【Side:太老】

『お兄様、労働者の避難完了しました』
「それじゃ、始める」

 マリアに管制をしてもらい、俺は今、観客の注目を浴びながら恥ずかしいのを我慢して、例の黄金の聖機人に搭乗していた。
 理由は簡単だ。軍事訓練をする前に、農地開拓の方をある程度進めておく必要があると考えていたからだ。
 今週から労働者達の労働時間の見直しを、早速実施してもらう事になっている。
 そうなると予定していた工事計画を実行するためには、聖機人が最低でも一体必要不可欠となるので、

『聖機師の都合がつきませんでした』

 では、話が進まないのだ。
 当然、聖機人の都合がつかなければ開拓工事に遅れがでるし、予定していた工期に間に合わなくなる。
 人を増やすにしても限界があるし、ここは責任を取って俺が頑張るしかない。

(このままじゃ、首都に帰るのは相当先になりそうだな……)

 何て事を考えながら例の尻尾≠地面にぶち当て、荒れた地面を吹き飛ばしていく。
 一緒に地面の中にある固い岩盤なども全部粉々に粉砕してくれるので、こうした破壊活動にはこの尻尾は実に効果的だ。
 見る見るうちに掘り起こされ、柔らかくなっていく地面。こうして土を慣らしておけば、人の手もグッと入れ易くなる。

『お兄様、西第三ブロックはそれで終了です。次は北ブロックの方をお願いします』
「了解」

 とは言え、これは思ったよりも気持ちいい。結構なストレス解消になる。
 尻尾を目一杯活用したり、こうやって思いっきり聖機人を動かした事なんて今までになかったから、何とも言えない爽快感だった。
 何と言うか、色々と嫌な事を忘れられる気分だ。思わず病みつきになりそうになる。

『あの……お兄様、そろそろ』
「ん?」

 黙々と作業を行っていると、気付けば随分な面積を耕していたらしい。
 気付けば二時間余りの時が過ぎていた。途中から色々と楽しくなって、夢中になりすぎてしまっていたようだ。
 観客が呆然とした様子でこっちを見ている。

(うう……ちょっと自重しないとな)

 大人気なく子供のように無邪気にはしゃぎ過ぎたかと少し後悔していた。
 きっと呆れられているに違いない。今度からは少しは自重しないとと自省する。
 とは言え、予定していた作業の一割くらいはこれで終了した。
 これを一週間も真面目に続ければ、どうにか聖機人の必要な作業も一段落がつきそうだ。
 三ヶ月もすれば、農作業用機械の試作機が出来上がるような事を言っていたし、どうにか自分から言い出した責任は果たせそうだと胸を撫で下ろしていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第65話『軍事訓練』
作者 193






【Side:マリア】

 三人の聖機師と軍艦の出迎えが終わった後、お兄様は唐突に、

「責任を果たしてくる」

 と仰って、ご自身の聖機人に乗り込まれた。
 領地に戻る前に先立って提案されていた聖機人による農地開拓を実演されるようだ。
 私は控えていた軍艦の仕官に管制を代わってもらい、お兄様に必要な指示を送っていく。

「お兄様、西第三ブロックはそれで終了です。次は北ブロックの方をお願いします」
『了解』

 相変わらずお兄様の聖機人は何度見ても凄い。見る見るうちに掘り起こされていく広大な面積の地面。
 正直に言えば、ここまでとは私も想定していなかった。同じ聖機人でも、他の聖機師が搭乗すればこうはいかないだろう。
 例え聖機人を使っても、地面を掘り起こし岩盤を除去し、少しずつ掘り起こす面積を広げていくのが普通だ。
 私だけでないと思う。ここにいる全員が、そうした地道な作業を想像していた。
 だが、お兄様は私達の想像の斜め上を行く行動を平然とやってのけた。

 たった一撃で大量の土砂が空を舞い、地面に埋まっている硬い岩盤の数々がいとも容易く粉々に砕かれていく。
 聖機人の数倍はあろうかと言う巨大な岩盤も僅か一撃で破砕され、まるで砂粒のように細かくバラバラに砕け散る。
 更には、その一撃の衝撃波だけで、更に数倍の面積の地面が掘り起こされていくのだ。
 モニタを見詰めていた観客達も、目を丸くして驚いていた。

「す、凄い! あれが天の御遣いか!」
「何度も黄金の聖機人の映像は見直したけど、あれでも手加減してたんだ……」
「うわ〜、あんなに大量の土砂が……本当に凄いですの」

 派遣されてきた三人の女性聖機師達も、興奮した様子でお兄様の聖機人の動きを見ていた。
 彼女達の補佐として同行した軍の士官達も、その常識外れの光景を目にして言葉をなくしている様子だ。
 数多くの達人と呼ばれた聖機師を見てきた彼等でも、お兄様のような規格外の聖機師は見た事がないのだろう。
 お母様が嘗て、お兄様の黄金の聖機人を見て、

