【Side:ラシャラ】

 正木太老と言う男だが、マリアの従者と紹介されたかと思えば、貴族、それも伯爵だと言う。
 伯母上の言う事じゃし、どうせ碌でもないことを考えているのだと推測するが、何にしても難儀な男じゃ。
 恐らくは、こうして伯母上の玩具にされているのであろうが、伯母上とてバカではない。
 何の得もなしに、ただの一般人≠貴族≠ノ、それも伯爵≠ノするなどと言う暴挙を行うはずもない。
 そこには、きっと裏があるはずだと我は考えた。

 ハヴォニワの改革――その噂の信憑性を一時は疑いもしたが、何の功績もなしに伯母上とて一般人を貴族に任命できるはずもなく、だとすれば議会で諸侯達を納得させられるだけの功績を、この太老が成したと思う方が自然。それ故に、この正木太老≠ニ言う人物。見た目とは裏腹に、その実は類稀ない才覚を持つ傑物なのやも知れん。

「ラシャラちゃんも、よかったら一緒にどうだい?」
「ちょっと、タロウさん!?」

 考え事をしている間に話を聞きそびれてしまったらしい。主語のない内容によく分からず首を傾げていると、マリアが切羽詰って様子で間に割って入ってきた。
 分かりやすい反応じゃな。これでもマリアとは幼い頃からの付き合い。態度を見れば、マリアが太老に一方ならぬ想いを抱いていることは一目で分かる。
 もっとも、それに太老自身はまったくと言ってよいほど気付いてない様子じゃがな。
 これが演技だとしたら大したものじゃが、実際のところはよく分からん。まるで空気のように、実体を上手く掴めない不思議な男じゃ。

「遠くから態々来てくれたのに、一人だけ除け者と言うのも可哀想だよ」
「う……分かりましたわ。ラシャラさん、特別にご一緒させてあげても構いませんわよ」
「……何か癪に障る言い方じゃが、太老がせっかく誘ってくれたのじゃ、付き合ってやってもよいぞ」

 まったく、マリアの奴は空気が読めんのか。じゃが、ここは我が折れてやることにしよう。
 今日の主役はマリアじゃしな。しかし、どこに行く気じゃ?
 中庭を抜け、城門の方に向かっておるようじゃが、主賓が勝手に抜け出して大丈夫なのじゃろうか?

「マリア、一体どこに向かっておるのじゃ?」
「さあ? 私も知りませんし……」

 ――なっ! さすがにそんな返答が来るとは思いもせなんだ。
 一国の王女たる者が、どこで何があるやも知れんのに、自分の従者と言えど何処に行くか場所を確かめもせずに後を付いて行くなど。
 しかし、それが分からぬほどマリアはバカな娘ではない。少なくとも我が好敵手≠ニ認める程度には、マリアのことは信用しておる。
 それと同じように、太老のことを信用しておると言う事か。

「お待ちしておりました」

 城門まで辿り着くと、マリアの護衛のユキネが車を用意して待っておった。
 一体、どこに連れて行かれるのやら……。
 そう言えば、何か忘れておる気がするのじゃが、気のせいかの?

【Side out】





異世界の伝道師 第9話『異世界の誕生日』
作者 193






【Side:キャイア】

 私、キャイア・フランは相当に焦っていた。

「ラシャラ様――っ!!」

 護衛としてあるまじき失態だ。
 幼馴染の姿を来賓の中に見つけ、ほんの少し目を離した隙に、護衛対象であるラシャラ様を完全に見失ってしまった。
 これでは、ラシャラ様の護衛として付いて来た意味がない。私を信用して護衛機師に任命し、任せて下さった国王陛下にも申し訳が立たない。
 親譲りの燃えるような赤い髪。新調したばかりの白いマントを汗と埃で汚し早足で急ぎながらも、賓客の皆様の邪魔にならないようにと慎重にラシャラ様の姿を捜していく。

「あら? キャイアちゃん、どうしたの? そんなに血相を変えて」
「フローラ様っ!」

 大広間を捜し終わり、ラシャラ様の姿を見つけることが出来なかった私は、すぐさまもう一つの会場となっている中庭の方へと足を運んだ。
 そこで、シュリフォンの国王陛下と親しげな様子で話をしているフローラ様に声を掛けられ、足を止める。

