【Side:ワウ】

「出来た……遂に完成したわ!」

 太老様の屋敷にお世話になり始めて、そろそろ半年が経つ。
 機工人や蒸気動力炉の研究が順調なこともあって、私は新たな研究開発に没頭していた。

「ふふん! ここにいると、本当にデータ収集には事欠かないもんね。予想以上に蓄積されたデータが役に立ったわ」

 タチコマとは別に、独自に開発を進めていた私だけのオリジナル機工人。
 脚は六本、全高は聖機人の三分の二ほどの大きさで、タチコマよりもずっと大きく頑丈に設計されているそれは、武装にグレネードの他にガトリング砲二門を標準装備。オプションを搭載することで、ミサイルランチャーを始めとする殲滅戦用重火力兵装へのシフトも可能な、軍用目的を主とした機工人だ。
 聖機人に代わるとまでは言うつもりはないが、大型の蒸気動力炉をメインに備え、太老様の圧縮弾を補助タンクに使用することで、タチコマの数倍と言う出力と稼働時間を確保しながらも、振動波による不快感が殆どないレベルにまで抑えることに成功した。
 主に喫水外での戦闘など、局地戦を想定して造られた――名称『アラクニダ』。この名前は、太老様が付けてくださった物だ。

「でも、太老様達がその気になれば、聖機人に代わる機動兵器を造ることも出来るんだろうな」

 私のこれは、確かに今持てる私の技術の粋を結集した機体だ。乗り手の腕次第では、聖機人とも互角以上の戦闘が可能だという自負はある。
 本来なら、まだ完成に数年は掛かると考えられていた機工人の完成型――この『アラクニダ』ですら、今の私にとっては通過点に過ぎない。
 異世界人――しかもこの世界よりも遥かに進んだ文明を持つ世界からやってきた、と太老様から告白された時には驚いたが、あの能力を間近で見せられればそれにも納得が行く。
 寧ろ、太老様や水穂さんといった異世界の知識を持つ、自分以上の技師を目の前にして、私はよりどん欲に技術と知識を求めるようになっていた。
 ここに来てから、太老様と何度も交わしたロボット談議。その太老様の話の中に出て来た、無数の巨大ロボット達。
 いつしか、それらを実現してみたい、そう考えるほどに私はロボットの魅力に取り憑かれていたのだ。

「やっぱり、この程度で納得してちゃダメよね」

 そう、この程度で納得して、歩みを止めてなど居られない。
 私の志す、太老様や水穂さんのような、超一流の技師への道は果てしなく遠い。

「取り敢えず、疲れたわ……やっぱり、一ヶ月も工房に籠もりきりってのは、やり過ぎたわね。ちょっと休憩……あれ?」

 今更になって、工房の隅に散らかったままになっている荷物に埋もれ、埃塗れになった太老様の上着を発見した。
 随分と日にちが経っているようだが、いつの物だろうか?

「太老様の忘れ物かな?」

 この工房は、太老様もよく利用されている。工房の一角には太老様の作業場が設けられているほどだ。
 まあ、元々この屋敷や工房は太老様の物だし、そのことに関して文句などあるはずもなかった。
 それに、太老様と交わすロボット談議は楽しいし、異世界の話も凄く勉強になる。私としては、色々と話が聞けるので、実は嬉しかったりする。
 そう言う理由もあって、頻繁に太老様は工房に顔を出されるので、所狭しと太老様の私物も工房の中に放置されている状態だった。
 ここ最近、私も研究に忙しくて、片付けているどころの話ではなかったので、この散らかり具合にも納得が行く。

「……何か入ってる?」

 取り敢えず服を畳んで片付けておこうと上着を掴むと、内ポケットから何かが零れ落ちた。
 見た目、クリスタルで作られた工芸品のようだが、私にはそれが、ただの工芸品でないことが直ぐに分かった。
 クリスタルの内側に薄らと見える亜法陣。クリスタルを支える制御装置の役割を果たしていると思われる燭台。
 結界工房ですら見たことがない、高度な技術力で作られた一品だった。

「やっぱり、これって……」

 クリスタル一つずつに、亜法で属性が閉じ込められている。
 詳しく調べてみないと分からないが、研究意欲と好奇心をそそられるに十分な魅力をそれは持っていた。
 太老様が作られた物だろうか? だとすれば改めて思うが、やはり太老様は凄い。
 異世界の知識を持ち、この世界にない独自の技術や発想を持っているばかりか、それに慢心せず、どん欲にこの世界の知識や技術も吸収されようと努力されている。
 一年ほど亜法について学ばれた、と言う話を聞いていたが、このクリスタルに使われている技術を見る限り、聖機工としての腕も、間違いなく私を凌駕していた。

