※本作品は『異世界の伝道師/鬼の寵児編』の番外編です。 最終章に入る前、76話と77話の間にあった騒動の一幕です。



【Side:太老】

「お兄ちゃん、さっきから真剣に何をやってるの? 地球のウェブサイト?」
「ああ、ちょっと重要な研究を、ね」
「重要なって……コスプレ衣装の専門店を見ながら?」

 そう、桜花が言うように、俺がさっきから真剣に見ているのはコスプレ衣装の専門サイトだった。ちなみに今見ているのはメイド服だ。
 ここは樹雷『天樹』の中にある俺の工房だ。ここの回線は全て、柾木家にある俺の工房を中継して地球の回線と繋がっていた。
 さすがは伝説の哲学士が誇る宇宙最高の超科学技術。白眉鷲羽直伝のネットワークシステムだ。
 こんなところからでも超空間ネットワークを使えば、地球のウェブサイトを閲覧できるのだから、本当に便利な時代になった物だと感心する。

「そうだ! ラウラちゃんと二人で着てみないか?」
「…………遠慮しとく」

 猫耳と尻尾を付けたりして語尾に『にゃん』を付けて話す二人を想像して、『絶対可愛いのに』と俺は残念そうに肩を落とした。
 何故、俺がこんな調べ物をしているかというと、船穂様人気で地球文化が広く浸透しているここ樹雷にメイドの良さを広めるためだ。
 何を言ってるんだ、こいつ? 遂に頭がおかしくなったか、と思われるかもしれないが誤解が無いように言っておく。
 俺はメイドさんが好きだ。可愛い幼女も好きだが、同じくらいメイドさんが好きだ。しかしここ樹雷には、女官はいてもメイドは居ない。
 まあ、何が言いたいかというと、娯楽もといメイドさんに飢えていた。
 樹雷の民族衣装はアレはアレで良い物だが、メイド服の良さとはまた違ったものだ。

「お兄ちゃん……それ、誰に着せるつもりなの?」
「え? 水穂さんだけど?」
「……やっぱり」
「林檎さんは話したら、一発で了承してくれたけどな」
「……なんて言ったの?」
「女性が働く時に着る地球の伝統的な仕事着だって」
「間違ってないけど……」

 間違った事は言っていない。メイド服とは可愛いだけでなく機能性に優れた立派な仕事着だ。

「さて、これでリストは揃え終えたな。早速、注文するか。改造もしないとだし」
「ちょっと、お兄ちゃん!? 改造って!?」

 注文する品をリストにして揃えると、俺は工房の隅に備え付けられた昔懐かしいカタチの黒電話を手に取った。
 惑星識別番号を頭に付けてダイヤルすれば、ちゃんと地球に繋がる優れものだ。
 ちなみに地球の番号は『4989』。四苦八苦と実に覚えやすい番号だった。

「もしもし、あれ? 魎皇鬼か?」
「みゃあ!」

 電話に出たのは魎皇鬼だった。懐かしい『みゃあみゃあ』と言う声が受話器の向こうから聞こえて来る。
 さすがに送り先を『樹雷天樹の中』とする訳にはいかないので、代わりに砂沙美あたりに頼んでベースとなるメイド服を注文して送ってもらおうと考えていたのだが、魎皇鬼の話によると砂沙美は村主催の温泉旅行に天地達と一緒に出掛けていて居ないそうだ。
 魎皇鬼は定期診断が重なってしまって、鷲羽と二人で留守番をしていると言う話だった。

「ううん……困ったな? 砂沙美ちゃんに頼みたい事があったんだけど……え? 任せろって?」
「みゃあ!」

 少し不安だったが、魎皇鬼が大丈夫というなら任せてみるかと考えた。
 ウェブサイトで注文するだけだし、日本語を話せない魎皇鬼でもちゃんと注文できるはずだ。
 ちなみに俺が魎皇鬼の言葉が分かっているのは、なんとなく慣れだ。いつの間にか、自然と理解できるようになっていた。
 一応マシン言語に近い物だそうだから、言葉として意味は通じていると言う事だ。
 あの家の連中は皆、魎皇鬼と意思疎通できていたし、俺が魎皇鬼の言葉を理解できても特に不思議な話ではない。

「じゃあ、お願いするよ。よろしく頼むな」
「みゃ、みゃあ!」

 頼まれ事をしたのが余程嬉しかったのか、受話器の向こうでは気合いの入った様子の魎皇鬼の声が響いていた。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 番外編『コスプレの魅力』
作者 193






