【Side:琥雪】

 正木太老様――林檎様の言うとおり不思議な魅力を持った方だった。
 才能に満ち溢れ、それを生かす実力を兼ね備えている事は勿論だが、一番は何と言っても人々の心を惹きつけるあの人柄と魅力だろう。
 水穂様、林檎様、桜花様、天女様、何れも樹雷に名を連ねる有能な方達ばかり。他にも船穂様や美沙樹様……そしてあの瀬戸様にまで気に入られている、と言うのだから誰もが太老様の力を認めざる得ない。
 あの方達は身内だからと言って贔屓をするような方々ではない。それだけの実力と魅力を太老様が兼ね備えているのは確かだった。

 事実、樹雷の闘士達の間でも太老様の評判は良かった。
 瀬戸様が目を掛けておられるというのも理由の一つにあるのだろうが、あの歳で聖衛艦隊の闘士に打ち勝つ実力。それは誰もが認めるところだ。
 樹雷では強さだけではなく一芸であったとしても、他者よりも秀でた能力を持つ者が尊敬され優遇される傾向にある。
 そして太老様は、それだけ大勢の人達に尊敬されるだけの実力を有していた。
 純粋な強さだけでなく、万人に好まれる人柄の良さに、哲学士として活躍出来るほどの知識と知略。理由を挙げればきりがない。

「琥雪様。さっきから何を真剣に見ておいでなのですか?」
「あ……えっと……」

 後から部下に声を掛けられ、思わず手に持っていたフォログラム写真を手の後に隠してしまう。
 それは先日アイリ様の別荘で宴を催した際、皆で一緒にとった集合写真だった。
 別に見られたところで問題のない写真と言ってしまえばそれまでなのだが、太老様の事を考えながらだったために不意を突かれて少し恥ずかしかった事もあり、咄嗟にこんな行動を取ってしまった。
 今の私はきっと頬を赤く染めてしまっている事だろう。そう思うと余計に胸がドキドキと弾む。

(恥ずかしく……太老様の事を考えると?)
「あの……琥雪様?」

 そこで私は初めて、自分が胸の内に抱いている感情を自覚した。
 林檎様達ばかりではない。いつの間にか自分自身が太老様に強く惹かれていた事に――

「そ、それよりも……太老様に注文頂いた品物の手配は済みましたか?」
「はい。今朝、特別転送便を使って発送しました」
「そ、そうですか」
「やはりご気分が優れないのではありませんか? 無理をせず、お休みに成られた方が」
「大丈夫です。問題ありません……ちょっと驚いただけで」
「……? まあ、それならいいのですが、ここに書類を置いておきますね」

 不思議そうに首を傾げ、手に持ってきたファイルを机の上に置いて立ち去って行く部下の背中を見送った。

 ――不審に思われただろうか?

 でも、こんな事を打ち明ける事なんて出来るはずもない。
 幾ら力があり大人びているとは言っても、若干十五歳の少年に惹かれているなどと――

「はあ……」

 しかし自覚した途端、太老様にお会いしたい。この気持ちが本物かどうかを確かめたい、という気持ちが強くなっていった。
 こんな感情を抱くのは何百年振りの事か。水穂様の事を余り言えず、仕事一筋できた所為か忘れていた感情が呼び起こされた。
 とは言っても林檎様達の気持ちを知っている以上、後から割って入るのは正直気が引けるのは確かだ。
 それに自分の感情を優先して、太老様にご迷惑をお掛けするような真似だけはしたくない。

「え? これは……」

 考え事をしながらファイルの中身を確認していると、中に挟まっていた商品の納品リストが目に付いた。
 それは太老様にご注文頂いた皇玉のアクセサリーの納品リストだ。
 しかしそこに書かれている物は、発注した装飾や加工と違う物が記載されていた。
 もう片方の書類には番号違いの注文リストの中に、ブライダル用の婚約指輪などを記したリストがある。

「……注文書を取り違えた?」

 本来ならあってはならないミス。普段なら決してしないミスが起こっていた。
 だとすれば送られた商品というのは――

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第45話『プレゼント』
作者 193






【Side:水穂】

 水鏡と第七聖衛艦隊は今、アカデミーを出発して樹雷へと向かっていた。
 守蛇怪の受領が上手く行かなかった事は残念だが、それよりも今は皇族関係者の中にスパイが居るという話の方が重要だ。
 第四世代とはいえ皇家の樹が外部に漏れた事が問題で、しかもコアユニットを製造する事が出来るという事は皇家の樹を管理・育成する事も可能だという事だ。
 事が皇家の樹ともなれば樹雷の優位性を失いかねない重要な問題。まずはその原因を究明し、対策を施す事が急務とされた。

