二人の少女が手を取り合い、マリエルの村から街の方へ向けて走っていた。
 年の頃は十歳程度と言ったところ、金髪に、珍しい翡翠色の瞳、顔立ちばかりか、姿形全てが瓜二つの双子の少女。そう、マリエルの妹達だ。
 母親の病気を診てもらうため、医者を呼びに街に向かっていたはずの二人だが、どこか様子がおかしい。
 双子の姉妹の背後に迫る二つの影。けたたましい音を立て、少女二人をエアバイクで追いかける二人の男性の姿があった。

「こいつは上玉だぜ!」
「双子の美少女姉妹ってか? 好色家には随分と高く売れそうだな」

 下卑た笑い声を上げ、双子の姉妹に迫る男達は、最近、ハヴォニワを騒がせている山賊の一味だった。
 彼等は貴族や商家の屋敷に盗みに入ったり、積荷を狙って貨物車や商船を狙ったりすることがあるが、もう一つ生業としている大きな仕事がある。それが、人身売買だ。
 主には優秀な聖機師や、男性聖機師を誘拐するなどして身代金を取ったり、浪人や没落貴族との間に子供を生ませ、特権階級をダシに国や貴族から金をせびり取ったり、更にはこの双子の姉妹のような美少女を誘拐し、奴隷商人などに売り飛ばすような仕事も行っていた。

 以前に公爵の屋敷に押し入ったのも、彼等の仲間の仕業だ。
 大きな仕事を終え、大金を手にした彼等はしばらく身を隠すために、それぞれの潜伏場所に身を隠していた。
 とは言っても、欲に際限のない貪欲な山賊達だ。目先に美味しい獲物がいて、それを見過ごすような連中ではない。
 大人と一緒ならまだしも、年端も行かない少女が、人気のない街道を二人きりで歩いていれば、彼等の格好の的に成っておかしくない。
 当然、双子の姉妹に目をつけた彼等は我先にと、少女達を捕らえようとエアバイクを駆り、飛び出した。

「――っ!」
「シンシア!」

 荒れた道に足を捕られ、体勢を崩す『シンシア』と呼ばれた少女の体を心配し、もう一人の少女が慌ててその小さな体を支える。
 二人の息は、すでに上がっていた。
 小さな子供の体で、この荒れ果てた街道を三里もの道程、歩いて行くだけでも相当に厳しい。
 その上、山賊に目をつけられ、どうにかして逃げようと懸命に走って逃げていた。
 当然、エアバイクから逃げ果せるはずもない。子供の体力では、この辺りが限界だろう。
 すでに二人の体力は限界に達していた。

「くそ!」

 肩で息をして動けないシンシアの前に庇うように立ち、山賊達に向き合うもう一人の少女。
 彼女の名はグレース。シンシアの双子の姉妹で、彼女の妹だ。
 内向的で気の弱いシンシアと違い、自信家で気の強いグレース。双子でありながら、その性格は対照的だ。
 今回のことも、最初に言い出したのはグレースだった。

 グレースは、いつもシンシアのことを傍で見守り続けてきた。
 ある事件が原因で二年前に父親が亡くなってからは、更に内向的になり、口を利くことも出来なくなったシンシアのことを、ずっと気に掛けていたからだ。
 どこに行くのも一緒。何をするのも一緒。
 シンシアにとってグレースは頼りになる最愛の妹であり、グレースにとってシンシアは放っておくことの出来ない最愛の姉だった。

 母親が倒れたことで、塞ぎ込んでしまっているシンシアを見ていられなかったグレースは、シンシアに今回の話を持ち掛け、街まで医者を呼びにいく決意をした。
 街まで少し距離があるが、決して子供の足でも無理な距離ではない。
 それに何より、このまま母親が死んでしまうようなことがあれば、母親を心の拠り所にしているシンシアは、二度と立ち直れなくなるのではないかと、グレースはそのことを誰よりも危惧していたから、こんな行動に出たのだ。

「――ごめん、シンシア」

 少し考えれば、このくらいの危険は十分にあると分かっていたはずなのにと、グレースは後悔を呟く。
 このまま山賊に捕まれば、村には帰れず、二度と母親や姉にも会えないまま、どこかに売り飛ばされてしまうだろう。
 しかし、無力な二人の少女には、屈強な男達に抵抗する術はない。
 それでも、涙を浮かべ、震える体で必死にシンシアを守ろうとするグレース。

(――母さん、マリエル!)

