【Side:太老】

 正直、何故こうなったのか分からない。
 マリアとユキネに公用車に押し込まれ、連れられてこられた軍の開発工房。
 聖機人や亜法結界炉などの整備や開発を行っている場所なのだそうだが、連れて来られた理由が今一つ理解できないでいた。

「ん〜、ひさしぶりのナマ太老ちゃんっ!」
「お、お母様っ!?」

 案内された部屋で待っていたのは、作業服に身を包んだここの技師の人達とフローラ。
 現在、俺はマリアに腰の辺りを引っ張られながら、フローラに抱きつかれている状態だ。
 と言うか、『ナマ太老』ってもうちょっと呼び方ってものがあるでしょうが……。
 最近、公務が忙しかったらしく、一ヶ月ほど顔を合わせてなかったので寂しかったらしい。
 仮にもこの国の女王なんだから、もうちょっと高節を重んじて欲しい。ほら、後ろの技師の人達も困った顔でこちらを見ている。
 この人の場合、どこまで本気か分からないからな。こうやって、マリアの反応を楽しんでる節があるし。

「で、ここに俺を呼んだのってフローラ様?」
「私はただの付き添いよ。マリアちゃんに頼まれてしまってね。太老ちゃんの適性を見てあげて欲しいって――
 大事な娘の頼みを、私が断れるはずもないでしょう?」

 どうやら、先日うっかりと口走った聖機師の話をマリアは鵜呑みにしていたらしい。
 ここの工房に亜法波の耐久持続性を計測する装置があるらしく、それでどれだけ適性があるのか調べることが出来るのだとか。
 聖機師になる気はないんだが、今更断れる雰囲気でもないしな……。
 マリアは気合を入れた感じで、「タロウさんなら絶対に大丈夫ですっ!」と何故か自信たっぷりだ。
 ここまで準備万端整った状態では、逃げ場など最初からないのだろう。
 用意周到と言うか、これはフローラはフローラで確実に分かってておもしろがってるな。

「はあ……分かりました。ただし、一つだけ条件があります」
「あら? 何かしら?」
「検査は受けます。でも、適性があったからと言って、聖機師になるかどうかは考えさせて下さい。
 本当はこんな事言える立場じゃないんでしょうが、俺はこの国の人間でもありませんし」

 俺の話を聞いて、フローラとマリアは困った様子で顔を見合わせる。
 マリアは以前の話もあるから、俺が断るとは思ってはいなかったようだ。
 それにフローラの立場からすれば、適性があるのなら聖機師に是が非でもなって欲しいはず。
 特に男性聖機師は貴重だと言うし、それも無理はない話だろう。
 本当ならこんな条件、一国の女王として呑む必要などない。
 俺はマリアの従者として雇われている身だし、所詮は得体の知れない一般人。
 無理矢理にでも聖機師にすることなど簡単なはずだった。

 しかし、フローラは悩んでいた。
 ハヴォニワの女王としてそんな特例を許せば、他の聖機師に示しがつかないと言う事も分かっていて、俺を無理矢理に聖機師にすることのメリットとデメリットを比較しているのだろう。
 少なくとも俺は、マリアやフローラに多少なりとも恩を感じているので、すぐにこの国を出て行くつもりなどない。ただ、さすがに自分の意思を捻じ曲げてまで、この国に仕えるほど殊勝な志も持っていないので、他の聖機師の反応や貴族の出方次第では機を見て雲隠れするかも知れない。フローラも、その辺りのことは分かっているのだろう。
 でも、一番嫌なのは、無理を通して俺を他所に持っていかれることのはずだ。
 若い男性聖機師ってのは貴重みたいだから、別にハヴォニワでなくても受け入れてくれる国はたくさんある。だからこそ、必ず自軍に取り入れようとするはずだと俺は考えた。

 その考え通り、フローラは俺の提案を受け入れた。
 ただし条件として、聖機師になると決めた時はハヴォニワに仕えること、そしてマリアの従者を続けて欲しいと言われ、俺はそれを了承した。





