戦いに身を置き、獣性を養い、すべてを焼き尽くし蹂躙する。

癒し、と呼んでいいのかどうかわからないが、自らが被った被害に対応するだけの戦果はもうあげた。

しかし、復讐というものは比較対象を求めるものではない。

今や、敵戦力は目減りし、小勢力の掃討以上の戦闘は起こり得ない。

普通ならそれは喜ばしいことだろう、しかし、そうではない者もいる。

武器商人や一部の政治家、火星の後継者に入っていた元統合治安維持軍、そしてテンカワ・アキトも同様であった。


そう、火星出身の平凡な一青年に過ぎなかったテンカワ・アキトは今や身を焼く獣性に苛まれるほどに変わり果てていた。


それは、痛みと苦しみへの、五感を失ったことへの、日常を失ったことへの、家族との時間を失ったことへの。


復讐……。


テンカワ・アキトの心にあるのはただそれだけ、それ故に容赦はない。


ただひたすらに、殺し、壊し、真っ赤になるまで潰し続けた。


そんな壊れかけの歯車のような男をこの世界につなぎ止めているのは……。


小さな、桃色の髪の少女。


ゼンマイ仕掛けのように生み出され、欲望により元の場所からも引きずり出され、


ようやくテンカワ・アキトという安息の地を得た少女。


少女の思慕は、結果テンカワ・アキトにとって救いであると同時に罪でもあり、苛む悪夢の継ぎ足し。


しかし、少女にとっては、アキトだけがこの世界へのつながり。


壊れた少女は壊れかけの男を無垢にただ支えるばかり……。


カラカラと、音を立てて崩れながら、それでも……ただ……。


同じ場所を回り行く……。


しかし、どんな事にも終焉は来る。


それは、望む形出あるとは限らない……。








戦闘を終わらせた機体はユーチャリスのハンガーデッキへと帰還しコックピットハッチを開く。

夜天光を改装して黒く塗装し直したその機体はしかし、戦闘力に関してはブラックサレナ2の名に相応しい性能を持っていた。

出力こそ劣るものの、回避機構である傀儡舞や、錫杖を使っていたマニュピレーターの精度など。

近接戦闘に向かない仕様であったブラックサレナの欠点を補う事の出来るスペックを備えていたのだから。

もっとも使い手であるアキトにとってみれば、

仇敵の機体を改装しただけのこの機体の使い勝手がブラックサレナ以上だと言うのは認めがたい事実ではあった。

フラワーワルツという気の抜ける名前にも由来しているのかもしれないが。



『なんか暗いですよ、マスター? あっ、もしかして。ユーリの今日の格好ちょっとエッチだと思いました?

