【Side:夕咲】

 装飾品の中でも特に指輪という物は、古来より宗教・国によって特別な意味を持つ事が多く、祭事を始めとする様々な儀式に用いられる事が多い。
 しかし当然ではあるが、この銀河には何百万という数の惑星国家が存在し、そこに住む多種多様な人々が築く独自の伝統や風習が、それこそ銀河に散らばる星の数ほど存在する。地球のように左手の薬指に合う婚約指輪を贈る国もあれば、首飾りやベルトなんて物を結婚などの重要な儀式に用いる風習も存在するくらいだ。
 だから指輪を贈られたからと言って変に意識をする方がおかしいのだが、ここ樹雷ではアカデミー同様に地球に似た文化や風習が受け入れられる傾向にあった。

(確か地球の文化って、左手の薬指に嵌めるのが婚約の証とかだったかしら?)

 その原因は樹雷に限って言えば、地球出身の船穂様の影響が強いと思っていい。
 樹雷は宇宙で一番数多くの人種を抱える多民族国家だ。だからこそ、文化や風習の違いを補うために共通と成る認識が求められる。こうした物は大抵その国の伝統と風習に習った物が多いのだが、樹雷もアカデミーも多民族国家であるが故の問題点も存在し、良い物は良いという考え方でどんどん新しい物を受け入れていく気風があり、そうした物は流行≠ニいった物と大差がない部分があった。
 今日流行っていた物が明日には別の物に変わっている、と言った事も珍しい話ではない。

 ただそんな中でも樹雷では船穂様人気もあって、地球の食べ物を始め文化が幅広く生活の中に浸透している。
 それに前に山田西南様が月で執り行った結婚式。あそこに参列していたのは銀河連盟に名を連ねる著名人ばかりだ。
 そうした事もあって海賊討伐の功労者、GPの英雄『ローレライ西南』の特集番組が組まれ、その中であの結婚式の模様も銀河ネットで中継されていた事もあってか、アカデミーや連盟内の各国の間でも地球式の結婚式は高い人気を博していた。

「あら、夕咲ちゃんも太老ちゃんから同じ物を貰ったのね」
「美沙樹様!? 驚かさないでください。何時いらしたんですか?」
「今日は太老ちゃんが帰ってくるんでしょう? 私もお出迎えしようと思って」

 そう言って右手の薬指に嵌めた指輪を見せびらかすかのように前にかざす美沙樹様。
 あの指輪が届いてから、ずっと溜め息を溢している船穂様とは大違いだった。

「お姉様も太老ちゃんから頂いたんでしょう? おつけにならないのですか?」
「美沙樹殿……それが指輪のサイズが……」
「サイズが合わないのですの?」
「いえ、ピッタリすぎるくらい合うのですが……逆に合いすぎるのが問題というか」
「合うのが問題? ああっ! なるほど。お姉様の気にしすぎですわ。指輪なんて別に特別な意味がなくたって普通にしますわよ」
「そうなのですか?」
「ファッション感覚で身に着けている若者も多いと聞きますわ。太老ちゃんはまだ十五歳なのですから、余り深読みしても意味がありませんわよ」

 美沙樹様の発言とは思えない、まともな答えが飛び出してきただけに私は驚きを隠せなかった。
 いつもの言動や態度からも、もっと突拍子もない事を仰ると思っていたからだ。

「夕咲ちゃん……何か失礼な事を考えてない?」
「い、いえ、そんな事はありませんよ」
「そう? なら、別にいいんだけど……」

 こうした悪口には妙に鋭い御方だ。今後は美沙樹様の居る前では気をつけよう、と思った。

「きっと太老ちゃん、身に着けていない方が気にすると思いますわよ」
「うっ……そうよね。太老殿に悪いし……」

 美沙樹様に勧められて、ずっと睨めっこをしていた指輪を『右手なら大丈夫よね?』と嵌めてみせる船穂様。
 全員に贈っているという事は深い意味など本当にないのだろうが――
 若干三名――思い込みの激しい大きな誤解をする可能性がある人達が居るという事を、私達は失念していた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第46話『樹雷の伝統』
作者 193