「大丈夫? お医者様を呼びましょうか?」

 正直、今の私の顔色は、かなり悪いに違いない。フローラ様に心配をかけるほどに焦っていた。
 そう言えば、ラシャラ様がマリア様を捜しておられたことを思い出す。
 だとすれば、マリア様と御一緒されている可能性が高いと考えた。

「あの――」

 フローラ様なら、マリア様の居場所について何か知っておられるかも知れない。
 そう考えた私は藁にもすがる思いで、護衛としての責務をまっとう出来ない自分の恥を晒し、フローラ様に助言を求めた。
 何かあってからでは遅い。後でお咎めを受けるかも知れないが、今は一刻も早くラシャラ様を見つけなくては――

「そう言えば、マリアちゃんもいないわね」
「――まさか!?」

 最悪の事態が頭を過ぎった。まさか、誘拐?
 しかし、ラシャラ様を見失ってから、まだ半刻も経っていない。
 警備の目を誤魔化し、誰にも気付かせないうちに二人を拉致して見せた犯人の手腕は見事としか言いようがないが、幼い少女を二人も連れていては逃走に時間が掛かるはずだ。
 だとすれば、まだそれほど遠くには行っていないはず。

「失礼します!」
「あ、キャイアちゃん!?」

 今なら全力で追いかければ、まだ間に合う。私は素早く決断すると、フローラ様に頭を下げ、城門へと足を向けた。
 フローラ様が後ろでまだ何かを叫んでいるが、事は一刻を争う。ゆっくりと事情を説明している余裕もない。
 視界に入ってくる侍従や貴族達を避けながら、たくさんの人が行き交う中庭を縫うように走り抜けていく。

 どうにか城門にまで辿り着くと、私は周囲を警戒しながら犯人の痕跡を探し始めた。

「これは……」

 城門の前から街道に向けてずっと続く真新しい車輪の跡。私の勘が告げていた。
 間違いない。この車に二人は乗せられて拉致されたのだと――
 私はすぐさま、痕跡を追って追跡を開始する。命に代えても、必ず二人をお救いすると心に誓って。

【Side out】





【Side:マリア】

 タロウさんに見せたい物があると言われ、ラシャラさんと一緒に城門で待っていた公用車に乗せられた。
 街道を進む車は郊外の方に向かっているようで、段々と背にする城の明かりが遠ざかっていくのが見える。
 脇道にある林道に入り、月明かりが僅かに差し込むだけのその細い道を車は進んでいく。

 城から出て十分ほど経っただろうか?
 林道に入ってからは、まだほんの数分しか経っていないはず。車は開けた広場のような場所にでて、その動きを静かに止めた。

「ここは……」

 この場所には見覚えがあった。そう、今は余り使われていないが、お母様の別宅の一つだ。
 まだ幼かった頃、この森で両親と何日かを一緒に過ごした記憶がある。
 あの時はお母様が――

「キャンプなら、やっぱり食材は現地調達よね」

 とか、また悪ふざけを言い出して、お父様を困らせていた。
 それでもあの人の凄いところは、宣言通りに必要な食材を森でちゃんと集めてくるところだ。
 その実は知略に長け、武道の腕も聖地の大会で優勝を成し遂げるほどの強者。何でも一流以上にこなす天賦の才能を持ち、歴代の王の中でも『稀代の天才』と褒め称えられるほどの逸材ではあるが、過程を楽しむためであれば敢えてその無駄≠好む傾向がある変わり者。その悪癖に周りにいる大人達は勿論、家族である私やお父様も含めて随分と苦労させられてばかりだった。

 だが嘗てはバラバラだった小国を次々にその政治の手腕で併呑して行き、ハヴォニワを三国の一国に数えられるまでの大国に押し上げたのはお母様の力だ。
 だからこそ貴族達はお母様に逆らうことが出来ないし、国内でお母様の事を悪くいう者は少ない。お父様亡き後もこの国が平和であり続けられるのは、お母様の政治力があってこそだった。
 この森はそんなハヴォニワという国の姫として生まれた私にとって、数少ない家族との思い出が残る大切な場所だ。

