【Side:太老】

「……太老様? その大荷物は一体?」

 俺が背中に背負った巨大なリュックサックを目にし、驚き、率直に疑問を投げ掛けてくるマリエル。
 まあ、確かに驚くのは分かる。詰め込んだはいいが、ここまで持ってくるだけでも大変だった。
 あの大きな書斎の入り口で、荷物が支えて通れなくなるとは思わなかったくらいだ。
 俺の体面積の数倍は軽くあろうかと言う大荷物を目の前にして、マリエルが疑問に思うのも無理はない。

「何と言うか……色々と詰め込んでたら、いつの間にかこうなってまして……」

 それ以上、例えようがなかった。
 昨日買ったマリエルの家族への土産物や、村に持って行こうとしていた荷物を全部まとめていたら、気が付けばこんな事になっていた。
 荷物をまとめてから気付いたことだが、船で行くのだから、別にリュックサックで背中に担いで行かなくても、適当に箱か何かに詰めて置けばよかったと、今更ながらに後悔していた。
 実際、この荷物は俺でも重い。とても重い。果てしなく重い。
 背負っているのは大変だし、ここまで来るのも大変だった。さすがに無計画過ぎたと自分でも思っていた。

「では、お兄様行きましょうか」

 船の入り口で、マリエルと荷物の件で立ち話をしていると、マリアが駆け足で追いついて来た。
 手には小さな鞄を持っているだけで、マリアの方は至って軽装だ。
 俺の方が、単に異常なだけだと思わなくはないが……。
 とは言え、ユキネの姿が見当たらない。彼女も一緒に来るものとばかりに思っていたのだが、

「ユキネなら、水穂さんと特訓らしいですわ。何でも、二泊三日の山篭りに行くとか」
「はは……早速、やってんのね」

 昨日の今日で、早速、行動に出るとは……さすがは水穂。いつも行動が早い。
 しかし、ユキネは大丈夫だろうか? 山篭りと言えば、思い出すのは勝仁との剣術修行だ。
 あれはまさにサバイバル生活だった。俺の場合、食料調達など、その殆どを剣士にやらせて楽をしていたが、ユキネの場合、真面目だし、そんなパートナーもいないだろうから苦労することだろう。
 巻き込まれたくないので応援してやることしか出来ないが、せめて、無事くらいは祈っていてやろう。

「でも、マリア、よかったの?」
「何がですか?」
「ユキネさんを水穂さんに委ねちゃって」

 水穂には情報部設立の許可を出し、そっちに専念してくれていいと言ったのは俺だが、仮にもユキネはマリアの護衛だ。
 俺は俺でマリエル達もいるし、自分の身くらいは何とか自分で守れる。
 水穂にも何か考えがあってのことなのだろうが、マリアにはユキネが必要だと思うのだが、

「お兄様が一緒なら心配は要りませんし、それにユキネが自分で決めたことですから、応援してあげたいのです」

 水穂の特訓は、辛く、厳しい。それは、地獄のような特訓かも知れないが、確かに達成できれば得るものは大きいはずだ。
 ユキネもその覚悟を持って、水穂に師事したと言う事なら、俺から言う事は何もない。
 ユキネが強くなって帰ってくるのを、俺も黙って見守っていてやろう。
 マリアの護衛として、聖機師として、主人のために、より強くなろうとするユキネの覚悟に、俺は胸を打たれていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第55話『山篭り修行』
作者 193






【Side:マリア】

 ユキネが水穂さんに師事をし、鍛えてもらうと言う話を聞いた時は驚いたが、ユキネの意志の固さはよく伝わってきた。
 お兄様や水穂さんなど、圧倒的な力を持つ達人を目にし、ユキネも色々と思うところがあったに違いない。
 聖機師として、そして私の護衛として、自分を鍛え直したいと言うユキネに、反対する言葉などない。

「じゃあ、マリアちゃん、ユキネちゃんをしばらく借りていくわね」
「はい。確り≠ニ鍛えてあげてください。ユキネのこと、よろしくお願いします」
「マ、マリアさ――」

 水穂さんに頭を下げ、ユキネのことをお願いする。
 水穂さんに腕を引っ張られ、立ち去っていくユキネ。あんなに泣き叫んで、僅か数日のことなのに別れを惜しむなんて。
 職務に忠実なユキネのことだ。私事で留守にすることを気に掛け、私のことを、それだけ心配してくれているのだろう。
 お兄様も居るし、マリエル達も居る。こちらの心配はしなくていいと、私は手を振って、笑顔でユキネを送り出してあげる。

「ユキネ……あなたが強くなって帰ってくる日を、私はずっと待ち続けていますわ」

 水穂さんは強力な恋敵(ライバル)だが、その実力は誰よりも認めている。
 ユキネは、きっと強くなって帰ってくる。その確信が、私にはあった。
 だから、今はただ黙ってユキネを送り出してあげる。
 そのくらいしか、私にしてあげられることは、何一つないのだから――

