【Side:マリア】

 ワウアンリーが結界工房を出て、首都を訪れているという話を聞いた私は、ユキネと一緒に彼女が滞在しているというお兄様の屋敷に足を運んでいた。
 ワウアンリーの話を聞くのは、ユキネが卒業した年に、進級を目前にして休学したという話を聞いて以来のことだ。
 彼女のことだ。また研究に明け暮れて工房に引き籠もっていたのだろうが、今になって外に出て来たということは、学院に復学する気にでもなったのだろうか?
 それにしたって、もう学院はとっくに始っている。
 今の時期からでは中途半端になってしまうし、復学するとなれば、来年度からという話になるだろう。
 何か他に目的があって、彼女は結界工房から出て来たのではないか? と私は推察した。

「それで、何をしているのですか? 彼女は……」

 お兄様の屋敷に到着してみれば、食堂で椅子に腰掛け、テーブルに頭をつけて『ウンウン』唸っているワウアンリーの姿を見つけた。
 直接会うのは、これが二度目。それほど深い親交がある訳ではないが、こんな彼女を見るのは初めてのことだ。

「マリア様、ユキネ様。それが――」

 どうやら、お兄様を屋敷の使用人と勘違いして、粗相をしてしまったようだ。
 マリエルからその話を聞かされ、私とユキネは何とも言えない表情を浮かべてしまう。
 そそっかしいワウアンリーもそうだが、お兄様のことを知らなければ、そう言う勘違いをしてしまっても仕方ない部分は確かにある、と納得してしまったからだ。
 誰にでも分け隔て無く接し、身形一つをとっても、そこらの平民と大して変わらないラフな格好を好まれ、余り貴族らしくない装いをしている。
 親しみやすい、という点では、それもお兄様の長所の一つだが、それは時として大きな誤解を生むこともある。
 今回のこれが、良い例だろう。

「ワウアンリー、そんなに気にしなくても、お兄様は大して気にもしてないと思いますわ」
「マリア様……お久し振りです。いや、折角いい金づる……じゃない。
 スポンサーを見つけたと思ったのに、行き成り計画が頓挫しちゃったもので」
「……本音が漏れてますわよ」

 大方、そんな事だろうとは思っていた。結界工房を出て来たのも研究開発費を出してくれる、スポンサー探しが目的なのだろう。
 とはいえ、ワウアンリーが優秀な聖機工だということは、私も知っている。
 彼女が開発している新型の蒸気動力炉や、『機工人』と呼ばれるロボットは、お母様も注目しているほどの代物だった。

「スポンサーの件は、後で考えてあげても構いませんから……それよりも、お兄様は?」
「ああ、太老様なら、今も工房で機工人を見てますよ」
「……いいのですか? あれも機密の塊なのでしょう?
 それにお兄様がそんな事をするとは思えませんが、あそこには研究資料もあるのでは?」
「いや、大丈夫ですよ。本当に重要なのは隠してありますし、それに素人が見たって分かるものじゃ」

 ワウアンリーの『素人』という言葉に、私は嫌な予感を覚え、冷や汗を流す。
 彼女の認識は激しく間違っている、と言わざる得ない。
 お兄様が素人? とんでもない。軍の工房の技師達ですら、舌を巻くほどの深い知識を持つ方だ。
 ここよりも遙かに進んだ文明を持つ異世界からやってきたのだから、それも無理もない話だが、ワウアンリーはそのことを知らなかった。

「ワウアンリー、あなたの認識は間違っていますわ」
「マリア様の言うとおり。太老は技師としても超一流。ハヴォニワの軍工房にだって、彼に敵う技師はいないわ」
「……へ?」

 私とユキネの忠告を聞いて、間抜けな声を上げて驚くワウアンリー。
 お兄様に死角など無い。有能な聖機師であるばかりか、優秀な技師でもあり聖機工であるともいえる。
 この上、教会で洗礼を受け、亜法まで使えるようになれば、欠点など何一つなくなるだろう。

 ワウアンリーの想像を、お兄様は遙かに上回っていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第101話『機工人』
作者 193






