【Side:太老】

「お兄ちゃん、これは?」
「ああ、それは以前に作った……生き物を入れておけるボールだな」

 スイッチを押して投げれば中の生き物がでて、逆に投げてぶつければ生き物を捕獲出来る便利な物だ。
 元ネタが何か分かる人も多いと思うが、ご存じ『モン●ターボール』。
 大きさや強さなど関係なく、命中さえすれば必ず捕獲出来る。そういう意味では『マス●ーボール』という方が正しいか?
 まあ、さすがに強力なフィールドを発生させるような相手や、上位クラスのガーディアンには通用しないが……。
 ようは、魎呼のような規格外の猛獣を捕まえるのには向いていない、と言う訳だ。

「そんなに面白い?」
「うん、見た事もない、色々なモノがあるんだもん。お兄ちゃん、って凄い哲学士さんなんだね」
「ううん……そこまででもないけど」

 発明品の多くは、作る技術があれば作ってみたかった物ばかりで、頑張って勉強したのも主に好奇心からだ。
 こちらの世界の超科学があれば、ある程度の物は再現可能なので、やり始めると楽しかった。
 変身スーツや変形合体するロボットなど、どれもオタクの夢、男の浪漫だ。
 それを再現するために頑張っただけの事で、『哲学士』と呼ばれるほど凄い成果を上げた訳ではない。
 ましてや『哲学士』といえば、鷲羽(マッド)を始めとする変人の総称≠セ。あんなのと一緒にされても困る。

「でも、『伝説の哲学士』のお姉ちゃんに習ってるんでしょう? それだけでも凄いと思うんだけどな」
「ううむ……習っているというか、習わされているというか」

 正直、勉強に関しては面白いのだが、他の部分でマイナス面が目立ち、しかも俺に拒否権がない辺りがなんとも言えない。
 鷲羽(マッド)は、哲学士としては確かに尊敬出来る人物なのかもしれないが、『人として尊敬出来るか?』と問われると自信を持って答えられない。少なくとも、俺にとって鷲羽(マッド)は鬼門だ。

「そういう自覚のないところ……やっぱりお兄ちゃん≠轤オい」
「……ん? 俺らしい?」
「ううん、何でもない。それよりも、お腹減ったな。そろそろ、夕飯の時間だよね?」
「あ、そうだな。じゃあ、戻るか」

 俺は、桜花のちょっと不自然な態度に首を傾げた。
 気にするほどの事ではないのかもしれないが、どうにも桜花の態度は、どこか不自然なモノに思えてならなかったからだ。
 ただ緊張しているだけとも考えられるが、無理をしているようにも見える。それにもう一つ、ずっと気になっていた事があった。

「桜花ちゃん、俺達、前に会った事あるかな?」
「……え?」

 一度も会った事がないはずの少女。しかし、この胸のざわめきは一体何なのか?
 ありえない事だが、ずっと昔からの知り合いのような……懐かしい雰囲気を彼女から感じ取っていた。

「お兄ちゃん、私を口説いてるの?」
「い、いや! そういう訳じゃっ!?」
「いいよ。お兄ちゃんになら、口説かれてあげても」

 冗談めかした口調で、そう言って無邪気に笑い、抱きついてくる桜花。

(やっぱり、気の所為だよな?)

 そんな事があるはずもない。俺の思い過ごしだろう、と考えを振り払った。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第13話『平田桜花』
作者 193






「身体検査ですか?」
「なーに、ちょっとした健康診断みたいなモンさ」
「お兄ちゃんみたいにモルモットにされないなら、別にいいよ。鷲羽お姉ちゃん」
「…………太老?」
「いや、俺じゃないぞ! 俺が教えた訳じゃないからな!?」

 無邪気な顔で、何と恐ろしい事を言うんだ。
 直ぐ様、俺を睨み付ける鷲羽(マッド)。冗談ではない、完全な濡れ衣だ。

「後で話があるからね……」

 鷲羽(マッド)の死刑宣告に、俺は床に両手両膝をついて涙した。
 何故、こんな事に……考えてみれば、桜花にはずっと振り回されっぱなしだった。
 夕飯の時もそうだ。

『お兄ちゃんと一緒がいい!』

 とか言いだした桜花が、俺の膝の上にちょこんと座り、『あ〜ん』とか言ってお強請りするモノだから大騒ぎに。
 魎呼、阿重霞、そして何故か砂沙美まで……桜花と火花飛び散る熾烈なバトルを繰り広げる、といった場面があった。
 食事中という事もあって、実力行使にでた訳じゃないが、言葉と態度のせめぎ合いは、それ以上に見ている方を疲れさせるモノがあった。
 ましてや、俺のように間に挟まれている当事者ともなれば尚更だ。

