【Side:太老】

「未だ賭け札を買ってないアンタ、買っとかないと損を見るよ! 多勢に無勢の戦いにあの『天の御遣い』が挑む! 黄金の聖機人が勝つか、男性聖機師が意地と誇りを見せるか、注目の一番となる前座試合! 賭け札購入はこっちだよ!」

 随分と気合いの入った様子で、客の呼び込みをやっているラン。
 従者をやっているよりも、こちらが天職ではないか、と思えるくらい活き活きとしていた。
 そう、俺は聖地へとやってきていた。その理由は勿論、武術大会に出場するためだ。

「太老様、学院長がお会いになりたいそうです。迎えの方がいらしていますが」
「ああ、分かった。直ぐに行くよ」

 マリエルが案内役の少女を引き連れ、学院内に設けられた俺の屋敷を尋ねてきた。
 寮で共同生活を送る一般の生徒達とは別に、大貴族や王侯貴族には小城とも呼べるような、大きな屋敷が用意される。
 ここは、新年度から学院に通う事になっている俺のために用意された独立寮だ。現在は一足先に、正木商会の臨時支部として使われていた。
 案内役の少女は、俺の姿を見つけるなり、畏まった様子で深く頭を下げる。そう、前にも俺の案内をしてくれたラピスという少女だ。

「お久し振りです、太老様」
「久し振り。ラピスちゃんも元気にしてた? リチアさんは元気にやってる?」
「はい、リチア様もお変わりありません」

 相変わらず礼儀正しい良い子だ。何というか、この子と一緒にいると気が休まるというか、癒される。
 俺の周りにはいないタイプの女の子なので、逆に新鮮なのかもしれない、と考えた。
 昔から俺の周りの女ときたら、我が強いというか、個性的な人物が多い。
 その点、ラピスは気立ても良く、気配りも良く出来た、物静かな少女だ。
 個性と呼べる物は少ないかもしれないが、個性的すぎる連中に比べればラピスくらいの方が気も楽だし落ち着ける。

「太老くん、何だか凄く失礼な事を考えてない?」
「ギクッ! ……水穂さんも学院長に呼ばれて?」
「そうよ。大凡、話の内容は予想がついているけどね」

 相変わらず、こういう事に鼻が利く。
 ジトリ、とこちらに訝しい視線を向ける水穂に、俺は内心焦りながら口を閉ざした。
 ここで下手な事を言えば、自滅するのは間違いなく俺自身だ。余計な弁解も命取りになりかねない。

「……まあ、いいわ。ここに瀬戸様や母さんがいなくてよかったわね」

 本当によかったです。更に鷲羽(マッド)もいれば、俺は実験室送り、間違いなしだっただろう。

「学院長、太老様と水穂様をお連れしました」

 ラピスに案内されて、二度目となる学院長室に足を踏み入れる。
 それは、武術大会前日、お昼前の出来事だった。





異世界の伝道師 第140話『大会前日の昼』
作者 193






「では、最後にもう一度確認しますが、本当によろしいのですね?」
「はい、まあ彼等の気持ちは分からなくはないですし、ガス抜きも必要でしょうしね」

 水穂から前座試合の話を持ち掛けられた時には驚いたが、対戦相手となる男性聖機師達の気持ちも分からなくはなかった。
 以前に聖地に見学に来た時、実際にその原因となっている出来事を体験し、そしてリチアやラピスからも話を伺っている。
 あの『天の御遣い』の話が、この聖地にまで広がりを見せ、毎日のように噂されている、ということを。
 親元から離れ、閉塞された寮生活に、外界と隔絶された学院での修行の日々。そんな娯楽と呼べる物が少ない中、女生徒達が別の男性の噂に夢中になっている――そんな話になれば、学院に通う男達は面白くないだろう。
 今でこそ、あの『天の御遣い』や『正木商会』のネームバリューもあって、見世物パンダの如くチヤホヤとされてはいるが、俺も女にモテなかった口だ。その気持ちが分からなくもない。
 大方、名乗り出てきたという男性聖機師達も、妬みや僻みといった感情を抱き、噂の中心人物である俺に行き場のない怒りぶつける事で鬱憤を晴らしたい、と考えているに違いない。

 新年度からは、俺もこの聖地の学院に通う事が決まっている。その事を考えれば、陰湿な虐めや悪戯に発展する前に、こうして正面から向かってきてくれている内に、自分で何とかした方がいいだろう、と考えていた。
 それが原因で、同じく学院に通う事になっているマリアやラシャラに、迷惑を掛けるような真似はしたくない。正義感が強く、心優しい彼女達の事だ。俺がそんな目に遭っていると知れば、黙ってなどいられないだろう。
 自分で撒いた種くらいは、自分できちんと決着を付けるつもりだ。

