【Side:エメラ】

 ラシャラ様に告げられた刑罰は、聖機師の称号剥奪と、事実上の国外追放となるハヴォニワへの身柄引き渡しだった。
 太老様の命を狙った私をハヴォニワに差し出す事で、敵対する意思がない事の証明と誠意を示そうとした、と言う訳だ。
 太老様やハヴォニワが抗議をしてきていないとはいえ、やった行いがなかった事になる訳ではない。
 通常であれば、太老様に支払う賠償額だけでも相当の額に上る。私の身柄は、そうした賠償の代わりという意味も含んでいた。

「もう、目隠しを外しても大丈夫ですよ」
「はい……ここは?」
「ハヴォニワの地下都市。あるプロジェクトのために、工事の真っ最中ですけどね」

 聖地から列車に乗り、ハヴォニワの首都で船に乗り換えて半日。随分と奥まった場所にまで来たようだが、機密保持という事で目隠しをされていたため、この場所の正確な位置は把握できない。
 そうして、案内役と称した侍従に連れて来られた場所は、ハヴォニワの地下都市だった。ハヴォニワに、こんな場所があったとは驚きだ。
 至る所に工事中の立て札が下がっており、職員達が忙しそうに働いている。
 中には、正木商会の最近の顔となっている注目商品――『タチコマ』の黄色い工業用タイプの姿も見受けられた。

「タチコマはご存じ?」
「はい。今、一番注目されているモノの一つですから」

 タチコマは聖機人に比べれば圧倒的に戦力としては乏しいが、農作業や建築作業などの労働用としては優れた機械だった。
 更には、侵入者対策や要人警護など対人用として見ても、警備の観点からも優れている、という話でタチコマの導入を決めた国も少なくない。
 とはいえ、主に購入していたのは、正木卿の屋敷に侵入を試みて尽く失敗に終わった国々のようだった。
 各国は間諜を送り込んだ事実自体は否定しているモノの、この事は既に大陸中の諸侯達が知るところであり、その有用性を皮肉にも自分達で証明する結果となった事で、タチコマの売り上げにも貢献したと言う訳だ。

「私はここで何を? やはり、彼等と同じように――」
「ん? 肉体労働がしたいのなら、それでもいいのだけど……あなたにはもっと別の仕事がして欲しくて、ここに呼んだのよ」

 てっきり、ここで強制労働でもさせられるのかと考えていた。
 しかし、確かに言われてみれば、働いている職員達は無理矢理働かされている、といった様子ではない。
 ハヴォニワは他国では考えられないほど、皇族と貴族、それに国民全てが一体となったような不思議な連帯感がある、という話を聞いた事がある。
 全ては、信仰の対象として崇められているほどのマリア姫の人気の高さと、太老様への全幅の信頼によるモノだという話だ。

 それだけの結果を、確かに太老様は残されてきている。
 ハヴォニワの改革や、正木商会の成功。現在のハヴォニワの経済成長率を見れば、太老様のしてきた改革の数々が、民や国のためになっている事は明らか。
 国が潤えば、それだけ民達の生活も豊かになる。
 数年以内に国力でもシトレイユを抜き、軍事経済全ての面に置いて世界一の国になる事は時間の問題、と言われているハヴォニワの現状を考えれば、それもありえない話ではなかった。

 事実、ハヴォニワへの移住を希望している人々は多い。
 最近では、難民希望者の増加により入国審査が厳しくなっていると言う話だが、それでも正当な理由があれば入国を拒まれるような事はない。
 そうした事もあって、ここ最近のハヴォニワの人口増加は著しく、特に太老様の領地は他に類を見ないほどの勢いで人が流れ込み、ハヴォニワでも屈指の経済発展地域へと昇華していた。