 いやーん♪ このままお部屋までお持ち帰りですね! じゃあ早速お部屋の内装をSM仕様に……』

「待てい!」

『SMはお嫌ですか? んーマニアックなのでこちらはお勧めしないのですけど……グリセリンを用意しておきますね』

「……ICチップを入れ替えてみるか、それとも新機種でも導入するか? いい加減無駄な知識を持つAIにもウンザリだな」

『それはつまり、ユーリの事を自分色に染めたいっていうことですね? ああん、マスターの愛を感じます♪』



アキトは表示されているウィンドウを相手にする空しさを感じると同時に、このプログラムは完全に壊れているなと感じていた。

そもそもが、ユーチャリスのマスター権限を持つのはラピスでアキトではない。

しかし、名目上の艦長というものを重視しているのか、ラピスが言っていたあの不健全なセリフの影響か……。

アキトは、言われたであろう電子の妖精がどう思ったかを考えると背筋が寒いと感じる。

しかし今さらではある、事実として獣欲の対象として見たことすらあるのだから。

出来れば最後の一線だけはと考えてはいたが、それもいつまで持つことか……。



「ふぅ、そんな事に気を使わなくていい、今さら後悔してどうなる……俺は己の炎を燃やし続けたいだけなんだからな……」

『あの……マスター?』



次第に自分の頃ころが落ち着いていくのを感じる、そして落ち着きを通り越して冷たくなり、心の底にある炎を再確認する。

それまで戸惑いや、苛立ちを表していた表情は徐々に薄れ、自然と暗い笑みがこぼれていた。



「そう……そうだった、俺はただ……奴らを一匹残らず。クククッ……そうだったな……」

『マスター、ちょっと戻ってきてくださいよー』



その表情はやはり狂気が宿っていると言っていいものであり、とてもまともな男の顔とは言えそうになかった。

しかし、アキトは視界の隅でラピスが近づいてきていることを悟ると表情をまた消した。

それが、ラピスにそう言う自分を見せたくないと思ってのことか、利用できなくなるのが困ると思ってのことかはわからない。

ただ、そんな事は近づいてくる桃色の少女にとってはどうでもいい事ではあった。



ラピス・ラズリは知っている、アキトの身を焦がす復讐の炎がまだまだくすぶっていることを。


ラピス・ラズリは知っている、アキトがどこかでまだ普通の生活に戻りたいと願い、しかし、己の五感に絶望していることを。


ラピス・ラズリは知っている、アキトは全てを利用しようとしているが、同時に利用するはずのものを大切にしていることを。


ラピス・ラズリは知っている、アキトが毎日のように自分のしたことの罪の重さを悪夢に見ていることを。


ラピス・ラズリは知っている、アキトは死に場所を求めていることを……。



そう、ラピス・ラズリは知っている。

しかし、彼女にとってはそれはどうでもいい事、何故ならば彼女は最後までアキトと共にいることを決めたのだから。

例え戦闘で倒される時であれ、捕まって死刑を執行されるときであれ、ナノマシンの暴走によって引き裂かれるときであれ。

アキトが死を迎えると同時に自分も死ぬつもりでいる。

それが、ラピス・ラズリと言う少女である。

ただ、どちらにしろアキトがまともな死に方をできないだろう事だけはラピスも疑っていなかった。

なぜならば、アキト自身がまともな死に方を望んでいないのだから。



「アキト……」



アキトのテンションがいつもの通りならアフターケアを言い訳にしてキスしようと狙っていたラピスだったが、

今のアキトの精神状態では、下手な介入は逆にナノマシンによくなさそうだ。

それに、アキト自信望んでいないことも分かる。



「ラピス、次の目的地だが……」

「プロスが言ってた、木星圏、衛星ガニメデの下にある高重力圏の直上に見たことのない新型の反応があるって」

「ほう……」



アキトは思わず口元がほころぶのを感じていた、新型といえば、当然乗るのもエースパイロットだろう。

そうなれば、生死不明である北辰である可能性もある。

そう言う思考がまずアキトの中には浮かぶが、実のところ火星の後継者も疲弊しているのだから、

逆に昔の機体のツギハギの可能性もあると言う事がアキトの頭の中には入っていかないようだった。


ユーチャリスはボソンジャンプを繰り返し、数時間後には木星圏までやってきていた。

ただし、高重力に捕まらない高度を維持しつつ、ガニメデの下へ回り込むのは少し面倒な作業だったようだ。

だがその甲斐もあってか、確かにガニメデの下面に露出しているドックには見たこともない船が係留されていた。

見た目は、そう、帆船のように見える。

アキトは遠い昔これと似たような何かを見たことがあるような気がした。

しかし、今はそんな事はどうでもいいと首を振り、ラピスにステルスを組んだまま接近するように指示する。

指示を聞いてユーリがなにやら悶えていたがアキトもラピスも無視を決め込んだ。



『おお、やっときたか! まったく待たせやがって!! ヘタレアキトらしいっちゃらしいけどよ』

「……!?」



アキトは既にフラワーワルツに乗り込み出撃準備に取り掛かっていた。

しかし、その声が聞き覚えのあるものだった事に驚く。

それはもう4年以上前……彼がまだ戦争と言うものを知らなかった頃……。

だが首を振ってその考えを振りはらう。

似たような声の人間はいくらでもいると自分を納得させて。



『返事がねぇときたか、へっ、久々だってのによ。