『瀬戸様からも事情をお伺いしていますし、そちらの件はお任せください』
「よろしくお願いします。でも、だとすると先日の侵入者騒ぎも……」
『今回の件と繋がっている可能性はありますね。太老様の事を快く思っていない者達の犯行と考えていましたが、そう単純でもないようです。事実、こちらに全く尻尾を掴ませないのですから』
「そうよね。どうやって侵入したのかも分からないままだし……」

 樹雷に居る林檎ちゃんと、皇家の樹の件を踏まえて通信でこれからの相談をしていた。
 皇家の樹が外部に漏れ出たという事は、そこに何らかの取り引きがあったはず。不審な資金の流れや物の動きがあれば経理部の方で調査をすれば何か出て来るはず、と考えたからだ。こうした調査は情報部よりも経理部にお願いした方が早い。
 それに先日の侵入者騒ぎの件もある。あれも未だ犯人の特定には至っておらず、どうやって厳重な警戒網から逃れて神木家の別宅に侵入したのかさえ何も分かっていなかった。
 唯一分かっている事があるとすれば、それは間違いなく内部犯の仕業であるという事だ。
 そして今回の件で、樹雷皇族の関係者が事件に関与している疑惑が浮上した。
 タイミング的に考えても、先日の事件と切り離して考えるのは不自然。何らかの関係があると考えるのが自然だった。

『ご無事だったからいいようなものの……太老様に危害を加えようとするなんて許せません』

 守蛇怪が水鏡と聖衛艦隊を庇って撃沈した事は林檎ちゃんの耳にも当然入っていた。
 侵入者の件もそうだが、太老くんに好意を持っている林檎ちゃんが、そんな話を聞かされて黙っていられるはずもない。
 いつにも増して気合いの入った様子が、こうして通信越しにも窺える。今の林檎ちゃんなら、例え銀河の果てに犯人が逃げようとも追い詰めかねない迫力があった。

『あっ、そういえば水穂さん。太老様からのプレゼントですが、そちらにも届きましたか?』
「琥雪さんの店のアクセサリーの事?」
『はい』
「えっと、届くには届いたのだけど……」

 私の手元に届いたのは皇玉をあしらった指輪だった。
 てっきりブローチやペンダントのようなアクセサリーが届く物とばかりに思っていただけに、これは余りに予想外だったと言わざるを得ない。
 太老くんから少し距離を置こう、と考えていた矢先にこれだ。
 嬉しい事に変わりはないのだが、正直どう反応していいか迷っていた。

『その様子だと水穂さんのところに届いたのも指輪だったのですね』
「林檎ちゃんのところにも……?」
『はい』

 そう言って左手の薬指に嵌めた指輪を嬉しそうに見せてくれる林檎ちゃん。
 しかし――

『右手には穂野火ちゃんの指輪が嵌ってて……それであの……これは左手の薬指にしっくりくるように作られてましたから』

 俯きがちに顔を真っ赤にして、そう話す林檎ちゃんが可愛らしかった。
 琥雪さんのところには私達の顧客データがあり、そこには勿論、指のサイズを始めとする身体データも収められている。
 だから指輪を嵌めてみれば、それがどの指に合うように作られた物か直ぐに分かるのだが、林檎ちゃんの言うとおりにこの指輪は左手の薬指にピッタリ合うように作られていた。
 男性から左手の薬指に合う指輪を贈られた。それは額面通りに意味を受け取れば、その通りなのだが――

(太老くんに確認した方がいいのかしら? でも、面と向かって聞き難い話題よね……)

 太老くんに指輪の意味を尋ねるところを想像して、私も恥ずかしくなった。
 傍目から見れば、告白の返事をしているような光景だ。

「でも、何かの間違いかも知れないし……琥雪さんに一度訊いてみた方が――」
『琥雪さんはあの仕事に誇りを持っていらっしゃいますし、顧客情報なんて教えてくれないと思いますけど……』
「そうよね……だとすると太老くんに訊いてみるしかないか」

 林檎ちゃんの言うとおり、琥雪さんに訊いたところで満足な答えが得られるとは思えない。

『それに、これが何かの間違いでも私は構いません』
「林檎ちゃん?」
『この指輪がいつか本当になるように、太老様に認めて頂けるように努力をすれば良いだけの事ですから』

 太老くんから距離を取る事を決めた私と違い、何処までも前向きな林檎ちゃんの言葉に心が揺り動かされた。
 私は自分の決断が間違っていたとは思っていない。しかし、林檎ちゃんの想いも否定する事は出来ない。

『最初は恩返しのつもりでした。でも一緒に生活をして太老様と触れ合っていく内に、その気持ちは段々と膨れ上がって……守蛇怪の一報を聞いた時に気付いたんです。やはり私は太老様の事を愛しているのだと――』

 林檎ちゃんの告白は太老くんの事が好き≠ニいう想いで溢れていた。
 天女ちゃんも多少強引なところがあるが、太老くんの事を思っての行動に違いはなく、そこはかすみさんも認めていた通りだ。
 確かに瀬戸様に言われたとおり、私は不器用なのかも知れない――とそんな彼女達を見ると思う。

 ――私も、彼女達のように素直になれる日が来るのだろうか?

