【Side:太老】

「では、こちらでお待ちください」

 俺とランを談話室に案内し、丁寧にお辞儀をして立ち去っていく城の使用人。
 あの後、シトレイユ皇に『お詫びをしたいから、是非に泊まっていって欲しい』などと言われ、城に一泊することになった。
 ダグマイア達のことで、色々と気を遣わせてしまったようだ。
 そしてマリアはというと、ラシャラと話がある、とかでユキネと一緒に席を外していた。

「うわっ、ここも随分と手の込んだ造りをしてるな」
「盗るなよ?」
「わ、分かってるよ! 疑り深いよ、アンタ!」

 仕方あるまい。あんな事があった後だ。疑いたくもなる。
 手癖の悪いランに注意をして、俺はドサッと近くのソファーに腰掛けた。
 この談話室は幾つかのスペースに分割されているらしく、城に訪れた賓客を持て成すための待合室としても使われているようだ。

「太老! 太老!」
「ちょっとは、落ち着きってものを持てないのか? お前は」
「それどころじゃないんだって、ほらっ!」

 壁に耳を当てて、何やら隣の部屋の会話に聞き耳を立てているラン。
 行儀が悪いところは相も変わらずだ。さっき怒られたことも、余り堪えてないと思われる。

「これ、絶対やばいって! スケベ根性丸出しの男に、女が密室に連れ込まれてる!」
「は、はあっ!?」

 そんな事を言われたら、気にならないはずがない。
 俺も、壁に耳を当てて、隣の様子を探ってみる。

『違うっ! あれは少しビビって縮こまってただけだ! 俺のアソコ≠ヘ小さくなんかない!』
『お、落ち着いてください!』
『ちゃんと勃てば、それなりの大きさがあるんだ!』

 アソコ? 勃つ? 隣の奴は何をやってるんだ……。
 困惑した女性の悲鳴が聞こえる。確かにランの言うとおり、これは只事ではなさそうだ。

『そこまで疑うのなら、証拠を見せてやろうじゃないか!』
『きゃあっ!』

 一際大きな女性の悲鳴が木霊した。外に出て回り込んでいる猶予すらない。

「チッ、仕方ない!」

 ――ドゴオォン、と大きな音が響き渡る。
 焦っていた俺は、勢い良く拳を壁へと打ちつけ、その間仕切りとして設けられた薄い土壁を、こなごなに打ち砕いた。
 もくもくとした土埃が宙を舞う。

「……無茶するね」
「緊急事態だし、仕方ないだろ? おいっ! そこの変態、大人しく手を挙げて投降しろ。婦女暴行の現行犯で役人に突き出してやる」

 呆れた様子で、俺にそう言ってくるラン。
 確かに壁を壊すなんて、やり過ぎだったかもしれないが緊急事態だ。
 しかし、後でラシャラには謝っておかないと……緊急事態とは言え、さすがに人の家の壁を壊して、そのままってのは気が咎める。

「な、何だ! 貴様は!」
「お前……」

 ズボンをずり下ろし、下着一枚になったダグマイアが俺の目の前にいた。
 その後には、綺麗な女性の姿がある。なるほど、ダグマイアの犯行だった、と言う訳か。
 あれだけの騒ぎを起こし、ババルンにも色々と迷惑を掛け、シトレイユ皇にまで気を遣わせたにも関わらず、性懲りもなくこんな最低な犯行に及ぶとは……とことん見下げ果てた下劣な男のようだ。

「太老! 今の音はなんじゃ!」
「お兄様、大丈夫ですか!」

 慌てた様子で部屋に飛び込んでくるマリアとラシャラ。その後にはユキネの姿も見える。

「貴様は――ま、正木太老!」

 ダグマイアが、そう驚いた様子で声を張り上げた瞬間だった。
 パンツの紐が切れ、ストンと下にずり落ち、またも下半身を顕にするダグマイア。
 壁を壊した拍子に、どう言う訳かズボンのポケットに隠していたクリスタルが輝き、風属性の亜法が勝手に発動してしまったらしい。
 それがダグマイアの衣服を掠め、パンツの紐を切ってしまったようだ。

(何と間の悪い……)