 母親と姉の顔が、グレースの脳裏を過ぎる。
 奇跡を祈り、グレースは男達の手が迫る恐怖にグッと堪え、目を瞑った。

 ――――しかし、一向に男達が自分達に迫ってくる気配はない。

「二人とも、大丈夫?」

 代わりに聞こえてきたのは、優しげな男性の声。
 グレースは恐る恐る目蓋を開け、声のした方をそっと見る。

「ごめん、遅くなって」

 そうして、ポンとグレースの頭に乗せられた、目の前の男性の優しく大きな手。
 その男性の後ろには、目を回して気絶している山賊達の姿があった。





異世界の伝道師 第58話『双子の姉妹』
作者 193






【Side:太老】

 危なかった。もう少し遅かったら、このバカ共に二人は何をされていたか分からない。
 子供の足だから直ぐに追いつくと考え、全速力で街道を街へ向けて走っていると、下品な装いの変質者二人に追われている二人の少女を見つけた。
 その二人が、マリエルの言っていた双子の姉妹だと言うのは直ぐに分かった。
 遠目にも分かる。本当に瓜二つの姉妹だったからだ。

(しかし、こんなところに変質者がいるとは――)

 子供をエアバイクで追い掛け回すなどと不貞な輩だ。
 言い訳など聞かない。変質者に猶予を与えるつもりもない。有無を言わさず瞬殺しておいた。
 かなりの勢いをつけ、上空から『フライングアタック』と言う名の鉄槌≠決めておいたので、死んではいないだろうが、しばらく目が覚めないだろう。

(全く、このロリコン共め!)

 子供の前で、さすがに人殺しなどして、要らぬトラウマなど与えたくない。
 それも、こんなバカ共を原因にだ。一応、死なない程度に手加減はしておいたが、少女を苛める奴を俺は許すつもりはない。
 こう言う奴がいるから、俺のような一般人(オタク)まで誤解されることになるんだ。
 怖がらせるなんてもっての他、お触り厳禁、『美少女は愛でるもの』と言う鉄の掟を知らないのか。
 アイドルでも何でも、追っ掛けするのも、好きになるのは勝手だが、実際に犯罪に走ってしまっては終わりだと言う事が、こいつ等は何も分かっていない。

「ごめん、遅くなって」

 こんなに震えて、余程怖かったのだろう。
 でも、様子から察するに、逃げないで大切な姉妹を守ろうとしたようだ。
 話に聞いていた通り、良い子達のようで安心した。

 その良い子達を、追い掛け回して怖がらせるなんて……こいつらだけは、絶対に許せない。
 これだけ熱烈に追い掛けていたのだ。双子の美少女のファンクラブか何かが、密かに活動しているに違いない。
 どうせ、仲間も大勢いるのだろう。洗い浚い全部吐かせて、こう言うバカ共は一網打尽にしてくれる。
 その腐った根性、叩き直してやらないと、怒りが治まらない。

「……アンタは?」
「俺は正木太老。二人のお母さんから話を聞いてね。二人を迎えにきたんだ」
「そ、そうなのか? 私の名前はグレース、こっちは姉のシンシアだ。助けてくれたことには感謝する」

 少し気の強い印象を受けるが、礼もちゃんと言えるし、しっかりした子のようだ。
 しかし、グレースにシンシアか。どっかで聞いたことあるような気がする名前だが……この際、気にしないで置こう。
 マリエルがいたんだ。グレースやシンシアが居ても不思議じゃないだろう。

(……その内、コノヱとか出てこないよな?)

