【Side:太老】

 シトレイユ行きの日程表をマリアから渡された。
 今日から丁度一週間後に出発をして、向こうに十日滞在する予定になっている。移動時間も考えると凡そ十泊十二日ってところだ。
 ハヴォニワの首都からシトレイユ皇国の首都までは、どれだけ飛ばしても丸一日以上は掛かる。
 こっちに戻ってからすでに五日。一ヵ月後の予定も考えると殆ど余裕のないギリギリのスケジュールだ。
 残り一週間で商会の仕事の方を一段落終えておかないと、益々忙しいことになるのは間違いない。

「こっちはコンビニの事業計画書に、それに街頭モニタの利用計画書か」

 コンビニの方はすでに大体の見積もりが済み、まだ一ヶ月くらい先になるが店舗の開店準備も進められていた。
 取り敢えず首都から順次各都市に展開していく予定となっているらしく、市場などで賑わい人通りの多い東地区、城に程近いこともあり貴族を含める官吏の数が多い北地区、行商人など最も人の出入りが激しく労働者が多く行き交う南地区。
 この三地区に先行して店を出すことが決まっていた。
 すでに大々的に宣伝を行っていることもあって、反響の方は上々のようだ。
 皆、どんなものが出来るのか、と興味津々と言った様子で開店当日を心待ちにしていた。

 コンビニの方は俺はアイデア以外は何も出していない。残りは殆どマリア任せだった。
 しかし、それが逆に良かったのかも知れない、と俺は考えていた。
 俺の中のコンビニのイメージは、やはり向こうの世界のものだからだ。

 はっきり言って、あちらの世界で便利だからと同じような商品を並べて、こちらの人達に受け入れられるとは限らない。
 国によっても傾向は多種多様なのに、ここは幾ら異世界の文化が浸透しているとは言っても別の世界だ。
 文化や生活様式の違いなどもある。物の見方、考え方が必ず同じだとは限らない。
 俺のやり方は確かに、この世界の人々の眼には新鮮に映るかも知れないが、やはりニーズに合わせた対応は必要となるだろう。

 マリアの用意した計画書を見る限り、普通のコンビニよりもスーパーにどこか近いものになっていた。
 より生活に密着したカタチを、とマリアなりに考えた結果なのだろう。
 確かに、その方がこちらの世界の人達には適しているのかも知れない、と俺は思った。

 菓子やくじなど趣向品を大々的に取り扱うのであれば、やはり購買対象は貴族や商家になる。
 それでは庶民の間にはウケが悪く、普段の生活とは馴染みの薄いものになってしまう。
 そうした物を取り扱うのであれば、地域に応じ一部の店舗に限定するなど工夫を凝らすか、もう少し平民達の生活に余裕が出来てからのことだろう。

「街頭モニタの方はな……」

 朝と昼に放映している『にゃんにゃんダンス』を除けば、目新しい使い方はされていない。
 国の政策や御布令を国民に知らせるために、若干活用されている程度のことだ。
 今回報告に上がってきた利用計画書も、全く持って面白味に欠ける内容だった。

「時期尚早な気もするが、テレビ局……やってみるか」

 早速、企画書の製作に取り掛かる。
 準備にそれなりの時間が掛かることになるだろうが、今までにない面白いことが期待できるはずだ。
 演劇や舞台などと言った催し物は、こちらの世界にもある。マリアが習っている日本舞踊などもそうだろう。
 前に舞台の上でやった侍従達によるコンサートも盛況だった。
 それらを基に、幾つかの番組企画書も添えておく。
 ちょっとしたことで思い立って始めた企画書作りは、完全に趣味に走った内容に変わって行き、筆が軽快に進んでいく。

「音楽番組も外せないよな。(マサ)ステとか」

 俺は夢を膨らませていた。





異世界の伝道師 第71話『新事業の兆し』
作者 193






「街頭モニタの活用法……テレビ≠ナすか?」
「うん。今の街頭モニタ改め街頭テレビ≠チてさ、内容が面白くないじゃない」
「……面白くない?」

 これだけではマリアにはよく意味が伝わらなかったようなので、俺は取り敢えず夜通しで作った企画書を見せることにした。
 俺が調べた限り、こちらに伝わっている異世界の文化や、ウケの良かったものなどをピックアップして、大した準備も必要なく直ぐにでも可能なものばかりを纏めてみた。
 音楽番組に演劇、チェスなどの指導講座に料理番組、ニュースも国の御布令などだけに使うのではなく、もっと地域に密着した物をやってみてはいいのではないか、と提案してみた。

「なるほど……ですが、これを毎日放映するとなると、相当に費用が嵩むのでは?」
「最初の内はね。でも、認知度が高くなれば宣伝効果も上がってくるし、番組の間にCM(コマーシャル)を挟むことで、スポンサーから広告費を出して貰えば、番組制作費は自然と捻出することが出来るようになると思う」

