【Side:林檎】

 ――第四世代艦『穂野火』
 自分の船で、部下達と共に仕事をしていた私に届いた一件の連絡。

「侵入者、ですか……」

 昨晩、神木家の別宅であったという侵入者騒ぎの報告を受け、私は眼を細めずにはいられなかった。
 私も水穂さんも、昨日からずっと仕事に掛かりきりだった事もあり、家に帰れずにいた。
 こうした事は特に珍しい話ではない。水穂さんも『情報部副官』という立場が、私にも『経理部主任』という役目がある。太老様の事があるとはいえ、それはあくまで私事。それを理由に自分の仕事を疎かにする事は出来ない。それに、水鏡のストライキや、海賊の一斉捕縛の件もあり、今は通常業務に加えて大量の仕事を抱えていた。
 部下に仕事を任せて、自分達だけ家に帰る訳にもいかず、太老様には申し訳ないが身の回りの世話をする侍従を派遣するだけに留め、仕事の方を優先させて頂く事にした。
 派遣していた侍従達から、この侵入者騒ぎの報告が入ったのは、その矢先の事だ。

「どこの手の者の仕業か……何れにせよ、このままにはしておけませんね」

 太老様の寝所へ忍び込もうとしていた賊を、桜花ちゃんがたった一人で撃退した、と報告にはあった。
 さすがは平田夫妻のご息女と感心すると共に、警備態勢の見直しが急務だと考えさせられた。
 太老様はその能力と存在故に、かなり特殊な立場に置かれている御方だ。
 外部からの侵入者か、もしくは内通者がいるのか、どちらにせよ太老様に害を成す敵に容赦をするつもりはない。

「やはり、屋敷に警備の者を配置した方がよろしいのでは?」
「太老様の負担を大きくしたくはありません。それに下手な護衛では、かえってあの御方の邪魔になります」

 私に長年仕えてくれている老執事『東堂』の案を、私は僅かに思案するも直ぐに却下した。
 太老様ならば、賊の一人や二人に後れを取るような事はない。それに瀬戸様の言葉通りであれば、太老様の存在は樹雷としても出来る限り隠さなければならない、重要な機密を含んでいる。
 多くの護衛をつければ、それだけ目立つ事になる。幾ら、情報統制を敷いているとは言っても限界があった。
 太老様の身の安全を確保しつつ、出来る限り目立つ行動を取らない、というのが重要だからだ。

「では、『剣』の派遣を申請されてみては?」
「瀬戸様の事です。今回の事も、既にお気づきのはずです。その上で、私に何も仰らないという事は、極秘裏に派遣を行っているか、もしくは……」

 太老様の力を信じている、というのもあるのだろうが、利用しようと考えておられるのかもしれない、と考えた。
 隠さなければならないような機密を含んでいるにも拘わらず、太老様を宇宙に連れ出す行為は一見矛盾しているように思える。
 だとすれば、太老様の力が樹雷にとって、危険を冒してでも必要と判断されたからだと考えられた。
 事実、海賊討伐の件は、私達の想像を大きく超える成果だった。西南様の再来を思わせるほどの――

 瀬戸様が静観されている以上、進言をしたところで恐らくは聞き入れてもらえないだろう。
 私に機密の話をした、という事は、それ以上は何も話すつもりがない事を意味していた。
 知る事は愚か、尋ねる事も許されていない。しかしその上で、私が太老様の力になる事は、何も制限されなかった。
 それは、私個人の裁量であれば好きにして構わない、という暗黙の了解だ。

「これは、私の我が儘です。その我が儘で、あなたや部下達に大きな負担を強いる事になるかもしれません」
「姫様、何を仰います。姫様の恩人であれば、それは私共の恩人でもございます。それを負担などと、誰が思いましょうか? 姫様は、姫様の思うようになさってください。足りない部分は、全力でサポートさせて頂きます」
「ありがとう……東堂」

 瀬戸様に仕える『鬼姫の金庫番』としてではなく、『立木林檎』個人として、太老様のお力になる覚悟を新たにした。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第23話『樹に招かれし者』
作者 193


【Side out】





【Side:太老】

 今日は桜花も用事があるとかで、暇を持て余した俺は天樹の探索に出掛ける事にした。
 水穂と林檎二人揃って仕事が忙しいらしく、ここ三日ほど帰ってきていない。
 手伝いたいのは山々だが、未だに配属先も決まっていない身では、二人のために出来る事など知れていた。
 あの二人の仕事など、機密に触れるような重要な仕事ばかりだ。素人が下手に手伝えるモノでない事は明らかなので、林檎が派遣してくれた侍従達の言葉に従い、暫くは今の生活に慣れるのを優先するため、ゆっくりとさせてもらう事にした。

