【Side:美守】

 正木太老――『正木の麒麟児』などと呼ばれ、将来を有望視される柾木家縁の者。こちらでは『哲学士タロ』の名前の方が有名だが、その正体が彼だと公的に知る者は少ない。
 彼がこれまでに培ってきた功績は、本当に素晴らしい物ばかりだった。特に彼の生み出した発明品の数々が、連盟に与えた影響力は大きい。
 GPの士気向上や、検挙率の大幅なアップも、全ては彼の発明品のお陰だ。変身機能付きの戦闘服や、変形や合体をするガーディアンなど、少し見れば冗談のような装備品・兵器の数々だが、従来の軍用製品の性能を大きく上回り、しかも使われている技術やパーツは特に目新しい物ではなく連盟基準を満たした物ばかりだった。その点からも、量産化が容易だった、という点も急速な普及を促す要因の一つとなっていた。

 だが、彼の功績が素晴らしかったのは、単に発明品が優れていたからだけではない。
 GPは危険を伴う仕事だ。正義の味方気分で出来る仕事ではないとはいえ、夢を持つ事、理想を持つ事は大切だ。何をするにも、まず本人のやる気が無くてはどうにもならない。この検挙率の大幅なアップの背景には、GP隊員の士気向上が一番大きな理由にあった。
 子供から大人まで、一度は誰もが憧れた事がある『正義の味方』。事情や目的は様々だろうが、そうした夢や理想を抱いて、GPの門を叩いた者達は少なくない。そんな彼等の心をくすぐり、刺激する発明品を、彼は沢山、世に送り出してきた。それが結果的に、隊員達の士気向上に繋がった、と言う訳だ。

 それにここ最近では、その製品を使ったプロモーションビデオを見て、GPアカデミーの門を叩く若者達も多い。今も尚、拡大を続けている勢力圏の治安維持や、それに伴う犯罪者の増加とその対策。銀河全域に支部を構えるGPは、二兆人という隊員数を抱えていても尚、数が足りていないのが現状だ。宇宙は広い。生活圏の拡大に伴う、慢性的な人手不足に悩まされているのは、どこの組織も同じだった。
 しかし、彼のお陰でGPを志そうという若者が増えた事が、GPの検挙率アップ以上に一番、銀河連盟としては嬉しい話だった。
 装備品の充実は確かに重要だが、それを扱うのは人だ。どれだけ科学が進もうと、いつの時代も有能な人材に代わるモノはない。機械を扱うのが人なら、考えて創り出すのも人だ。機械の換えは利くが、長い時間を掛けて育てた人材の換えは、そう簡単に利くものではない。だからこそ、私達は何よりも人材の育成に力を注ぎ込んでいた。
 そんな私達にとって、理由はどうあれ、やる気のある若者がGPを志してくれる事は喜ばしい話だ。
 当然、厳しい訓練を嫌になり、現実と理想のギャップに夢を諦め、挫折し、途中で辞めていく者も数多くいるが、それは今に始まった話ではない。重要なのは、これまでGPに興味を持たなかった人達が、GPという組織に興味を持ち、目を向けてくれる事だった。

「アイリ様はお出掛けですか。そう言えば、太老くんと水穂さんのお見合いが今日でしたね」
「今日のために仕事を頑張ってましたから。あのくらい、普段もやってくれると助かるんですが……」

 秘書達の言い分は尤もだ。その呆れた様子の溜め息には、願うだけ無駄、という諦めの境地も混ざっていた。
 まあ、それもアイリ様では仕方のない話だが、元々が飛び抜けて有能な方だけに、普段の素行が余計に目につくのは分かる。
 ここの秘書達は慣れているとはいえ、並の人物ならアイリ様の秘書など務まらない。凡人には天才の考えている事は分からない、というが、あの方は、その天才の中でも更に斜め上に飛び越えたような方だ。常人には理解しがたい行動も、銀河アカデミーの理事、現アカデミー最高の哲学士様には日常的な事だった。
 今回のお見合いも、深い考えがあって言いだした事ではなく、大方かすみさんへの意趣返しと、気に入っている太老くんを抱き込みたい、という単純な考えから思いつきで始めた事に違いない。
 思い立ったら即行動、実にアイリ様らしい行動パターンだ。