【Side out】





【Side:ユキネ】

「それじゃあ、明日の朝に山頂で会いましょう」

 そう言って、水穂さんは先に上がっていってしまった。
 ここはハヴォニワでも有名な山。標高自体は大したことのない中規模以下の山ではあるが、凶暴な獣が多く生息していると言う事で、旅人も避けて通るほどの危険な場所だった。
 普通の山であれば、半日と掛からずに頂上に辿り着けるだろう。そう、普通の山であれば……。

「生きて帰れるかしら……」

 今は無事に帰れることを祈りながら山を登るしかない。
 ここで逃げるなんてことは水穂さんが許してくれないだろうし、マリア様の期待を裏切ることになる。
 そう、あれはきっと身売りされたのではない。
 多分、きっと……そう、思わなくてはやっていけそうになかった。

「ヒィッ!」

 ――ガサッと言う物音が聞こえ、私は音のした方を振り返る。
 草の中から飛び出してくる一匹の小動物。噂の猛獣ではなかったらしい。
 フウッと息を吐き、ほっと胸を撫で下ろした。

「だ、大丈夫よね」

 気持ちを切り替え、道らしい道もない、険しい山道を登っていく。
 時折、何か低く唸るような声が、山に木霊して聞こえてくるが、気の所為だと自分に言い聞かせる。
 そう、言い聞かせていたのだが、やはり現実は甘くなかったらしい。

「グルルルル……」
「あはは……」

 私の目の前で低く唸っている巨大な生き物。
 私の三倍以上はあろうかと言う獣が、ボトボトと涎を零して私を睨みつけていた。
 とてもではないが、友好的な態度には見えない。あれは、明らかに私を標的にしている眼だ。

「もう、いや――っ!」

 木々の間を駆け抜け、追いかけてくる猛獣から必死に逃げる。
 どっちに向かっているのかも分からないが、今はひたすら逃げる。
 そう、ここは文字通りサバイバル¥黶B賭け札は自分の命。立ち止まることは死を意味する。
 今は無事に帰れるようにと、ただ祈るばかりだった。

【Side out】





【Side:太老】

「ん? 何か悲鳴が聞こえたような……」
「悲鳴ですか? 私は何も聞こえませんでしたが?」

 マリエルに紅茶を淹れて貰っていると、何だかよく知った人物の悲鳴が聞こえたような気がした。
 とは言え、ここは空の上、船の中だ。そんな事があるはずもない。
 マリエルには聞こえてないようだし、空耳かと聞き流すことにした。

「村には、後、どのくらいで着きそう?」
「そうですね。この調子なら、もう直ぐかと」

 大体二十分ほどで到着すると、時計を指差して俺に教えてくれるマリエル。
 屋敷からも、そう離れていないようだ。

 うちの領地は、面積だけは無駄にだだっ広いので、移動には船が必要不可欠となる。
 話に聞いたところ、平民はバスや徒歩が普通だと言う話なので、俺が思っている以上に大変かも知れない。
 やはり、俺の世界で言うところの、飛行機や新幹線が庶民には高く思えるのと、同じ理屈かも知れん。
 鉄道も、あるにはあるらしいのだが、そちらも結構なお値段がするのだとか。
 それに、田舎にまでは、さすがに線路が通ってなく、主要都市しか結んでいないため、余り交通手段としては向いていないようだ。

 しかし、これでは不便だろうと思わなくはない。
 安価に提供できる定期便などを用意して、交通の利便性を改善することも、視野に入れた方が良いかも知れないと俺は考え始めていた。
 別に客室を個室にしないで、大人数を収容できるような大部屋にしてしまえば、一人当たりのコストを大幅に削減できるはずだ。
 こっちの船は、貴族などの富裕層をターゲットとしたものが多いため、結果的にそういう事になってしまっているのだろう。
 この船にしても、部屋数なんて有り余っているのだから、定員数だって全然余裕があるはずだ。

「あの、太老様? どうかなさいましたか?」
「ああ、ちょっと考え事をしてただけだから」

 それに、船があればマリエル達も帰郷しやすくなり、家族にも会いやすくなるだろうし。

(うむ、やはり真面目に考えてみよう)

 首都に戻ったら、早速、計画書を建ててみようと俺は考えていた。

「あ、太老様、村に着いたようです」
「へえ、ここがマリエルの村か」

 窓からマリエルの村を見下ろす。確かに、お世辞にも豊かな村だとは言い難そうだ。
 実際に村の中に入って見てみないと判断できないが、廃材を繋ぎ合せただけの継ぎ接ぎだらけの家が多く立ち並んでいる様子からも、貧困層が多いということは自ずと想像がつく。

「太老様?」
「いや、取り敢えず、マリアを呼んで来てくれる? 俺は外で待ってるから」
「はい、では――」

 この様子では、水道なども整っていそうにない。
 マリエルの話では、隣の街の学校まで毎日片道三時間の道程を、徒歩で通学していたと言う話だ。
 その話から、大体のところは想像していたが、ここには鉄道ばかりか、バスも来ていないようだった。
 当然、船用の離発着場などあるはずもなく、船は村の近くの平原に停泊する。