 他国では不可能とされるほどの高い収穫高を誇る広大な農業地帯。
 人々が暮らしやすいようにと整備された街道や、治水工事などを始めとする充実した公共整備事業。
 人口の増加により、街の拡張と共に徹底した区画整理がなされ、商人が行き交う事で大量の物と金が流れるようになり、バスや船、鉄道などといった交通整備も充実しているという。
 最近では『ハヴォニワ第二の首都』などと呼ばれる勢いで、巨大な商業地帯を形成し始めているという話だ。
 この地下都市で働く職員達の士気の高さも、そうしたハヴォニワの政策と、太老様の功績の影響が大きいのだと、改めて実感させられた。

「ここよ」
「これは……」

 通された部屋は、この地下都市の中央コントロール室のようだ。
 皆、同じメイド服をきた侍従達が、見た事もないような様々な機械に取り囲まれ、コンソールを手慣れた様子で操作していた。
 そして何よりも驚いたのが、中央にそびえ立つ巨大な建造物。

「驚いた? これこそ、情報部が誇る次世代型亜法演算器『MEMOL(メモル)』よ」
「情報部?」
「そう、正木卿メイド隊情報部――私は副官の『ミツキ』よ。あなたには、ここで働いてもらう事になるわ」
「正木卿メイド隊……」

 ――正木卿メイド隊
 それは、太老様にお仕えしているという、あらゆる分野のエキスパートばかりを集めて編制したという、メイド部隊の名称だ。
 その名前は、様々なカタチで諸侯達の注目を集める事になった。

 ――先に述べた『タチコマ』の開発や、正木領の異常なまでの経済発展
 ――太老様の意思を反映して、正木商会の中枢すら担うと噂される実務能力の高さ

 そして、屈強な軍の兵士よりも高い練度と戦闘力を持つという白兵戦に特化した侍従達に、シトレイユでの粛正騒ぎでは太老様の従者の一人が、生身で聖機人を斬り倒した、などといった信じられないような話もあった。
 ハヴォニワの医療技術が、シュリフォンの薬剤と並び称されるほどに発展したのも、このメイド隊の医療部が原因とも言われていた。
 その中でも情報部といえば、その存在だけは噂されていたが、実在の確認もされていない幻の部署。

「ようこそ、正木卿メイド隊情報部へ」

 これまでの価値観や常識を覆す、私の新しい生活が始ろうとしていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第147話『大人の選択』
作者 193






【Side:太老】

 聖地の学院入学まで残り二ヶ月。月末には十日ほどの予定で領地視察に行く予定となっており、それが終われば直ぐにラシャラの戴冠式。
 それと同じくして俺とラシャラ、それにマリアの婚約発表の手はずとなっていた。

 時間も余り残されていないので、今日は聖地への入学が決まっているマリア。
 それに、無事ハヴォニワ王立学院の卒業も決まり、学院から特別枠の聖地入学の推薦状まで取り付けたシンシアとグレース。
 そして、戴冠式を同じくして行われる婚約発表会の打ち合わせに訪れたラシャラ。
 の四人と、護衛にユキネとコノヱ、それにラシャラの従者として同行してきたアンジェラとヴァネッサの二人を引き連れ、ハヴォニワとシトレイユを隔てる国境にある街、新しく出来たばかりの商業観覧地区に来ていた。
 ここは正木商会の他国への進出が決まった時、各国へ物資を送る流通販路の中継地点として、目を付けた場所だった。その結果、今では各国との貿易の拠点として発展を遂げていた。
 貿易の拠点というだけあって、トイレットペーパーから軍艦まで、手に入らない物は殆どないと噂されるほど市場には物が溢れ、様々な国から行商に訪れた商人と、珍しい物や良品をを求めてやってきた人々で、市場は活気に満ち溢れていた。

「うん。皆、似合ってるぞ」
「ありがとうございます、お兄様」
「我はともかく、マリアの場合は『馬子にも衣装』の間違いじゃと思うがな」
「ラシャラさんこそ、この制服なら、その前か後か分からない寸胴な体を覆い隠せて、丁度良いのではなくて?」
「御主こそ、そういう割には自慢できる大層な身体をしている訳でもあるまい」
「私は発展途上ですから、まだまだ可能性がありますもの。お母様を見れば分かるように、直ぐにあのくらいに成長して見せますわ」
「我とて、まだ発展途上じゃ! ふん、見ておれ! 直ぐにそこにいるユキネや、フローラ伯母くらい越えてみせるわ!」