 タイミングが悪かったとか言えない。
 再び、ラシャラ達に下半身を晒してしまったダグマイア。

 一同は、目を点にして固まっていた。





異世界の伝道師 第88話『変態の烙印』
作者 193






「違う! 俺は無実だ!」
「無実も糞もないわ! あんな粗末な物≠、また我等に見せおって!
 後で正式にメスト家の方にも、抗議させてもらうぞ!」

 城の衛兵に拘束され、連れて行かれるダグマイア。幾ら男性聖機師とはいえ、現行犯ではどうしようもない。
 しかも、目撃者がこれだけいれば尚更、言い逃れなど出来ないだろう。
 どうせ男性聖機師の特権を使って、直ぐに出て来るのだろうが、今回のことがババルンの耳に入れば、こっ酷く叱られることは間違いない。
 俺もババルンには忠告しておいたし、難しい表情でその話にババルンは頷いていた。
 きっと彼も、息子の暴挙に、色々と思うところがあったに違いない。

「エメラ、大丈夫じゃったか?」
「は、はい……ですが、ラシャラ様――」
「その人、エメラさんって言うの?」
「うむ。あの変態≠フ従者をやっておる」

 自分の従者に襲いかかったのか、ダグマイアは……。
 そしてラシャラには、既に名前ですら呼んでもらえず、変態扱いだ。

 しかし、それも仕方のないことだろう。
 幾ら自分の従者とはいえ、嫌がる女性に無理矢理襲い掛かるなんて、最低な男のすることだ。
 変態呼ばわりされるのも、無理はない。

「あの……ダグマイア様を、余り責めないで差し上げてください。
 きっと混乱していただけだと思いますので……」
「御主……」
「エメラさん……」

 襲われたというのに、主人を庇おうとするエメラの献身的な態度に、ラシャラとマリアは何とも言えない表情で言葉を漏らす。
 ここまで献身的に尽くしてくれる女性に、自らの欲望を満たそうと穢れた情欲だけで襲い掛かるとは、益々許せない男だ。
 きっと、このエメラも、ダグマイアには手を焼いて苦労していたに違いない。

「ラシャラ、彼女のことは」
「うむ、心配するな。メスト家が何を言ってこようと、我がしっかりと守ってみせる」

 その言葉を聞いて安心した。
 俺が何とかしてやりたいが、下手にシトレイユの問題に干渉して、『内政干渉だ』と騒がれても困る。
 最悪の場合、それでも彼女に手を貸してやるくらいの気持ちではいたが、出来ることならハヴォニワに迷惑を掛けたくない。

「エメラ、御主の身柄はしばらく我が預かるが、それで構わぬな」
「……はい、ご心配をお掛けして申し訳ありません」

 一先ず、エメラの身柄はラシャラが預かることになった。
 メスト家にも正式に抗議が行くとの話なので、ババルンの耳にも自然と入るだろう。
 自分のやった罪を認め、悔い改めて欲しいものだが、果たしてダグマイアにそれが可能かどうか?

「ところで、二人の話はもういいの?」
「うむ、今回のことではマリアにも迷惑を掛けたのでな。そのことで先に少し話があっただけじゃ」

 確かに、ダグマイアの行動は軽率だった。
 下手をすれば、ハヴォニワとの国際問題にも発展しかねない、そう考えたのだろう。
 マリアは頭の良い子だし、このくらいのことでシトレイユとの関係を悪化させようとは思わないだろうが、招待を受けた晩餐会でこんな目に遭わされれば気分を良くはしないはずだ。
 招いた方のラシャラとしては、バカな連中の所為で、色々と気を遣うところが多かったに違いない。

「そうじゃ、茶の準備をさせたのじゃ。あの騒ぎで余り食事も取れておらぬであろう。
 簡単ではあるが、食事も用意させてもらった。よかったら一緒にどうじゃ?」

 さすがはラシャラだ。よく気が利く。
 色々とご馳走が並んでいたのだが、結局、騒ぎのゴタゴタで口にする機会を逃してしまった。
 あれだけ立て続けにダンスを踊った後、ダグマイア達の相手をさせられ、腹が減っていないというのは嘘になる。
 ここは素直に、ラシャラの厚意に甘えさせてもらうことにした。

【Side out】





【Side:エメラ】

 ダグマイア様が、衛兵に連れて行かれてしまった。
 ラシャラ様と、ハヴォニワのマリア姫の前であのような醜態を晒してしまったのだ。
 それも無理はない話だが、やはり心配だった。

「あの……ダグマイア様を、余り責めないで差し上げてください。
 きっと混乱していただけだと思いますので……」

 他の貴族方の前で、あのような痴態を晒してしまったのだ。ダグマイア様が受けた心の傷は計り知れない。
 私が話を蒸し返すような真似をしなければ、ダグマイア様もあそこまで取り乱したりはされなかったはずだ。

『小さいくらいで、気にされることはないですよ』

 確かに平均よりは少し小さいのかも知れないが、ダグマイア様は男性の中でも優秀な聖機師でいらっしゃる。
 それに、あのババルン卿の跡を継がれるメスト家の嫡子。そのことで、ご本人の価値が失われる訳ではない。
 ダグマイア様が人知れず努力なされていることも知っている私は、励ますつもりであんな事を言った。

