みのりんこと櫛枝実乃梨(くしえだ・みのり)は考えていた。
 とにかく楽しいことが好き、おバカなことが好き、笑いが好きと――
 実乃梨はいつも元気に愛≠ニネタ≠ニ笑い≠周囲に振りまいていた。
 彼女のことを例えるなら、そう――太陽≠ニ言う答えが、これほど似合う少女はどこにもいないだろう。

 そんな彼女が、いつになく真剣な表情をし睨みつける先には――
 商店街の掲示板に貼り出された、明るく人目を引くポスターがあった。
 そこに『シルフェニア四周年祭開催』と言う文字が大きく$ヤ字で書かれていた。

 祭――それはなんと甘美な言葉か、その言葉を聞いただけで胸が躍るのを実乃梨は感じる。
 祭と聞いて騒がずにいられない実乃梨の、江戸っ子(?)の血が沸き立つ。

「うっしゃああぁぁ――っ!!!」

 夕方と言うことで買い物客、帰宅途中の学生、会社員で賑わう商店街のど真ん中で、突然奇声を張り上げる実乃梨。
 近くの肉屋の主人は「なんだ!? 火事か、泥棒か!?」と包丁片手に慌てて店の前に飛び出してきた。
 同じように「なんだ、なんだ!?」と他の店からも、その奇声聞いた店主たちがゾロゾロと表通りに顔を揃えた。

「ママ、あの人……」
「シッ! 見てはいけません!!」

 子供に後ろ指をさされながらも気付いていないのか、まったく動じない実乃梨はガッツポーズをとって拳を天にかざす。
 その目は輝いていた。そして背中は燃えていた。

 祭――そこに賭ける彼女の意気込みは本物だった。





とらドラ短編SS 『着ぐるみタイガー』
作者 193





 まるおこと北村祐作(きたむら・ゆうさく)は考えていた。
 なんとか周囲の度肝を抜くアイデアがないものかと――
 そう、その視線の先には『シルフェニア四周年祭開催』と書かれた例のポスターがあった。

「祐作、何をそんなに真剣な顔して悩んでるの?」

 いつものように顎に右手を当て、周囲の視線も気にせず考えに更ける祐作に、訝しむような表情で声をかける少女。
 少女の名前は川嶋亜美(かわしま・あみ)――腰まで届く長い髪に、キリっと釣りあがった瞳、健康的なバランスの取れた身体。
 女優の川嶋安奈を母親に持つ彼女は、学業の傍らモデルの仕事もやっている。
 周囲からの評判も良く、みんなからは「亜美ちゃんって少し天然入ってるよね」と言われるほど愛くるしく、芸能人と言う立場を鼻にかけない気遣い≠ニ可愛らしさ≠ェ人気となっていた。
 そんな一見「美少女」と言う言葉がとてもよく似合う彼女ではあったが、その見た目とは裏腹に彼女には隠された本性≠ニ言うものが存在した。

「うげ……祭、それも仮装大会って」
「そうだ! 亜美――お前も参加してみないか!?」
「嫌よ、メンドくさーい。
 まあ、そりゃ、この可愛い亜美ちゃんなら――
 きっとどんな格好をしても、すっごく似合うんだろうけどさ〜」

 そう、これが亜美の本性だった。
 いつもの天然娘は彼女の表の顔に過ぎない。彼女の本性は、典型的な女王さまタイプ。
 我が侭で自分のすべてを鼻にかける高慢さを持ち、表を取り繕う必要のない相手、気を許した相手にはその強烈な毒舌とギャップで精神に致命的なダメージを与える。
 まさに超絶腹黒な存在――それが、川嶋亜美と言う少女の本性≠セった。

「んなの、あたしじゃなく、あのちびトラにでも頼みなさいよ」
「――――!?」

 亜美の一言で何か閃いたのか「それだっ! ありがとう亜美!!」と高笑いをして走り去っていく祐作。
 祐作の奇行は今にはじまったことではないが、幼馴染の亜美でさえ突然のことに呆気に取られてしまっていた。
 そんな祐作の後姿を黙って見送りながら、亜美は冷や汗混じりに口にする。