 発展途上とか可能性とか、白昼堂々とコイツ等は何を言ってるんだ?
 あらかじめ仕立屋に注文して置いた聖地の制服を試着し、それをネタにマリアとラシャラの二人は、いつもの口論を始めていた。
 これはこれで息が合っているというか、似たもの同士、仲がよい証拠だ。微笑ましい光景なので、敢えて口論を止めようなどという気はさらさらなかった。
 お互い立場もあるし、掴み合いの喧嘩に発展するような心配もない。無理に止めようとして藪蛇になるよりも、好きなだけやらせておく方が被害もなく安全だ。

「太老、他のところも見てきていいか?」
「シンシアも一緒にか? でも、二人はこの調子だし……」

 コノヱの指示だろうが、隠れて警護部の護衛が張り付いている事は分かっていた。
 グレースもこの様子から察するに、その事に気付いていて言っているのだろう。
 とはいっても、この人混みの中、子供二人だけを勝手にうろつかせる訳にもいかない。
 マリアとラシャラの事はユキネとコノヱに任せて、シンシアとグレースの買い物に付き合うか、と考えていると――

「太老様は、お二人の相手をして差し上げてください。彼女達の相手は、私が引き受けます」
「いいのか?」
「今日を逃せば、ラシャラ様にお会いになれるのは戴冠式当日になってしまいます。聖地でも色々とあって、余りお話が出来ていらっしゃらないのでしょう?」

 アンジェラの申し出に、俺は少し思案する。確かに、ラシャラとは話をする機会を余り取れていない。それは、シトレイユとハヴォニワという国を隔てた距離や、互いに仕事や立場がある以上、仕方のない事だ。
 同じ国にいても、時間が合わないとマリアとも一週間、二週間と顔を合わせられない事がある。
 その事を考えても、ラシャラとこうして顔を合わせてゆっくりと話が出来る時間というのは、アンジェラの言うとおり貴重なモノに思えた。

「太老様、彼女達の護衛は私が――アンジェラの言うとおり、お二人の相手をして差し上げてください」
「じゃあ悪いけど、よろしくお願いするよ。何かあったら通信機で連絡してくれればいいから」
「畏まりました」

 アンジェラに続き、コノヱも護衛に付いてくれるというので、安心して任せる事にした。
 この二人なら問題はないだろう。シンシアが不満そうだったが、領地視察に一緒に連れて行くのを約束する事で納得してもらった。
 その時には、マリエルとミツキも連れて行くつもりなので、彼女達には里帰りにもなって丁度良いだろう、と考えての事だ。

「あの……太老様」
「ヴァネッサ? あれ、あの二人は?」
「それが……」
「太老、こっち」
「ユキネ様、本当によろしいのでしょうか?」
「……マリア様の命令だし、あなたもラシャラ様に連れてくるように言われたのでしょう?」
「それはそうですが、このようなところで、その……」
「大丈夫。お二人と太老は婚約するのだから、何も問題はない」
「ううん……確かにその通りですね。では、太老様、覚悟を決めてお付き合いください」

 どう、覚悟を決めろと? ヴァネッサとユキネの会話に不安しか残らなかった。
 そもそも何故、覚悟が必要な場所に連れて行かれなくてはいけないというのか?
 とはいえ、二人の言う場所にマリアとラシャラの二人はいるようだ。アンジェラとコノヱの二人に、シンシアとグレースの事を任せたばかりで、まさかマリアとラシャラを放って逃げ出す訳にもいかない。
 大きな不安を抱えつつも、俺は二人に案内されて店の奥へと連れて行かれた。

 そこは一般の客は立ち入る事を許されていない、貴賓用の待合室だった。
 大商家といった金持ちや、皇族や大貴族といった重要人物向けに用意されている特別な部屋で、床に敷き詰められた絨毯から置かれている調度品に至るまで、全てが高級感溢れる一級の代物ばかりだ。
 二人に案内された俺は、部屋の中央に設置されたソファーに腰掛けた。