『違うっ! あれは少しビビって縮こまってただけだ! 俺のアソコ≠ヘ小さくなんかない!』

 しかし、ダグマイア様はお気に召さなかったようで、その言葉を聞いて錯乱なされた。
 こんな事になってしまったのは、全て私の軽率な発言の所為だ。

「エメラ、御主の身柄はしばらく我が預かるが、それで構わぬな」
「……はい、ご心配をお掛けして申し訳ありません」

 これも仕方のないことだろう。ダグマイア様がああなってしまった責任の一端は、私にもある。
 ラシャラ様の預かり、ということは、城に身柄を拘束されるのと同じことだ。
 私にも、ダグマイア様と同様、何らかの処罰が下されることになるのだろう。
 ラシャラ様に恥を掻かせ、ハヴォニワの皇女様に粗相を働いたのだ。この処罰に異論はない。当然の処置だと、私は考えていた。
 しかし、ダグマイア様にお仕えすることも、聖地に戻ることも、もう出来ないかと思うと、そのことだけが少し寂しくてならない。

(申し訳ありません……ダグマイア様)

 今は、拘束された主の無事を祈るくらいのことしか、私には出来なかった。

【Side out】





【Side:シトレイユ皇】

「ハハハッ! 太老殿は実に面白いな」

 食事を取りながら、太老殿のハヴォニワでの活躍を聞かせてもらっていた。
 ラシャラから太老殿の話は聞き及んでいたし、噂はこちらにも流れてきているから多少のことは知っておったが、実際に当事者から、その話を聞くのでは話の重みも随分と違う。
 太老殿のことを自分のことのように嬉しそうに話すマリア姫を見ると、彼がどれだけハヴォニワにとって重要な人物になっているか、と言う事が手に取るように分かるようじゃった。

「俺としては聖機人≠ネんて、余り人前に晒したくはないんですけどね」

 黄金の聖機人の話が出たところで、そんな事を言う太老殿。
 これは謙遜でも何でもない。余り力をひけらかすよな真似をしたくない、というのは、恐らくは心からの本音に違いない。
 世界を支配できるだけの器と強大な力を持ちながらも、それに溺れることなく、力とは何たるかを自覚している証拠だ。自らを律し、戒めておるのだろう。

 先程の決闘騒ぎでも、仕掛けたこちら側を責めることもなく、敢えて気遣うような態度を示された。
 まさに噂通り、いや噂以上の人物であることは疑いようもない。
 ハヴォニワの有力な大貴族、優秀な男性聖機師という点を除いても、ラシャラの婿に、これほど相応しい人物は他にいないじゃろう。

「いやはや、噂以上の人物のようで儂も安心しましたぞ。
 是非、太老殿にはラシャラのことをお願いして、シトレイユの未来のために、これからも御尽力頂きたい」
「ち、父皇、突然何を言い出すのじゃ!」
「シトレイユ皇!? 幾ら何でも、話が飛躍し過ぎてますわよ!」

 顔を真っ赤にしながら慌て、儂を諌めるラシャラとマリア姫。
 この様子から察するに、やはりマリア姫も太老殿を好いておるらしい。
 態々、太老殿の出張に同行するくらいじゃし、『もしや?』とは思っておったが、どうやら儂の推測は間違っていなかったようじゃ。
 しかし、それも考えてみると無理はない話。これほどの男が傍に居て、惹かれぬ女子はおらぬじゃろう。

 だが、問題はハヴォニワのあの女王のことだ。
 恐らくは儂と同じ考えで、ハヴォニワのため≠ノ太老殿とマリア姫を結ばせるつもりでいるに違いない。
 そうなると厄介じゃ。太老殿の身は一つ、しかも彼はハヴォニワの貴族でもある。
 真っ向から対抗したのでは、圧倒的にこちら側が不利だということも分かっていた。

(フローラめ……上手くやりおったな)

 太老殿をハヴォニワの貴族に仕立て上げたのも、一番の狙いはそこにあるからだと考える。
 かと言って、諦めることは出来ない。
 父親として娘のためにどうにかしてやりたい、という気持ちもあるが、シトレイユの未来を思えば太老殿を是非ともこちら側≠ノ取り込んでおきたい、という思惑もあった。

(彼は男性聖機師、そこを上手く利用すれば)

 ラシャラのために、シトレイユのために、是が非でも太老殿にはラシャラの婿になってもらいたい。
 儂は、そのための計画を密かに企てていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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