 で、それから二週間後。地球から肝心の荷物が届いたのはよかったのだが――

「幾らなんでも多すぎるだろう……」

 届いたのは大量のダンボールだった。店でも始める気か、と問いたくなるような量だ。
 戦艦すら入るように設計されている工房のドックが、大量のダンボールで埋め尽くされていた。
 どうにも桁を間違えて注文してしまったらしく、この大量のダンボールの山が届けられたと言う訳だ。

「はあ……。まあ、魎皇鬼を怒る訳にはいかないしな」

 ちょっと請求書の金額に目眩を覚えたが、その事で魎皇鬼を怒る訳にもいかない。共犯者の鬼姫に回しておこうと思った。
 このメイド服事件、実は裏にスポンサーがいて、それは鬼姫だったりする。
 水穂や林檎のメイド姿が見てみたくないか、と相談すると一発で乗ってきた辺りはさすが鬼姫と言ったところだった。

「しかも、スクール水着に巫女服とか……イメクラの不良在庫でも掴まされたか?」

 明らかにメイド服では無い物も混ざっていた。
 まあ、同じメイド服を大量に掴まされるよりはマシではあるが、樹雷全土でコスプレ喫茶でも始められそうな種類と数だ。

「取り敢えず量子変換装置に、各衣装を設定してと」

 以前に作った魔法少女セットの要領で、それぞれの衣装をこのために用意してあった腕輪型の量子変換機に入力していく。
 これで瞬時にメイド服やスク水と言った衣装を装着できると言う訳だ。
 実に便利、超科学万歳と言ったところだ。ちなみに樹雷軍やGP(ギャラクシーポリス)で使われている戦闘服も、これと同じ原理を使っている。

「んー、やっぱり特殊効果もあった方がいいよな」

 ただコスプレするだけなど面白くない。
 魔法少女同様、衣装によってそれぞれの特性を発揮できるように改造を施していく。
 まあ、使いこなせるかどうかは本人次第ではあるが、簡易の強化服のような物だと考えてくれればいい。
 あらかじめ入力されている職業に応じた知識や技術なんかが、衣装を変える事で使用者に反映される訳だ。

「フフッ、腕がなるな」

 複数の空間モニターをだし、慣れた手つきで作業を進めていく。
 ウキウキと高揚感を味わいながら、久し振りの趣味に没頭する俺だった。


   ◆


 そして更に一週間。問題の装置が完成し、そのお披露目を水鏡でする事になった。

「太老くん……このブレスレットは?」
「俺の新発明です! まあ、ちょっとした実験……いや、プレゼントというか」
「今、実験って言わなかった!?」

 水穂が手首に付けている銀色のブレスレットは、全百種のコスプレ衣装のデータを詰めた通称『お任せ衣装セット』。
 と言っても、まだ試作品で完全に実用化には至っていない。その内、銀河中のあらゆる衣装を網羅した完成品を作るつもりだ。
 さすがにメイド服やスク水を装着するような物を自分で試す気はおきなかったので、実は一度も実験はしていなかった。
 まあ、念入りにシミュレートはしたし、多分大丈夫なはずだ。多分……。
 桜花が協力してくれれば一番よかったのだが、あの一件以来しばらく工房に姿すら見せていなかった。

「さあ、水穂! ささっと覚悟を決めて、やっちゃいなさい!」
「瀬戸様まで……というか、黒幕は瀬戸様ですね」
「何を言ってるの? 偶々、話が合っただけよ? ね、太老殿」
「ええ、瀬戸様」
「こんな時ばかり息がピッタリあって……」

 いや、何事にもスポンサーは重要だしな。研究や開発には金が掛かるのだよ。
 瀬戸を巻き込んだのは実はそのためだったりする。ここの給料だけでは正直きついので、大口のスポンサーが欲しかったのだ。
 確かに鬼姫は俺の天敵と呼べる存在だが、メイド服のためならその天敵すらも利用する。
 妄想を現実とするために、この世界に真の桃源郷を築くため、敢えて苦難に挑む。それが真の(おとこ)と言う物だ。

「で、どうすればいいの?」
「音声認証になってますから、特定のキーワードを叫んでもらえれば」
「キーワード?」
「はい。『メイクア――ップ!』と」
「…………え?」
「いや、だから『メイクア――ップ!』と」

 目を丸くして、その場で固まる水穂。そんなに変だろうか?
 どんな変身シーンにも、お約束の掛け声や呪文は必要不可欠と言う物だ。
 まあ、実際のところは意思伝達システムなど、叫ばなくても良い便利なシステムは幾らでもあったりする訳だが、これを省略してしまっては意味が無い。

