの脳を蕩けさせていく。

少女は妖精。
妖精は時として人を惑わせ、虜にさせる。
そして、妖精は悪戯が過ぎるとその羽根を千切られる。
ならば二人は互いに救いがたく、離し難く、愚かな道化である。

妖精に惑わされてしまった哀れな男。
かどわかしたがゆえに羽根を失い男に捕われてしまった妖精。


「アキトォ………」

「ラピス……」

甘い吐息を漏らしながらラピスはアキトの唇にちゅっと、小鳥のような啄むようなキスをする。
そして、挨拶が終わったかのように、もう一度、今度は柔らかさを伝えるように、アキトの少しかさついた唇に、桜色の唇を押し当てる。

「ん……」

切なげに眉を寄せながら、ラピスは唇を重ねる。
アキトは、ゆっくりと揉み解すように柔らかなラピスの唇を堪能すると、舌でラピスの唇をつるりと撫でる。
ぴくんとラピスの身体が震える。
しかし、慣れてきているのか、ラピスはおずおずと唇を開き、アキトを招き入れる。
アキトのナノマシンによって熱を持った下が卑猥に光沢を放ちながら無垢な唇を割ってはいる。
差し込まれた舌の温度に、ラピスは脳髄から蕩けそうな快楽を覚えながら一心にそれを受け止める。
熱く荒々しい舌が、ラピスの鮮やかな赤い舌を捕まえ、絡め取るとラピスの口の中で聞かん坊のように暴れ始める。


「んん……んんふ……うん…あふ…ちゅ、んちゅ……んん……ッ」



アキトはそっと瞳を開けると、切なく眉を寄せているラピスの表情を盗み見る。
その表情にどうしようもなく背徳感と征服欲を覚える。
痺れが残るものの、アキトは自分の右腕が自由になっている事を確認すると、貪るような口付けに、引き気味になっていたラピスの腰を抱え込むように引き寄せる。


「んんッ!?」

ラピスのくぐもった声に動揺が走る。
しかし、最早後の祭りである。
妖精の蕩けるような甘さを味わった男はしたたかに妖精を逃さぬ術を熟知していた。
既に毟り取った羽は元には戻らず、妖精はひたすらに貪られる。





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