【Side:水穂】

「クリスマス? それって地球の?」
「はい。水穂さんなら地球の文化にも詳しいと思いまして」

 林檎ちゃんに手渡されたリストに目を通すと、そこには確かに地球のクリスマスでは定番となっている飾り付けや料理、衣装についてなど事細かに記されていた。
 幾ら樹雷の直轄地とはいっても辺境の惑星である地球の文化を、林檎ちゃんが詳しく知っているはずもない。
 しかしリストに記されている指示の細かさからも、明らかに地球の事に詳しい人物の仕業だ。

「これなら直ぐに用意できるけど……この指示の細かさから見て、太老くんね?」
「はい。無理なら地球に連絡して手配するような事を仰っていましたが」

 地球に直接連絡を入れると余計な物までついてきそうではある。太老くんも恐らくはそこを憂慮したのだろう。
 しかし何故、この時期にクリスマスなのか?

「孤児院の子供達と約束をされたらしくて」
「ああ……それだけで何となく事情が呑み込めたわ」

 実に太老くんらしい理由だった。突然何を思い立ったかと思えば、やはり子供達絡みな辺りが本当に太老くんらしい。
 孤児院の子供達へのサプライズでもあるのだろうが、あの事件で知り合った少女の件も関係しているのだろう。
 太老くんが色々と、あの少女の事を気に掛けているのを私は知っていた。そして船穂様が心配をなされていた事も聞き知っている。

「あら、面白そうじゃない」
『瀬戸様!?』

 いつの間に部屋に入ってきたのか? 相変わらず、楽しい事や面白い事を嗅ぎつける嗅覚は大したものだった。
 水鏡の中だから何処にいても瀬戸様の自由と言えばそれまでだが、仮にも私の執務室に立ち入る時くらい一声掛けて欲しい。
 気配も無く背後から声を掛けられたものだから、心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
 本来この部屋は第三者が勝手に入ってこられないように厳重なセキュリティが敷かれているが、それも水鏡のシステムを介した物なのでマスターである瀬戸様には効果がない。やはりプライバシー保護のため、鷲羽様にお願いして独立したセキュリティシステムを構築して置くべきか、と真剣に考えさせられたくらいだ。

「折角だから、今度の宴のテーマはこれにしましょう」
「……今から変更なさるおつもりですか? もう余り時間がありませんよ?」
「それを何とかするのが、あなた達の仕事でしょう? それに太老ちゃんの頼みと子供達の期待を裏切れるのかしら?」

 私達の一番痛いところを的確についてくる嫌な攻撃。
 こう言われて林檎ちゃんが断れるはずもなく、林檎ちゃん一人に押しつける事が出来ない以上、私も協力せざるを得なくなる。
 瀬戸様に嗅ぎつけられた時点で不運だったと諦める他無かった。

「期待してるわよ。水穂ちゃん、林檎ちゃん」

 私と林檎ちゃんは二人して大きな溜め息を溢した。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第48話『宴の準備』
作者 193






【Side:太老】

 地球式のクリスマスパーティーを催すにしても、こちらでは手に入らない必要な物が沢山ある。それを確保するために林檎に協力して貰う事になった。
 足りない物は地球に連絡をして送ってもらう手もあるが、かなり余計なオマケがついてきそうなので出来る事なら最後の手段にしたい。
 で、俺が今何をしているかというと――

「ううん……全然良い案が思いつかない」

 船穂が代表を務めるという新しい財団の名前を俺が決める事になった。
 例の皇家の樹の実がその資金源の一つとなっているらしく、どうしても俺に名前を決めて欲しい、との事で林檎に頼まれてしまったからだ。
 林檎には普段から色々とお世話になっているし、船穂も『太老殿がお決めになってください』と言うものだから断れなかった。
 しかしこれは責任重大だ。この財団は孤児院の子供達を支援する事を基本としながらも、広義的には家庭の事情など経済的理由から学校に行けない、満足な教育を受けられないでいる子供達を支援するための団体として設立される。
 国の支援が追いついていない、行き届いていない部分をカバーするのが狙いとの事だ。
 活動地域は現在のところ樹雷・連合勢力圏に限られるとの事だが、それでも銀河最大の軍事国家というだけあって樹雷はかなり広い勢力圏を有している。そこに住む子供達を対象に援助を行うだけでも大変な労力と資金が必要なはずだ。

「船穂様も当然出資者の一人なんだろうけど、大口の支援者でもついたのかな?」

 運営資金の心配など俺がしても仕方の無い事だが、子供達のためになるというのなら出来る限りの協力を惜しまないつもりだ。
 少なくとも船穂や林檎には恩があるし、孤児院の子供達とも顔馴染みだ。
 あんな子供達が他にも大勢いると思うと、赤の他人ならまだしも船穂がやっている活動を少しは応援してやりたい。
 そう言う訳で、財団の名前を決めるという重要な使命を任せられ、ここ二日ほどずっと部屋に籠もって頭を悩ませていた。

「お兄ちゃん、ずっと何をやってるの?」
「ああ、林檎さんと船穂様に頼まれてね。新しく設立される財団の名前を考えてたんだ」
「ローム●ェラ財団、ビ●ト財団、バー●ン財団……他のも何だか格好良さげな名前だけど、どういう意味?」
「気にしないでくれ。全部没ネタだから……」