「うっ……こっちはさっきも通ったような」

 天樹はその名の通り、天にも届く超巨大樹の上に造られた都市建造物の集合体だ。
 十数万年という気の遠くなるような歳月を掛け、改良操作を加えられたその巨大都市は、一種の要塞とも言える様相を醸し出していた。
 皇族などの一部の特権階級の者達だけが住む上層部分だけでも、小さな街と言えるほどの広さを持っており、しかも樹の上に造られているというだけあって、自然を利用した入り組んだ道となっている。それはもう、迷路と言っても差し支えがなかった。

「はあ……完全に迷子になったようだな。マップを見てもさっぱりだし、人の居るところに出られたらいいんだが……お前達、道とか分からないか?」

 水鏡での件もあるが、今は贅沢を言ってはいられない。そう考えた俺は、ダメ元で肩の定位置に陣取った船穂と龍皇に聞いてみた。
 コイツ等の故郷とも言うべき場所だ。七百年振りというのが大きな不安要素だが、俺よりは詳しいだろう、と期待をして。
 ピョンと俺の肩から飛び降りると、以前と同じように『こっちに来い』と言わんばかりに先に進んでいく船穂と龍皇。俺は、その後を黙ってついて行く事にした。

【Side out】





【Side:船穂】

「お姉様? どうかされたのですか?」
「最近どうも、あの人の様子がおかしいように思えるのです。まるで、私を避けているように」

 夫の様子が、ここ最近おかしかった。妙に余所余所しいというか、意図的に私を避けているように思えてならないのだ。
 今日も、『儂は仕事で忙しいのだ!』とか言って、折角三人で御茶をしようと誘ったと言うのに、そそくさとどこかに行ってしまった。
 あれでは、自分から何かある、と言っているようなモノだ。

「ふむ。お姉様、もしかすると、もしかするかも知れないわね」
「もしかすると、と言うと?」
「女よ! オ・ン・ナ! お母様も以前に言っていたもの。男の様子が急におかしくなる時は、絶対に女だって」
「ま、まさか……あの人に限って、そんな」

 また瀬戸様から余計な事を吹き込まれたのだろうが、美砂樹の言う事にも一理ある、と思えてしまう心当たりが幾つもあった。
 その事が、余計に私の不安を駆り立てる。夫の事を信じているつもりでも、不安を拭いきれない理由が幾つもあった。

 私達の寿命は長い。特別な延命調整を施し、それこそ何千、何万年という歳月を生きていく事になる私達にとって、七百年という時は長い人生の中の、ほんの僅かな時間でしかない。ましてや、樹雷で遙照と過ごした十数年という歳月は、瞬きにも等しい僅かな時間と言えた。
 しかし、その時間は何百、何千年の時にも代え難い大切な思い出として、私の胸の中に今も残っている。
 遙照が生まれてから七百年余り、私達の間に次の子供が出来なかった理由の一つに、次の子を作り、段々とあの子の事を忘れてしまうのが怖かったから、と言うのがあった。
 そして遙照ばかりか、阿重霞ちゃんや砂沙美ちゃんまで居なくなり、状況は一変してしまった。

 お互いに愛が無くなった訳ではない。嫌いになった訳でもない。
 しかし、皇であるという事は、自分の子や妻だけでなく、この樹雷を――そこに住む家族(民)を第一に考え、守っていく責任がある。
 そして私にも、第一皇妃としての義務と責任がある。互いに家庭よりも公務を優先するようになった結果、夫婦の営みが段々と薄れて行った事も事実だった。
 ここ数百年、夫に身体を求められた事は一度もない。それは、阿重霞ちゃんや砂沙美ちゃんの事で責任を感じ、遙照の事を気にしているからだと、私は思っていた。夫が遙照の件や、元は地球人だった私を第一皇妃として皇室に招き入れる事で、私に余計な心労と苦労を掛けたのではないかと、気に病んでいた事に気付いていたからだ。
 そしてそれは夫婦である前に、皇と皇妃である事を優先した結果でもあった。

「……もし、そうだとすれば、私にはあの人を責める資格はありませんね」
「お姉様……」

 美砂樹の言うように、私達以外の女≠ェ出来たのだとしても、私には、あの人を責める資格はない。
 既に、私達は夫婦ではあっても、男と女の関係にはない。樹雷皇、情報総監という肩書きの上で成り立つ、上司と部下の関係。
 樹雷へ嫁いできた、あの日の覚悟。あの時の想いを忘れた訳ではないが、もう一度あの頃のように戻る事は難しいだろう。
 いつ終わるとも知れない途方もない時は、長い、長い時の積み重ねの中で、人の繋がりを様々なカタチで変化させていく。
 今更、あの頃に戻る事は出来ない。そして、私達もそれを望んではいない。
 愛だけではどうする事も出来ないように、長すぎる時は、私達の心の在り方を変えてしまっていた。

 これからも、私達が夫婦である事に変わりはない。
 しかしそれは――好きだから、愛しているから一緒に居る。それほど単純なモノではなくなっていた。
 この先、私とあの人の間に遙照以外の子が出来る可能性は低い、と断言せざる得ないだろう。