異世界の伝道師 第5話『珍獣太老』
作者 193






 正直、適性は必ずあると俺は確信していた。
 色々と調べていくうちに亜法結界炉の実物が見たくて、何度か皇宮の地下に忍びこんだことがあったからだ。
 確かに亜法結界炉の放つ振動波は不快な感じはするのだが、それもすぐに気持ち悪くなると言うほどのものではなかった。
 例えて言うなら、ブーンと言う不快で耳障りな音を延々と聞かされているくらいの不快感だろうか。
 まあ、それはそれで嫌だが、人間慣れてしまえばそんな状態でも軽く眠るくらいのことは出来る。
 長時間、そんな状態でいるのは確かに辛いかも知れないが、そんな事ですぐに身体に害がでるわけでもない。

 勝仁との修行で疲れて寝ている傍で、ドンパチやり始める剣士の姉達や――

(何度か巻き込まれ、お花畑が見えました)

 眠っている間に研究室に運ばれ、身体や頭を弄られる恐怖と苦痛に比べたら。

(川向こうで、前世の両親が手招きしてましたよ?)

 フ……このくらい。
 と言う訳で、俺に関して言えば『亜法酔い』の心配は殆どない。

「適性があるとは思っていたけど……まさか、こんな……」

 フローラが珍獣でも見るかのような目で、ガラスケースの向こうから俺のことを見ている。
 周囲にいる技師達も絶句した様子でこちらを見て呆けていた。
 何やら「こ、こんな数値ありえないっ!」だの「彼は人間なのか!?」だの、よく分からないが失礼なことを言っている様子。

 これでも一応は人間のつもりだ。

 最近は「人間離れしてきたなー」と、そりゃ思うこともあるけど、あっちの世界ではこれでも十分に人間≠ニ言えるレベルだと思う。
 他に非常識な怪物連中がわんさかいるからな。
 あの連中なら、一人で世界征服くらいやってのける力が十分にある。
 ぶっちゃけ、聖機人なんかも束になってかかったところで相手にならないだろう。
 戦艦なんて持ち出したら、文字通り世界の終焉だ。

「太老……本当に大丈夫?」
「うん? まあ、これと言って身体に異常はないけど」
「……人間?」
「おいっ!」

 聖機人のコクピットを模した計測装置から降りると、ユキネがタオルを持って出迎えてくれた。
 しかし、心配してくれているのかと思いきや、行き成り「人間?」って疑問符はないだろ。俺でも、さすがに傷つくぞ?
 一緒にいるマリアは興奮冷め止まぬ状態のようだ。
 あの山賊との一件から、俺はマリアの中でとんでもない怪物か珍獣にでもなっているようで――

「タロウさんならこのくらい楽勝だと、私は信じていましたからっ!」

 一体、俺は彼女にどれだけ期待されているんだろう……。
 実は何度か二人きりで話し合って、この間違った認識を解こうとしたことがあるんだが、その度に誤解に誤解を上塗りし、マリアの中の俺の評価は天井知らずで妙な方向に補正されていた。
 そのうち、聖機人も素手で倒せるくらいになってるんじゃないだろうか? いや、すでになってるのかも知れない。
 だから、諦めた。マリアの中で俺がどれだけ凄いヤツなのかは考えないことにした。
 変に訂正しようとするから、余計に話がややこしくなっていくと分かったからだ。
 子供の頃に憧れたヒーローと言うものは、現実を無視して神格化されるものだ。
 そのうち、時がくれば飽きて忘れてくれるだろう。
 多分、時がくれば……。

 しかし、目をキラキラと輝かせ、技師達に俺の凄さを熱く語るマリアを見ると、すでに何もかも手遅れな気がした。



 フローラはフローラで「やっぱり聖機師にならない?」としつこく食らいついて来るし面倒極まりない。
 それに一番厄介なのは技師の連中で――

実験体(モルモット)になって下さい!」

 なんて、全員が嬉々とした表情で迫ってきた。
 この測定結果に、技師魂≠刺激されたらしい。

(う……なんか、嫌な既視感が……)