「これがあれば、もしかして」

 これまで、太老様に私は与えて貰うばかりで、何一つ個人的な恩を返せていない。
 しかし、知識も人望も、富も名誉も、その全てを持っている太老様に返せる物など、聖機工である私には一つしかない。
 今までにない、新しい機工人の発想。思い描いたのは、太老様専用の機工人の開発だった。
 従来の聖機人では、太老様の力に機体の方がついて行けず、想像以上に組織の劣化が激しく機体限界による問題に悩まされている、という話を私は知っている。
 だが、聖機人では無理でも機工人なら――太老様が機体限界を気にすることなく、思う存分力を発揮できる機体。
 それを、もし造ることが出来れば、それが唯一の恩返しになるのではないか、と私は考えた。

「うん、そうと決まったら!」

 太老様のために用意する、太老様専用の機体。私の次の目標は、こうして決まった。

【Side out】





異世界の伝道師 第137話『黄金の一歩』
作者 193






【Side:太老】

「ない……うーん、どこにやったんだっけ?」

 ふと思い出したのが昨日のこと。
 以前にシトレイユへ出張に行った時、ランが男性聖機師達から盗んだという戦利品の中に入っていた、属性亜法を撃ち出すことが出来るクリスタル。あれが見当たらなかった。

「全然思い出せん……てか、持って帰ってきてから何ヶ月も放置してたもんな」

 どこかに仕舞い込んだか、置き忘れてきたか、あれからも何かと忙しかったことがあり、完全にアレのことを忘れていた。
 風を起こせるとか、手品の種くらいしか使い道が思いつかないので、あってもなくても困る物じゃないが……。

「まあ、別にいいか。屋敷のどこかにあるのは確かだし、その内、出て来るだろ」

 外に持ち出した記憶はないので、屋敷のどこかにあるのは確かだが、自分の部屋や書斎だけでもかなりの広さなのに、この広い屋敷のどこにあるともしれない工芸品を探すなど、どれだけ時間が掛かるか分かった物じゃない。
 俺は諦めのいい男だ。単に面倒臭がり屋ともいうが、宴会芸の小物を探すのに無駄な時間を割くつもりはない。
 経験のあることだが、こう言うのは忘れた頃にひょっこり出て来る物だ。
 たまに見るも無惨な、原形を留めないほどの変形をして発見されることもあるのだが……多分、大丈夫だろう。

「太老様、領地から届いた報告書をお持ちしました」
「ん? ああ、ありがとう。何々……都市計画? そういや、農地開拓の他に領地の公共整備も頼んでたっけ」
「はい。かなり順調に進んでいるようで、一度年明けにでも視察に来て欲しい、とのことです。これは建て前で、あの子達が太老様に会いたがっているだけだと思いますけど」
「そういや、領地のことを任せきりで苦労掛けてるしな……」

 マリエルから受け取った報告書に目を通し、そこに書かれていた『都市計画』などの文字を目にする。
 街道整備や治水工事など、領民の生活のために出来るだけのことをして欲しい、という要望を領地運営の計画書に記載していたとおり、本邸の侍従達が力を合わせて頑張ってくれているようだ。
 しかし『都市計画』とは、ちょっと大袈裟な感じがするが、気の所為か?

(やっぱり、このままじゃ悪いよな)

 あれから何度か顔を出そうと思っていたのだが、色々と予定が詰まっていたこともあり、一度も顔を出すことが出来ないでいた。
 こんな事では領主失格だと言われても仕方ないのだが、文句一つ言わず彼女達はよくやってくれている、と思う。
 マリエルの言うように、一度きちんと顔を出して労いの言葉くらい掛けてやらないと。

「でも、随分と工事の進行が早いみたいだな」
「領民の皆さんが頑張ってくださっているようです」

 それは何とも心強い話だった。やる気に満ちているのなら、言う事はない。
 やはり、住み慣れた自分達の土地を良くしたい、という思いは皆、持っていたのだろう。
 幾ら俺が領地を豊かにしたい、良くしたいと考えていても、それに領民がついてきてくれないのでは意味がない。
 自分達から率先して、街を村を豊かにしたい、と頑張ってくれているのなら、それが一番だ。