「瀬戸様、今期分の決済書類をお持ちしました。後――」
「あら、林檎ちゃん。丁度良かったわ。あなたも、はい」
「これは?」
「太老殿からのプレゼントよ」
「太老様からの?」

 水鏡のブリッジに仕事モードの林檎がやって来た。
 しかし一転、普段の彼女なら仕事中に鬼姫の甘言に耳を貸しはしなかっただろうが、予想もしなかった『プレゼント』という言葉に反応を見せる。
 鬼姫から手渡された腕輪を見て、確認を取るように純真な眼で俺を見てくる林檎。

「プレゼントというか。まあ、確かに林檎さんのために作ったんだけど……」
「ありがとうございます! 太老様! 大切にしますね」
「いや、そこまで感謝されるほどの物じゃないと言うか……」

 心底喜んでいる林檎を見ると、ほんの少し罪悪感に苛まれた。
 後で笑いを堪えている鬼姫を見て、態とあんな風に林檎に話題を振ったのだと気付く。

「林檎様。使い方をお教えしますね」
「使い方?」

 そうこうしている間にも、話を最初から聞いていた女官達に使い方のレクチャーを受ける林檎。
 さすがは瀬戸の女官達。実にノリノリな様子だった。

「メ、メイクアップ!」

 ちょっと恥じらいながらも、思いきって変身の言葉を口にする林檎。
 すると光の粒子が林檎の身体を覆い、一瞬で変身が完了する。
 キュピンという効果音と共に現れたのは、落ち着いた色合いのクラシックタイプのメイド服に身を包んだ林檎の姿だった。
 女官達の間でも驚きと、『きゃあきゃあ』と言った黄色い声が上がる。『自分も着てみたい』と話す女官まで出てくる騒ぎだ。

「これは……以前に太老様が仰っていた地球の仕事着ですか?」
「主人に仕える……まあ、侍従さんみたいな仕事をする人が着る服かな?」
『じゃあ、私達にピッタリですね!』

 自分達にも用意しろとばかりに、目を輝かせて手を挙げる女官達にドン引きした。
 まあ、確かに在庫は山ほどあるのだが……店を開けるくらいの数が……。
 これは後で人数分用意しないと非常に拙そうだ。

「確かにこれは動きやすくて機能性も優れてそうですね。あの、太老様……」
「えっと、何?」

 モジモジとしながら、上目遣いで近寄ってくる林檎に不穏な空気を感じ取る。

「私のご主人様になって頂けますか?」

 落ち着いた色合いのメイド服を身に纏い、更には薄らと頬を染め、恥じらいながらお願いをする林檎。
 それは、まさに爆弾だった。核爆弾クラスの破壊兵器だ。
 普段と違うシチュエーションにメイド服という新鮮さが加わる事で、それは予想以上の破壊力を秘めていた。

「もち――」
「太老くん! 私もやってみるわ!」

 雰囲気に流されて『勿論』と首を縦に振りそうになったところに、水穂が大声で俺と林檎の間に割って入った。
 何故か、残念そうに肩を落とす林檎と女官達。それにチッと舌打ちをする鬼姫。

(危なかった。あの様子からすると、やはり罠だったか……)

 危なかった。これが鬼姫の罠だったら、俺は人生の墓場にサインをするところだった。
 今回ばかりは、水穂に感謝しないと行けないだろう。林檎の事は嫌いでは無いが、雰囲気に流されて樹雷皇や内海の同類にはなりたくない。
 ああもはっきりとした前例がある以上、鬼姫絡みでは慎重にならざるを得ない。

「メイクアーップ!」

 と先程まで嫌がっていた割に気合いの入った様子で変身の掛け声を上げる水穂。
 光の粒子が水穂の全身を覆い、これまた一瞬で変身を終える。ここでアニメとかだと、視聴者サービスの変身カットなんかあったりするのだが、何分一瞬過ぎるためにスロー再生でもしないと、この感動を伝えられないのが残念だ。
 ちなみに俺には完璧とまでは言わないが、ちゃんと見えていた。これも幼い頃から強制されてきた鍛錬の賜物だ。