「う……体がボキボキ言うな」

 船の中では、マリエルの手前、ずっと大人しく座っていたので、体の方がギシギシと言っている。

「少し準備運動でもして待つか」

 マリエルがマリアを呼びに行っているので、体を解すためにも準備運動をして待つことにした。
 意外と忘れていないようで、第二だけならラジオ体操の方も問題なく、体の方が動いてくれる。
 こう見えて、夏休みの朝のラジオ体操は欠かさず参加していたくらいだ。やり方くらい、体に染み付いている。

(まあ、率先してやっていた訳ではないのだが……)

 理由を聞けば、簡単な話だ。
 以前に話した『銀盤の従者(パシリ)』の主人とも言うべき性悪女に、無理矢理、学校に連れ出されていただけの話。
 朝の六時なんて時間に起こしに来るものだから、朝はゆっくり寝て過ごしたい若者としては、正直、辟易としていた。
 それに、俺が生徒会入りしてからは特に酷かった。

『副会長なんだから、生徒の模範となって行動するべきでしょ?』

 と言っては、そうした行事に強制参加させられる日々だったからだ。
 正直、二度とあんな面倒な思いはしたくない。

「お兄様……その格好は?」
「ん? いつもの普段着だけど?」
「いえ、視察などに赴く時に着るようにと、私が準備して置いた公務用の服≠ヘどうされたのかと……」

 マリアが難しい表情をしているのは、俺のこの服装を見てのことのようだ。
 布地はそこそこ良いのを使っているが、街の市場に行けば買えるような極普通の服に違いない。
 正直、貴族が着ているような肌にしっとりと馴染む、裾丈も測ったようにピッタリな服は、俺には着心地が悪くて仕方ない。
 ましてや、刺繍が施された煌びやかで豪華な服など、着心地が悪いどころの話ではない。
 マリアには悪いが、あの特注の服なら、屋敷の倉庫に眠らせてある。
 余程のことがない限り、着ることなどまずないと断言できた。

「こっちの方が動きやすいしね。ああ言う服は、俺には似合わないしさ」
「お兄様……」
「太老様……」

 納得してくれたのか? 何だか、少し様子がおかしいマリアとマリエルの二人。
 呆れられたのかも知れないが、着慣れないものは着慣れない、嫌なものは嫌だから仕方ない。
 自分でも貴族らしくないとは思うけど、元は庶民なんだ。少し、大目に見て欲しいと思った。

(マリエルの妹か、会うのが楽しみだな)

 何はともあれ、一番の楽しみは、やはりマリエルの妹に会えることだったりする。

【Side out】





【Side:マリア】

 村に着いたと言う事で、マリエルの案内で船から降りてみれば、お兄様が何やら張り切った様子で、船の前で変わったダンスを踊っていた。
 以前のにゃんにゃんダンス≠ニいい、やはり、お兄様の発想は私達とどこか違う。

「お兄様……その格好は?」
「ん? いつもの普段着だけど?」
「いえ、視察などに赴く時用の公務の服はどうされたのかと……」

 とは言え、ダンスよりも、まずはこちらの方が重要な問題だ。
 お兄様の格好を見て、私は口を挟まずにはいられない。屋敷で着ていられるのと同じような、部屋着≠ナ来られていたからだ。
 以前の買い物は私事でもあったため、私も敢えて何も言わなかったが、今回は領主としての仕事、ちゃんとした公務としてここに来ている。
 これから、仮にも視察に赴くと言うのに、さすがにこの格好はない。以前に農業地に視察に行った時も、同じような格好をされていた。
 そのため、昨日、念のために持ってきておいた、お兄様の公務用の服を渡してあったのだ。

「こっちの方が動きやすいしね。ああ言う服は、俺には似合わないしさ」
「お兄様……」
「太老様……」

 そのお兄様の一言で、私はハッとさせられた。マリエルもお兄様の意図に気付いたのだろう。
 高価な服、畏まった服を着ていけば、それだけで村人達を威圧することに繋がるかも知れない。
 こうして、世にも珍しい黄金の船を村の近くに乗り付けているのだ。
 今頃、お兄様が来るのを、村人達は緊張した面持ちで待っているのは間違いない。

 そう、お兄様がここに視察に来た理由を考えれば、それは自ずと分かることだった。

 領主や貴族であると言う以前に、お兄様は話し合いを持って、彼等と対等に向き合う気でいるのだ。
 本気で領地をよくしたい、彼等を救いたいと願っているお兄様にとって、着飾った服装など、彼等との壁を作る邪魔なものでしかない。
 私には、まだ、そのことが分かっていなかった。

「お兄様、もう少し待っていて頂けますか?」
「ん? 別にいいけど」
「マリア様、お手伝い致します」

 マリエルも直ぐに、私の考えを察してくれたようだ。
 お兄様の気持ちを知って、私だけが、このような格好をしていく訳にはいかない。

(やはり、お兄様は凄い)

 民のことを真剣に思う、お兄様の優しい気持ちに触れ、私は胸が温まる想いで一杯だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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