「本当に、アイリ様にお伝えしなくてよろしいのですか?」
「念のためですよ。軍の合同演習もありますし、ここの防衛力を下げる訳にはいかないでしょう?」
「それはそうですが……」
「それに、お見合いの邪魔をされたらアイリ様の事ですから、どんな仕返しや嫌がらせを考えてくるか」
「うっ、確かに……それは嫌ですね」

 外周リングの周辺には、九羅密家の私設軍が防衛のために配備されていた。
 元々、外周警備には、銀河軍が割り当てられているのだが、今回は樹雷軍との合同演習という事で、軍はそちらに主戦力を割いている。しかし、演習を理由にアカデミーの防衛力を低下させる訳にはいかない。
 アカデミーには、そこに集まる圧倒的な技術力や優れた人材を巡って、それを合法的にまたは非合法に得ようとする者達が、集蛾灯に引き寄せられる虫のように集まってくる。だからこそ、アカデミーの防衛機構は重要な役割を担っていた。
 今回、九羅密家の私設軍を動かしたのは、軍が抜けた防衛の穴を埋める事が目的。そう、表向きは――
 だが、実際にはノイケさんから聞いた話と、瀬戸様の話から必要と判断した対策だった。彼が噂通りの人物なら、この用意は決して無駄にはならないはずだ。

(さて、どんな舞台を見せてくれるのかしら)

 年甲斐もなく、遠足を前日に控えた子供のように胸が踊るのを感じる。
 色々と理由をつけてはいても、私も瀬戸様同様、これから起こる事を見物するのが楽しみで仕方がなかった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第39話『母と息子』
作者 193






【Side:太老】

 十万人以上収容が可能だという巨大な結婚式場も完備している、アカデミーでも一、二を争う豪華絢爛な超一流ホテル。
 その最上階にある高級レストランで始まった俺と水穂のお見合いは、両家の母親(アイリとかすみ)を交え、予定通りに始まった。
 想像していたのと違い、極普通のお見合いで拍子抜けしたくらいだ。形式張った自己紹介から始まり、質問や軽い談話を経て、終始和やかな雰囲気のまま何事もなく終わるかに思えた。

「ウェディング体験なんて……まだ、若い二人には早いと思うのですけど。アイリ様」
「そんな事ないわよ。何事も経験と言うでしょう? それに、うちの水穂は(七百歳を越してる)立派な大人よ。かすみさん」
「うちの太老は、まだ十五歳です」
「地球では、もうとっくに元服≠迎えている歳と記憶してるけど?」
「いつの時代の話ですか? 埃被った化石のような価値観を勝手に押しつけないでください」
「それを言うなら、ここは宇宙よ? 古臭い価値観で判断してるのは、かすみさんの方でしょう?」

 一転して、当事者の二人を置き去りにしたまま、両家の母親同士が凄く険悪なムードになっていた。
 うちの母親とアイリが、こんなに仲が悪かったとは知らなかった。てっきり、お見合いという話になるくらいだし、アカデミー出身者同士、仲が良いとは言わないまでも、極普通に付き合いがあるものだと考えていたので、これは嬉しくない誤算だ。
 確かに、ウェディング体験なんて恥ずかしい真似は出来ればしたくないが、所詮は予行演習だ。子供のおままごとの延長と考えれば、目くじらを立てるような話でもない。
 断るのは簡単だが、アイリの性格からして一度口にした事を簡単に諦めるとは思えない。

(水穂さんも、どうして良いか困ってるみたいだしな……)

 ここは男として、俺が折れるべきだろう、と考えた。
 第一、このお見合いの裏には鬼姫が居る事を忘れてはいけない。逆らえば逆らうほど喜ぶような人物だ。
 下手に逆らわず、その程度で済むのなら、さっさと終わらせてしまった方が良いに決まっている。

「母さん、ウェディング体験をやろうと思う」
「太老!?」
「そういうのは当人同士の問題だし、親同士がいがみ合うのって違うと思うんだ。それに俺も、水穂さんのウェディングドレス姿を見てみたいから」
「太老くん……」