『あれは嫉妬や対抗心、そうした感情を抱くのもバカらしく思えるほど規格外≠フものよ』

 そんな事を漏らしていた事を思い出す。
 確かにあの黄金の聖機人に対抗できる聖機人など、私には想像が出来ない。
 ありえないとは思うが、本当にお兄様ならハヴォニワ中、いや大陸中の聖機人を相手にしても戦えるのではないか、と思えるほどの圧倒的な力だった。

『あの……お兄様、そろそろ』
「ん?」

 そして何よりも一番ありえないのは、この異常なまでの耐久持続値だ。
 一刻もの間、あれだけの動きを休みなしで繰り返していたにも関わらず、お兄様は全く疲れた様相を見せていない。
 幾ら人並み外れた体力があると言っても、亜法耐久持続性に関しては生まれ持ってのもの。全く別の才能だ。
 普通の聖機師であれば、あれだけの動きを繰り返せば半刻と持たずに活動限界をきたすはずだ。
 それをお兄様は何でもない様子で、平然とやってのけられていた。

『あれ? ああ……』
「お兄様!?」

 突如色が変色し、動かなくなった聖機人から降りてこられるお兄様。
 私は慌てて席を離れ、外にいるお兄様の元へと駆け出した。

 ――お兄様に何が?

 と心配を胸に現場まで駆け足で赴くと、待機状態の聖機人の前で困った様相を浮かべられているお兄様を見つけた。
 聖機人は大きな卵の殻のようなものに包まれた状態、所謂コクーン≠ニ呼ばれる休眠状態に入っており、よく見れば組織が劣化して白く変色してしまっている。

「太老の力が大き過ぎるんです」
「ユキネ……?」

 私に追いついて来たユキネが、驚いた様子でそんな事を口に漏らす。
 たった一度、ほんの少し本気を出しただけで、聖機人の方が先に限界を記してしまった。
 そう、それは聖機人の方がお兄様の力に耐えられなかったという事を意味していた。
 活動限界時間を気にするとか、そう言う次元の話ではない。
 逆に聖機人の方が限界をきたすような力など、これまでの私達の常識では考えられない事だ。

 騒ぎを聞きつけて追いついて来た女性聖機師や士官達も、変わり果てた姿の聖機人を見て、驚いた表情を浮かべていた。

 ――底が見えない。

 そう思ったのは、私だけではないはずだ。
 ここに来る前、お兄様が語って聞かせてくれた異世界の話を思い出す。
 お兄様と水穂さんが異世界人だと聞かされた時には多少驚きはしたが、あの二人ならそのくらいは寧ろ当たり前だと私は納得していた。
 ユキネも薄々と勘付いていたようだ。高い実力を示し、あれだけの功績を築かれているお兄様だ。
 噂通り、本当に女神の遣いだと言われても、私達は納得しただろう。

 寧ろ驚いたのはその事よりも、宇宙に進出するほどの文明を持った世界。
 ここよりも遥かにテクノロジーの進んだ先進文明からやってきた、と言う話だった。
 あの見た事もない道具や機械も、そしてお兄様や水穂さんの常人離れした力も、すべてはその世界では常識のものだと言う。

 だが、お兄様の実力の高さにも、それで納得が行った。
 そんな世界で、理不尽に苦しめられている人々のために力を振るい、弱者に救いの手を差し伸べられていた違いない。
 その事を私がお聞きすると、

『海賊退治は確かにしてたけど……』

 と恥ずかしそうに言っておられた。それだけで、私は全てを察した。
 お兄様が凄いのは当然だ。ここよりも遥かに進んだ文明、強い力を持った悪が蔓延る世界で果敢に剣を取り、弱者のために立ち向かわれていたのだ。
 おそらくは水穂さんも、そんなお兄様と一緒になって平和のために力を振るわれていたのだろう。

(やはり、お兄様は天の御遣い……いえ、この世界の救世主になられる方ですわ)

【Side out】





【Side:太老】

 やってしまった。まさか聖機人を壊してしまうとは……俺は何をやっているんだ。
 軍の人に頼んで工房に送ってもらえるように話をしたが、損傷が酷いので例え聖衛師でも直せるか分からない、一度聖地に送り返さないと無理だろうと言われてしまった。
 専用の聖機人を用意してくれたフローラに、何と言い訳をすればいいか分からない。