 今は怒りで我を忘れているだけだろうし、中途半端な事をせず、こうして思いっきり正面からぶつかり合った方が、お互いに余計な禍根も残さずに済むだろう。
 今なら、行事の一環という事で話も済む。それに、この前座試合も考えようによっては、閉塞された学院生活のガス抜きに丁度良い。
 舞台は聖機師らしく、彼等の望む聖機人による試合。条件は俺の方が不利だが、あの黄金の聖機人のスペックを考えると、勝算がない訳ではなかった。
 逆に心配する事があるとすれば――

「彼等って、洗礼≠ヘ受けているんですか?」
「いえ、洗礼は誰にでも、と言う訳ではなく、各国からの要請と教会での審査を経て行っています。基本的には卒業が決まっている生徒を対象に行いますので、彼等は洗礼を受けていません。今回、正木卿に相手をして頂くのは、何れも下級課程にある生徒ばかりですし」
「ああ、なるほど……じゃあ、聖衛士に傷を治してもらったりは出来ないのか」
「それは、どういう……」
「怪我人が大勢でるかもしれないですから、準備はしておいた方がいいと思っただけですよ。男性聖機師って、それでなくても貴重なんでしょ? 幾ら本人達の承諾があるとはいっても、再起不能にでもしたら国際問題になりかねないですし」

 あの黄金の尻尾の直撃を万が一にでも食らえば、中のパイロットは跡形もなく吹き飛んでしまう。
 そうしないように気をつけるつもりではいるが、乱戦にでもなれば、『絶対』と言える自信はない。
 最低でも、怪我をする事を前提に考えておかないと、試合とはいっても命を落す危険性もある。
 当然、これだけ大きな大会なら、学院側の方でそうした準備をしてあるとは思うが、念を押しておいて悪い事はない。

「学院長、許可を頂けるのでしたら、正木卿メイド隊の医療部を手配しておきます。即死の怪我でもない限りは、命の保障はしますわ」

 うちのメイド隊の医療部は特に優秀で、ナノマシン治療を行える設備も整えてあるので、ちょっとした怪我くらいなら簡単に直せる。
 病気に対応する薬剤に関しても、この世界で一般的に用いられている薬の他に、俺と水穂が調剤した処方箋もあるので、殆どの病気に対応が可能だ。
 以前にミツキの病気や『ロデシアトレ』で苦しめられた経験から、生命線ともいえる医療に関しては余り出し惜しみせず、いつ何があっても大丈夫なように準備だけは万全に整えてきた。
 水穂が言うように、即死の怪我でもない限りは、助ける事が可能なはずだ。

「分かりました、許可します。ですが正木卿、私どもが言えた義理ではありませんが、出来るだけお手柔らかにお願いします」
「善処はします。確約は出来ませんけどね」

 俺としても死人はだしたくない。
 しかし、あの黄金の聖機人は、何かと俺の意思に反した結果を残してくれるので、余り安心は出来ない。
 取り敢えず、尻尾を当てないように気をつけないと……今は、そのくらいしか対処方法が思いつかなかった。

【Side out】





【Side:学院長】

「では、最後にもう一度確認しますが、本当によろしいのですね?」
「はい、まあ彼等の気持ちは分からなくはないですし、ガス抜きも必要でしょうしね」

 そう言う正木卿の態度には、一切の焦りも動揺もなかった。
 二十体もの聖機人との戦いを控えているとは、とても思えない落ち着きだ。
 通常であれば死刑にも等しいこの試合を、ただの『ガス抜き』と称する正木卿の言葉に、私は冷たい汗を流す。その言葉が本心からのものであれば、彼はこの条件ですらハンデとは思っていない、ということだ。
 寧ろ、彼にとっては本当に極当たり前の前座試合。ただのウォーミングアップに過ぎない、と主張されているようでもあった。

「怪我人が大勢でるかもしれないですから、準備はしておいた方がいいと思っただけですよ。男性聖機師って、それでなくても貴重なんでしょ? 幾ら本人達の承諾があるとはいっても、再起不能にでもしたら国際問題になりかねないですし」

 この余裕、一切の気負いがない姿。教会本部の話によれば、聖機人の稼働限界すらも超える程の力を有している、という話だった。
 間違いない、彼は自分の勝利を確信している。それが当たり前であるかのような自信に満ち溢れていた。
 普通であれば、『何を身の程知らずな』と注意するところではあるが、彼が相手ではそう断言する事が出来ない。
 もしも、上級課程に進んでいない未熟な男性聖機師が相手とはいえ、聖機人二十体を圧倒できるほどの力を秘めているとしたら……彼の聖機師としての力は世界一などという生易しいモノではない。たった一人で戦局を左右するほどの力を有しているという事になる。それは、ハヴォニワの軍事的優位性を各国に知らしめるモノでもあった。

(もしも、それほどの力を有しているという事になれば、この世界に彼に敵う者など……)