「マリアちゃん、誕生日おめでと――っ!」
『マリア様っ、誕生日おめでとうございます!』

 車から降りた私を出迎えたのは、タロウさんと大勢の侍従達の声。それに、『パンッ! パンッ!』と何かが弾け飛ぶような大きな音だった。
 隣にいるラシャラさんも、突然の歓迎と大きな音に驚き、目を丸くしていた。
 今まで月明かりだけが頼りで薄暗かった広場に照明が点され、その全容が姿を現す。

「何を贈ろうか色々と考えたんだけど、俺の故郷のやり方でマリアちゃんの誕生日を祝おうと思ってね」
「……タロウさんの故郷?」
「さあ――皆っ!」

 タロウさんが両手を大きく広げ合図を送ると、別宅の屋根から大きな白い横断幕が姿を現し、そこには『マリアちゃん、十一歳の誕生日おめでとう!』と大きな文字が綴られていた。
 次に耳にしたことがない不思議な伴奏が流れ、彼等は音楽に合わせて一斉に歌を謡い始める。

『Happy birthday to you――』

 それがどんな意味を持つ言葉なのかは分からない。
 聞いたことのない異国の歌。
 しかし、彼等の心の篭もったその歌は、私の胸を大きく揺れ動かした。

『Happy birthday dear "Maria"』

 その歌詞の中で自分の名を呼ばれ、ハッと現実に意識を揺り戻したわたくの前に大きなケーキが運ばれて来る。
 その上には、私の歳の数と同じ十一本の蝋燭(ろうそく)が立てられていた。

「さあ、火を吹き消して」

 手を差し出し、優しい声でそう私に促すタロウさん。
 その誘いを受けるがまま、私は彼の手を取り、そっと蝋燭の前に顔を近づける。
 フ――ッと息を吹きかけた瞬間、ゆらゆらと揺れていた赤い炎は三本を残しすべて消え、「もう一度」と耳元で囁かれた彼の声に、私は最後の一息を残った蝋燭に向かって勢いよく吹きかけた。

【Side out】





【Side:太老】

 マリアに悟られないように準備を進める必要があったため、フローラに別宅の使用許可を貰い、皇宮の侍従達の手を借りたり――
 パーティークラッカーなどの小道具を工房の技師達に頭を下げて頼んで用意して貰ったり、と仕事の合間を縫っての作業だったこともあり準備は大変だったが、遣り甲斐のある仕事だった。

 やはり皆、マリアの誕生日を自分達でも祝いたかったらしい。
 毎年、マリアの誕生日は城の大広間を使って盛大な催しで行われる。しかしながらそんな場に、一介の侍従や使用人が立ち入れるはずもなく、こうして参加して一緒に祝うような真似はこれまで一度として出来なかった。
 だから、もう一つの誕生日会を企画することを俺は考えたのだ。

 ここにいるのは皆、マリアのために忙しい仕事の合間を縫って準備を進めてくれ、ただマリアの誕生日≠祝いたくて集まってくれた、そんなマリアの事が好きで堪らない温かい人達ばかりだ。
 友達と呼ぶには、少し歳が離れすぎているかも知れないが、マリアの成長を――
 マリア・ナナダンと言う一人の少女が、この世に生を享けたその日を喜び祝ってくれる、そんな人達ばかりだ。

 正直かなり無茶を言ったし、バカなお願いもした。
 でも皆、マリアのためならば――と、快く協力してくれたことが俺は一番嬉しかった。

「タロウさん、皆さん、私……私は……」

 顔を赤くし、涙を浮かべて、必死に何かを皆に伝えようとするマリア。
 こんな風に大勢に誕生日を祝ってもらったことなど、今までに一度もなかったのだろう。
 伝えたいことはたくさんある。でも、その言葉が上手く出てこない。

「ほら、可愛い顔が涙で台無しだぞ。俺達はただ、マリアちゃんの笑顔が見たかっただけなんだから。笑ってやってくれ、楽しんでやってくれ、それが皆一番嬉しいんだよ」
「――はいっ!」

