ため息をついて、ユーチャリス艦内は沈黙に沈んでいた。


二度にわたる主の大敗は、ユーチャリスメインAIのユーリの嗜虐精神を発生させる口数の多さを減らさせはしなかった。

けれども、木星宙域から外れて火星と木星間にある小惑星帯のひとつ。
それに張り付いてユーチャリス艦内では、状況整理が行われていた。

艦は敵艦によるグラビティーブラストを受けて、小破していた。
艦首にある6つのバッタカーゴのなか、残されているのは4つである。敵戦力を見誤ったからこその損害の少なさだ。

フラワーワルツも修理が行われているが、ドライバーたるアキトはヤマダジロウとの再会もならず。
この状況に少々の不満と、自身の不甲斐なさにうなだれていた。

「敵は三つの特殊艦。それぞれが役割を担っていながらマシンチャイルドによる電子線も並行して可能。
私よりも劣るが、数にユーチャリスで対抗している。」

「ガイが現れたあたりから、都合を無視した加減で進んでいる。ユーチャリスそのものも、ナデシコCも変わらない。
だが、ダイゴウジ「やまだ(とラピスが訂正)」。そうだな。ヤマダジロウが復帰してからの状況はおかしい。

何者が図ったかのように、こちらを消しつぶそうとしている。いや、最終的にそうなるだろうが消し去ろうとしている。」
『それはまあ、上の人の都合というやつで。』
『そうそう』
『苦悩は前回を読み終えた人も同じ。』
ウインドウのユーリが珍しく同意する。

SMにボンテージルックなAIキャラクターが困った表情を見せていた。
「誰かの策謀に巻き込まれているかも。」

ラピスはウインドウにて出会った艦船を表示する。

帆船型と三つの艦船だ。それぞれ現行の艦船から外れたフォルムを持っている。
「超古代縄文人の可能性も・・「それはないな。」
ラピスのボケを突っ込んでアキトはうなだれる。


いつからラピスはゲキガンガー劇場版の敵を知っているのか。ゲキガンガーを知っているのか。
知っていても、彼女は共感などせず無為な時間をすごしただろうと容易に想像出来た。
それでもまあ、例えに出てくることからくだらないながら覚えてしまったのだろう。

「遺失文明の遺産。といえるな。ナデシコやユーチャリスも遺産から生まれたものだ。
帆船は特に。だが、先に出会った三隻の性能はこちらのものとは変わらない。

物量による攻撃と、艦の性能は大差ない。」

「木星の観測衛星群によると、三隻は帆船との戦闘後にワタシタチと遭遇した。
帆船はジャンプして、彼らは木星よりも彼方に行こうとしていた可能性がある。」
ウインドウは衛星群の捉えた彼らの戦闘を表示する。

エグザバイトと7星の戦いは、機体性能の違いもあるが、後方の帆船からのサポートが大きい。
ユーチャリスとフラワーワルツと同様の戦闘形式を行っている。

艦と機動兵器の運用が一対一である限り、サポートを相互に行わなければ成り立たない。
それでも、エグザバイトは乱戦に慣れている。

ブラックサレナがそうであったような、ヒットアンドアウェイとは異なるものだ。

バッタにより戦闘領域を限定し、その内部で彼は戦いを行う。
帆船はグラビティーブラストを発射するが、拡散したものですら、フィールドを突破している。
アキトとラピスはそれぞれに椅子に座り、それを見上げる。


「相手にするにはヤマダは難敵過ぎる。」
「それに、アキトが殺意を抱いてない。」
ラピスにいわれて、初めて気づく。

確かに自分は彼に殺意を抱いていない。いや、復讐の残り火を縁(よすが)に戦っていたというのに惰性が生まれていた。
この事実が自分の心に少々の諦観じみた感傷を生む。

「いつまでも戦い続ける。復讐を続けるのは出来ない。
復讐のための戦いが、戦いを求める戦いになる。それだけはいけないな。」

『非生産的ですしねー。それとも、生産的に私と』「物理的に無理だな。」
ユーリの接続的つながりの欲求を断ち切る。
もともと彼女はAIであり、ネルガル謹製のオモイカネシリーズのオリジナルだ。

火星オリンポス研究所に残された解析済みと放置された彼女。
マスター権限のものは先立って、孤独すら磨耗する時間をすごしていた。

それを彼女は『放置プレイの割りに、ギャグも噛まないし、振動するものもありませんから。』
『相手してくれるひとは居ますしねー。』などと余裕綽綽でいる。

演算装置に付随していた彼女は、ボソンジャンパーの意思を受信することが出来る。
故に、彼女は一人であって孤独ではない。行動するための艦が無いために、のんびりと変化もしない
極冠遺跡に飽き飽きしていたくらいだ。