 幾ら貸し切りとは言っても、こんなところで大騒ぎをしたらホテルにも迷惑だ。もう少し、大人として自重して欲しい。
 アイリだけならまだしも、母さんまで一緒になって騒ぎ出すなんて、とんでもない話だ。
 アイリは良いのかって? 俺は無駄な事はしない主義だ。
 あの手の人物に、何を言っても無駄な事くらい、とうの昔に理解していた。

【Side out】





【Side:水穂】

 冗談のつもりだったのだが、本当に太老くんとウェディング体験が出来るとは思ってもいなかった。
 私のために、かすみさんと喧嘩をしてまで言ってくれた母さんには、感謝しないといけないだろう。でも、かすみさんには少し悪い事をした。
 最終的には太老くんの一声で認めてくれたとは言っても、彼の事を溺愛しているかすみさんからすれば、余り気の良い話ではないはずだ。

「うん、やっぱり素材が良いから、よく似合うわね」
「あの……かすみさん? 私と太老くんのウェディング体験に反対されていたのでは、なかったのですか?」

 しかし、よく分からないのが、あんな事があった後だというのに、先程の件を気にしている様子もなく、ウェディングドレスの試着に付き合ってくれている、かすみさんの行動だった。
 母さんが太老くんの方に行ってしまった、というのに、こっちに居て本当にいいのだろうか?
 かすみさんの行動の意図が今一つよく分からない。

「反対はしていたけど、あの子が望んだ事だし、それを叶えてあげるのが母親の役目でしょう?」
「ですが……」
「何か勘違いしているようですけど、別に水穂様の事が嫌いで、反対していた訳ではありませんよ?」
「それでは……どうして?」
「アイリ様と瀬戸様が、あの子の意思を無視して、こんな強行に及んだからです。天女ちゃんも、悪い娘で無い事は理解していますが、彼女の行動は太老の意思を尊重したモノではありませんから。あの強引なところが無ければ、私も何も言わないんですけどね」

 そういう、かすみさんの苦笑は、確かに息子を大切に想う母親のモノだった。
 だからこそ分かる。こうして、私に付き合ってくださっているのも、私のためではなく全ては太老くんのためだという事が。
 太老くんが自分の意思で、私とウェディング体験をしたい、と望んだ。かすみさんにとっては、それが一番大切な事だったのだ。

「かすみさん……一つだけ、お訊きしてもいいですか?」
「はい?」
「太老くんの事です」

 私はかすみさんに、アカデミーに来るまでに起こった出来事を、包み隠さず正直に全て話した。
 どんな理由があっても、太老くんを危険に晒し、彼の心を傷つけた事に変わりはない。
 もう少しスマートなやり方があったかもしれない。でも、瀬戸様や兼光小父様の計画を知りながら、それを見過ごした私も同罪だ。その事で、かすみさんに責められる覚悟はしていた。
 それでも、瀬戸様にお訊きした疑問。太老くんの事を、今以上に知りたかったからだ。

「申し訳ありません……でも、私は」
「謝る事はありませんよ。それを承知の上で、鷲羽様や瀬戸様に太老をお預けしているのですから」
「かすみさんは、それでよろしいのですか?」
「あの子を産んだ時に、既に覚悟をしていました。あの子は、何もかもが他の子供達と最初から違い過ぎていましたから」
「でも……彼はその所為で、普通の子供らしい生活を送る事が出来なかったのでは?」
「それは確かにそうですが、鷲羽様や瀬戸様が居なかったら、あの子は今よりもずっと辛い目に遭っていたかもしれない」

 そう言葉を漏らす、かすみさんの表情はどこか悲しげだった。
 鷲羽様や瀬戸様が、色々と太老くんに試練を与えながらも、自分達の庇護下に置いて見守っている事は私も気付いていた。
 もし、お二人がいなかったら、太老くんの未来はどうなっていたか?
 地球は、辺境の惑星とはいっても、彼の能力から考えて平穏無事に過ごせるとは思えない。それに、敵は海賊だけとは限らない。大きすぎる力は禍を呼ぶ。彼の力を狙う者、危険に思う者は少なくはないだろう。
 鷲羽様や瀬戸様の考えの中には、そうした者達から彼を守ろうとする意思も感じられた。少なくとも、この十五年。彼は、命を落とすような危険に晒される事もなく、地球で平和に暮らす事が出来た。
 特殊な力、大きな力を持った子供は狙われやすい。ましてや、どれだけ隠そうとしても、『正木の麒麟児』と呼ばれる彼の力は隠しきれるモノではない。
 彼に敵対しようとする者、彼の力や命を狙う者達から、これまでずっと彼の存在を隠し通し、守ってきたのは鷲羽様の力だ。そして、今はそれを瀬戸様が受け継いでいる。かすみさんの仰っている事は、そういう事だった。
 そしてそれは同時に、彼は生まれながらにして裏の世界に生きる事を宿命付けられていた、という証明でもあった。

