【Side:阿重霞】

 私は今、大きな問題に直面していた。

「阿重霞、お前が聞いてみろよ」
「そう言う、あなたが尋ねてみては如何ですか?」

 魎呼さんと押しつけあっている原因。それは居間でテレビを見ている太老さんの肩の上にあった。
 右肩、左肩、左右の肩に乗っているマシュマロのような生き物が二匹。白い方は龍皇の端末だ。
 だが、もう一方の黒い方……何故か、一匹増えていた。

「あら、可愛い。太老さん、龍皇ちゃんにご姉妹が出来たんですか〜?」
「ん? ああ、こいつ?」

 魎呼さんと二人で、どっちが聞きに行くかで押しつけあっていると、美星さんが現れ、太老さんの肩の生き物に興味を示した。
 いつもの空気を読めないマイペース振りで、太老さんの肩に乗っている生き物を撫で、興味津々といった様子で太老さんに尋ねる美星さん。
 私と魎呼さんは、ズズッと物陰から前へ出て、聞き耳を立てて太老さんの答えを待った。

「船穂だよ」
「船穂さん? 阿重霞さん達のお義母(かあ)さんですか?」
「いや、そっちの船穂じゃなくて、樹の方の『船穂』。ほら、森の池にある柾木神社の御神木だよ」
「あ〜あ〜、あっちの船穂さんなんですね〜」
『はあっ!?』

 私と魎呼さんは二人して、太老さんの衝撃的な告白に驚き、大声を上げ、居間に飛び出した。
 遙照お兄様の皇家の樹。あの船穂が、龍皇と同じように端末の姿で目の前にいる。
 あの端末が龍皇と同じ……という事は、いつの間にか船穂まで……と私は想像を巡らせる。

「太老さん、どういう事ですの!? 船穂は第一世代の皇家の樹なのですよ!?」
「そうだぞ、太老! そんな許可、さすがの鷲羽でも……鷲羽でも……」

 魎呼さんが言葉を詰まらせる。
 そして顎に手を当て、考え込んだ様子で『うーん』と唸ってしまった。

「いや、鷲羽ならありえるな……」
「ちょっと、そこは納得するところじゃないでしょ!?」

 確かに私も『鷲羽様なら、ありえる』と思ったが、そう言う話ではない。
 第一世代でマスターが確認されている樹は、遙照お兄様の『船穂』と樹雷皇の『霧封』、そして西南さんの『神武』の三本のみ。
 始祖樹『津名魅』を始め、皇家の樹が信仰の対象となるほど、樹雷にとって皇家の樹とは神聖な意味を持つモノだ。
 そんな中、樹雷にとって第一世代の樹が持つ力、影響力は絶対的なモノで、余り知られていないが第一世代の樹に選ばれる――それだけで、血筋と関係なく皇位継承権を得る事が出来るほどに、その存在価値は大きい。

「それを、それを……龍皇みたいに改造するなんて」
「いや、阿重霞さん……何か勘違いしてるみたいだけど」
「問答無用です!」

 私の全力の平手が、太老さんの頬に直撃した。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第10話『強化と変異』
作者 193






【Side:太老】

「申し訳ありませんでした……」
「いや、誤解が解けたならいいんですけどね」

 そうは言っても、真っ赤に腫れた頬が痛い。シュンと肩を落とし、大人しくなった阿重霞。
 俺の肩に居る『黒いの』は確かに『船穂』だが、別に俺がやった訳でも龍皇と同じ改造を施した訳ではない。
 それに勝仁の許可も貰っているし、鷲羽(マッド)も関わっている上に、瀬戸を通して樹雷の許可も得ている。
 阿重霞が取り乱すのは無理もない話だが、関係者全員の承諾がある以上、阿重霞が口をだせる問題ではない。

「クククッ、阿重霞殿もそそっかしいね。まあ、勘違いするのも無理はないけど」
「……やっぱり、気付いてて止めなかったんだな?」
「さて、取り敢えず船穂の件だけど――」
『誤魔化すな!』

