【Side:太老】

「タロウ・マサキ辺境伯……ですか?」
「そう、太老ちゃんのお陰で国の大掃除≠熄o来たのだから、対価としてはこれでも足りないくらいよ」

 俺が何かをやった訳でもないのだが、くれると言うものは貰っておいた方がいいだろう。
 貴族や皇族と言うものは、こうした体面を気にするところがある。ここで拒めば、フローラに恥を掻かせてしまうことになるに違いない。
 色々と迷惑を掛けておいて、それではあんまりに恩知らずだ。

 それに、一般人から貴族になった時は驚いたが、今更、伯爵から侯爵になるくらいで驚くつもりはない。
 問題は、あの公爵の領地が俺の統轄領のすぐ傍にあったらしく、あの一帯すべてが併合され、俺の領地になってしまったことだった。
 そのことにより、俺は西方最大の領地を持つ辺境伯≠ノなってしまい、その殆どが未開拓地とは言っても、総面積だけならハヴォニワ最大の領地を持つ大貴族が誕生したことになる。
 領民の数も凄い勢いで増え始めている現状がある。そこに加え、公爵領の領民や使用人も預かることになってしまった。
 一度、ちゃんと計算をしなくてはいけないが、全領民の数を足せば、首都の人口に迫るほどに増えてそうだ。

「でも、こんなに領地貰っても、俺は滅多に自領に顔を出せませんよ?」

 俺には商会の代表と言う立場もある。領地の運営ばかりに構っていられない理由がある以上、自然とあちらの仕事が疎かになる。
 今までは、人の殆ど住まない辺境の未開拓地と言う事で、それでも問題なくやれていたが、公爵領も併合するとなると話は別だ。
 城勤めの貴族達も、実際には殆ど代理人任せで自分の領地に帰ってなどいないと言う話だが、さすがにそれでは色々と問題が出てくるだろう。
 とは言っても、どちらもとなると間違いなく、どっちつかずの状態になり、商会の仕事も疎かになるのは目に見えている。
 俺の体は、どうやったって一つしかないのだから、それは仕方のないことだ。

「解決案ならあるわよ。太老ちゃん、人を雇わない?」
「人? 商会とは別に個人的にってことですか?」

 用は領地運営をサポートしてくれる人材を、商会とは別に雇い入れろと言う事なのだろう。
 確かにそれが出来れば言う事はないが、一時期とは違い、どこも優秀な人材は不足していることは知っている。
 領地運営のサポートをしてくれる人材となると、最低でも読み書きと計算くらいは出来て貰わないと話にならない。
 出来れば文官クラスの能力が欲しいところだが、そんな人材がそこらに転がってるとはとても思えない。
 そうしたこともあって義務教育≠フ拡大も検討はしているが、商家の子弟や貴族だけでなく、国民すべてに教育を行き渡らせるには、まだまだ時間が掛かると言うのが現実だった。

「当てならあるわよ。優秀な人材の」
「え? 本当ですか?」

 フローラが言うのなら確かなのだろうが、『そんな人材がどこに?』と俺の頭に疑問が過ぎる。
 そもそも、そんな人材がいるなら、城も人手不足なのだから城で雇い入れていそうなものだ。

「入って来なさい」

 フローラがパンパンと手の平を二回打ち鳴らすと、「失礼します」と言う声が聞こえ、扉を開けて十名の侍従達が部屋の中に入って来た。
 それは見覚えがあるなんて話じゃない。先日の舞台でも協力してもらった、あの侍従隊≠フ少女達だ。
 でも、確か彼女達は城勤めの使用人だったはず。

「本人達が、どうしても太老ちゃんのところで働きたいと言って聞かなくてね」

 俺のところで働きたい? どう言う意味だろうか?
 城の仕事は使用人にとって一種のステータスだと聞いたことがある。その仕事を蹴ってまで、俺の下で働きたいなんて、物好きもいいところだ。
 一つ言えることは、彼女達の表情が凄く真剣だったと言う事だ。釈然としないが、嘘ではないのだろう。
 以前に店を始めた時に付いて来てくれた皇宮の使用人達といい、この国の人達はどこか物好きな人達が多いようだ。

