【Side:太老】

『元に戻れぬと……』
「うん、きっぱり諦めてくれ」
『な、何ともならんのか!?』
「いや、そうは言われても……ほら、それにむさ苦しいおっさんの姿よりもヌイグルミの方が女の子受け良いと思うぞ」
『それは確かに……って、そんな事じゃない!』

 我が儘な皇様だ。これでも気を遣って懇切丁寧に説明していると言うのに。
 しかし、水穂の言うように第二世代の皇家の樹など用意できるはずもない。
 後、戻す方法があるとすれば、向こうの世界にシトレイユ皇を連れて行くことだが、それでも他の問題は残るし、それもいつのことになるやら分からない。
 何れにせよ、直ぐに戻すと言うのは不可能だ。

『何ということだ……』
「気休め程度にしかならんけど、一応これを渡しておくよ」
『何じゃ? これは?』
「千年が三十年くらいに縮まる魔法のアイテム。それを持ってれば、三十年くらいで元の体に自然と戻れるようになると思う」

 それでも三十年掛かるのだが、千年掛かるよりもずっとマシだろう。
 シトレイユ皇に手渡したのは、例の皇家の樹の枝と樹液の塊で作った首輪だ。
 これを付けていれば、第四世代とはいえ皇家の樹からの力の供給を受けられるので、何もしないよりはずっと回復が早くなる。
 皇家の樹には事情を説明して、協力してくれるように頼んでおいたし、シトレイユ皇がバカなことをしない限りは力を貸してくれるはずだ。

『三十年か……』
「肉体の方は水穂さんが時間凍結を掛けておいてくれるらしいから、千年でも二千年でも大丈夫。安心してヌイグルミライフを満喫してくれ」

 個人に使用する時間凍結くらいなら、現状持っている機材や設備だけでも十分可能だというので水穂にお願いした。
 こちらにもコールドスリープのような肉体を保存しておける技術があるにはあるらしいのだが、時間凍結と違って全く老化しないと言う訳ではない。
 最悪の場合、かなりの時間が掛かる可能性もあるので、そちらの方が安全だろうと考えたからだ。
 戻ったら戻ったらで今度は肉体が腐ってました、では話にならない。
 ヌイグルミ皇なら未だ可愛げがあって良いが、ゾンビ皇ではさすがに洒落になってない。

「嘆いていても始らないし、今後のことを考えよう。ラシャラに負担を強いてばかりでいる訳にもいかないでしょ?」
『確かに……何れにせよ、ラシャラに即位してもらわぬことには、シトレイユは終わりじゃ』

 さすがにヌイグルミの体では限界がある。皇として君臨し、支持を得るのは難しいだろう。
 かと言って、ラシャラの仕事の負担を考えるとこのまま、と言う訳にはいかなかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第125話『水穂の策略』
作者 193






【Side:ラシャラ】

 柾木水穂の有能さは聞いていたが、まさかこれほどとは思ってもいなかった。
 次々に仕分けされ、積み重なっていく書類の山。
 仕事を手伝ってくれる、と言うので任せられる分だけお願いしてみれば、その手際の良さと常人離れした処理能力にただ驚くしかない。
 太老と同等か、それ以上の執務能力を持っていると言う話は聞いていたが、これは想像以上じゃった。

「これで、一通り片付いたわね」
「うむ……助かった、礼を言わせてもらうぞ」
「いいのよ、太老くんが普段お世話になっているのだし。彼が大切にしている子なら、私にとっても可愛い妹も同然よ」
「可愛い……妹……」
「ちょっと気安かったかしら? ラシャラ様ってお呼びした方がよろしい?」
「いや、構わぬ。太老の信頼してるそなたなら、我も安心して名を預けられる」
「では、公式の場以外ではラシャラちゃん、って呼ばせてもらうわね」

 ちゃん付けはくすぐったい感じがしたが、太老同様、そう呼ばれることに抵抗感はなかった。
 柾木水穂――本当に不思議な女性だった。

「それで、話を聞かせて欲しいのだけど、シトレイユの現状、そしてあなたが今置かれている立場を詳しく聞かせてくれる?」
「それは……」
「言い難いのは分かるけど、一人で悩んでいても解決はしないわよ? それに、こういう言い方はしたくはないのだけど、既に私達も無関係とは言えないところまで来てる。太老くんのところに間諜や暗殺者が差し向けられていることは知ってる?」
「太老のところに暗殺者が!?」

 そんな話は寝耳に水だった。全く予想しなかった訳ではない。
 しかし、既にハヴォニワにまで手が及んでいるとは……我の考えは、やはり甘かったのやもしれぬ。

「そのことを責めている訳じゃないわ。太老くんも色々とやり過ぎてしまっていることは分かっているし。でも、事が太老くんの身の危険に及ぶことなら、私は黙っている訳にはいかない。今のところ、太老くんが何も言わないこともあって問題は露見していない、けど既にシトレイユの内政問題と言うだけでカタがつかないレベルにまで話は進み始めているわ」

 太老はハヴォニワの重鎮。その人物にシトレイユの人間が暗殺者を差し向けた、と言う話になれば水穂の言うとおり、事はシトレイユだけの問題では済まなくなる。
 下手をすれば、それを切っ掛けにハヴォニワとの戦争にまで発展してもおかしくないほどの大問題だ。
 先の見えない愚かな貴族達が暴走した結果なのじゃろうが、今のシトレイユにとっては致命的なスキャンダルと言えた。

「伯母上は何と?」
「シトレイユの事はシトレイユの問題。太老くんが何も言わないのであれば、ハヴォニワも一切関与するつもりはない、とのことよ」

 それは、太老が何も言わないでのあれば、今回の件に関してはハヴォニワも目を瞑ってくれる、という暗黙の了解だった。
 以前から太老には借りを作ってばかり。今回も大きな借りが出来てしまったことになる。
 尤も、太老はそれすらも貸しと思っていないのやもしれぬが。