 物陰でこっそりと見ていて状況を分かっていた癖に、敢えて止めようとせず、推移を観察して楽しんでいた鷲羽(マッド)
 真実を追究されると、冷や汗を流しながら誤魔化す鷲羽(マッド)に、俺と阿重霞、それに何故か魎呼の怒声が重なった。



「……やれやれ。ちょっとした実験も兼ねてたんだけどね」
「実験……ですか?」

 鷲羽(マッド)の頭に十字に張られた絆創膏が痛々しい。何があったかなど、語るまでもないだろう。
 鷲羽の『実験』という言葉に、疑問符を頭に浮かべる阿重霞。

「そう、樹が望んだ事でね。勝仁殿もそれで困って……まあ、その話は別として、使ったクリスタルコアは龍皇に使ってたモノと同質のモノだけど、やり方が少し違う……というか正反対でね」
「正反対?」
「龍皇の場合はクリスタルコアを皇家の樹とリンクさせて増幅させてたんだが、こっちは逆に皇家の樹をクリスタルコアで増幅してるんだよ」
「あの……具体的に、どう違うのでしょうか?」
「私が本来考案したのは後者の方さ。『鏡子』ちゃんや『穂野火』ちゃんも、皇家の樹をクリスタルコアを使って増幅する方式を取ってる。だけど太老の場合、その解釈が逆になっててね。魎皇鬼と同じようにクリスタルコアを核として、皇家の樹で増幅してるんだよ。ノイケ殿の鏡子ちゃんを見れば分かると思うけど、龍皇と違って外見は他の皇家の船と変わらないだろ?」
「そう言えば……今の龍皇はどちらかというと魎皇鬼に近いですわね」
「そういう事さ。で、今回は私の使ってた従来の方法を取ったって訳」

 鷲羽(マッド)の説明で、どうにか理解した様子の阿重霞。そう、俺の考え方は、根本的な部分で鷲羽(マッド)の方式と逆だった。
 今思えばよく成功したモノだと思うが、『魎皇鬼みたいに』という考え方を前提にしていた事もあって、クリスタルコアを核として使う事ばかりを考えていた。
 実際には逆で、クリスタルコアを増幅器として使うのが、本来は正しいらしい。
 その所為で魎皇鬼のような、外装がクリスタルの船が出来上がってしまった訳だが、そうしなければマク●スのような変形機構を搭載出来なかった訳で、個人的には『結果オーライ』とも言える、勘違いから生まれた偶然の産物と言う訳だ。

 ただ、この方法。皇家の樹を強化するという事を前提とした場合、全く違った結果になってしまい、『強化』と言うより『変異』になってしまうらしい。
 しかも鷲羽曰く、成功確率が従来の方法に比べ、相当に低いとの事で、『絶対に許可無くやらないように』という釘を刺された。
 龍皇の場合、樹が協力的だった事もあって成功した、奇跡的な例という話だ。
 本当に成功してよかったと思う。龍皇に何かあったら、阿重霞に許してもらえないどころか、殺されていても不思議ではなかった。

「では、船穂は……」
「問題ない。経過は良好だよ。それに、今回は成功する、って確信してたからね」
「確信ですか? あの、それはどういう……」
「内緒、それも実験の内だからね。樹雷の機密に触れる事だから、知りたきゃ瀬戸殿にでも聞きな」
「うっ……それは……」

 阿重霞の表情が『瀬戸』の名前を聞いた途端に、引き攣ったモノになる。
 公的には、まだ阿重霞と砂沙美、それに遙照の三人は行方不明という事になっているし、瀬戸にそんな事を尋ねようモノなら――

『あら? 家出娘が何をいうの?』

 と反撃を食らう事は確実だ。
 気にはなっていても、瀬戸に尋ねるなんて事は、今の阿重霞には難しいだろう。
 それが分かっていて言っている辺り、鷲羽(マッド)も瀬戸と同じくらい性格が悪かった。