 と疑問を挟みつつ、一番驚いたのは二人の関係だ。
 どっちかと言うと、グレースの方がお姉さんぽいのだが、彼女の後ろで恥ずかしそうに、俺の様子を窺っているシンシアの方がお姉さんとは少し驚いた。
 とは言え、想像以上に可愛らしい少女達だ。十歳と言う話は聞いていたが、マリアと比べても遜色するものではない。
 艶やかな金色の髪に、透き通るような翡翠色の瞳、人形のように白い肌。彼女達は母親似なのだろう。髪の色や目元がそっくりだ。
 将来、この二人もあんな美人になるのかと思うと、何だか感慨深いものがあった。

「じゃあ、帰ろうか。お母さんとマリエルも心配してるよ」
「でも、医者を呼んでこないと――」

 グレースは尚も街に向かおうとするが、変質者共をそのままにもしておけない。
 ここで放っておけば、第二、第三の犠牲者が出ないとも限らないからだ。
 それに、その点に関しては問題ないだろう。マリアに任せた以上、船に常駐している医者を手配してくれているはずだ。
 態々、街の医者を呼びに行くよりも、そっちの方がずっと早い。
 そのことをグレースに告げると、訝しげな表情を向けられたが、どうにか納得してくれた。

「アンタ、何者なんだ? マリエルとも知り合いなのか?」

 話の中にマリエルのことが出て来たのが、気になったのだろう。
 グレースは、少し困惑した表情で、俺にそう問い掛けてきた。

「雇用主と雇用者の関係? まあ、俺はマリエルのことを家族≠ンたいに思ってるけど」
「……家族?」
「そう、だからグレースちゃんやシンシアちゃんも、俺にとって妹≠ンたいなものかな」

 そう言って、俺は二人の頭を優しく撫でる。やはり、可愛らしい。
 シンシアは俯きがちに照れた様子で、グレースは何とも言えない困惑した表情を浮かべていたが、されるがまま黙って俺に頭を撫でられていた。
 マリエルのことは本当に家族のように思っているし、俺なんかのために頑張ってくれている侍従達も同じだ。
 その家族、姉妹となれば、俺にとっても妹≠フような存在と言ってもいい。
 だから、この言葉に嘘はなかった。

【Side out】





【Side:グレース】

「……アンタは?」
「俺は正木太老。二人のお母さんから話を聞いてね。二人を迎えにきたんだ」

 もう駄目だと覚悟を決めたところを、山賊の魔の手から助けてくれた男。
 男は自分のことを正木太老だと名乗った。しかも、母の知り合いだと言う。
 とは言え、助けてもらって名も名乗らない、礼も言わないのでは、失礼に値する。

「そ、そうなのか? 私の名前はグレース、こっちは姉のシンシアだ。助けてくれたことには感謝する」

 そう私が礼を言うと、にこやかな表情を浮かべ、「どう致しまして」と返事を返してきた。
 正木太老、どうにも変な男だと私は思う。とは言え、シンシアが怯えている様子はない。
 恥ずかしがって私の背中に隠れてはいるが、太老に興味があるようだ。チラチラと陰から様子を窺っている。
 シンシアが家族以外を前にして、何の警戒心も抱かず、怯えた様子もなく、こうして純粋に興味を見せるなんて珍しい。
 生まれた時から、ずっとシンシアと一緒にいる私だが、こんなシンシアは今までに見たことがない。

「じゃあ、帰ろうか。お母さんとマリエルも心配してるよ」
「でも、医者を呼んでこないと――」

 そう、ここで連れて帰られる訳にはいかない。私達が医者を呼んでこないと、母の病気が治らない。
 私にも分かる、あのまま放っておけば、私達の母親の命がどうなるかなんて簡単なことは――
 そうなれば、シンシアがどれだけ傷つくかも分かっているからこそ、こんな怖い思いをしてまで医者を呼びに行こうと、村を飛び出したのだ。
 私達の思いを知ってか知らずか、太老は私とシンシアに、「大丈夫」と優しい言葉を掛けてきた。
 医者の手配はすでに済んでいると、だから私達の母親も助かると、そう言われ、私はそれ以上どう答えて良いか分からなくなる。
 嘘か本当かは、私には分からない。ただ、シンシアがギュッと私の服を握り締めていた。