『それが、出来ないわけでもないわけで。』
ユーリは込み入ったように顔を赤くしながらいう。
「私がする?」
『ラピスには早すぎですよ。』
ユーリの久方ぶりの真剣な顔にアキトも真剣になろうとして、ラピスに出鼻をくじかれた。






『まあ、それはおいおいとして。帆船には私の記録があります。』『わすれてたけど』
ウインドウに表示。
帆船の名称は無いが、古代火星の言語と映像。

『名称は表示していません。あれは古代火星における旅の船そのもの。種の繁栄と永久を約束する船です。
本来はヤマダジロウが使用するような、戦艦ではないんですの。』

シリアス口調で言うが、彼女はエナメルのボンテージルックのキャラクターを維持している。
二つウインドウを表示させて、『あえていうなら、命』『もう、繋がって種の反映』などと書いている。

「本来の使い方をされていないことから、ヤマダも使い方を知らされていないというところか。」
「もしくは、全然知らないで操られているかも。」
アキトとラピスは他のウインドウを見つつ、いつかユーリを取っちめるか如何するかの処遇を考える。
もっとも結論は唯一つ。どのような処遇にしても、彼女は喜んで受け止める。

痛いのは勘弁だから、恥辱も厭わないMとジャンパーに与える邪念のSを持ち合わせる。
彼女は超古代から生きるサディストにしてマゾヒストだった。

「考えても、可能性が増えるだけだ。ヤマダを起点としている。
あっちが未来で帆船を強奪したのはヤマダの言から判る。」
「そうだね。それに、ナデシコCの突発的出撃の意図がわからない。
ワタシたちの位置とジャンパーの確保も出来ていないと。」
『情報ネットにはナデシコCの使用許可報道はないですねえ。』
アキトは整理するうちに、矛盾が出ているのに気づく。
だが、矛盾に気づいていなかったことこそが問題なのだ。

「そうなると、どこかで問題が起きているはずだ。ナデシコCの情報と、遺跡の状態を確認したい。できるか?」
「できる」
ラピスは椅子から立ち上がってアキトのひざに乗っかる。IFSコネクタに接続。
情報の海でもって、網を投げて魚を得る。
「ナデシコCのテストとクーデターがある。ネルガルへのテスト依頼と、現地メカニックから情報。」
ありえない事件だった。故に困惑する。
困った表情になるのは三者三様だ。それでも、ラピスだけアキトの悩んだ顔を見て楽しんでいる。
苦悩する者の苦悩は、そのものにしかわからない。

だが、その姿を見るのは背徳感を感じるし。狂気に染まるのも良い。
苦悩と悦楽は表裏にある。

ラピスはこの奇妙な状態は、短期的に見れば歓迎すべきだと思う。

だが、長期になる戦いや錯覚、奇妙な状態はわずらわしいものにしかならない。


「イネスかミスマルユリカの所在を確認してくれ。
ふたりとも、監視カメラのある施設に居ない可能性もあるけれど、確かめる価値はある。」
ラピスが先ほどから得ていた情報を口にする。

アキトはラピスの作業を見ながら、フラワーワルツの状態を確認する。
性能には文句はないし、機体そのものにも罪は無い。
だが、以前戦っていた相手の愛機をオリジナルとして建造したもので、心持なれないものもある。

それでも、矢張り命を預けるものとして、ネルガルが作り上げたものを信用していた。
修復は簡単なものではないが、棺おけじみた機械のなかで、それは眠っている。

損害は低く、あと一時間もたたずして修復は終了する。

「アキト。」
「どうした、ラピス。」
ラピスが表示したウインドウに、イネスの姿があった。だが、ミスマルユリカの姿はベッドにあった。
イネスはこちらの通信ウインドウに向かい合っているが、ユリカはベッドの中で昏睡状態にある。

『こちらでは、ラピスのいう情報は入ってきているわ。』
「どんな情報かを言ってくれないと判らん。」
『そうね。』
イネスが画面の向こうでウインドウを操作表示する。
ステルスというよりも、ボソンジャンプを応用したシステムなので解析は現在不可能なものだ。

『ナデシコCは現在使用中。でも、それは任務のためではなく一種のクーデターのようなもの。
ホシノルリをはじめとして全クルーが運用にまわって、独自行動をとっている。』

冷静な弁だが、疑問を感じられずには居られない内容だ。
先を促すように、にらみつける。
「それは判っている。」
『怖い顔の皺が出来るわよ。木星近辺での戦闘はこちらでも観測されている。
三隻の戦艦は現状の技術とは異なる体系ではない。
ユーチャリスと3つの戦艦はある種姉妹にも思える特徴があるわ。つまり、ネルガル系列の戦艦とも、ね。』


『それに軍内部では異常者が多発しているの。これに、大きな鍵がある。』
再びウインドウの展開。
男が拘束される映像で、自分が火星の後継者であるという絶叫を上げていた。

