【Side:太老】

「軍の基地にですか?」
「うん、軍の上層部からも『是非に』と頼まれしまってね」

 マリエルに、軍から連絡があったことを伝える。
 相談したいこともあるので、軍の基地に一度来てくれないか、と言う話だった。
 こちらとしても、山賊討伐の件や農地開拓の礼はちゃんとしたかったので、通信で済ませるよりはそちらの方がいい。
 向こうから来てもらうのも悪いし、こちらから出向いて直接お礼を言うべきだろう、と考えていた。

「では、週末の予定は空けておきますね」
「よろしく。あ、そう言えばマリエルはちゃんと休み取ってる?
 戻ってからずっと、屋敷の事や、商会の仕事の手伝いまでやってくれてるみたいだけど」

 週に一度は休みを取れるように、とこちら側で調整して勤務表を用意してあるのだが、どういう訳かメイド隊の侍従達はきちんと休みを取ろうとしない。
 色々と忙しいことは知っているが、もし休みを返上しなくてはならないほど忙しいのだとすれば、俺のミスだ。
 領地の屋敷同様、こちらも使用人を増やすことを考慮しなくてはいけない、と俺は考えていた。

「ありがとうございます。ですが、私達が望んでやっていることですから」
「ううん……」

 そう言って、頑張って働いてくれるのは嬉しいが、余りマリエル達にばかり負担を掛けたくはない。
 それが原因で、過労で倒れられでもしたら、彼女達の家族にも合わせる顔がない。

「屋敷の警備も重要だけど、やはりそちらも考えてみるか」
「えっと……太老様? 何か、私達の仕事に不備が……」
「いや、皆はよくやってくれてると感謝してるよ。
 ただ、マリエル達にばかり負担を強いたくないから、人手は増やそうと思う」

 領地の屋敷ほどではない、とは言っても、こちらの屋敷もかなりの大きさだ。
 正面から通じる庭だけで、草野球が出来るほどの敷地面積があり、裏庭にある倉庫や工房の数だけでも、軽く十以上はある。
 それに、部屋数だけでも五十はあろうかという大きな屋敷だ。

 これだけの広さの屋敷を、マリエルを含め五人の侍従達と、僅かな使用人だけで維持するというのも無茶な話だ。

 もっと早くに考えるべき問題だったのだが、シトレイユ皇国への出張など予定が詰まっていることもあって、そこまで気が回らなかった。
 それに出来るだけ、俺達が異世界人だということを伏せておくためにも、人選は慎重に行いたいという思惑もあったからだ。
 そうは言っても、マリエル達の負担を考えれば、早期に対処するべき問題だった。

「メイド隊の……隊員募集ですか?」

 ――正木家の屋敷で働いてみませんか?
 ――正木卿メイド隊で働く、メイドの皆さんを募集中です!

 と、募集広告のキャッチコピーが書かれた紙をマリエルに見せた。
 マリエル達の仕事を補佐するのであれば、メイド隊の侍従を増やした方が早い。

「あと、物は相談なんだけど」





異世界の伝道師 第107話『正木卿メイド隊』
作者 193






「はーい、そこで少し屈んで上目遣いで――うん、いいわよ」

 オカマ口調のカメラマンの指示で、ポーズを変えて写真を撮るメイド隊の侍従達。
 メイドの象徴たるカチューシャはそのままの状態で、衣装は前にランに着せた、体操服、修道服、和服、チアガール、ナース服、スチュワーデス、レースクイーン、セーラー服、スク水、新たに追加したぬこ衣装と、次々に衣装を変えての撮影となった。
 正木卿メイド隊の隊員募集の告知ポスターを作るため――
 その広告塔を、彼女達にやってもらおう、と俺は考えた。

「あの……太老様。本当にこんな格好をする意味があるのでしょうか?」
「当然! それに、よく似合ってるし」
「そ、そんな……」

 半分ほどは俺の趣味なのだが、文字や風景だけの殺風景なポスターよりは、断然この方がウケがいいはずだ。
 それに、没になった写真を無駄にするつもりはない。
 この貴重な写真の数々は、俺の秘蔵コレクションとして大切に保管させてもらおう、と思う。
 マリエルのぬこ衣装だぞ? しかも、プロのカメラマンのお墨付きだ。
 他の侍従達もかなり素材がいいので、可愛い衣装を着せれば注目を集めることは間違いない。