 最初は赤字も覚悟の上だ。だが、その間は商会の宣伝広告を打ち出して置けばいい話で、完全なマイナス要素とは言えない。
 街の中心の目立つところに設置されている分、街頭テレビは本当に良く目立つ。
 そこで番組と番組の間にCM(コマーシャル)を流すことで、宣伝効果として十分に期待出来るはずだ。
 これが切っ掛けとなって、同じように広告を打ち出してみよう、と考える商売人も出てくるだろう。

「なるほど、確かにそれなら……」

 少し思案した様子だったが、マリアも頷いて俺の案に賛成してくれた。
 こうしてハヴォニワ初となる放送局。

 ――Masaki Broadcasting System

 通称『MBS』設立に向けて計画は動き始めた。

【Side out】





【Side:マリア】

 さすがはお兄様だ。普通では考えもつかないようなことを、良くここまで思いつくものだと感心させられていた。
 異世界の知識もあるのだろうが、お兄様の場合はそれだけではない。
 ただ博識なだけではなく、それらを実行するために必要な力≠ニ知略≠フ両方を備えられている。
 時に大胆とも取れる行動力の良さも、これだけの成功を収めてきた秘訣なのだろう。

 しかし、テレビとは確かに面白い。文化の促進にも繋がるし、大衆の娯楽としても効果があるのは間違いない。
 何よりお兄様の言うとおり、街頭テレビを使った宣伝効果の高さは相当に期待が持てる。
 ただ文字で掲示するよりも、ずっとリアリティある宣伝をすることも可能となるので、関心を惹くと言う点では普通にチラシを配ったり吹聴に期待するよりも反応はいいだろうと考えた。

「確かに面白い試みね。さすがは太老ちゃんと言ったところかしら?」

 必要な書類を揃え、早速お母様にも相談してみることにした。これだけ大きな企画ともなれば、国の協力は必要不可欠だ。
 より効果を上げるために、街頭テレビの設置台数の増加も検討しなくてはいけなくなるだろう。
 それに出来れば、城や皇宮で働く料理人や官吏の協力も仰ぎたい、と言う思惑もあった。
 料理番組やチェスなどの指導講座、それに演劇をテレビで放送するとなると、出来るだけ優秀な人材、それらの専門家の力を借りて置きたいと考えたからだ。
 幸いにも、そうした一芸に突出した職人達には、ここは事欠かない。国中から優秀な技師達が集まってくるからだ。

「これならいいでしょう。許可します」

 商会に利はあるが、当然、国にもたらされる経済効果もバカには出来ない。
 ハヴォニワの今後を考えれば、お母様が断るはずもないことは最初から分かっていた。

「ああ、そう言えばマリアちゃん」
「何ですか?」
「前に聞かせてもらった領地の話に出て来た、『水穂さん』って方に是非会ってみたいのだけど」

 その名前を聞いて、私はビクッと体を硬直させる。
 誰にもまだ話してはいないが実のところ、ここ三日、その水穂さんを意図的に避け続けていた。
 理由は先日、お兄様の書斎を訪ねた時のことに遡る。

『ああぁ! そこ……太老くん、やっぱり逞しいわね……』
『水穂さん、もうこれ以上は……』
『駄目よ。そこはもっと強く、ああ……いいっ!』

 部屋の中から聞こえてきた男女の甘い喘ぎ声。その声の主は間違いなく、お兄様と水穂さんだった。
 二人で部屋に篭って何をしていたか、など、あの声を聞けば大体の想像がつく。
 最初は信じたくなどなかった。しかし幾ら考えても、それ以外に考えられなかったのだ。

(水穂さんはお兄様とお見合いもした仲で……しかもずっと以前からの交友がある)

 そこまでの関係とは知らされていなかったが、お兄様とそう言う関係であっても不思議な話ではない。
 あの二人の親しい間柄を見れば、寧ろ自然の成り行きのようにも思えていた。

(かと言って、情事の内容を本人に尋ねるような真似……私には無理ですし)

 お兄様とは仕事上顔を合わせない訳にはいかないので、表向き何もないように接する努力はした。
 しかし水穂さんとだけは、どうしても顔を合わせ辛かったのだ。

「マリアちゃん、何かあったの?」
「い、いえ……水穂さんですね。今度、必ず席を設けますので、もう少しお待ちください」

 少し怪しまれはしたが、何とかそう言ってお母様には納得してもらった。
 あのようなこと、誰にも話せるはずがない。とは言え、このまま避け続けることは出来ないだろう。
 やはり一度、水穂さんとは正面から、きちんと向き合うべきなのかも知れない。