【Side:太老】

 アカデミーを出発して海賊に遭遇する事――何と五回。毎度の事ではあるが待ち伏せされているのではないか、と思えるほどの遭遇率だ。
 最初は何も出来なかった海賊との戦いだが、あの後二度の白兵戦を経験する機会があり、実戦にも少し慣れてきた。
 兼光や水穂に比べればまだまだ未熟と言わざるを得ないが、少しは軍人らしく振る舞えるようになっただろうか?
 命を奪う事には抵抗があるし、今も出来る事なら誰も殺さずにいたいという思いはある。
 しかしそれは可能な力がなければ、ただの世迷い言にしか成らない。未熟である事を自覚している俺に、相手を気遣うほどの余裕が無いのもまた事実だった。

(実戦の度に感じていた不安や震えは無くなってきたけど……)

 今のところ幸いにも、直接この手で人を殺めるような真似をする事にならずに済んでいるが、船を撃沈され脱出できなかった海賊の多くが命を失っているのも事実。水鏡に乗っている以上、その責任は俺にもあり間接的とはいえ人を殺している事に違いはない。
 やらなければやられるのはこちらだ。いつか必要に迫られた時、俺は自分の手を血に染める事が出来るのだろうか?
 不安はあるが、いつかは選択を迫られるであろう現実から目を背けるような真似だけはしたくなかった。
 そう思えるようになったのは水穂のお陰だ。不安な時、迷った時、そんな時にはいつも傍に水穂が居てくれた。
 鬼姫の副官として無理矢理宇宙に連れ出した事に責任を感じて、保護者として気遣ってくれているのだろうが、例えそれが保護者としての立場だとしても俺は嬉しかった。

「太老くんは先に船を降りてくれて構わないわよ。私は瀬戸様のところに寄って行くから」
「分かりました。それじゃあ、先に失礼します」

 重要な話があるのかもしれないし、下手に『待つ』などといえば水穂を急かす事になる。御言葉に甘えて先に船を下りる事にした。
 ようやく樹雷に帰ってきた。一ヶ月ほど留守にしただけの事だが、随分と懐かしく感じる。
 まあ、それだけ樹雷での生活に馴染んできたという事だろう。

「太老ちゃ〜ん!」
「太老殿お帰りなさい」
「美沙樹お姉ちゃん、それに船穂様も……港まで態々出迎えにきてくれたんですか?」

 水鏡を降りると、港で待っていた美沙樹と船穂に温かく出迎えられた。
 態々二人して出迎えにきてくれたのか、と尋ねるとガシッと返事を聞く前に美沙樹に抱きしめられてしまった。
 あちらこちらから女官達の、クスクスと微笑ましい物を見るような笑い声が聞こえてくる。
 まだ他の人達も居るから勘弁して欲しいのだが、こうなると気が済むまで離してくれない事は分かっていた。
 しかし下手に拒絶なんてしたら、後で泣かれて余計に面倒な事になるだけなので好きにやらせて置くしかない。

「太老殿の初任務でしたからね。美沙樹殿も心配しておられたのですよ。勿論、私も――」
「うっ……心配をお掛けしてすみません」
「それで……如何でしたか? 初めての仕事は?」
「色々と失敗もありましたけど、良い経験にはなりました」
「そうですか。それは何よりです」

 結局任務は失敗に終わり、余り自慢できるような内容ではなかったが、良い経験になったというのは本当だ。
 特に海賊との実戦は色々と思うところがあり、軍人であるという事や宇宙に居るという事の意味を強く再確認する事が出来た。
 任務は確かに失敗に終わったかも知れないが、その事を悔やんでいても仕方がない。何事も簡単で楽な方法など無く、一歩ずつではあるが自分の足で前に進んでいく以外に方法はない。確かに少しプレッシャーだし精神的に重い事が続いてはいるが、肉体的には地球に居る頃に比べたら随分とマシだ。
 多分、海賊を恐れずにまともに戦えているのも魎呼や勝仁といった、それ以上に恐ろしい相手を知っているからだと思う。
 あの二人に比べたら、そこらの海賊なんてただの一般人と同じだった。