 実のところ、水面下でテレビ局設立の話は進んでおり、彼女達にも番組の製作に協力してもらうことになっていた。
 あのメイド隊のコンサートが、思いの外、好評だったからだ。
 今回の件、事前の売り込みという意味では、悪い手ではない。

「太老様、太老様、この衣装って頂いてもよろしいんですか?」
「うん? まあ、気に入ったなら持って行ってもいいけど」

 侍従達にそう尋ねられ、俺は首を縦に振って頷く。
 侍従達も、随分と衣装を気に入ってくれたようだ。
 そう言えば、ランの時にも好評みたいだったし、こうした衣装は意外と需要があるのかもしれない。

「やった! こんなに可愛い衣装だもん。一回きりなんて勿体ないよね」
「うん。あ、でも私はマリエルの着てる『ぬこ衣装』も着てみたかったな」
「……あなたじゃ体格が合わないと思う」
「ちょっ、ちょっとどういう意味よ!」

 ぬこ衣装は少しサイズが小さいので、ラシャラやマリア、それにマリエルくらい小柄でないと着こなすのは難しい。
 他の侍従に厳しいツッコミを受けていた少女は、決して太っているという訳ではないが、マリエルと違い、たわわに実った自慢出来るだけの胸がある。
 例えるなら、デカメロン……胸があれだけあっては、サイズが合わないのは当然だろう。
 ここはやはり、大人用のぬこ衣装も、用意しておくべきだったのだろうか? と考えていた。
 いや、スケベ根性とかではなく。俺はどちらかと言うと、貧乳派だ。

 マリエルに着てもらったのは、実は『にゃんにゃんダンス』が好評だったので、その人気で一儲けしようと、子供向けに販売を計画していた商品の試作品だったりする。
 マリアの黒、ラシャラの白と違い、一般向けに販売されるぬこ衣装は色や仕様が少し違う。
 茶色がベースとなっているが、少しずつ模様が違う仕様だ。中にはシークレットとして『三毛ぬこタイプ』も用意していた。
 子供達の安全を考慮して、防御面に優れている点は変わりないが、『ぬこクロー』や『コロとの通信』など危険な機能は取り除いてある。
 簡易生体強化に関しても、さすがに色々とまずいので排除した。

 順調にいけば、来月にでも販売する予定だが、実のところかなり売れるのではないか、と期待を寄せている。
 特にハヴォニワでは、ぬこマリアの人気は凄まじい物があるからだ。この国は、マニアが多い。

「うふん、良い物を撮らせてもらったわ。太老ちゃん、また何かあったら声を掛けて頂戴ね」
「……た、助かりました。機会があれば、次もお願いします」

 商会でも贔屓にさせてもらっている腕の良いカメラマンなのだが、この人に会う度に身の危険を感じてならない。
 もじもじとして、何気に腰に手を回してきたり、その先まで……スキンシップだけは勘弁して欲しかった。
 しかし、ハヴォニワ一の腕、というのは確かだ。良い写真を残すためにも、ここはグッと我慢するしかない。

 だが、度々思うことだが、こちらで使われている物の殆どは、形は違えどあちらの世界の物とよく似ている。
 文化にも、茶道や日本舞踊といった日本らしい物が混じっているし、市場に出回っている物もどこかで見たことがある物が多い。
 このカメラもそうだ。肖像画を残す貴族達も多い中、普及しているのはこちらのカメラの方が一般的だった。
 時々、ここが異世界だということを忘れてしまうことがある。

 異世界人が、それだけやりたい放題をやっているだけの話か、それとも知らないところで異世界からの干渉があるのか。
 召還されてきた訳じゃない、俺や水穂と言う例外もある。そちらの可能性も捨てきれないだろう。
 この世界も、大方あの三女神の誰かが創造した世界なのだろうし、それを崇めているという教会も怪しい。
 少なくとも、俺と水穂の件に関しては、鷲羽(マッド)が関与していることだけは間違いなかった。

【Side out】





【Side:マリエル】

 メイド隊の人数を増員する、と仰られたことには驚きもしたが、確かに太老様の抱えておられる仕事は日々増すばかりだ。
 私達も頑張ってサポートしているつもりだが、それでも何日も商会の書斎に籠もられたり、屋敷を空けられることが多い。
 このままでは、太老様のお体の方が心配でならない。