【Side out】





【Side:太老】

「え? 水穂さんは行かないんですか?」

 シトレイユ出張の話を水穂に持ち掛けてみたのだが、てっきり同行するものとばかりに思っていたのに、『行けない』と言う予想外の返答が帰ってきて驚いた。

「ごめんなさい。本当は同行したいのだけど、情報部設立の件で忙しくてね」
「ああ、なるほど。でも、ユキネさんは連れて行きますよ? マリアの護衛騎士だし、彼女には居てもらわないと」
「それは勿論構わないわ。本当は私も、太老くんの従者≠ニ言うカタチで雇われているのだから、同行するべきなのだろうけど……本当にごめんなさい」

 心底申し訳なさそうに謝罪してくる水穂。とは言え、シトレイユ出張の件は、急に決まったことでもあるので仕方ない。
 情報部のことに関しても『水穂の好きにしていい』と言って、完全に彼女に任せきりだったので、寧ろこちらの方が申し訳ない気持ちで一杯だった。
 水穂を従者にしたのも、その方が彼女の方も何かと動きやすいかと考えてのことだ。
 正直、マリアと違い、俺なんかに護衛が必要かどうかも疑わしいので、そのことも特に気にはしていなかった。

「ところで情報部の方はどの程度進んでるんです?」
「今のところは主要メンバーを固めているところね。余り私達の秘密を大っぴらにすることは出来ないでしょ?
 だから秘密を知る主要陣は少数精鋭で固め、情報収集自体は商会≠ナある利点を利用させてもらうつもりよ」
「商会を……ああ、なるほど」

 商人達の情報網、そこを密かに利用させてもらうと言う事だ。
 大商会ともなれば、横の繋がりはかなり広い。協力関係にある商会や、傘下に入っている支部だけでも、それなりの数に上る。
 そこに所属する商人や、更にはその商人達に雇われている労働者の数を入れれば、その数は更にずっと多くなる。
 当然、多くの商人や労働者が出入りする商会には、様々な噂が毎日のように飛び交っている。
 中には本当に役にも立たないガセネタも多く存在するが、情報が集まりやすい場所と言う点では、酒場などよりも、ずっと新鮮な情報が多く集まる効果的な場所と言えた。
 水穂のことだ。それらの情報が集まる商会ごとに、協力者を紛れ込ませておく気なのだろう。

 協力者にも、それなりのメリットはある。商売をやって行く以上、何よりも重要なのは情報の鮮度だ。
 特に首都部を中心に活動している商人などはいいが、農村部などを中心に活動する地方の弱小商会や、そこに所属する仲買人の多くは情報に疎く、大手で活躍する商売上手な商人に騙されやすい傾向にある。
 しかし、情報網の一部に自分が参加することで横の関係を強化することが出来れば、それだけでもそうした危険を回避することに繋がる。
 上手く利用すれば、それを切っ掛けにチャンスを掴むことも難しくはないだろう。

「あれ? だったらユキネさんを何で鍛えてるんです?」
「今の彼女じゃ護衛としては少し心許ないし、何よりマリアちゃんの護衛騎士なら色々とそっちの噂≠燗ってくるでしょう?」
「ああ、なるほど……そのことを本人やマリアには?」
「それは追々話すつもりよ。まずは彼女達のことを知って置きたかったから、色々と試すような真似をしてたって言うのもあるし」

 水穂の一言でようやく今までのことに合点がいった。
 妙にマリア達の前で俺に絡んでくることが多いと思っていたが、全てはこのための布石だったと言う事なのだろう。
 遠回しに意識誘導を施したり、発破を掛け探りを入れるような真似をしたり、鬼姫やアイリもよく使っていた手だ。

(結局、気付いた時にはすでに遅いんだよな……)

 兼光のおっさんが『その手にやられた』と、過去のことを思い出し嘆いてたのを、俺はふと思い出した。
 ユキネもそうだが、彼女達全員が水穂の計略に、知らず知らずの間に自然と填められてしまっていると言う事だ。
 そう考えるとミツキの情報部入りの件も、意図的だったのではないか、と疑いが掛かってくる。

「あら? 気付いてなかったの?」
「やっぱり……」

 あっさりと認める水穂。どこからどこまで画策しているのかと考えると、正直、頭が痛くなった。
 今更だが、シンシアとグレースを本当に水穂に預けてよかったのかと、そのことすら疑わしくなってきたくらいだ。
 まあ、彼女達の立場が悪くなるようなこと、不利になるような真似は決してしないとは思うが、水穂の場合はどこまでが本気でどこまでが冗談なのか、そこそこ付き合いのある俺にも量りかねるところがある。

 少なくとも一つだけ分かることは、水穂が一度やると決めたことは、必ず成し遂げると言う事だけだ。
 それも最良の結果を導き出すためであれば、どんな労力も彼女は惜しまない。
 最善の手を打つためではない、最良の手を打つための行動を、当たり前のように取れるのが水穂の怖いところだ。
 そしてそれは、彼女の上官である鬼姫も同様だった。

(このまま誰も気付かない内に、ハヴォニワは愚か、世界征服されてそうだよな……)

 水穂の能力なら十分にありえそうだ、と俺は思わずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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