「…………」

 何もシンシアは口にしない。でも、その言葉を『信じよう』と、そう言っているように私には思えた。
 どうするべきか? と考え、戸惑ったが、答えなどすでに出ていた。
 シンシアも私も、体力はとっくに限界に近い。山賊から逃げ回り、この悪路を息が切れるまで走り続けていたのだ。
 このまま街まで行って帰る頃には、とっくに夜になっていることだろう。
 そうなれば、また同じような危険に遭わないとも限らない。
 何より、こんな事は最初から、村で私達の帰りを待つ母を心配させるだけだと、私は理解していた。

「アンタ、何者なんだ? マリエルとも知り合いなのか?」

 それに、先程の話の中に少しだけ出て来たマリエル≠フこと、それが私の中に違和感を残していた。
 マリエルのことを知っている男。母のことも気に掛けてくれるような男。そして、私達が会ったことのない男。
 私の記憶の中で、それに該当する人物は、たった一人しかいない。

「雇用主と雇用者の関係? まあ、俺はマリエルのことを家族≠ンたいに思ってるけど」
「……家族?」

 マリエルの手紙に書かれていた新しい主人≠ニ言うのが、この男のことなのだと私は直ぐに分かった。
 しかし、使用人のことを『家族』と呼ぶ不思議な男の発言に、私は眉を吊り上げる。
 誰に頼むでもなく、自ら赴き、危険を冒してまで私達助けてくれたことといい、貴族の癖に権威を嵩にきる訳でもなく、私達へ向けるこの親しげな態度。
 私達が知っている貴族とは印象が余りに違う。

「そう、だからグレースちゃんやシンシアちゃんも、俺にとって妹≠ンたいなものかな」

 私達のことを『妹』扱いする太老の態度に、シンシアは顔を紅潮させ、私も大きな戸惑いを覚える。
 私達の頭を撫でる太老の大きな手。しかし、先程と同じように嫌な感じは一切しなかった。
 そこには、心の底から、ほっと安心できる力強い何かがあった。

(妹ってことは……マリエルとコイツは……)

 あのマリエルの手紙からも感じられた、主人への強い想い。
 最初は仕事への意欲が手紙に表れているだけだと思っていたが、この男に会ってみて、それは違うような気がした。
 マリエルは、この正木太老のことが好きなのだろう。
 そして、マリエルのことを家族といい、私達のことを『妹』として気遣ってくれると言う事は、太老の気持ちも、そういう事なのだと私は納得した。
 だとすれば、医者の件も、私達に良くしてくれることにも、一連の行動に納得が行く。

「二人共、しっかり捕まっててね」
「…………コク」
「ああ……でも、コイツ等はいいのかよ?」

 シンシアが首を縦に振って頷くと、私も同じく首を縦に振り、後を指差して、太老に先程から感じていた疑問を投げ掛けた。
 エアバイクの後部座席に私、そして太老の膝の上にシンシアがちょこんと腰掛けている。
 定員オーバーなのは分かるが、このバイクの持ち主の山賊達はと言うと、ロープに括りつけられた状態で、バイクに引き摺られるような格好にされていた。

「少し高く飛んでいくし」

 その後、「地面に引き摺ることはないから大丈夫」と付け加える太老の言葉に、タラリと背筋に冷たい汗が流れる。
 何でもないかのように淡々と答えながらも、怖いほど冷たい笑顔を浮かべていたからだ。

(でも、それだけ私達のために怒ってくれてるってことか?)

 だとすれば、少し嬉しいと思った。
 マリエルが、どれだけ私達のために自分を犠牲にし、頑張ってくれていたかを私達は知っている。
 そのことを心苦しく思わなかったことはない。だから、マリエルには幸せになって欲しいと思っていた。

(コイツなら……マリエルのことを幸せにしてくれるのかな?)

 あの手紙の意味が、私の考えている通りだとすれば、これほど嬉しいことはない。
 マリエルにも、そう言う相手≠ェ出来たと言う事だ。
 シンシアも懐いているようだし、悪い奴でもなさそうだ。
 まだ、様子を見てみないと何とも言えないが、太老が相手なら、私もマリエルのことを祝福してやれそうだと考えていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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