 鷲羽(マッド)の影響のせいか、俺はこの手の人種に苦手意識を持っている。
 しかし、このままでは本当に解剖実験でもされ兼ねないので、断固としてお断りすることにした。
 フローラとマリアの許可さえ出れば、無理のない範囲でデータ取りに協力すると言う事で、どうにか納得してもらえ一安心する。
 妥協点をこちらから提示しなくては、この手の輩はいつまで経っても諦めてくれないからだ。

「……約束ですものね。でも、聖機師になりたくなったら、いつでも言って頂戴ね!」

 後で色々と要求されそうだが、フローラもどうにか納得してくれました。
 それと、今回の測定結果には箝口令が敷かれた。
 誰もこんな結果信じられないだろうし、これが公になればフローラでも俺のことを庇いきれないかららしい。
 それだけ普通じゃない結果を残したと言う事みたいなのだが――

「あれって、そんなに大変なものかな?」

 と、うっかり口が滑ってしまい、余計にフローラ、マリア、ユキネの三人に呆れられた。
 珍獣を見るかのような目で、人のことをマジマジと見ないで欲しい。
 この身体のスペックが原因か? 俺自身がおかしいのか?

 これだけの対価を払って一つだけ分かったことは、俺にはやはり聖機師としての素質があると言う事、それも飛びぬけた素質が。
 フローラはそれもあって、俺を聖機師にしたいようだが、今の俺にその気はない。
 まあ、この先、何があるか分からない。もしかすれば、この力が必要な時がくるかも知れない。
 それがいつかは分からないが、ここが『異世界の聖機師物語』の世界である以上、剣士を中心としたなんらかの物語が用意されているはずだ。
 ならば選択肢の一つとして、『聖機師』と言うのも選択肢に入れておいて損はないだろう。

【Side out】





【Side:フローラ】

 太老が異世界人であると言う仮説が正しければ、必ず聖機師になる素質があると私は思っていた。
 そしてそれは、私の期待を大きく上回る予想以上のものだったと言っていい。
 どの男性聖機師よりも、いや、世界中の聖機師を集めても、彼に敵う素質を持つ聖機師はいないだろう。それほどの圧倒的な差が、そこにはあった。
 まさか、一般的な聖機師の何倍にもあたる耐久値を弾き出すとは思いもしなかった。
 しかも、それでもまだ余裕がある様子だった。それも踏まえると、異世界人だと言う事を考慮しても、彼の力は驚異的だ。

「本当に……底の見えない子ね」

 ここまでの能力を見せ付けられると、普段のやる気のない態度ですら演技ではないかと思えてくる。
 聖機人に興味があると聞いていたので、聖機師になりたいのだと思っていたのだけど、どうやらそうでもないようだ。
 確かに彼の能力なら、別にここハヴォニワでなくても、どこの国でも彼のことを欲しがるだろう。
 渋っているのは自分を高く売るためかとも邪推もしたが、どうやらそう言う様子でもなさそうだった。
 取り敢えずは彼の提案を呑んで置いて、悪いことはないと私は判断した。

 そんな事をして、ここで彼との関係を悪化させて、彼を失うことだけは避けたい。
 少なくとも彼がハヴォニワの物だと認められるまでは、彼をここに釘付けにしておく必要があると考えたからだ。
 そのためにも、マリアの従者と言う立場はこちらとしても好都合だった。

 これから、マリアも表舞台に立つ機会が増えてくる。
 専属の護衛にはユキネもいるが、別に二人いてはダメと言う事はない。
 太老ならば護衛としての腕も申し分ない。それにその他の能力、協調性、柔軟性、そして咄嗟の判断力に関しても及第点を与えられる。
 経験値は僅かに足りていないように思えるが、それでも、あの歳で私とこれだけの交渉を行えることを考えれば、十分に優秀だと言えるだろう。
 敵に回すと厄介極まりないが、味方ならば、これほど心強い味方はいない。