「太老、お前までついてくる気かい? まさか、桜花ちゃんの脱衣シーンをじっくり(なぶ)るように鑑賞しようだなんて……」
「ちょっと待て! 誤解だ!? 桜花ちゃんが手を離してくれないから――」
「お兄ちゃんのエッチ……でも、お兄ちゃんが見たいなら……桜花、いいよ?」
「いや、違うから!? そんなの全然見たく――」
「……うっ、やっぱり大きい方がいいんだ」

 優柔不断な自分に絶望した。しかし、美少女の涙に抗える奴なんているはずもない。
 そう、これはきっと神が与えた試練なんだ。ここで平常心を保たなければ、地獄へ真っ逆さまに違いない。
 平常心、平常心、平常心…………。

「桜花ちゃん、取り敢えず離してやっておくれ。後で一緒に風呂に入るなり、寝るなり好きにしてくれていいから」
「ほんとっ!? じゃあ、お兄ちゃん、後で一緒にお風呂に入って同じ布団で寝ようね!」

 鷲羽(マッド)のトドメで、全身が真っ白になる。何もかもが手後れだった事に、今更気付いても遅い。
 背中に突き刺さる、阿重霞、魎呼、砂沙美……三人の冷たい視線が痛かった。

【Side out】





【Side:鷲羽】

「生体パターン、アストラルパターン……他も特に異常なしか」

 平田桜花――
 念のため、パーソナルデータから確率変動値の検証もやってみたが、太老のような結果は出ず、内容は至って『普通』その物。
 それに太老のように、アストラルに解析不能なプロテクトが掛かっている様子もない。
 身体が成長しない理由は疎か、太老との共通点は一切認められなかった。

(う〜ん……やっぱり、私の思い過ごしって事かね?)

 余りに平凡すぎる。確かに身体データは見た目とは違い、一級の樹雷の闘士クラスの数値を示している。
 しかし、加速空間で修行をしていた、という話や、あの夕咲殿の娘である点を考えると、それほど不思議な数字でもない。
 それらはあくまで、人間と呼べる範疇の力だ。

「鷲羽お姉ちゃん、もう終わったの?」
「ああ、うん。もういいよ。お疲れ様」

 私の予想が外れていた、というだけならば、それでいい。
 身元は、しっかりしている。このデータも、間違いなく夕咲殿の娘である事を証明している。
 おかしな点は、一切見当たらなかった。

「それで、私の身体の事……何か分かりましたか?」
「ごめんね、今のところは何も……でも、ちゃんと調べておくから」
「よろしくお願いします。やっぱり……胸が大きい方がいいもんね」
「……む、胸を大きくしたいのかい?」
「うん。お兄ちゃんも、やっぱり大きい方が良さそうだったし……」

 成長しない身体に不安を覚え、そこに悩みを抱えるのなら分かるが、胸が成長しない事を不満に思うのが先とは……この子も確かに変わり者だ。

「ところで、桜花ちゃん。太老のどこが、そんなに気に入ったんだい?」
「お兄ちゃんの好きなところ?」
「水穂殿から話を聞いて知ってたのは分かるけど、会うのはこれが初めてだろう?」
「う〜ん……優しいところ、変なところ、面白いところ、かな?」
「最初のは分かるけど……変で面白いところが好きって、随分と変わった趣味をしてるんだね」
「そうかな? 家に引き籠もって毎日ギャルゲ−してるような根暗な人より、行動的で明るくて楽しい人の方が素敵じゃないですか?」
「随分と極端な例なのが気になるけど……まあ、そりゃそうだね」

 やはり変な子だ。しかし、太老の性格を勘違いもせずに、的確に見抜いている様子だった。
 水穂殿の話と、実際に太老と少し話をしただけで、ここまであの子の本質を見抜くなんて、観察眼もなかなかのモノだ。
 そう、あの子の能力の影響を受けず――

(……太老の力に影響されてない?)

 考えてみれば、桜花ちゃんが太老の確率変動の影響を受けている様子がなかった。
 これまでのパターンであれば、水穂殿の話を聞いて、太老と接触している時点で、何らかの影響を受けていても不思議ではない。
 勘違い、誤解、事象の方向性は様々だが、必ずあの子の場合『フラグ』というカタチでそれは現れる。
 しかし、今回に限って……いや、桜花ちゃんが一緒の時だけ、その力が発動した形跡がなかった。
 太老の事を気に入っているという事自体が、既にフラグが立っている、とも捉えられるが、彼女の場合は太老の本質を全て見抜いた上で、太老に好意を寄せている。
 それは『勘違い』や『誤解』で生まれた虚像の太老≠ナはなく、本当の太老≠知っている、という事。

「それに……太老お兄ちゃんといると、色々と退屈しなさそうだし」
「――――っ!」

 一瞬、桜花ちゃんの放つ雰囲気に呑まれ、息を呑み、背筋に冷たい汗を流す。

「アンタ……」
「はい? どうかしましたか?」

 先程まで、張り詰めていた冷たい空気が解かれ、一瞬にして穏やかな静寂が訪れる。
 本当に何も分からない、といった様子で、きょとんとした表情で惚けている桜花ちゃん。
 今の彼女が、先程の異様な気配を発していた人物と、同一人物だとは思えない。
 やはり、さっきのは……ただの錯覚だったのか?