『自称火星の後継者が発狂したように、統合軍で現れているの。
それも、自分の正体を隠さずに、現状も理解できず混乱して。
さらに、ミスマルユリカが昏睡状態に陥ったのも、
ナデシコCのクルーが異変を起こしたのもこの騒動と時を同じくしている。』

アキトもラピスも考えるところは同じだ。冷や汗を表示するユーリ。
「もしかしてだが、ジャンプミスか。」
『その可能性は高いわ。対象がこちらに精神状態でジャンプしている。
でも、幸いなのはこちらに完全になじんでいないみたい。』

イネスのいう幸いは確かに納得のできるものだ。別世界からのジャンパーの出現。
今まで起こらなかったからこそ、机上の妄想であったが、現実にこれは起こってしまった。

『私も錯覚と思っていたんですけど、確かにジャンプに見慣れない分類のジャンパーが多数。』

お茶を濁すように、ユーリが口を開く。
遺産である彼女は、ジャンプ対象者の分類や情報に接続が出来る。
僅かなつながりでも、それは確かなものだった。

「ジャンプアウトしていたの。」
『いえ、ジャンプアウト出来ずに居たんでいぶかしんでいました。けれども、それを指定されている人もいたので』
『そういうプレイなのかしら』
乾いた笑いを浮かべるAIに呆れつつ、ラピスはため息をつく。

他の二人も同様だ。

「ジャンプ事故の発生と、三つの戦艦と帆船。原因と思しきひとつは帆船だな。あたってみる必要がある。」

ユーチャリスが補修を終えたことを表示するウインドウ。
フラワーワルツもまた、修復終了は近い。

「帆船の行方が一番の問題。捜索する?」
ラピスが愚問たる疑問を口にしながら、早速とばかりに作業を始める。

「もちろんだ。敵かどうかは問題から外し、事情はしっかりと聞かないといけない。
ナデシコCと統合軍の状態もおかしいしな。」
「了解。」

ラピスがウインドウボールを展開して、捜索を始める。
イネスの映し出されたウインドウに再び向かい合って、アキトはイネスとの意見交換を再開した。

ナデシコCとミスマルユリカ、それに三隻の戦艦と帆船。原因はは別世界から持ち込まれた可能性がある。
ならば、向こうで終結をしてもらわなくては困るのだ。

だが、全てが向こうの事情であるとは推察できなかった。
ユーリはこの状況を見下ろす。事象には因果が付随する。ならば、因果にこの世界も関わっているはずなのだ。



「宇宙の海はおれのうみーーっとくりゃあ!」
ガイは揚々とブリッジにある舵を取って火星公転軌道の、火星とちょうど対になる宙域にいた。


宇宙無宿ガバメントに似たフォルムというが、それはこの遺跡がガイの意思に答えた姿だった。
古代火星で見た、未来においてみた。
船は迎え入れた文明に則った姿をする。

未来において火星の後継者はクーデターに成功していた。いや、可能性のうちの一つの未来だった。
そして、クリムゾンならずともネルガル、
双方の企業を利用して後継者は新しく和平を成した世界でクーデターを起こしたのだ。

執念にも思える対話による和睦。第一次火星大戦による少数の犠牲を出しながら得た、武力衝突回避。
クサカベはそうして形成した和平によって出来た社会を、更なる発展させるために動いた。

そうして、そのような世界でガイは火星公転軌道を進み続けた帆船の発掘に出会った。
であってしまった。
帆船が宿していたのは、二つの魂だった。いや、遺跡の端末の一つの鍵として、二人は人身御供にさせられていた。


大儀のための少数の犠牲は少なければ少ないほど良い。
ネルガルに用意された披見体の二人は、年の離れた青年と幼女だった。

彼らが鍵となって、帆船は主変更を迫られた。ガイは行動した。
二人の犠牲でもって語る大儀。確かに正当な世界の大勢から見た正義。
それでもなお、彼は二人の幸せ。


いつまでも二人共に存在できる幸せ。


それを食い物にするのは許せなかった。

「まったく、お前たちはどこの世界でも不幸になってて、幸せになろうとしてないんだかな。」
端末が置かれた艦長席後部を見る。
端末に繋がれた生体ポッドの一つの中に眠るのは、テンカワアキトとラピスラズリ。
「なんだかねえ。」

ガイは船をのんびり進めた。衛星群に見つかっても良い。
追跡を行っていたクサカベには少々呆れつつ、大儀を推し進める意気。
ガイにとって意にそぐわないが、良いと肯定している。

ともかくだ。
「ちょっくら遺跡にいかないとな。」
ウインドウ展開。
三つの戦艦と機動兵器。クーデターを起こしたナデシコB、昏睡したミスマルユリカ。
「ご帰宅願わないといけないやつが大勢だ。」





↓押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

作家さんへの感想は掲示板のほうへ♪


Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.