 メイド隊の隊員を今よりも増やすことが出来れば、その太老様の負担を少しでも減らすことが出来ることは間違いない。
 結局のところ、私達が不甲斐ないことが一番の原因なのだが、それを嘆いたところで何も解決はしない。
 後ろ向きな考えを捨て、今は太老様の提案を素直に受け入れることにした。

「あの……太老様。本当にこんな格好をする意味があるのでしょうか?」
「当然! それに、よく似合ってるし」
「そ、そんな……」

 正直、こんな可愛らしい衣装を着るのは恥ずかしかった。
 それにこの衣装は、マリア様やラシャラ様が着ておられた物と同じ、色違いではあっても畏れ多い。
 しかし、太老様に『似合っている』と言って頂けて、嬉しくないはずがなかった。

 ――太老様のお役に立てることの嬉しさ
 ――褒めて頂いた時の喜び

 この瞬間が専属メイドとして働く、私の心が一番満たされる至福の時でもある。

「今日は助かったよ。ポスターの方は俺が発注しておくから、先に上がってくれて構わないよ」
「太老様、それなら私が――」
「いや、俺の楽し――仕事だからさ。マリエル達は先に屋敷に戻って、夕食の用意を頼むよ」

 そう言われては引き下がるしかない。
 いつも私達のことを気遣ってくださるが、誰よりも仕事熱心なのは間違いなく太老様だ。
 だからこそ、こうして心配にもなるのだが……せめて、精の付く食事で太老様をお持て成ししよう、と考えた。

「太老様へのお返し?」
「シトレイユ皇国でも、色々と気遣って頂いたでしょ?
 それに、いつも太老様にはお世話になってばかりだから……」

 メイド隊の侍従達に相談をする。
 シトレイユ皇国でも私達のことを気遣い、『観光でも楽しんでくるように』と丸一日の休みと、過分な心遣いをしてくださったことは忘れもしない。

「そうだよね……シトレイユでのお返しも、まだ出来てないし。
 それに、こうして私達が安心して暮らせるのも太老様のお陰だし……」
「うん……色々と迷惑掛けたり我が儘を言っても、太老様、嫌な顔一つしないけど」
「この衣装や、今回のことだって……私達のことを考えてくださったから、何だよね」

 皆、それぞれ思うところがあるようで、これまでのことを思い返しつつ、そう呟いた。
 太老様に少しでも何かお返しがしたい、そう思っているのは私だけではない。
 彼女達もまた、太老様との出会いがなければ、どうなっていたかは分からない。
 今の自分や、家族が安心して暮らせるのも、全ては太老様のお陰だということを理解していた。
 何よりも、私達は太老様の努力されている姿を、一番間近で見続けてきたのだから――

「うん! 何か、お返ししよう!」
「そうね。マリエルの言うとおり、私達の誠意を太老様に見てもらいましょう」
「皆……」

 私達の思いは一つだった。今を逃せば、いつ訪れるとも知れない機会。
 これから益々、太老様も忙しくなられるだろうし、聖機師として学院に通われるようなことになれば、お返しをする機会も失われてしまうかもしれない。
 この程度で恩返しが出来るとは思ってはいないが、少しでも私達の感謝の気持ちを示せれば、と思った。

「それじゃあ、急いで戻って、太老様が帰ってくる前に準備をしないと!」
「では、班を分けましょう。屋敷に戻って飾り付けの準備をする班と、必要な物を買い出す班に」
「じゃあ、マリエルは買い出しと料理をお願い。太老様の好みとか、マリエルの方が詳しいものね」
「マリエル、あなたが私達のリーダーなんだから、ちゃんと指示をくれないと」

 いつになくやる気を漲らせ、一致団結する侍従達。
 太老様のこととなると、一生懸命になるのは、私も彼女達も一緒だった。
 いや、マリア様達も、その点に関しては私達とそう変わりはないだろう。
 太老様に何か恩返しをしたい――そう考えているのは、私達ばかりではない、と言う事だ。

「では、力を合わせて頑張りましょう。太老様のために」
『太老様のために!』

 手を合わせ、声を張り上げ、私達は太老様のために力を合わせる。

 ――正木卿メイド隊

 私達は、太老様専属のメイド≠ネのだから――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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