「太老さま、よろしくお願いします」
『お願いします!』

 侍従達に一斉に深々と頭を下げられ、断れるはずもない。
 どちらかと言うと、助けてもらうのはこちらなのだから――

(先日から、彼女達に借りを作りっぱなしだな……)

 それは、嘘偽りのない俺の本音だった。





異世界の伝道師 第38話『メイド隊結成』
作者 193






「正木卿メイド隊ですか?」

 色々と考えたが、いつまでも『侍従隊』と呼ぶよりは、何か名前があった方が良いだろう考えた。
 我ながら安直なセンスだが、これ以上分かりやすくて良い名前はないだろう。
 それに、この名前にしたのには、もう一つ理由がある。

「マリエル≠ウん、それじゃキミがメイド隊≠統括するメイド長ね」
「『さん』付けは示しが付きませんから止めてくださいって何度も言いましたよ?
 それと、メイド長って……侍従長のことですよね? それだったら、もっと年長者の方がよろしいのでは?」
「いや、これは譲れない。マリエル≠ウんじゃないと駄目なんだ」
「ですから、『さん』付けは――」

 お互いに譲れず、何故か口論に発展する俺達。他の侍従達も呆れた様子で、こちらの様子を窺っている。
 マリエルと言えばアレ≠セろ。メイド長≠チて決まってるじゃないか。
 でなければ、俺が何のために『正木卿メイド隊』なんてパクリ丸出しの名前を付けたのか分からない。

 それに彼女は、そんな事を抜きにしても優秀だ。そのことは城での仕事を手伝ってもらったから、よく分かっている。
 彼女と一緒だと、仕事が凄くやり易かったのだ。補佐に長けていると言うか、先読みをしているかのように的確に俺の補助をしてくれる。
 休憩のタイミングにしても、いつも絶妙だった。咽が渇いたなと思うと、お茶が出てくる。ペンのインクが切れそうになると、密かに替えを用意しておいてくれる。そう言った細かい気配りが利くのは、一流のメイド≠ノ必要不可欠なものだ。
 俺が求めてるのは単なる侍従≠カゃない。理想のメイド≠セ。そう言う意味では、マリエルは俺の理想に適ったメイドと言えた。

「分かった妥協案だ……『さん』付けは止めるように努力する。
 だから、マリエルさ……マリエルもメイド長を引き受けて欲しい」
「う……ですが……」
「皆も、それで構わないよね?」
『はい!』

 声を揃えて、俺の問い掛けに答える侍従達。
 その様子から察するに、いい加減、俺とマリエルの口論を見るのも、うんざりしていたのかも知れない。
 マリエルも「うー」と唸りながらも、皆にそう返事をされては今までのように否定は出来ないようだ。

「分かりました……」

 ガックリと項垂れ、渋々ではあるが了承してくれた。
 これで『正木卿メイド隊』が誕生した。彼女達には俺の手足となって、これから役立ってもらわなくはいけない。
 領地の運営だけでなく、『より住みよい世界に』と言う、俺の理想を現実のものとするために――

【Side out】





【Side:マリア】

 タロウさんの仕事のサポートにと、お母様が侍従達を紹介したらしい。
 それに関して文句を言うつもりはない。私も普段から彼は働きすぎだと思っていただけに、そのことに関してはお母様の案に賛成だ。
 しかし、何故、その侍従達がこんなに若い女性ばかりで構成されているのか?
 お母様に渡された資料を見る限り、平均年齢が十代半ばと、一般的な侍従の年齢からしても随分と若い。
 あの大粛清の裏側でその能力を見事に発揮し、活躍した優秀な侍従達と言う話だから、能力に関しては問題ないのだろう。
 しかし、何か釈然としなかった。
 お母様のことだ、全部とは言わないが、半分くらいは態とやって楽しんでそうだ。