『農作業に聖機人を使って、張り切り過ぎちゃって壊しちゃいました。テヘ!』

 ああ、ダメだ。確実に白い目で見られる。と言うか、怒られるだけで済めばいいがフローラの事だ。
 これ幸いと、どんな無理難題を要求されるか分かったものじゃない。

「ああ……それよりも、農地開拓をどうするかだ」

 そう、それが一番の大問題だった。まだ全体の一割ほどしか済んでいない。
 残り九割もの面積を聖機人なしに耕すとなると、かなり大変だ。
 折角、労働時間を減らしたにも関わらず、残業ばかりが増えてまた元の木阿弥に戻るような事になりかねない。
 穴があったら入りたい気分だ。取り敢えず船に穴があるはずもないので、自分の船室に俺は篭もっていた。
 幾ら考えても名案が浮かぶはずもなく、こうして頭を抱えて無碍に時間を過ごしている。

「どうすれば……」

 そうこうして悩んでいると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
 深呼吸して一先ず息を整える。こんな醜態を誰かに見られる方がもっと恥ずかしい。
 傍目から見ると、はしゃぎすぎて玩具を壊した子供みたいで凄く嫌だ。
 ヒソヒソと噂されているのではないか? と本気で悪い方悪い方へと邪推してしまうくらいに、俺は今回の事を後悔していた。

『失礼します!』

 俺が「どうぞ」と言うと、部屋に入るなり声を揃えて、軍属ぽい規律正しい挨拶を向けてくる三人。
 例の女性聖機師の三人だ。散々、心の中で『三バカ』と彼女達の事を罵っていたが、俺の方がずっとバカだったと今日気付いてしまった。
 何だか凄く情けなく惨めな気分だ。

「太老様、先程の事何と言っていいか分かりませんが……凄く感動しました!」
「この訓練に参加できて、本当に私達は幸せものです!」
「とっても格好よかったですの〜」

 よく分からんが、タツミ、ユキノ、ミナギの三人は、さっきの事で俺の事を励ましてくれているようだ。
 本当にバカにして悪かったと心から反省していた。今は三人の励ましの言葉が心に痛い。
 おそらくは聖機人を壊して落ち込んでいる俺を見て、元気付けてやろうと態々部屋を訪ねてくれたのだろう。
 凄くいい奴等じゃないか。それなのに俺は……。

「太老様、見ててください! きっと太老様の期待に応えて見せます!」
「私もこの訓練、絶対にやり遂げて見せます!」
「私も頑張りますの!」

 何だか気合の入った三人。
 話から察するに、聖機人を失った俺の代わりに農作業を手伝ってくれるらしい。

(まさか、そのために俺を訪ねて――!)

 本当にいい奴等だと思った。もう二度と『三バカ』なんて、この三人の事を呼べそうにない。
 俺は三人の手をガシッと握り、零れ落ちそうになる涙をグッと堪え、頭を下げた。

【Side out】





【Side:タツミ】

 本当に凄い人だと、ただ感心するばかりだった。
 私達の過去についてまで調べ上げていた事には驚いたが、それだけ太老様のこの訓練に懸ける意欲が高い証拠に違いない。
 私もあんな風になれるのだろうか? いや、其処まで高望み出来なくても一歩でもあの領域に近付きたい。
 そう思えるほどに刺激的な訓練≠見せてもらった。

「太老様、見ててください! きっと太老様の期待に応えて見せます!」
「私もこの訓練、絶対にやり遂げて見せます!」
「私も頑張りますの!」

 私に続き、ユキノとミナギも興奮した様子でハッキリと、太老様に自分の覚悟を表明してみせる。
 貴重な聖機人をダメにしてまで、私達に太老様が伝えたかった事、それを十分に私達は受け取った。
 ただ地面を掘り起こしているだけに見えるあの動きも、様々な意味を持つ訓練だという事が私達には分かっていたからだ。
 驚異的とも言える耐久持続値。それだけに目を奪われがちだが、私達の目は誤魔化せない。
 より効率よく無駄のない動きをする事で体力の消耗を抑え、練りに練り込まれた流れるような一撃は最大限の効果を促す。
 言葉で言うのは容易いが、その達人の域に達するには、幾ら才能があっても並大抵の努力では不可能だ。
 噂通り、いや噂以上の実力を私達は見せてもらった。

 必ず太老様の期待に応え、あの訓練をやり遂げてみせる。私達は、そう固く心に誓っていた。

『――太老様!?』

 私達は三人揃って驚きの声を上げる。突如、太老様が私達の手を握ってきたからだ。
 それは、とても力強い手だった。凄い気迫が私達にも伝わってくる。太老様の眼力に気圧され、息を呑む私達。
 次の瞬間、太老様が深々と私達に頭を下げられた。

(これは――そうか!)

 私達の覚悟が太老様にも伝わったに違いない。
 その上で、私達に期待を寄せられているのだと、私は太老様の一連の行動から全てを察した。

 武者震いがした。この期待に私達は応えられるのだろうか?

 しかし、そんな事を考えている余裕は私達にはない。
 一日も早く太老様の期待に沿えるよう、死に物狂いで頑張らなくては――
 それは私だけなく、私達三人の共通の思いだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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