「……わたしのせいじゃないわよね?」

 大河がどうなろうと知ったことではないが、明日は面白い物が見られるかも知れない。
 亜美はそう思い、口元に笑みを浮かべた。






 手乗りタイガーこと逢坂大河は思う。

 ――その日は嫌な予感がしていたのだ。

 それは野生の勘と言うものだった。
 朝、言い知れぬ悪寒を感じ取った大河は、珍しく竜児に起こしてもらうこともなく自分で目覚めることに成功した。
 それを見た竜児は「雨でも降らなきゃいいが……」と不遜なことを口にしていたが、そんな竜児の言葉などなんのその、大河はいつものように容赦なく、竜児のその股間に蹴りを食らわせてやった。

 しかし、それでも気分が晴れなかったのだ。

 大河自身も上手く言い表せないのだが、たしかに何か嫌な予感がしていた。
 いつものように竜児の家で朝食を済ませ、竜児お手製のお弁当を片手に登校する大河。
 そして、そんな大河を教室で待っていたのは、いつもの通り親友の実乃梨と――

「待ってたよ――大河っ!!」
「ハッハッハッ!! よくきたな逢坂!!」
「――みのりん、それに北村くんっ!?」

 実乃梨と祐作のタッグに持ち上げられ、クルクルと回される大河。

(北村くんの腕が、手が、わたしの脇に――)

 突然のことに大河は完全に参っていた。
 ――大河は憧れの祐作≠ノ抱きかかえられ「ボンッ!」と真っ赤な顔で音を立て表情を固まらせる。
 実乃梨と祐作のコンビに抱きかかえられたまま、自分の席に座らせられる大河。
 そんな大河に更なる試練が待っていた。

「逢坂……実は逢坂に頼みがあるんだ」
「頼みがあるのですよ」

 実乃梨はともかく、大好きな祐作にそんな真剣な表情で頼まれて断りきれる大河ではない。
 なんでよく話を聞いて考えなかったのだろう――と、後に大河は頭を悩ませるが、結果は同じことだった。
 大河が親友≠ニ憧れの人≠フ頼みを断れない時点で、この交渉は決していたのだ。





「ぷっ! アハハハハハ――ッ!!」
「――笑うな!! 殺すわよ!? ばかちー!!」

 我慢できず、そこが教室だと言うことも忘れ、大声で笑う亜美。
 そうそれには大河の格好に理由があった。

「ううぅ……わたしがなんでこんな」
「いや、案外いけるんじゃないか? うん、まさにトラ≠セ」

挿絵 竜児の表現は的確だった。
 それはそうだ。手乗りタイガーと愛称を持つ大河が、トラの着ぐるみを着ているのだから――

 実は、祐作と実乃梨は同じポスターを見て、同じ答えに至っていた。
 今度の祭の花形とも言うべき仮装行列

 ――そこでもっとも強いインパクトを与えるにはどうすればいいのか?

 そして辿り着いた答えがコレ≠セった。

 祐作と実乃梨、二人はその答えに達したとき、手を結んだ。
 ただ一つの目的のため、祭を愛する仲間として、二人は友情を確かめ合ったのだ。

「逢坂、似合ってるぞ」
「うむっ! これならきっと祭をお空から見てる神さま≠焉\―
 満足してくれると思うぜ――っ!!」

 ビシっと親指を立てる実乃梨だったが、正直、商店街のイベントのお祭に、神さまがいるかどうか怪しいと言わざるを得ない。
 もっとも大河は祐作に「似合ってる」と言われたのが余程嬉しかったのか、「ま、まあ、お祭りだし仕方ないわよね」と照れた様子で鏡を見ていた。

 これぞまさに『着ぐるみタイガー』と、そう呼称された愛称が大橋高校だけでなく、商店街にも広まるのは予想に難くない。

 ここに『タイガー』の伝説がまた1ページ刻まれたのだった。






 ……おわり。





 あとがき
 193です。
 本当に読み切り短編です。
 楽しんでいただけると幸いですが、ボリュームに関しては絵に合わせた短編と言うことで目を瞑って下さい。
 アニメの『とらドラ』見てますが、ノリがいいですね。
 特にみのりんは最高ですw 「盛るぜ〜! 盛るぜ〜!! 超盛るぜ〜!!」

 イラストはキュベさん作の『着ぐるみタイガー』です。
 この場を借りて、お礼を申し上げさせていただきます。
 楽しいイラスト、ありがとうございました♪




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