【Side:ワウ】

「勝手なことをしてごめん……幾つか手直しすれば、もっと稼働効率を上げられそうだったから、遂……」

 マリア様やユキネ様の話は嘘ではなかった。
 二人の話を聞いて慌てて工房に向かってみると、そこには機工人の操縦席に積んであった設計図と睨み合いをしている太老様がいた。
 設計図に書き足されている箇所は、機工人の機動力を確保する意味で一番重要となる関節箇所や、足のローラー部分の設計修正案。
 実際に実験してみないとこれだけでは何とも言えないが、一通り目を通しただけでも分かるほど、卓越された経験と知識により洗練された設計案だった。

「……これを太老様が?」

 機工人の設計は、長年、私が研究開発を続け、どうにかここまで形にすることが出来たものだ。
 結界工房の技師といえど、一目見ただけで、ここまで理解することは難しい。
 ましてや、その設計図の問題点を的確に指定し、その具体的な修正案まで思いつくなど、並大抵の技師には不可能なことだ。
 いや、私の師匠でも可能かどうか? 贔屓目に判断しても、こんな短時間では不可能だ、と言わざる得ないだろう。

「気に障ったなら謝るよ……やっぱり、人の設計を勝手に弄るのよくなかったよな」
「いえ、それは構わないんですけど……もしかして、ロボットの設計とかをしたことがあるんですか?」
「こんな大きいのじゃないけどね。後、船とかも弄ったことあるし。
 まあ、設計と言うより、メンテナンスの手伝いとかが殆どだったけど」

 この様子から察するに、経験があることは間違いなかった。
 少なくとも、私などより、遙かに優れた技師であることは疑いようがない。
 知識の広さ、そして技術レベルの高さ、どれをとって見ても、私などでは足元にも及ばない能力を、太老様は持っていた。
 正直、スポンサーになってくれないか、などと考えていた自分が恥ずかしい。

「怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだけど、そう言ってもらえると助かるよ。
 あ、失礼ついでに姿勢制御のバランサーなんだけど、このままじゃ脚部に余計な負担を掛けるから――」

 少し先を行っている、などといった次元の話ではなかった。
 どこで、これだけの知識と技術を習得されたのかは分からないが、明らかに結界工房の上を行く知識と発想だ。
 ただ感心するばかりで、頻りに何度も頷き、太老様の話に耳を傾ける私。
 まだ、実用化には最低一年は掛ると思っていた機工人の製作が、ここに来て一気に進み始めようとしていた。

「大変参考になりました。太老様、いえ、是非に『師匠』と呼ばせてください!」
「え? いや、それはちょっと……太老でいいよ」
「無理です! こんな凄い技師の方を呼び捨てに何て出来ません!」
「……じゃあ、様付けでも構わないから、師匠は勘弁してくれ」
「……そうですか?」

 少し残念だったが、太老様がそう仰るのであれば致し方ない。しかし、世界は広い、と痛感する思いだった。
 工房のお爺ちゃん達に教わった異世界の諺の中に、『井の中の蛙大海を知らず』と言うのがあるが、よく言ったものだ。
 あのまま結界工房の中に引き籠もっていたら、私は気付くことが出来なかった。
 大陸一の技術者集団と称えられ、結界工房の技術力が世界一だと信じて疑わなかったが、それが如何に傲慢なことかと思い知らされた。

「では、これからよろしくお願いします! 太老様!」
「ん、ああ……よろしく、ワウ」

 結界工房に所属していなくても、優秀な技師など大勢いる。太老様は、その最たる存在だろう。
 この出会いだけでも、早くに結界工房を出て、ここに来た甲斐があった。
 今は少しでも、新しい知識と発想を、太老様の技術を吸収したい――私は、その思いに駆られていた。

【Side out】





【Side:太老】

 本物のロボットを見て、大人気なく興奮しすぎてしまった。
 設計図を操縦席で見つけた時には舞い上がってしまって、後のことはよく覚えていない。
 気付けば、気になった箇所に勝手に修正を加えたりして、随分と勝手なことをしてしまった。

(ワウには悪いことをしちゃったな)

 これだけ大きなロボットに触れるのは初めてのことだが、実のところ、『ガーディアン』と呼ばれる護衛ロボや、アカデミー製の『マリオネット』の修理、『宇宙船』の整備なども手伝ったことがあるので、これが全くの初めて、と言う訳でもなかった。
 アカデミーの履修課程には、当然、こうした機械工学も含まれているので、その気になればロボットの一台や二台は簡単に作れる。
 そうは言っても、あちらの世界では宇宙船の性能もさることながら、戦闘服の性能や、ガーディアンやマリオネット、あとはバイオボーグなど、多種多様な汎用性の高い兵器が存在するので、利用価値が低く効率性の悪い、人が乗る巨大ロボットにそれほどの価値はない。
 工業用にしても、無駄に大きなロボットを使うよりは、生体強化をして筋力強化した方が早いし、戦闘服まで行かなくても強化服を着込むか、小型の作業用ロボットに任せた方が早く、作業効率も高い。
 趣味のカスタム機ならともかく、コスト面で考えても非効率なので、受け入れられないという理由が背景にあった。