「どう? 太老くん? って、何これは!?」
「え? メイド服ですよ?」
「林檎ちゃんのと全然違うじゃない!」

 水穂が着ているのは同じメイド服でも林檎が着ているようなロングスカートのクラシックなタイプではなく、よくあるメイド喫茶で出て来るようなミニスカートのなんちゃってメイドだった。
 メイドと言えば前者しか許容出来ないと言う人は大勢いるが、似合っていれば俺はどちらでも構わないと思う。
 ミニスカメイドにはミニスカメイドの良さが、クラシックメイドにはクラシックメイドの良さがある。そんなに恥ずかしがるような物でも無い。
 実際、水穂は美人だしモデル顔負けのスタイルの良さだ。顔も小さく足も長く肌も綺麗だし、足を強調した衣装はよく似合う。
 普段、肌の露出が極端に少ない樹雷服ばかり着ているのが、勿体ないと感じているくらいだった。

「こ、こんなスカートの丈が短いのなんて……」
「え? でも、似合ってると思いますよ? ね、瀬戸様」
「ええ……プッ、水穂ちゃん。よく似合ってるわよ」
「……怒りますよ?」

 何気に黒水穂が降臨しそうだったので、ここらでやめておこうと思った。
 それは鬼姫も同じ考えのようで、水穂を刺激しまいと必死に笑いを堪えている様子が窺える。

「もう、とにかくこんな姿で仕事なんて出来ません! えっと、どうすれば元に?」
「あっ、水穂さん! そんなに乱暴に扱うと――」
「え?」

 試作品だから丁寧に扱ってくれ、と言おうとしたところで、時は既に遅かった。
 ピカッと光を上げて、また変身する水穂。今度はナース服姿の水穂が目の前に現れる。

「ちょっ! 太老くん!? こんな物まで!」
「俺の所為じゃないですって!? あっ……ダメだ。暴走してる」
「ええっ!?」

 まるでファッションショーのように、ピカピカと光を放つ度に次々に姿を変えていく水穂。
 その強制コスプレ大会は機械の暴走が止まるまで延々と続いた。

【Side out】





【Side:瀬戸】

「フフ、なかなか楽しめたわね。水穂ちゃんのお宝映像も手に入ったし、アイリ殿にも送ってあげないと」
「趣味が悪いですよ。瀬戸様」
「あら? これも水穂のためを思えばこそよ。あの子、素直じゃないから」

 夕咲の皮肉にも全く動じず、私はお決まりの台詞を返す。ただ、これは嘘では無く本音も含んでいた。
 太老をかすみ殿から預かっているという責任感から、いつも一歩引いたところに居る水穂にチャンスをあげたいと思ったのは事実だ。
 そう言うところは林檎と違って、あの子は奥手なところがある。もう少し積極性があれば、と常々考えていた。
 私を言い訳にしてはいるが、生真面目過ぎるというか、そんなのだから今まで彼氏の一人も出来なかったに違いない。
 アイリ殿が、『もう一人の娘(水穂)がいつまで経っても孫の顔を見せてくれない』と嘆くはずだ。この件に関しては、全く同意見だった。

「あ、瀬戸様。これ、林檎ちゃんが瀬戸様にと」
「私に?」
「地球からの請求書らしいです」
「地球からの?」

 思い当たるのは一つしかない。今回のコスプレ衣装の件だ。
 スポンサーを引き受けた以上、その請求書が私に届くのは極自然な流れではあるが、夕咲から手渡された請求書に目を通して、私は目を丸くして固まった。

「これ、桁を間違えて無い?」
「いえ、あってますよ。多分、女官達の分も発注されたのでは?」

 今回は何事も無くすんなりと終わった事に違和感を感じていたが、そこはやはり太老だった。
 請求書には全百種×三千人分の衣装の請求書が添えられていた。

 その頃、地球では一つのニュースが報じられていたらしい。

 ――秋葉原に拠点を置くオタクショップ『かにのあな』
 ――衣装部門の業績好調で、本年度三割増しの売り上げ増

 と、そこの影の経営者は、哲学士(オタク)の間で『伝説』と呼ばれる人物だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED




 あとがき
 193です。お待ちかね(?)の記念作品です。
 鬼の寵児編番外編。第弐期と天の御遣い編の拍手返信は、いつも通りあっちの方でするので。
 まあ、今回の話は、はっきりと言ってしまうとネタ系ですね。時期的には、本編では一気に数ヶ月飛ばされた空白期にあった話になります。
 この後、なんどか水穂は実験台にされ、一部でこのアイテムは爆発的な人気を誇るようになっていくのですが、それはまた別の話。

 ようやくこの作品も一周年。残り一年で終わるかどうかは分かりませんが、悔いの無いように頑張って行きたいと思います。
 これからも皆様、応援の程よろしくお願いします。次回の番外編の時期は未定。
 外伝の予告編をシルフェニアの六周年イベントに合わせて企画中です。



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