「先程は、太老の意思を無視した強引なやり方が気に食わない、と言いましたが、最初にそれをしたのは私ですから」
「でも、それは太老くんの事を思って……」
「それでも、私があの子の意思を無視して、鷲羽様にお任せした事実は変わりません。でも、あの子はそうと知りながらも、私の事を『母さん』と呼んでくれました。鷲羽様に預け、何ヶ月も顔を合わさない事があっても、ずっと私の事を『母さん』と呼び続けてくれたんです」
「かすみさん……」
「太老の事ですが、普通に接してやってください。何も特別扱いせず、極普通にあの子の望むように接してくだされば、それ以上は何も望みません」

 かすみさんの言葉が胸に突き刺さった。私は、心のどこかで彼の事を可哀想な子だと思っていたからだ。
 しかし、かすみさんも、太老くんも、そんな事を望んではいなかった。
 きっと彼は、誰よりも平穏な日常、普通である事に憧れを抱いていたはずだ。かすみさんの言葉の節々にも、出来る事なら普通の親子でありたかった、という想いが見え隠れしていた。
 親と離れて暮らし、幼い頃から厳しい試練を課せられてきたにも拘わらず、彼はそれを誰の所為にもせず、自分の力と意思で乗り越えてきた。
 どんな事があろうと、かすみさんの事を『母さん』と呼び続けた太老くん。その言葉の裏には、親子の会話には、どれだけの想いが込められていたのか、私には想像する事も出来ない。
 私は未だ何一つ、太老くんの事を理解出来ていなかった。彼が、どんな想いで今の力を身に付け、これまでの道筋を歩んできたかを――

 十五歳とは思えないほど大人びている? 高い精神力を持っている?

 それは当然の事だ。そうしなければ、彼は誰よりも早く大人にならなければ、生きてはいけなかったのだから……。
 いや、本当はかすみさんに心配を掛けたくない一心で、強くなったのかもしれない。それなのに、私は――

「すみません! 私の考えが足りていませんでした」
「お気になさらないでください。それに私も、母親としては余りよい母親ではなかったと思います。それでも、あの子の母親である事に変わりはない。それは、これからもずっと……あの子が望む望まないに拘わらず、私はずっとあの子の味方ですから。水穂様も、あの子の事を心配して、仰ってくださっているのでしょう?」
「はい……」
「それだけ聞ければ十分です。太老の事、よろしくお願いします」

 かすみさんに託された言葉と想い。その重さを噛み締めながら、私は深く頭を下げた。
 太老くんやかすみさんの境遇に同情したからではない。私は私の意思で、太老くんのために何かをしたい、と考えていた。

『水穂、かすみさん、大変よ!』
「アイリ様? どうかされたのですか?」
『天女ちゃんが新郎≠攫って、どこかに行っちゃった!』

 母さんからの通信で、ポカンと呆気に取られる私。
 かすみさんは何かを知っているのか、冷や汗を流しながら『まさか……』と一言漏らしていた。

「天女ちゃんも今日の事を知ってたんですよね。太老が本気で嫌がってたら、二人でお見合いを潰す予定だったのですけど……天女ちゃん、私とは違う危ない計画を企ててみたいで、面倒な事になりそうだったから気絶させてオフィスに閉じ込めてきたのだけど……」
「それって、まさか……」
「余計に彼女の行動に火を付けちゃったみたいですね」

 舌を出して『油断したわ』と可愛くいう、かすみさんに、私と母さんは『はあ……』と深く溜め息を吐いた。
 いざという時の天女ちゃんの行動力は、バカに出来たモノではない。母さんの孫であり、あの清音の娘だ。
 しかも、そこに太老くんが巻き込まれているとなると……正直、かなり嫌な予感しかしなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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