「お姉様、確かめましょう!」
「確かめる?」
「そうです! 本当に女がいるのかいないのか、それを確かめるのです!」
「ですが、それは……」

 美砂樹のいう事を真に受ければ、それはあの人を疑い、陰でコソコソと調べるという事だ。
 疑っている事は事実だ。不安も確かにある。だが、そこまでするのはどうか、という躊躇いがあった。

「ですが、気になるのでしょう? 私は気になりますもの」
「そうよね……気にならない訳……」
「そのお相手の方が、今度は私達の妹になるかも知れないのでしょ? 内緒にしてないで、ちゃんと紹介して欲しいですわ」
「…………」

 私の考えの方がおかしいのだろうか?
 先程までの悩みがバカらしく思えるほど、美砂樹の考えは単純なモノだった。
 夫に女が出来る事が、浮気とは結びついていないのだ。彼女の中では、新しい家族が増えるくらいにしか、考えていないのだろう。
 しかし、その単純且つ明瞭な美砂樹らしい考え方に、私はどこか救われた気がした。

【Side out】





【Side:太老】

「……どこだなんだ? ここ?」

 実は更に迷子になっていた。『迷子』というより、『遭難』といった方が正しいような気がする。
 天樹の中だと思うのだが、縦に吹き抜けた天にも届きそうな空洞には無数の樹が浮かんでおり、迷路のように繋がる通路を更に枝分かれした無数の転送ゲートが繋ぎ合わせていた。

「もしかして、これ全部、皇家の樹か?」

 俺の問い掛けに答えるように、目の前に広がる無数の樹達が光を放ち、旋律を奏でるように踊り出す。
 船穂と龍皇、それに指輪を通じて水鏡もまた、同胞との再会を喜び、はしゃいでいる様子だった。
 どうやら、ここが原作にもあった天樹の中にある、『樹選びの儀式』を執り行うという儀式の間のようだ。

「はあ……やっぱり、お前達に案内を任せた俺がバカだった」

 また、とんでもないところに迷い込んだモノだと考えた。
 船穂と龍皇の後についてきたから入れたようなものの、確かここは樹に呼ばれた者しか入れない重要な場所だったはずだ。
 それ以前に、皇家の樹の間へと通じる入り口には門番もいる。本来なら、こんなところに間違って迷い込むはずもない。
 しかし、現に俺はここにいた。本当にどこから迷い込んだのか?
 門番にあった記憶もなければ、門を通り抜けた覚えもなかった。二匹の後を追ってきてみれば、いつの間にかここに居たのだ。
 皇家の樹しか知らないような抜け道≠ナも、どこかにあったのだろうか?
 本当に……全くの謎だ。

「お前達、外への道を教えてくれないか? 出来れば、正門を通らない方向で……」

 門を開けて外に出れば、それこそ大騒ぎだ。これ以上、面倒な事に巻き込まれたくはない。
 抜け道があるのなら、そこから外に出れば見つかる事もないだろう。
 その俺の質問に答えるように、転送ゲートの一つに樹から延びた光が集まった。どうやら、道案内をしてくれるようだ。
 落ち着きのない船穂と龍皇を再び肩に乗せ、俺は樹の案内で指示された転送ゲートを次々に潜り抜けていく。

「何か、更に奥に進んできた気がするんだが……」

 最後の転送ゲートを抜けた後、先程までとは全く違った場所に俺は居た。
 一つだけ分かる事は、ここは天樹の外では絶対にない、という事だ。
 雲一つ無い青空、見渡す限りの湖。一瞬、外に出たと錯覚するほどの広さを持つ空間が、そこには広がっていた。

「なるほど……やっと分かったぞ」

 船穂と龍皇だけの問題かと思っていたのだが、これではっきりとした。
 俺の灰色の脳細胞が、『これだ!』とビンビンに訴えている。

「皇家の樹は、筋金入りの方向音痴≠セったんだな!」

 これは重大な発見だった。案内を頼んで、ここまで目的に反した場所に辿り着く以上、そうとしか考えられない。
 これはある意味で、船のコンピューターユニットとしては最悪の欠点ではなかろうか、と首を傾げるほどだ。
 そこは、あらかじめ組んだナビデータで補っているのかも知れないが、まさか皇家の樹に、こんな弱点があろうとは思わなかった。
 しかし、そうと分かればここで問題なのは――

「ここ、どこだァァ――っ! 本格的に迷子じゃないか!?」

 その通り――誰の目から見ても迷子、帰り道が分からない、という事実に気付き、俺は絶望する。
 こうなったら皇家の樹になど頼らず、自力で帰り道を探すべく、総当たりで道を潰していくしかない。
 そう思い始めていた矢先の事だ。

 ――タロ、タロ

 奥から声が、誘うような声が聞こえてきたのは――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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