【Side:太老】

「順調に快復に向かっているそうよ。まだ当分は安静だけど、重傷と言うほどでもないわね。命に関わるような傷は全て治療済みだし」
「教会にこの事は?」
「バレてないわよ? 彼等を治療したのも、搬送したのも、全てうちの侍従達だし、どのくらいの傷だったかなんて分からなければ気付きようもないでしょう。多少の違和感は抱いているかもしれないけど、証拠がなければ何もないのと一緒よ」

 幸いにも、武舞台の崩落に巻き込まれた男性聖機師達は全員、命に別状はなく、医療部のナノマシン治療を受けて順調に快復に向かっている。
 本来であれば、一日と経たずに完全に回復させる事も可能なのだが、そんな事をすれば怪しまれる要因となる。
 そのため、ナノマシンの治療速度を調整して、出来るだけ自然に快復に向かっているかのように見せかける細工をしていた。
 治療用ナノマシンは生体強化と違い、組織の再構成強化を行う訳ではないので、例え体を調べられたとしても、この世界の科学力程度ではナノマシンの痕跡を見つける事は出来ない。
 一度体内に注入されたナノマシンに関しても、治療を終えた後、自動的に外部に排出されるので、一切その後に影響する事もない。
 医療設備の充実は確かにやっておいて損はないが、不用意に警戒される要因を増やす事もない、と考えての事だ。

「え? もう試合はない?」
「闘技場があんな事になった後でしょ? さすがに、あのまま続けるのは不可能だしね」
「ああ、なるほど……」

 水穂から、本戦の中止を告げられ、あの崩落した武舞台の状態を思い返す。確かにあれでは大会を続行する事など不可能だ。
 しかし、やはり闘技場は弁償しないとダメなんだろうな。全額とまではいかないまでも、半分は持たないと悪い気がする。
 幾ら前座試合での出来事とはいえ、武舞台を全壊させ、大会を中止にまで追いやってしまったのだから。

「でも、事実上の優勝者は太老くんよ」
「へ? 何で?」
「後日改めて会場を移して再開する案もあったのだけど、出場者が揃って辞退してしまってね。まあ、あんなのを見せられた後ではね……」
「うっ……」

 あの黄金の聖機人と戦う事を、皆が嫌がったという事だ。
 それはそうだろう。俺だって対戦者の気持ちになれば、あんな危険なモノと戦うのは出来れば避けたい。乗っている本人がそう思うくらいなのだから、無理もない話だ。
 しかしこれで、あの黄金の聖機人が危険だという事は皆が分かってくれたはずだ。
 不幸中の幸いといえば、この武術大会がテレビ中継されていた事だろう。
 あの聖機人の危険性を皆が理解してくれていれば、今回のような惨事は未然に防ぐ事が出来る。
 少なくとも、全力戦闘は危険だという事がよく分かったので、俺も気をつけようと心に決めていた。

「あれ? コノヱさんは? 彼女まで試合を辞退したんですか?」
「『もう一度、自分を鍛え直す』とか言って、今も張り切って修行中。あれに感化されたみたいね」

 あの黄金の聖機人に感化されるなんて……コノヱは何処に向かうつもりなんだろう?
 コノヱの将来を心配して、本気でそう思わざる得なかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第145話『お祭りの後』
作者 193






【Side:水穂】

 あの武術大会から十日が過ぎた。

「本戦の分は払い戻しになっちまったけど、前座試合の方で稼げたから上々だね」
「まあそれも、闘技場の再建費用で殆ど消える事になるけどね」
「何だって、再建費用をうちが持つ事になってんだ? この大会はあくまで学院の出し物だろ?」
「太老くんが言い出したのよ。それに、太老くんが闘技場を破壊したのは事実だし」

 武術大会の収支報告を見ながら話すランに、私は小さく溜め息を吐きながら、そう言った。
 まあ、太老くんならそうするだろう、という事は予想できていたので、大して驚くような事でもない。