「うん、武術大会の後になると思うけど、聖地入りする前に領地に顔を出すことにするよ」
「では、スケジュールの方も、そのように調整を入れておきます」
「よろしく頼むよ」

 自分の領地がこの半年でどれだけ変わったか、それを見るのが今から楽しみだった。

【Side out】





【Side:マリエル】

「太老様、領地から届いた報告書をお持ちしました」
「ん? ああ、ありがとう。何々……都市計画? そういや、農地開拓の他に領地の公共整備も頼んでたっけ」
「はい。かなり順調に進んでいるようで、一度年明けにでも視察に来て欲しい、とのことです。これは建て前で、あの子達が太老様に会いたがっているだけだと思いますけど」
「そういや、領地のことを任せきりで苦労掛けてるしな……」

 都市開発計画――太老様が企画された領地再建案の中でも、最も重要視される案件だ。
 領民のことを気に掛け、第一に考えられている太老様のお心遣いに報いるため、領地に残った侍従達も精一杯の努力を積み重ねていた。
 先日増員された三百人の侍従の増員の他に、更にその後、どこにいても太老様に力添えが出来るように、と増員された百人余りの侍従達。
 現在、正木家にお仕えする使用人の総数は五百人ほどに膨れ上がっていた。男女比率は実に一対九と言ったところ。実際には、男性の数は一割に満たない。
 だが、これはメイド隊であることを差し置いても、ある意味で女性の比率が高いことにも頷ける理由が、きちんとあった。

 護衛は勿論のこと、情報部、技術部、全ての部署に配属されている侍従達は、何れも厳しい審査と試験を潜り抜けてきた優秀な人材ばかりだ。
 その殆どは嘗て聖機師候補として、聖地の学院に通っていた方達ばかり。フローラ様が、ハヴォニワや各国が抱える浪人問題にも、一役買ってくれたと喜んで居たほどだ。
 だからこそ、現在ハヴォニワに置いて、城や皇宮で勤める使用人以上に、大きなステータスとして見られ始めているのが、この太老様にお仕えする侍従達だった。
 それに最も大きく注目を集める原因となっているのは、その各部署を統括する代表の能力の高さだろう。
 私の妹、シンシアとグレースのことは、既にハヴォニワでは知らぬ者がいないほどの有名な天才双子姉妹で通っている。
 そして、剣術の達人としても知られる聖機師のコノヱさんは勿論のこと、水穂様もその突出した能力の高さから瞬く間に頭角を現し、政界財界の有力者の方々からも『天の御遣いの懐刀』と称されるほどに一目を置かれていた。

「でも、随分と工事の進行が早いみたいだな」
「領民の皆さんが頑張ってくださっているようです」

 そんな中、この再建計画に投入されている侍従の数は、その約半数に上る二百五十名。
 現地で協力を仰いでいる労働者の数を含めれば、一万人を軽く越す人数がこの再建計画に携わっていた。
 そのため、予定していた数倍の規模とスピードで工事は進み、領地の主要都市周辺では、『数年後には首都すらも越える大都市になるのではないか』と噂されるほどの賑わいと活気を見せているという。
 全ては、太老様の民を思う心に感銘を受けた領民達が、『領主様のお力になりたい! 恩返しがしたい!』と自ら申し出てくれたことが大きな原動力となっていた。
 その理由としては、貧困に苦しむ領民達のために私財を投げ出し、多大な援助を領地の街や村々に分け隔てなく行ったことが原因として大きい。

「うん、武術大会の後になると思うけど、聖地入りする前に領地に顔を出すことにするよ」
「では、スケジュールの方も、そのように調整を入れておきます」
「よろしく頼むよ」

 侍従達は勿論のこと、太老様のために、と頑張っている領民達も喜ぶことだろう。
 太老様が領地に帰ってくるという話になれば、街や村を挙げての歓迎の催しが行われることは間違いなかった。
 ましてや、武術大会の後ともなれば、それは勝利の凱旋、優勝パレードに近い。
 私や、太老様のことを信頼している誰もが、太老様の武術大会優勝を確信していた。
 マリア様、そしてラシャラ様との婚約。ハヴォニワとシトレイユの同盟締結や、その後の聖地入り。
 これから起こる様々な出来事は、将来、歴史に刻まれ、ずっと語り継がれて行くであろう、新しい時代への一歩だ。

(太老様、ここから始るのですね)

 太老様が目指される理想の世界。その実現に向け、私達は着実な歩みを進めていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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