「……いや、何でもないよ」
「それじゃあ、お兄ちゃんのところに戻ってもいいですか?」
「ああ、そうだね。態々、すまなかったね」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」

 太老と一緒にお風呂に入れる事が、そんなに嬉しいのか?
 私に向かってぺこりと丁寧にお辞儀をすると、『お兄ちゃんと一緒にお風呂』と繰り返し呟きながら、軽い足取りで居間へと戻っていった。

「あの子の事……やはり、きちんと調べてみる必要がありそうだね」

 採取したばかりの桜花ちゃんのパーソナルデータを取り出し、見逃している点が本当にないか? 再検証を試みる。
 今のところ、ただの直感にしか過ぎない。しかし、あの子には何かある気がしてならなかった。

【Side out】





【Side:太老】

 アイリはアカデミーから呼び出しを受け、『仕事が残っている』とかで泣く泣く先に帰り、夕咲と娘の桜花だけが柾木家に泊まっていく事になった。
 いつの間に仲良くなったのか? 明日、魎皇鬼が二人を樹雷まで送っていくらしい。

「太老くん、ごめんなさいね。あの子、一度言いだしたら聞かなくて」
「いえ……別に嫌と言う訳でもないですし」
「いっそ、本当にうちの子を貰ってくれないかしら?」
「……それは、考えさせてください」

 桜花ちゃんは確かに可愛らしいが、結婚なんて考えられる歳ではない。
 それに、夕咲のいうようにすれば、死亡フラグになりかねない気がする。
 魎呼、阿重霞、砂沙美だけでも手を焼いているというのに、ここに天女や水穂まで加われば、俺の身は持たない。
 というか、何であんなに怒ってるのか? やはり傍目から見れば、幼女を騙している変質者にしか見えない、という事だろうか?

(確かに、俺が第三者の立場なら犯罪者≠ノしか思えないもんな……)

 俺の意志ではなくとも、誰の目から見ても、やっている事は『光源氏計画』その物だ。
 確かにそう誤解されても、不思議ではなかった。

「お兄ちゃん、どう? 可愛い?」
「うん、可愛いよ」

 猫の絵柄の入った桜色のパジャマを着て、俺にそう尋ねてくる桜花。
 これだけなら普通に可愛らしい少女なのだが、色々とませているので対処に困っていた。
 夕咲は、子供にどんな教育をしているのか? いや、これは確実にアイリの影響を受けていると見た。

(俺の入学祝いにあんな物≠寄越すくらいだもんな……)

 アイリから、水穂のような娘が産まれた事自体が、そもそも不思議でならない。
 取り敢えず思った事は、アイリに何も知らない子供を近づけてはいけない、という事だった。
 子供の教育上、色々と良くない人だ。あの人は……。
 しかし、当面の問題は――

(やめてくれ、なんて言えば桜花ちゃんが泣き出すし……子供のしている事と割り切って受け入れてしまえば、今度は他の機嫌が悪くなるし)

 完全に打つ手なし、八方塞がりだった。
 誰でもいいから、あの子供に対抗心を燃やす、大人気ない大人達を何とかして欲しい。

「桜花ちゃん、お姉ちゃん達と一緒に寝ない?」
「そうですわね。女同士、親交を深め合うのもいいかと思いますわ」
「そうだよな! それなら寝酒にとっときの奴を――」

 そんな事を考えていると、砂沙美と阿重霞のナイスフォローに、少し救われた気分になる。
 子供に酒を勧める魎呼はどうかと思うが、これで桜花が砂沙美達と一緒に寝てくれれば、目の前の問題も――

「いやっ! お兄ちゃんと一緒がいい!」

 ビキッ、とこめかみに血管を浮かび上がらせ、三人の表情が歪む。
 ナイスフォローどころか、桜花を煽り、状況を悪化させただけだった。
 まあ、結果など分かりきっていた事だが……。

「お兄ちゃん」
「ん?」

 ――チュッ!

「おやすみのキスだよ」
「あはは……あ、ありがとう」

 ピョンと跳び上がった桜花に頬にキスをされ、俺はくすぐったいモノを感じながらも礼を言い、桜花の頭を優しく撫でてやる。
 同時に、砂沙美達の冷たい視線に晒され、嬉しいやら悲しいやら何とも言えない気分になる。

(覚悟よりも先に、遺書の用意をしておく必要がありそうだな……)

 台風が去った後の事を考えると、憂鬱な気持ちで一杯だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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