「でも、勿体ないな。結構な収益だったのに……それとも、また何か企んでる?」

 前座試合の結果は言うまでもない。あの惨状を見て、太老くんの勝利に異議を唱える者は一人としていなかった。
 黄金の聖機人の圧倒的な力を目の当たりにして、参加者である聖機師の殆どは戦意を喪失し、大抵の者は怯えるか、『天の御遣い』の名と噂が誇張ではなく、純然たる事実であると認識させられる事となった。
 色々と過程は違ってしまったが、当初の予定通り、上々の成果をだせていたので、この結果に文句はなかった。
 経済の面からも、正木商会の必要性や太老くんの影響力の高さ、重要性は既に諸侯も知るところだ。
 その上、戦略的観点からも、黄金の聖機人を有するハヴォニワと敵対する事の危険性を認識したはずだ。

 ――太老くんを敵に回し、自国を危険に晒すか
 ――それとも友好的に付き合い、国の発展のために努めるか

 答えは二つに一つ。自らの保身に走る者ほど、その行動は分かりやすい。
 事前にリークしておいた、ハヴォニワとシトレイユの同盟の噂も効いたのだろう。
 あの一件の後、直ぐに近隣諸国の諸侯からの問い合わせが、正木商会やハヴォニワ政府に殺到していた。

「……人聞きが悪いわね。でもま、男性聖機師達の救助や治療に掛かった費用は学院持ち、という事になったから、それはしっかりと請求させてもらったわよ。はい、これが請求書の控え」
「げっ! なんだこの額……こんだけあれば旗艦クラスの新造艦だって買えちまうぞ」
「貴重な男性聖機師二十人の命と引き替え、と考えれば安い物でしょ? このくらいの金額も出し渋るようなら、彼等はその程度の価値しかない、って事になる。今、教会が置かれている立場や、各国との微妙な関係を考えれば、出さない訳にはいかないでしょうね。こちらも慈善事業でやっている訳ではないのだから、取れるところからはしっかり徴収するわよ」
「やっぱり、鬼だ……」

 人聞きが悪い。これはちょっとした意趣返しに過ぎない。
 彼等が男性聖機師を使って、太老くんを嵌めようとした事を私は許したつもりはない。
 まあ、この程度で済ませるつもりは毛頭ないのだが――

「そういや、上級生から編入とかいう件は話し合いがついたのか?」
「こちらの希望通りにはなったわ。あれを見た後じゃ、下級生と同じ授業を受けさせる訳にはいかない、というのは分かったでしょうし。それに……」

 実際には教会も一枚岩ではない、という事だ。
 学院長も今回の事件の裏に、気がついている様子だった。そのため、事の重要性を誰よりも深く理解していたはずだ。
 これ以上、大きな問題に発展しないように、と学院側がこちらに譲歩してきた事が一番大きな理由だった。
 それに生徒会長のリチアという少女まで、太老くんの後押しをしてくれた事が大きい。
 教皇の孫であり、学院の生徒会長である彼女が太老くんの支持に回る事で、少なくとも聖地での太老くんの立場は悪いモノではなくなった。

(こうやって次から次へと無自覚に女性を引き寄せるのは、実に太老くんらしいけど……)

 状況が好転している事は確かだが、太老くんの自覚の無さに呆れ、胸の辺りにむかつきを覚えた。
 あんな事があった後で、太老くんの力に怯えている生徒も少なくはないが、それは樹雷皇家に向けられている畏怖や畏敬といったモノに近い。
 敵であったはずの男性聖機師達の救助活動をしたり、今も先頭に立って復興作業の陣頭指揮を執っている太老くんに対する生徒達の印象は、決して悪いモノではない。
 シトレイユでの決闘騒ぎの話も広まっていた事もあり、先日の前座試合に参加していた男性聖機師の実に半数に上る数が、シトレイユ出身の男性聖機師であった事がその話の信憑性を高め、あの前座試合は『逆恨みをした男性聖機師達の私闘だったのではないか?』という噂が、生徒達の間で広まっていた。