「御主はどうしたいのじゃ?」
「ラシャラちゃんに即位してもらって、後はシトレイユをまとめ上げてもらうのが一番いいと思ってるわ。太老くんも私も、この国が欲しい訳ではないもの」
「欲はないのか? 上手くこの機会を利用すれば、シトレイユを手中に収められるやもしれぬのだぞ?」
「国なんて、今の私達には足枷にしかならないし。それを利用するだけならともかく、自分達で治めようなんて気は今のところないわ」
「はっきり言うな……しかし、それが出来ればいいのじゃが……生憎と今の我では」

 これまで、水穂の言うようにその貴族達をまとめ上げることが出来なかったからこそ、この現状があった。
 即位を早めたところで、それで貴族達が大人しく言う事を聞くとは思えない。
 支持してくれている皇族派の貴族だけで事を成すには危険すぎる。下手をすれば、貴族同士の全面衝突になりかねない問題だけに、慎重にならざる得ないという理由もあった。
 内乱に発展すれば、そのことで苦しむことになるのは他の誰でもない、シトレイユの民達だ。

「確かに、今のラシャラちゃんでは経験も力も足りないかもしれない。でも、その全てを持っていて、誰もを納得させられる人物が一人だけいるわ」
「まさか……」
「そのまさかよ。彼等が太老くんを恐れているのは、その力を誰よりも認め、影響力の高さを知っているから」

 水穂の考えを読み取った我は、余りの大胆な提案にただ驚くしかなかった。
 確かに太老ならば、周囲を納得させられるだけの力がある、しかしそのためには――

「シトレイユ皇国国皇『ラシャラ・アース二十八世』と、ハヴォニワの大貴族『正木太老』の婚約を発表するわ」

 戴冠式と同じくして、婚約発表を行うという水穂。
 シトレイユの未来を決めるその大博打に、我は乗る覚悟を決めていた。

【Side out】





【Side:太老】

「俺とラシャラが婚約!? ……水穂さん本気ですか?」
「あら、至って本気よ?」
「ラシャラちゃんは、まだ十一歳ですよ?」
「父さんは十二歳、阿重霞様が四歳の時に婚約したわよ?」
「いや、あれと一緒にされても……」

 水穂から提案された内容に、俺は驚きを隠せなかった。
 ラシャラと婚約をしろ、という水穂。
 シトレイユの貴族達が騒ぎ立てる一番の原因は、ラシャラが若すぎることや影響力が小さいことに問題があると彼女は言った。
 確かに、幾ら優秀とは言ってもラシャラは未だ十一歳。皇と呼ぶには余りに幼すぎる。
 利権目的で騒ぎ立てている者達もいるだろうが、幼き皇に不安を持ち、国の行く末を本当に心配している者達も少なくはないはずだ。

 そこで、今回の婚約の話と言う訳だ。
 確かにラシャラだけなら不安要素として捉えられる問題も、俺というオマケがつくことで話は大きく変わる。
 正木商会という大商会との深い繋がり、ハヴォニワとの友好関係、そして水穂のいう天の御遣いのネームバリュー。
 シトレイユにとっても悪い話ではない、寧ろこれからのことを考えれば、良い縁談と言える内容だった。
 俺としては、些か納得の行かない点があるのだが……確かにラシャラを庇護するという意味では悪い案ではない。

「それに未だ婚約≠諱B少なくとも、ラシャラちゃんが学院を卒業するまでは結婚はない。それだけあれば時間は十分に稼げるでしょうし、その頃にはラシャラちゃんの立場も国内で盤石な物となっているはずよ」
「それって詐欺って言うんじゃ……」
「あら? 太老くんさえよければ、別に本当に結婚してもいいわよ? ラシャラちゃん、きっと美人になると思うわ」

 悪戯ぽい笑みを浮かべる水穂。ようは婚約者のフリをしろ、という話だった。
 確かに、そんな事でラシャラの立場が良くなるのであれば、協力しない事もないのだが、

「この事、フローラさんは?」
「勿論言ってあるわよ。シトレイユに貸しも作れるし、丁度良い機会だから好きにしていい、って」
「ハヴォニワの得にもなる、ってことか。水穂さんも建て前はそうだけど、本音は情報網をシトレイユにまで広げるためとか?」
「分かってるじゃない。勿論ラシャラちゃんを助けたいという思いもあるけど、やはり勢力圏の拡大は重要な課題ですもの」

 こういう時に損得勘定で動いてしまうのが、俺達の悲しいところだ。
 そういう風に鬼姫に仕込まれたから、と言うのもあるのだが、組織に所属している以上、何の得にもならないことで自分勝手に動けるはずもない。
 シトレイユの内政問題が長引けば長引くほど貿易にも影響が出て来るし、気軽に行き来がし辛くもなってくる。
 そうなれば、経済的な面から考えても、事はシトレイユだけの問題ではなく、ハヴォニワにも影響が少なからずでかねない。
 それにシトレイユに貸しを作っておけば、水穂やフローラの仕事もやりやすくなると言うのにも頷けた。

 ――様々な利害の一致があって、今回の計画を思いついたのだ、と言う事も
 ――こうして聞いてきてはいるが、最初から反対することなど出来ないのだろう、と言う事も

「はあ……分かりました。ラシャラちゃんのためにも一肌脱ぎますよ」

 ラシャラを放っておけることなど出来るはずもない、俺の性格や行動パターンを完全に熟知している水穂らしい入れ知恵だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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