「タロウさん!」

 コンコンとノックをして、私はタロウさんの部屋に入る。
 少し気が焦っていたせいで、返事を待たず扉を開けてしまっていた。
 だが、このくらいなら商会でバタバタと仕事をしていると稀にあることだ。
 普段通りであれば、何の問題もないはずだった。普段通りであれば。

「あ、マリアちゃん」
「な、ななななななっ!」

 タロウさんの上着を剥ぎ取り、ズボンを下ろそうとしている侍従達。
 丁度、その現場に居合わせてしまい、私の思考は予想だにしなかった事態を目の前に混乱していた。

「あ……いや、これは違うよ!?」
「あ、太老様、当たってます……」
「ちょ! ゴメン! って何が当たるって!?」

 侍従の顔に、口には出せない何か≠押し付けるタロウさん。
 胸の奥底に沸々と、黒い何かが沸き上がって来るのを感じる。

「タ……」

 私は黒いオーラを体中から噴き上げ、鬼のような形相でタロウさんを睨み付ける。
 すでに、理解不能なこの混沌とした状況を前に、冷静な判断が出来るだけの思考力を失っていた。

「――タロウさん、破廉恥です!」

 お母様から手渡され、手に持っていた彼女達の資料をタロウさんに投げつける。
 クルクルと回転して、勢いよく飛んで行った分厚い資料は、見事に彼の額に命中した。
 そのまま、お約束のように仰向けに転倒するタロウさん。

「タ、タロウさん!?」
「太老様っ!?」

 私は感情的になって、やり過ぎてしまったことを後悔しながら、慌ててタロウさんの元に駆けつける。
 彼の着替えを手伝っていた二人の侍従も、慌てて彼を抱き起こし、心配した様子で声を掛けた。

「私がいけなかったんです。タロウさんの看病は私が致します」
「マリア様でも、それは聞けません。私達は太老様のメイド≠ナす。ですから、私達が看病を致します」

 手強い。一向に譲ろうとしない侍従達。と言うか、メイド≠ニは何だろう?
 そう言えば、異世界人は女性の侍従のことを『メイド』と呼んでいたと言う話がある。
 それに習って、侍従達の着る仕事着も『メイド服』と呼ばれるようになったと言う話を思い出す。

(タロウさんが、そう呼ばせているのかしら?)

 彼は時々、突拍子もないことをする。だが、その裏には何か重要な意味が隠されていることが多い。
 メイドと呼ばせる意味。それを考えて、私はハッとする。
 もしかすると、ただの侍従としてではなく、彼女達を自身の手足とするため、今までにない超一流の侍従を育てるつもりなのかも知れない。
 だとすれば、雇い入れた侍従達が若すぎるのには納得が行く。
 先の成長を見越して、出来るだけ染まっていない、若く向上心の高い侍従達を選んだのだろう。
 お母様は何も言ってくれなかったが、彼のことだ。そのくらい深い考えがあったに違いない。

(確かに普通の侍従では、タロウさんに相応しくありませんし……)

 タロウさんに相応しい理想的な侍従など、国中を探しても見付かるか分からない。
 だったら、自分で育ててしまえばいいと彼は考えたに違いない。なのに、私は早合点をして、彼を酷い目に遭わせてしまった。
 これは完全に私の失態だ。侍従達に張り合う資格が、今の私にはない。

「分かりました……ここはあなた達に譲ります」
「……マリア様?」
「ですが、諦めません。タロウさんが、私達を不甲斐ない≠ニ思われるのは仕方ないのかも知れない。
 でも、私もきっと、彼に認めて貰えるくらいに成長してみせます!」

 タロウさんが、そんな事を考えたのは、私達が不甲斐ないからだ。
 でも、だからと言って、指を銜えてすべてを彼女達に委ねる気はない。
 彼の助けになりたいのは、何も彼女達ばかりではない。私やユキネ、それにラシャラさんも同じ思いなのだから――