 寧ろ、今回の事で評判を落したのは彼等の方だ。
 男性聖機師という立場もあるので、虐めなどといった事態にまで発展する事はないだろうが、学院に居づらくなった事は言うまでもない。
 更には、自業自得と言ってしまえばそれまでだが、当事者であった彼等の心の傷は深く、中には部屋に籠ったまま出て来れず、黄金の聖機人の影に怯え、震えている者達もいるようだった。

「それで結局、男性聖機師達の処分は?」
「ダグマイア・メストを除く他の男性聖機師に関しては、彼に煽動されただけ、という事で軽い処分で済んだわ。反省文と三ヶ月のトイレ掃除ね」
「反省文とトイレ掃除って……」
「学生らしい健全な罰でしょ?」
「誰の入れ知恵かは、言われなくても分かった気がするけどね……」

 そう、当事者である太老くんに『彼等の処分はどうしたらいいか?』と聞いたら、そのような答えが返ってきた。
 さすがに私も呆れたが、命を狙われた当事者の要望なので、そのまま学院長に伝えると、

『ほっほっ、実に正木卿らしいですね。分かりました、そのように取り計らいましょう』

 あの人も随分と太老くんに毒されてきているようだ。

「それじゃあ、ダグマイアは?」
「彼は今回の事件の主犯だもの。本来であれば、軽い処分では済まないわ。シトレイユの方にハヴォニワや教会から正式に抗議がいけば、国で裁判に掛けられ、正式に処分が言い渡される事になるでしょうね。下手をすれば、シトレイユとハヴォニワの戦争にまで発展しかねないような事を企てたのですもの。男性聖機師とはいえ、処罰される事は避けられないでしょうね」
「それじゃあ……」
「でも、ハヴォニワも教会も抗議していないわ。ダグマイア・メストには他の男性聖機師同様、反省文とトイレ掃除、それに無期限でのボランティア活動が言い渡されたわ」
「……は?」

 ここでいうボランティア活動とは、『生徒会の雑用係に任命された』という事だ。
 ようするに、皇族、大貴族が在籍する生徒会役員の中で、最も下っ端の役割を命じられた、という事になる。
 男性聖機師、それもメスト家の嫡子である彼に頭から命令できるような者は少ないかもしれないが、この決定にリチアは楽しそうに微笑んでいた。『丁度、男手が欲しかった』と意地悪く言うリチアを見て、ダグマイアには丁度いい罰だったかもしれない、と私も今は思っていた。
 今まで、何でも自分の思い通りにやってきた彼が、他人に使われる苦労を知る事で、少しでも人の心を理解できるようになってくれれば、と考えていたからだ。
 こんな事を考えるのも、どうしようもなく不器用で、献身的な彼女の姿勢に、心を動かされたからかもしれない。
 出来れば彼女ためにも、彼には心を入れ替えて誠実に生きて欲しい。心の底から、そう思わずにはいられなかった。

 そう……嘗て、ダグマイアの従者だった彼女は、今――

【Side out】





【Side:ラシャラ】

「エメラ、元気にしておるか? と言っても、こんな檻の中では元気とは言えぬか」
「ラシャラ様……申し訳ありません。ラシャラ様にもご迷惑をお掛けする事になりました」
「気にするな……と言うのは違うか? 事情は聞いておるし、そう自分を責めるな。バカな事をした、とは思うが誰も御主を責めてはおらぬ」
「……はい」

 ここは聖地の地下にある、犯罪者を一時的に拘留しておく牢獄――謂わば、留置所じゃった。
 エメラが何故、このようなところにいるか、と言う話をすると一週間前に話を遡らねばならん。
 あの事件の後、直ぐに水穂と侍従達によって捕らえられた学院の聖機工と、太老への恐怖から事の顛末を自分から語り出した男性聖機師達の供述で、事件の詳細が明らかになった。

 ただの試合であればいい。しかしそこに不正が働き、亜法結界炉の暴走を引き起こし太老の命を狙っていたとなれば、全く話は別となる。
 当然、事件に関与した男性聖機師達は勿論、その煽動を行った主犯であるダグマイアには、厳しい処分を求める強い声が上がった。
 事件に関与していた聖機工を抱える教会、今回の事件に関与していた男性聖機師達の仕える国、そして我がシトレイユを含め、騒ぎ立てた連中は、何れも生徒や国の事を考えて言っている訳ではない事は分かっていた。
 全ては自分達が責任を取りたくがないために、保身に走った連中が用済みとなったダグマイアに全ての責任を被せ、処罰しようと企んだだけの事。
 それに身内の恥を晒すようじゃが、皇族派と呼ばれる我の支援者の中にも、愚かな考えを抱く者は少なくなかった。