 男の浪漫を幾ら熱く語ったところで、現実は虚しい物だ。
 そういう事情もあって、こうした少年時代に憧れた、如何にもロボットって感じの機械は新鮮だった。
 俺が目を輝かせて興奮する理由も、分かってもらえると思う。

 実のところ、西南の神武が少し羨ましかったくらいだ。
 最も、あれもフォルムがどこか生物的なので、余りロボットって感じではないのだが。
 そう言う点では、この機工人というロボットは完璧だった。
 如何にも機械的で無骨な感じが、俺の少年心をくすぐって止まない。

「お兄様、ワウアンリーは一緒じゃなかったのですか?」
「ああ、何か火がついちゃったみたいで、工房で作業してるよ」

 俺が修正した設計案が切っ掛けとなり、ワウの職人魂に火をつけてしまったようで、部屋にも戻らず機工人の組み立て作業に没頭してしまっていた。
 修正を入れた箇所や、代替案として用意した技術も、こちらの設計に基づいた物なので『オーバーテクノロジー』と呼べるほどの物でもないはずだ。少しやり過ぎてしまったか、と思わなくはないが、多分大丈夫だろう。
 俺としても、早くあの機工人が動き回るところが見たかったので、多少の協力をするくらい(やぶさ)かではなかった。

「ワウアンリーの研究を見て、お兄様はどう思いますか?」
「うん? なかなか面白い発想だし、多少荒削りだけど、実現できたら凄いだろうね」

 あれが実現できたら、面白いことになるのは間違いない。
 工業用に限らず、カスタム次第では聖機人とも渡り合えるだろうし、イベントなどのアトラクションにも使えそうだ。
 男の浪漫の実現、個人的には聖機人よりもずっと好みなので、ワウには頑張って欲しかった。

「……ワウの研究開発に資金援助をしようかと思うのですが」
「いいんじゃないか? 俺としても是非に実現して欲しいし、それなら俺が金を出すよ」

 多少アドバイスをするくらいのことしか出来ないが、マリアの言うとおり、場所の提供や資金援助くらいなら出来るはずだ。
 確かにあれだけの物になると、開発費も相当に掛るに違いない。
 ワウが、どうやって遣り繰りをしているのかは分からないが、資金繰りが大変だというのは容易に想像が出来る。
 研究開発にお金が掛るということは、俺も痛いほどよく分かっていた。

【Side out】





【Side;マリア】

 お兄様の太鼓判があるのであれば、ワウアンリーの研究も満更捨てた物ではないのだろう。
 亜法結界炉に頼らない機工人の開発。今後を見据える意味でも、お母様の見る目に間違いはないようだ。
 亜法に頼らないということは、エナの喫水外であっても活動が可能だということ、戦略的価値は十分にあるとお母様も考えているのだろう。
 開発費の援助を申し出て、ここで恩を売っておくに越したことはない。
 完成した暁には、それを理由に機工人の優先的な取引を持ち掛ければいいだけの話だ。

「ユキネ、お母様に連絡を――」
「お言葉ですが、太老が全額を出すと言っていたのでは?」
「そう言う訳にもいきませんわ。事は、ハヴォニワの問題でもありますから」

 ここで、お兄様に全ての負担と責任を負わせる訳にはいかない。
 ワウアンリーの研究に資金援助をしようとお兄様が考えられたのも、恐らくはお母様同様、今後のことを見越してのことだと推測できる。
 シトレイユ皇国での件や、それに呼応するように動き出した各国の動向に、教会の不審な動き。
 それらは何か、良くないことが起こる前兆のように、思えてならなかった。

 一つだけ、はっきりと言えることは、その渦中にハヴォニワはあり、お兄様が全ての中心にいるということだけ。
 何があっても悔いを残さないために、そしてハヴォニワの未来のため、準備だけは進めておくべき、と私は考えていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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