【Side out】





【Side:鷲羽】

「やっぱり……鍵は太老って事か」

 船穂の強化プラン。これが成功する事は確信していた。その確信を得るに至った理由は、龍皇の強化……いや『変異』を見たからだ。
 船穂や龍皇と、契約者以上に心を通わせ、高い親和性を見せた太老の能力。
 クリスタルコアを使った強化には、意思の問題が大きく関係している。
 第四世代の皇家の樹は、その働きかけるべき意思が気薄なため、クリスタルコアとの同調が出来なかった事に原因があった。
 そして太老は、その意思に対し、強く働きかける力がある、と私はこれまでの状況から推察していた。
 今回、船穂の強化が成功する事を確信していたのは、そうした理由があったからだ。

(まあ、あのままだったら……勝仁殿も困ってただろうしね)

 そしてどちらにせよ、やらないという選択肢はなかった。
 船穂が、龍皇が端末ユニットを手に入れ、太老とずっと一緒に居る事にショックを受け、『自分も』と拗ねてしまうという……ちょっとした事件があった。
 勝仁殿は大慌て、瀬戸殿は大爆笑、その結果、船穂の機嫌を回復するには、同じように船穂にも端末を与えるしかない、という話になり、今回の騒動に発展した次第だった。

『なるほど……では、例の凍結していたプランの再開も視野に入れて問題なさそうね』
「ああ、問題はその理由なんだけど……津名魅にも聞いてみたけど、太老が話し掛けると『樹が喜ぶ』と言うだけで、詳しい原因は分からない、って」
『ふむ……太老殿の力と関係しているのかしらね?』
「可能性は高いね。問題は、それが何なのか……あの子の『才能』に関しては、ある程度の仮説は成り立つんだけど、問題はそれを実証する手段が無い事と、今回の件がどう繋がるのかが分からないんだよね」

 瀬戸殿と水鏡を通じた秘匿回線で話し合いながら、今後のプランを練っていた。
 その最中も、太老の能力についての考察を頭に巡らせるが、やはりまだピースが足りない所為で、きちんとした理論に到達しない。
 太老の確率変動値に大きな偏りがある事は、最初から分かっていた。
 だが、そのくらいであれば、九羅密家や西南殿といった前例が幾つも存在する。確かに希少価値が高く、魅力的で驚異的な才能だが、それだけであれば今更驚くような内容ではない。
 しかし太老の場合、それだけでは説明が付かない現象の数々が存在した。

 ――世界の情報を書き換えてしまった、頂神の存在すら脅かしかねないほどの力
 ――皇家の樹と意思を通わせ、その力を限界以上に引き出す能力

 確率変動の影響だけでは、説明が付かない現象ばかりだ。
 だとすれば、その確率変動値の偏りすらも、太老の力の一部なのかもしれない、と私は考え始めていた。
 そう、全ての事象には必ず原因と成るモノが存在する。その法則は、頂神すらも例外ではない。
 太老の力の原因――そこに全ての秘密を解く鍵がある、と私が考えていた。

 しかし、『急がば回れ』という言葉があるように、急く気持ちを抑え、コツコツと実験と検証を重ね、答えに近付いていく以外に方法はない。
 以前に訪希深の行動を見過ごし、強引に事を成そうとしたために、あの大惨事を招いた。
 同じ過ちは二度と繰り返さない、と私は心に固く誓っていた。

『例の計画も順調に進んでいるのでしょう?』
「ああ、条件付きだけど魎呼と引き分けたんだ。着実に成長してるよ」
『だったら、能力としては申し分ないわね。今のままでも、こっちにスカウトしたいくらい』
「残念だけど、こちらの計画を優先させてもらうよ。例の約束は守るけど、その後の保証までは出来ない」
『でも、その約束すら、計画の内に含んでいるのでしょう?』
「出来るだけ早く、あの子には成長してもらわないといけないからね。試練は多い方がいいさ」
『あら、とんでもない母親。獅子が我が子を谷底に、という表現がピッタリね。鷲羽ちゃん』
「他人の事を言えないだろ? 瀬戸殿も」

 その子を利用しようとしている瀬戸殿も、私の事を言えた義理ではない。

『では、約束の日≠楽しみにお待ちしていますわ』

 そう言い残し、通信を切る瀬戸殿。
 瀬戸殿との約束まで、残り一年と少し。太老の試練の日が近付いていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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