 まさかこのダイゴウジ・ガイ様の声を忘れたなんて言うんじゃねぇだろうな!?』

「まさか……」



アキトは精神的な揺れを起こしていることをどこかで自覚しながらも、これは相手の精神攻撃だと決めつけて無視を決め込む。

しかし、その帆船型の宇宙船からもエステバリスによく似たタイプのロボットが出撃した。

アサルトピットを基準にしてフレームを換装できるようになっているのは確実なのだが、スペックは全く分からない。

ただ、確かにヤマダ・ジロウのために用意され、アキトが引き継いだピンクヘッドを思わせる。

機体にはエグザバイトという機種名と思しきネームが残されている。



「よく調べたものだな」

『ふん、なるほど。お前は俺が偽物だと疑ってるってわけか。いいぜ、かかってきな。

 このダイゴウジ・ガイ様が偽物なんかに務まる訳がねぇってことを教えてやるぜ!!』

「戦ってみればわかる」

『言ってろ! 行くぜ! ゲキガンショーット!!』



派手な掛声と共にライフルを連射してくるピンクヘッドのエグザバイト。

意外に正確な射撃だったが、事前通告があるので避けるのはたやすい。

アキトは距離を縮めそのまま高機動形体でディストーションアタックを仕掛けるつもりだった。

しかし、相手もそれを考えていたことを失念していた。



「行くぞ」

『待ってたぜ! ガァイ! スゥゥゥゥゥパァァァァ! ナッパァァァァァァ!!!!』



アキトも収束したDFを張って突っ込んでいったが、収束率と言う意味では拳にDFを集約してしまった相手の方が一枚上手だった。

その拳はフラワーロンドの翼を傷つけるだけに終わったが、それでも高機動形体への移行はできなくなってしまった。

高機動形体とは、翼後部にあるスラスターをすべて使うことが前提になっているからだ。

一つでも欠ければバランスが崩れてどこかに飛んで行ってしまう。

つまり、今の激突はアキトの敗北に終わったことを意味する。



『なかなかしぶといじゃねぇか、流石俺の弟子だな』

「お前の弟子だったことはない!」

『へっ、やっと口をききやがったか』

「お前が本物のはずはない、俺はあの時ガイの死体を確かに見ている」

『なるほど、確かに俺は死んだ……様に見えただろうな。

 確かに普通なら確実に死んでるんだが、俺は宇宙葬にされた後チューリップで過去へ飛ばされたらしい。

 そして古代火星の科学力で生き帰ったってわけさ!

 しかし、古代火星ってなんか主役してるよなオレって!

 やっぱり、ダイゴウジ・ガイ様を運命はほっとかないのさ!!』

「お前火星出身だったのか?」

『ああ、オヤジとオフクロがハネムーンに行った火星で生まれたのが俺だ。

 だがそれ以後は一回も火星に行ったこと無いけどな」』



アキトは頭痛がしてきた、これは……確かにあのダイゴウジ・ガイなのかもしれない。

そもそも、ガイが自らをガイだと言っていたのを知っているのは彼と面識のあった人だけだ。

本名はヤマダ・ジロウなのだから……。



「なあ、ヤマダ・ジロウ」

『俺様はダイゴウジ・ガイだ!』

「……生き帰ったのはいいが、その機体はどう説明するつもりだ?」

『流石に一回で元の時代と言うわけにもいかねーからな。

 未来に飛ばされたときキャプテン・ガバメントのデザインによく似た海賊船をかっぱらった。

 海賊は悪! そして悪を懲らしめるのが正義だからな!!』

「……ならば、俺は悪だ。そう、俺は今テロリストなんだからな」

『ほう……そんなに修正して欲しいってわけか、ゲキガンガーでもよくあったよな。

 天空ケンと海燕ジョーの殴りあいの喧嘩とかよ……』

「何でもゲキガンガーなんて言ってた時代はもう終わったんだ。その事を教えてやる」

『やってみな!!』



2機のロボットはその言葉をゴングにでもしたかのように木星の高重力に捕まらないようにしながら空中を駆けまわる。

互いに中距離では砲撃戦、近距離ではDFを使った突撃戦法を得意とし、遠距離は高速移動で乗り切るという戦い方をする。

アキトの戦法はつまり、ガイの戦法を真似たものを基準としている、もちろん乗った年季が違うのだ戦法は熟達しているが。

元々が、エステバリスがそう言う仕様だったこともあるが。



『なかなかやるようになったじゃねぇか!』

「もう、そんなごっこ遊びに付き合う気はない!!」

『バカが』



アキトが熱くなって突撃してくるタイミングを見計らっていたのかもしれない。

そう、ガイにはアキトの心の動きが手に取るようにわかった。

なぜなら、今アキトは動揺して、昔の自分をさらけ出していたからだ。

もしも、冷静なままでいられればアキトの勝利は揺らぐことはなかっただろう、とはいえ、起こってしまったことは変わらない。

フラワーワルツのディストーションアタックをまるで範囲が見えているかのように完璧にスルーしたエグザバイトは、

そのドテッぱらに突きあげアッパーをたたき込む。




『ガァイ! ギャァラクティカ! ブゥレイクゥゥゥゥゥ!!!!』




アキトは咄嗟に回避運動を取ったが、右足が木星の重力に掴まり落ちていくのを視界の隅でとらえた。

これはつまり、2度めの競り負けということになる。

いろいろな言い訳はあったろう、しかし、アキトは敗北を認めた……。

復讐を始めてから、はじめて負けを……。

それは、悔しさと、驚きと、そしてほんの少しの清々しさを覚える事だった……。





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