  年も若く、能力もある。マリアの護衛には打ってつけの存在だった。

 それに、彼をマリアと共に行動させておけば、自然と各国の諸侯の目にも留まる。
 そうすれば、マリアの従者≠ニしての太老の立場も固くなるだろう。

「問題は時間ね」

 少なくとも一年。最低でもそれだけあれば、各諸侯に太老を印象付けることは可能だろう。
 二年後にはマリアも聖地に通うことになる。そこに太老を護衛として連れていけば、各国の紳士淑女の目にも留まる。
 太老のお披露目としては最高の舞台だ。それまでに、太老が聖機師になることを了承してくれれば、なお良いのだが――

「まあ、それに関しては焦らず待つことにしましょうか」

 無理を言っても、あの様子では首を縦には振ってくれないだろうと言う事は分かっていた。
 だが、少なくともマリアやユキネのことを大事に思ってくれているようなので、何か切っ掛けがあれば心変わりをしてくれるかも知れない。
 時間は掛かるが、彼にはそれだけの価値があると考える。

  だから、そのくらいの時間は決して惜しくはなかった。

【Side out】





【Side:太老】

 あれから更に三ヶ月ちょい、そろそろこの世界に来て半年ほどが経つ。
 こちらの世界での生活も今のところ順風満帆。
 マリアの従者としての仕事もほどほどにサボリながら上手くこなしつつ――
 聖機人のことや亜法のことなど、当初からの目的としていたこの世界の勉強の方も徐々に進めている。

 時々、ユキネにサボっているところを見つかって怒られたり、マリアにサボっているところを見つかって拗ねられたり、フローラにそんな場面を目撃されて遊ばれたりと――まあ、楽しくやっている。
 技師達との約束もあって、月に二、三回のペースで色々とデータ取りや実験やらに付き合わされているが、フローラには聖機師であることを黙って貰っているので、これで貸し借りなしと言ったところだ。

 その実験ついでと言ってはなんだが、密かに聖機人にも乗せてもらう機会が何度かあった。
 ロボットの操縦と言うと難しいものを想像していたのだが、実際の操縦は拍子抜けするほど簡単なものだった。
 手元の操縦桿に手を被せることで思ったとおりに動いてくれるらしく、俺の思考がそのまま機体に伝達され反映される。
 確かにこれなら生身での技術や経験を活かす事が出来るので、色々と都合が良い。
 しかし、一つだけ納得がいかなかったことが――

「ぷっ! アハハハハ――き、金、金ピカだなんて」

 そう、俺の聖機人を初めて見たときのフローラのあの笑い声が忘れられない。
 目立ちたくない。日陰者でいたいと願っている俺の聖機人が、よりにもよって黄金色≠セったなんてっ!
 どこの黄金聖闘士だと、マジで泣きたくなった。もう眩しいくらいに輝いていたんだよ。
 聖機人ってのは搭乗者である聖機師によって、その形状や色を様々なカタチに変化させる。
 だから、聖機人の外観で聖機師が誰であるかを特定出来るのだが、いくらなんでも特徴があり過ぎだ。
 こんな金ピカしてたら、目立って仕方がない。

 それに能力の高い聖機師が搭乗した場合だけ現れると言う『尻尾』も当然ありました。
 しかし、これも映像で見せてもらった他の人の聖機人の尻尾とは随分と違う。
 機体と同じ黄金色なのは当然として、何でこんなに鱗のようなものがゴツゴツした立派な尻尾が生えてるのだろう?
 尻尾も立派な凶器ですと、これでもかと言うくらいうちの尻尾は自己主張してくれます。
 フローラにけしかけられ、試しに直径二十メートルはある大岩に尻尾を勢いよくぶつけてみました。
 大岩は跡形もなく粉々に砕けちり、大岩のあった場所には軽くクレーターが出来上がっていて、けしかけたフローラや立ち会った技師達も放心状態。

「ううん……確かに凄いのだけど……ね?」

 フローラの言いたいことは分かる。
 こんなの並の聖機人に放ったら、搭乗者の聖機師ごとぺしゃんこ≠ノ潰れてしまうのは間違いない。
 結局、尻尾は『最終兵器』として厳重に封印することになった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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