 ダグマイアが、シトレイユで正式に裁判に掛けられる事になれば、当然、議会の追及は父親である宰相のババルンにまで及ぶ。
 今は皇族派の方が優勢とはいえ、宰相派との関係は硬直状態にある。彼等はここぞとばかりに、ババルンを揺するネタが欲しかっただけじゃった。
 確かにダグマイアのした事は許せん。しかし、寄って集って大人達が一人の学生に詰め寄り、ましてや政治の道具にしようなどというやり方は気に食わなかった。
 そんな時、名乗り出てきたのがエメラじゃった。

『全ては私が計画し、勝手にやった事。ダグマイア様は、この事件とは関係ありません』

 動機は、『先日の決闘騒ぎで、主人であるダグマイアが恥を掻かされた事。そして、聖地で事実上の幽閉生活を送る事になったダグマイアを不憫に想い、その原因を作った太老を恨んで犯行に及んだ』という事じゃった。
 勿論、そんな話を鵜呑みにするほど、我はバカではない。聖機工や男性聖機師達の証言からも、ダグマイアが指示をしていた事は明らか、エメラの話が嘘だという事は分かっておった。
 しかし、そこでエメラの嘘の話に乗ってきたのは、我が国の宰相派の貴族達と、教会や各国の保身に走るバカ貴族どもじゃ。
 前者は、ババルンへの追及を避けるため――
 後者は、メスト家の嫡子を主犯として処分する事の社会的影響の大きさと、聖機師とはいえ女の従者一人を処分するのとでは、どちらが影響が少なくて済むか、それらを天秤に掛け、答えを出したに過ぎない。
 そこには真相を明らかにしようという意思はなく、誰が犯人かではなく誰が責任を取るか、というその場凌ぎの考えしかなかった。

「名乗り出る前に、事前に宰相派に話を持ち掛けたのも御主じゃな」
「…………」

 エメラが名乗り出てきてから審議が開始されるまでの対応の早さや、既に諸侯の根回しも終わっており、あらかじめ予定に組まれていたかのように審議がスムーズに進められた事からも、あらかじめ通じておったとしか思えぬ手回しの良さじゃった。
 ババルンはともかく、宰相派の貴族達にそこまで頭が回るとは考えられぬ。しかも、我や水穂に気取られず、こうも迅速に行動が起こせるとは思えなかった。
 考えられるのは、当事者であるエメラが全て自分で、こうなるように計画し、実行したという事だけじゃ。

「何も申さぬか。まあ、それならばそれでもよい。既に済んだ事じゃしな」

 結局、審議の結果、ダグマイアと男性聖機師達には学院側から罰が与えられる事になり、主犯とされたエメラには聖機師としては事実上の死を意味する学院の退学処分と、シトレイユ議会より別に処分が言い渡される事になった。
 エメラは確かに有能な聖機師ではあるが、女性聖機師の代わりなど幾らでもいる。それが保身に走った貴族達の考えじゃ。
 我の権限を使えば、エメラの退学を防ぐ事は出来たかもしれぬが、エメラはそれを決して望もうとはしなかった。
 我に迷惑を掛ける事、そして太老に迷惑を掛ける事を、何よりも嫌ったからじゃ。
 全て、自分一人で責任を被るつもりでいたのじゃろう。
 何がエメラをそこまで駆り立てるのか? ダグマイアのために死すら覚悟しての行動じゃった。

「御主にシトレイユ皇女ラシャラ・アースの名において、議会の決定を告げる」
「はい」

 使いの者からの代弁ではなく、我が直接、議会の決定を告げてやる事が、シトレイユにこれまで仕えてくれたエメラにしてやれる、最後の誠意じゃった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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