 下手をすれば、世界を相手に戦争が出来るほどの力。これまで以上に、各国の諸侯の目は正木卿に向けられるだろう。
 ハヴォニワは、教会、シトレイユに次ぐほどの技術力を有している。その上、ここ最近では正木商会の出現により、更に高度な技術発展を遂げ、あの『タチコマ』と呼ばれている機工人一つを例に挙げても分かる通り、教会でも再現が難しい独自の技術体系を築き始めていた。
 しかも、目覚ましい経済成長を続けている事もあり、数年以内に国力でも大国シトレイユを抜くのではないか、と噂されているほどだ。
 この上、正木卿の力が本物だった場合、シトレイユ、シュリフォン、いや教会でもハヴォニワと戦争をしたところで勝てない可能性が高くなる。
 彼の聖機人は、たった一機で大国を相手に取れるほどの戦略的価値がある、という証明にもなるからだ。

「学院長、許可を頂けるのでしたら、正木卿メイド隊の医療部を手配しておきます。即死の怪我でもない限りは、命の保障はしますわ」
「分かりました、許可します。ですが正木卿、私どもが言えた義理ではありませんが、出来るだけお手柔らかにお願いします」
「善処はします。確約は出来ませんけどね」

 ミス・水穂の提案に私は承諾の意思を示しつつも、彼と戦う男性聖機師達の身を心配して、頭を下げてお願いをする。
 ここで男性聖機師達の身に何かあれば、試合の許可をだした教会も責任を逃れる事は出来ない。
 今のハヴォニワの医療技術は、シュリフォンの薬剤と並び称されるほどだ。
 正木卿の懐刀ともいわれる彼女が、ここまで自信を持って言うのであれば、まず任せておいて心配はないだろう。
 回復亜法が効かない以上、教会本部の思惑はともかく、学院を預かる者として生徒の安全には代えられない。

(教会本部はどう考えているのか……彼の力が本物であれば、彼はもしかすると)

 見た事もない黄金の聖機人。そして高い聖機師としての資質に、『天の御遣い』と称されるほどの実力。
 教皇様は彼の正体にも、薄々お気づきなのかもしれない。
 だとすれば、私達が取れる選択肢は限られているのかもしれない、と考えた。

(もしかしたら、試されているのは私達の方かもしれませんね)

【Side out】





【Side:太老】

「あの、太老様、水穂様。この後、よろしければ昼食など如何ですか? リチア様も『是非ご一緒に』と仰っていましたので」
「ん? 別に構わないけど……」
「私は医療部の手配とか、仕事がまだ残っているから悪いけど遠慮するわね。太老様≠ヘ折角のお誘いですし、どうぞ行ってらしてください」

 微妙に水穂の笑顔が怖かったが、ラピスの誘いを断るのも悪い気がしたので受ける事にした。
 学院長にも言ったように、今更ジタバタしても仕方がない。大会は明日だ。

「ラピスちゃん、よかったらリチアさんも誘って、出店を回ってみない?」
「外の屋台をですか? ですが……」
「普通に食事するよりも、折角のお祭りなんだから色々と見て回って、屋台で摘んで食べた方がきっと楽しいよ」

 正木商会が運営の裏方をやっているというだけあって、学院は文化祭さながらのお祭りムード一色に染まっていた。
 闘技場前の広場では、射的にヨーヨーすくい、鉄板焼きなどの食べ物屋など、様々な屋台が出店されている。
 俺は指示をした記憶はないし、このアイデアは間違いなく、水穂のモノだろう。
 アカデミーほどの混沌とした騒々しさはないが、活気に満ち溢れた賑わいのあるイベントだ。
 武術大会目当てで訪れた貴族達や、学院の生徒達も思い思い楽しんでいる様子だし、俺達も楽しまなければ損というものだ。

「分かりました。でしたら、リチア様をお誘いしてきますので、お待ち頂けますか?」

 そうしてラピスと別れ、闘技場の正門で待ち合わせをする事になった。
 最初はどうなる事かと不安を抱えたまま聖地にやってきたが、祭の華やかな雰囲気が、そんな重い気分を和らげてくれた。
 それに、ラピスのような可愛い女の子と屋台を見て回れると思うと、気分は満更でもない。

「おっ、綿飴か。おっちゃん、片手で持てる小さいのでいいから三本くれる?」
「へい、って太老様!?」

 闘技場の入り口の脇に屋台をだしていた綿飴屋を見つけ、先日からお世話になりっ放しのリチアとラピスの二人に、甘い綿飴をプレゼントしようと店主に声を掛けた。
 屋台で綿飴機を回していたのは、商会の従業員だったのだろう。俺の顔を見るなり、驚いた様子で名前を叫ぶ。しかし、それがいけなかった。

「太老様!?」
「天の御遣い! 正木卿がいらっしゃる!?」

 先日もこんな事があったばかりだというのに、俺は何て迂闊だったのか。
 今更だが、変装の一つでもしてくればよかった、と後悔をしていた。
 あっという間に大勢の人々に取り囲まれる、俺と綿飴の屋台。

「太老様! よろしければ握手をして頂けませんか!?」
(結局、こうなるんだな……)

 どこにいても変わりない光景が、そこには広がっていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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