「どうぞ」

 店員が緊張した様子で、紅茶を運んできた。
 ただ服を買いに来ただけなのに、こうした場所で紅茶を御馳走になりながら女性の買い物が終わるのを待つ、というのも実に優雅ではあるが、未だに慣れない妙な話だった。
 俺だけなら、こういう店には絶対に訪れない。未だに俺の普段着は、マリアの従者をしていた頃から贔屓にしている首都の市場で買った物が殆どだからだ。
 マリアは、きちんと仕立てた小綺麗な服を着せたがるのだが、あまり高級感溢れる寸法のきっちりとした服を着ていると、普段から余所行きの服を着ているようで落ち着かない。
 だから、人に会う仕事や、こうして誰かと一緒に出掛ける時を除いて、商会に籠って仕事をする時や、屋敷と近所周り程度の事であれば、市場で買ったそこそこの値段の、ラフな格好でいる事の方が多かった。
 ちなみに今の俺の服装は前者、マリアが着せたがるような小綺麗な服の方だ。それでも見た目はシックに、それでいて動きやすいように俺好みの落ち着きのあるデザインとなっている。
 マリアに任せると、何でもかんでも金ピカな衣装を着せようとするので、マリエルに頼んで仕立屋を呼んでもらい、『余所行きに』と自分で用意した服だった。

「お兄様っ!」
「太老っ!」
「ん? 何だ、もういいの……」

 試着室へと繋がる扉が開き、そこからマリアとラシャラの二人が、俺の名前を叫びながら飛び出してきた。
 もう買い物は終わったのか、と二人の方を振り向いた瞬間、俺は目を点にして固まってしまう。
 ユキネとヴァネッサが言っていた『覚悟』の意味が、ようやく理解出来た瞬間でもあった。

「私の方が、大人の魅力がありますよね!?」
「我の方が、大人の色気があるであろう!?」

 ハヴォニワの伝統工芸の一つでもあるレース編み。職人技とも言うべき、意匠の凝らされた一品。ブラにショーツ、ガーターベルトにストッキングといった四点セットの下着を身につけた二人が目の前に立っていた。
 白い肌が際立つ情熱的な赤い下着を身につけているラシャラに、一方、少し大胆に大人のセクシーさをアピールした黒の下着に身を包んだマリア。確かに下着は優美且つ繊細な作りをした、王侯貴族が着るに相応しい超一級品だ。
 素直に綺麗だと思うし、可愛いとは思う。しかし、二人の言う『大人の魅力』や『大人の色気』があるかどうかは別問題だった。

「申し訳ありません。胸の話でどちらがカタチが良いか大きいか、と言い合いになりまして」
「ああ、何となく分かった……」

 ヴァネッサが、後からこっそりと耳打ちをして事情を説明してくれた。
 巻き込まれないように避けていたつもりが、それ以前の問題で既に手遅れだった、と言う事だ。

「私ですよね!?」
「我であろう!?」

 その発展途上の未成熟な身体を見せつけるように、にじり寄ってくるマリアとラシャラ。
 これは困った。どちらを選んでも角が立つ。しかも、『大人の色気がない』などと正直に言える雰囲気でもない。
 ――ガチャ

「太老……」

 そんな時だった。もう片方の試着室から出て来る人影。
 これまた、マリアとラシャラ同様、柔らかな水色の下着を身に纏ったユキネが、そこには立っていた。
 透き通るような白い肌、出るところは出ていて引き締まった身体が、二人にはない溢れんばかりの大人の魅力を醸し出していた。

「ユ、ユキネさんかな」
『ユキネ!?』

 迷う事なくユキネを選んだ。
 驚いた様子で声を張り上げ、次の瞬間、ユキネの胸と自分達の胸を比べて負けを悟ったのか、落胆した様子で肩を落とすマリアとラシャラ。
 これを言うと怒るかもしれないが、本当に似たもの同士な二人だ。
 それを見ていたヴァネッサも、我慢が出来ずにソファーに突っ伏し、笑いを堪えていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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