「私達も諦めません。太老様に認めて頂けるように頑張ります。
 それが、この御方への恩返しになると、私達は信じていますから」

 とても強い意志を籠めた目で、はっきりと私に宣言する侍従の少女。
 海のように青い、膝下まで届く長い髪に、同じく吸い込まれそうな深い蒼穹の瞳。小柄で幼い印象を受けるが、芯の確りとした強い少女だった。
 タロウさんが見込んだだけのことはある。部屋に控えている他の侍従達も皆、彼女に負けず劣らず決意に満ちた良い眼をしていた。

「あなた、御名前は?」
「正木卿メイド隊、メイド長のマリエルです」

 正木卿メイド隊――彼女は、そう名乗った。
 タロウさんが作ろうとしている侍従の精鋭部隊(エキスパート)。彼女達が大陸随一≠フ侍従部隊と呼ばれるのも、そう遠くない未来のことだろう。
 そして、彼女達を統括するメイド長、マリエル。彼女が、タロウさんの片腕であり、私達にとって最大の恋敵(ライバル)になることは間違いない。
 私は、その名を深く心に刻み付けた。

「マリア・ナナダンです。共に頑張りましょう。理想のため、そして彼の想いに報いるために」

 それが、私の願い。侍従であろうと、タロウさんを想う心に違いはない。
 タロウさんが、そんな事で差別をするような人ではないことを、私はよく知っている。
 今は様子見だが、彼女達も同盟≠ノ誘う日が来るのかも知れないと思うと、少し複雑な気分だった。

【Side out】





【Side:マリエル】

 マリア・ナナダン様。フローラ様の御息女で、このハヴォニワを将来背負って行かれる御方。
 十一歳とは思えない凛とした表情に、強く芯の通った考えをお持ちの、風格ある御方だった。
 さすがは、あのフローラ様の御息女と言ったところだろう。

「マリア様に宣戦布告されちゃったね」
「え? あれって、『一緒に頑張りましょう』ってことじゃないんですか?」
「マリエル鈍すぎ……どう考えても、あれは宣戦布告だよ。
 マリア様、焦ってるんだよ。マリエルがあんな事を言うから」

 他の侍従達も同じように頷いている。
 マリア様が焦っている? 宣戦布告? それは、私が太老様と――

「そ、そんなの駄目です! 私達はメイドなんですよ!」
「でも……太老様なら、そんな事気にしそうにないけどね」
『うんうん』

 確かに彼女達の言うとおり、太老様はそのようなことを気にされる方ではない。
 しかし、太老様に御仕えする身で、そんな事が許されるはずがない。
 私はただ、太老様の御傍に居られれば、御役に立てれば、それだけで十分だった。

「マリエルの言いたいことは分かるけど、太老様が本当にそれを望んでるか分からないわよ?」
「太老様が……」
「私達もマリエルと同じように、身も心も太老様に御仕えすると決めてある。
 だから、太老様が望まれるのであれば、何でもする覚悟があるわ」

 それは、太老様と寝所を共にすると言う事――
 しかし、あの方は、そのようなことを決して軽はずみに御命じにはならないだろう。そのことは皆も良く分かっているはず。
 ここに居るのは皆、太老様のことを慕って集まった侍従達だ。
 ようは、それだけの覚悟≠持って、太老様に御仕えすることを決めたと言う事だ。

 そして、マリア様もきっと――

「……ちゃんと考えてみます。そして、いつか必ず答えを出します」

 皆、私の答えに満足した様子で、嬉しそうに頷いていた。
 今は、まだ分からない。太老様の御役に立てればいい、ただ、そう思っていた。

 でもその前に、私は太老様の期待に応えたい。
 メイド長などと言う大役を私に命じてくださった太老様。それほどに、私に期待を掛けてくださったと言う事だ。
 いつか答えが出せる時が来るのだとしたら、その期待に僅かでも応えられた時だろう。

 正木卿メイド隊――その名を汚さぬよう、誰もが認める立派なメイド長に成ってみせる。

 それが、私の新たな決意だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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