「お兄ちゃん先に降りるなんて酷……うっ、美沙樹お姉ちゃん」
「桜花ちゃん! 急に居なくなるから心配したのよ!」

 そう言って、今度は桜花に抱きつく美沙樹。
 鬼姫の女官を相手に勇敢に戦った桜花も、美沙樹が相手では弱いようだ。

「太老殿。それで実は――」
『太老どのぉぉ――っ!』

 船穂が何かを言おうとした瞬間。物凄く大きな怒鳴り声がドック内に木霊した。しかも三人分の男性の声だ。
 俺の名前を叫ぶなんて一体何処の誰だろうか?
 声の主を捜して周囲を見渡して見るとドックの入り口に兼光に樹雷皇、それに――

「あら? お父様」
「美沙樹、その男から離れなさい!」
「嫌ですわ。何で、そんな意地悪を仰るのですか?」

 内海(うつつみ)が俺から離れるように、と美沙樹を怒鳴りつけるが、それに反抗するように桜花から手を離し、俺を再び抱きしめる美沙樹。
 しかも俺の頭を手にとって自分の胸に押しつける物だから、服越しにも分かる胸の柔らかさと女性特有の甘い匂いが鼻を刺激する。正直、かなり恥ずかしい体勢だった。

「うぬぬ……正木太老。阿主沙の言っておった通りの男のようじゃの!」
「桜花ばかりか、夕咲にまで手を出すとは!」
「船穂だけでなく美沙樹にまで……もはや勘弁がならん!」

 さっぱり何を言っているのか意味が分からなかった。
 突然現れて、この三人は何を怒ってるんだ?

「ごめんなさい、太老くん。これ≠フ事をあの人に知られちゃって」

 音もなくどこからともなく現れたかと思うと、右手の薬指に嵌めた指輪を俺に見せてペロッと舌を出す夕咲。
 指輪というと、もしかして鬼姫に贈ったのと同じ奴だろうか?
 もしやと思って船穂と美沙樹の指を見てみると、そこには皇玉の指輪が収まっていた。
 そういえば桜花も同じ指輪を身に着けていたし、そう考えると全員に同じ指輪が行き渡っていると考えた方が良さそうだ。
 それを夕咲が兼光に知られて、兼光が怒っているという事は……うん、間違いなく誤解をしているな。

「あの三人とも何か誤解しているみたいですけど――」
「さあ、パパのところに来るんだ! 桜花」
「いや! お兄ちゃんの事を悪く言うパパなんて大嫌い! 桜花はもう子供じゃないんだから、お兄ちゃんに婚約指輪≠セって貰ったんだもん!」

 いや、あの桜花さん? ここでそんな誤解を招くような事を言われても――
 まさに売り言葉に買い言葉。兼光の言葉に逆上した桜花が爆弾発言を投下した事により、状況は益々混沌を極めていた。
 今更、『違います』と言っても素直に聞き入れてもらえそうな雰囲気ではない。