 涙で目を真っ赤に腫らせながらも、精一杯の笑顔を俺達に向けるマリア。
 隣で置いてけぼりを食らっていたラシャラも、「やれやれじゃな」とか言いながらも、どことなく嬉しそうだった。

 よしよし、喜んでくれているようで俺も一安心と言ったところか。子供は、こうやって素直に笑っているのが一番可愛らしい。
 あんな表裏のある策謀渦巻く貴族達の社交場で、誕生日なんて楽しめるはずがない。
 ああ言う奴等の相手は、そう言うのが大好きな大人(フローラ)に任せておくに限る。
 後は俺の用意した誕生日プレゼントをマリアに渡すだけだが、使用人主催の隠し芸大会がはじまり、それにマリアとラシャラの二人は大はしゃぎで、こちらに気付いていない様子だった。

「まあ、これが終わってからでもいいか」

 プレゼントなど、いつでも渡せる。今は二人とも楽しんでいる様子だし、邪魔をするのも忍びない。

「太老……」
「……何? ユキネさん」

 そうして二人の様子を微笑ましそうに見守っていると、怪訝な表情を浮かべたユキネに肩を叩かれた。

「あそこ……」

 ユキネの指差す先――広場の外れ、森の入り口の辺りで、見慣れない少女が肩で息をしながら抜き身の剣を構え、俺を睨みつけていた。
 十代半ばと言ったところか、俺と歳は近そうだ。

「……見つけた」

 この月明かりの下、森の中を走ってきたのだろう。
 身に付けている白いマントは薄汚れ、綺麗な赤い髪の毛もボサボサで、泥と木の葉まみれの姿が少し痛々しい。
 と言うか、何故に俺はこの見ず知らずの少女に剣を向けられているのだろうか?

「えっと……ダレ?」
「白々しいっ! 知らないとは言わせない!」

 剣を構え、親の敵にでも出くわしたかのような凄い剣幕で、俺に襲い掛かってくる赤髪の少女。
 触らぬ神に祟りなし、と言わんばかりに素早く俺から距離を取るユキネを見て、少し悲しくなった。

 最近、こんなのばかりじゃね?

【Side out】





【Side:フローラ】

「行っちゃったわね……」

 まだ話に続きがあったのに、キャイアは凄い剣幕で城門へ向かい、走り去ってしまった。
 おそらくは前に話してた侍従達と企画しているという『マリアの誕生日会』を行うために、太老が二人を連れ出したのだろう。
 太老の貴族達へのお披露目は済んだことだし、マリアも城での晩餐会は毎年のことで気乗りしないと言った様子。当初の目的も果たせたことだし、私もその企画自体には賛成であった。
 さすがに私まで席を外すわけには行かないので、ここに残るしかないのが残念ではあるが……。

「あれは、確実に何か誤解してるわね」

 件の犯人を見つけたら、有無を言わさず斬りかかって行きそうな勢いだった。

「まあ、太老ちゃんなら大丈夫よね?」

 太老なら簡単に斬り殺されるなんてことにはならないだろう。
 彼には悪いが、あちらで対処してもらうことにしよう。それにしても――

「太老ちゃんって、女運が悪いのかしら?」

 山賊の時といい、聖機人の件といい、先日の城での一件といい、太老の周りでは女性絡みのトラブルばかりが目立つ。
 一見、怠け者や面倒臭がりに見えて、態度や言葉とは裏腹に意外と面倒見が良いところがある。
 そうしたところも、トラブルの原因の一つとなっているのは明白だった。

 そのことで太老はこれからも苦労する事になるであろうが、これも国のため、大切な愛娘のためと私は自分に言い聞かせる。
 太老には悪いがそのための苦労であれば、出来るだけ多く背負い込んでもらおうと私は考えていた。
 伯爵と言う立場を生かすも殺すも彼次第。聖機師になると言うのも一つの選択肢ならば、貴族として生きると言うのも、また一つの選択肢だ。
 だが彼なら、より面白い結果≠見せてくれそうだ、と私は密かに期待していた。

「何より、その方が見ていて飽きないものね」

 これからのことを考え、思わず笑みが零れる。
 新しい玩具を手にした子供のように、私の胸は強い高鳴りを感じていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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