 彼に否定される事よりも、彼に拒絶され必要とされなくなる、今の関係を崩してしまうのが怖い。
 太老くんの本心を知りたい。そう思いながらも、それを訊く事を恐れている私が居た。

【Side out】





【Side:太老】

 俺は危機的状況に陥っていた。

「桜花様、少しだけ太老様を貸して頂けませんか?」
「ダメ! 凄く嫌な予感がするんだもん! お兄ちゃんは桜花のなんだから!」

 俺が桜花の物に成った、というのは初耳だが……そんな俺を庇って、女官達の前に立ち塞がる桜花。
 何故こんな事になっているかというと、琥雪に注文していたアクセサリーと皆へのお土産が届いたからだ。
 水穂達には皇玉をあしらったアクセサリーを贈り、その他の仕事でお世話になっている人達には全員同じデザインのイヤリング(琥雪の店でおまけ≠ノつけて貰った安物)を贈ったのだが、その御礼にと水鏡で働く女官達が俺のオフィスに押し寄せてきたのだ。
 そこで丁度同じようにアクセサリーの御礼を言いにきた桜花とバッタリ顔を合わせ、こんな騒動へと発展していた。

「あの皆さん……出来るだけ仲良く……出来ませんよね」

 即座に諦めた。まるで猛獣の檻に足を突っ込むような、立ち入ってはいけない空気を察知したからだ。

(ダメだな。暫く身を隠した方が良さそうだ……)

 船穂と龍皇を連れ、今も威嚇し合っている桜花と女官達に気付かれないように死角に逃げ、素早く窓から外に退避する。
 まさかプレゼントをしただけで、こんな騒ぎになるとは思ってもいなかった。
 しかし、こうなってしまっては仕方がない。ほとぼりが冷めるまで、どこかに身を隠すのが適当だろうと考えた。

「はあ……女心ってのはよく分からん」

 全員同じ物にしなかったのが、まずかったのだろうか?
 あちらを立てればこちらが立たず。本当に人間関係とは難しいものだと痛感した。

「太老ちゃん、コソコソとどこに行くのかしら?」
「お――瀬戸様!?」
「お?」
「驚いたな、ってそれだけです! な、何でもないです!」

 危なかった。気配もなく背中から急に抱きしめられ、『鬼姫』とうっかり口を滑らせるところだった。
 ここは情報部の居住区だ。ブリッジにも居ないで、こんなところで何をしているのか?

「な、何でこんなところに?」
「これの御礼を言いにきたのよ」

 そう言って、銀色のチェーンの先に付けられた皇玉の指輪を俺に見せる鬼姫。

(あれ? 指輪だったっけ?)

 実際には良く覚えていなかった。
 全員分の顧客ファイルがあるとかで、個人個人の趣向に合わせて琥雪が手配してくれるというので殆ど任せきりだったからだ。
 興味も縁もないアクセサリーの説明を受けながら、かなり適当に決めたので誰に何を贈ったとか正直記憶が曖昧だ。
 琥雪の説明って細かく丁寧すぎて、前日のアイリ襲来とその後の宴会の所為で寝不足だった事もあり、半分以上よく分からないままウトウトして聞き逃していた記憶がある。

「気持ちは嬉しいのだけど、私には旦那がいるし。だからこれは大切に取っておく事にするわ」
「えっと……配慮が足りなくてすみませんでした」

 特に意味のある物ではないし指輪くらい普通だと思いたいが、既婚者だし男に指輪を貰って余計な誤解を招いたら大変だ。
 別に琥雪が悪い訳じゃない。よく分からないなど理由をつけて、人任せにしてしまった俺の責任だ。
 ここは鬼姫の言うとおり、俺の配慮が足りなかったと素直に反省した。

「さて、それじゃあ行きましょう」
「え? 行くって何処に?」
「露天風呂よ。指輪の御礼に私が背中を流してあげるわ。嬉しいでしょう?」
「…………」

 有無を言わせぬプレッシャーと危機感を抱かせる笑顔に、ただ首を縦に振るしかなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.