「では、ここは樹雷の人間らしく話し合いで決着がつかないのであれば決闘をなさい」
『――!?』

 鬼姫がいつの間にか俺達の間に割って入っていた。
 しかも何だか物凄く良い笑みを浮かべて――

「兼光、桜花ちゃんを取られたのが気に入らないのは分かるけど、その事で太老ちゃんに当たってはダメよ? 桜花ちゃんが認めた相手なんだから少しは認めてあげないと。それにそんなに納得が行かないのであれば、遠回しに色々と探りを入れるのではなく実際に試してみればいいじゃない」
「瀬戸様……しかしそれは……」
「次に阿主沙ちゃん。林檎との件は聞いてるわよ? 何か訊きたい事や言いたい事があるなら本人に訊けばいいじゃない。裏でコソコソとしてるから船穂殿や美沙樹に愛想を尽かされるのよ?」
「ぐっ……だが、それは最初に船穂が……」
「最後にあなた。指輪一つくらいでなんですか? そんなにあなたは私と美沙樹が信用ならないと? 周囲の話を鵜呑みにして、こんなところまで乗り込んで子供を怒鳴りつけて、恥ずかしいとは思わないのですか?」
「うぐぐ……だがな、瀬戸」
「――お黙りなさい! 自分達に非がないというのなら、それを証明なさればよろしいでしょう?」

 納得が行かないのであれば気の済むまで殴り合ってスッキリさせろ、という何とも野蛮で原始的な考え方だ。
 しかし話し合いで決着がつかない以上、樹雷ではそれが極当たり前。海賊を成り立ちとする樹雷では、こうした揉め事は当人同士が気の済むまでやり合う事で決着をつけるのが常識とされ、酒の席の喧嘩は勿論、そこに権力や身分を持ち出すような愚か者はバカにされる。
 正論を言っているようだが、ようは気に入らないのであれば力尽くで証明して見せろ、と言っているに他ならなかった。

【Side out】





【Side:瀬戸】

 一週間後、宴を催す席で酒に交えて四人の決闘を行う事が決まった。
 何だか変な具合に拗れてしまったようだが、こういうのは話し合いをしたところで頭に血が上っている内は解決するモノではない。
 鷲羽殿とグルになって阿主沙殿の件は面白がって放置していた責任もあるので、ここらで間を取り持ってさっさと決着をつけてもらおうという狙いもあった。
 樹雷の闘士であれば中途半端な言葉よりも、実際に拳を交えてみれば何が正しく間違っているのか自ずと分かるはずだ。
 特にあの三人のように単純であれば尚更、下手な話し合いで更に状況を拗れさせるよりはその方が確実だろう。

「瀬戸様……幾ら何でも三対一では太老くんが可哀想だと思うのですが」
「別に全員同時に戦うって訳じゃないし太老なら大丈夫でしょ。それに助太刀を許してしまうと、我先にと皆が手を挙げてしまうでしょう?」
「それはまあ……」

 水穂の言う事にも一理あるが、幾ら頭に血が上っていても全員で一斉に掛かるなんて卑怯な真似を、あの三人が出来るはずもない。
 代表者を一人決めて――という線で大方落ち着くはずだ。
 それに助っ人を許してしまえば、水穂は勿論、あそこにいる全員が手を挙げかねなかった。
 そうなってしまえば余計に話が拗れるだけだ。だからこそ、ここは男同士で決着をつけさせた方が良いと考えていた。

「ですが、樹雷皇に兼光小父様、それに内海様が相手では一対一でも分が悪いように思えますが……」
「別に無理に勝つ必要はないでしょう? あの三人だって加減くらいは出来るわよ。今回は太老の実力さえ示せればいいのだから」
「それはそうですが……」
「心配しなくても大丈夫よ。それに、もしかしたらもしかするかも知れないわよ?」
「瀬戸様は太老くんが勝つと?」
「条件次第では、ね」

 これが太老の能力を知る、良い切っ掛けになると私は考えていた。
 それにもう一つ、決闘に乗じて宴を催す意味があった。
 ここで直ぐに行わず、一週間後などに日時を指定したのもそのためだ。

「水穂、分かってるわね」
「はい。関係者には全員招待状を手配済みです。林檎ちゃんに調べて貰っていたデータで、ある程度の目星はつけていますから――」
「結構。では、大掃除といきましょうか」

 扇子をパチンと鳴らし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。それは宣戦布告の合図でもあった。
 皇家の樹の件、守蛇怪を失った代金をきっちりと取り立てなくては気が済まない。
 私を欺いてくれた礼は、たっぷりと返させて貰うつもりでいた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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