 桜花の読み上げた名前は迷った挙げ句、適当に挙げてみた没ネタだった。
 取り敢えず知ってる財団の名前を片っ端に挙げてみた訳だが、俺が詳しく覚えてるのって本当にネタばかりなんだよな。

「そんなに難しい事かな? いっそ、お兄ちゃんの名前をそのままつけるとか」
「無理です。そんな大それた真似は出来ません……」

 自分の名前を付けるなんて恥ずかしいし、船穂を差し置いてそんな真似が出来るほど剛胆でもない。
 しかし名前か……意外と良い案かもしれない。
 哲学士のパテントを管理する『MMD財団』なんてのもあるが、あれも『みんな無駄遣いしちゃ駄目だぞ』って大抵の人が耳にすればポカンとする名前の略だったはずだ。
 ちなみに俺は別に鷲羽(マッド)から聞いた訳じゃない。これも原作知識からくる賜物だ。
 かなり危険な香りがする内容なので、これまで誰にも話した事はないが……。
 俺だって哲学士の恐ろしさは嫌と言うほど鷲羽(マッド)を相手に骨身にしみている。そんな自殺志願者のような危険な真似は出来ない。

「あれも『SOS団』みたいなノリだよな」
「SOS……団?」
「ああ、頭文字を取った略式の名前でね」
「ふーん、どういう意味なの?」
「……ごめん。それは言っちゃダメなんだ。大人の事情で」

 ある程度方針は決まったとはいっても、俺は根本的にネーミングセンスがない。
 約束の期限は決闘の当日、今から三日後だ。
 手続きの関係で、その日の深夜零時までに登録をしなくてはいけないという話だった。

「まあ、もうちょっと考えてみるよ。そういえば桜花ちゃん。俺に何か用があったんじゃ?」
「あ、ううん。忙しそうだから別にいいよ。船穂と龍皇を連れて外で遊んでくるね」

 桜花の事だ。多分、退屈になって遊びに誘いに来たのだろうが、俺はそれどころではなかった。
 約束の期日まで残り三日。相手をしてやりたいが、今はこちらの方が重要だ。

【Side out】





【Side:林檎】

 水穂さんがパーティーに必要な物の手配を進めてくれるとの事で、私は当日の警備計画や孤児院の子供達を招待するのに必要な手配を担当する事になった。
 あの孤児院の子供達は勿論、船穂様の案で天樹にある他の孤児院の子供達も招待する話になったからだ。
 それに経理部としても今回のパーティー計画は悪い事ばかりではなかった。
 何度も分けて大きな式典を企画すると必要な経費もバカにならないが、太老様が当日までに名称を決めてくださるとの事なので、そこで登録手続きを済ませ財団の設立式を一緒に済ませてしまえば安上がりで済む。しかも子供達を招待するという事は、財団の設立をアピールする上でこれ以上ないくらい効果的な演出になる。
 当日には樹雷皇族やその関係者、樹雷軍・銀河軍の幹部や銀河連盟の重鎮も招待を受けている。上手く行けば支援者を大勢募る事も出来るはずだ。財団の門出としては、これ以上ないくらいのシチュエーションだった。

「林檎様。上手く行けば、かなり費用を浮かせられますね」
「ええ、予定していた財団の設立式の費用が丸々浮くのは大きいですね」
「その分、子供達へのプレゼントを奮発しないといけませんね」

 急な招待ではあったが瀬戸様の名前で招待状をだした事もあって、既に全体の九割以上という大勢の方から『出席』の返答を頂いていた。
 特に先日アカデミーであんな事があった後だ。今回の催しは表向きには先日の樹雷軍と銀河軍の合同演習を労う打ち上げ≠フ意味も込められているので、特に連盟と銀河軍の幹部達は参加しない訳にはいかない内容となっていた。
 一部の者が暴走した結果とはいえ、最悪の場合、樹雷との戦争の引き金になっていたかもしれない大事件だ。
 出来る事なら早い内に関係の修復を計りたい、と考えている方達も多い。
 そう考えているところに瀬戸様からパーティーの招待を受ければ、殆どの方達はこの招待を受けざるを得ない。
 先日のお詫びの意味を込めて、少しでも高価な物を贅沢な品を――と、この機会に瀬戸様や樹雷皇族との接点を求め、お土産の品を持参し集まってくるはず。しかしそれこそが瀬戸様の狙いだった。

「情報部から送られてきた当日の予測データです」
「相変わらず詳細なデータですね。……数名のSランクスパイですか。まあ、ある程度侵入を許すのは仕方がないと考えていますが……」
「ご安心を――既にそちらは指示を伝達済みです。お客様は勿論、子供達の安全を最優先とするように徹底させています」
「結構。太老様に余計な心労をお掛けしたくはありませんからね」

 今回は敢えて門戸を広げる事で、侵入者を呼び込む事を狙いとしていた。
 余計な不安を煽らないために警備は表向き必要最低限に限定しているが、しかしそれは表向きの発表に過ぎない。
 当日給仕に当たる侍従を含め、会場に配置されるのは全て瀬戸様の女官。それに瀬戸様の指示で、大量の『盾』と『剣』も導入される事が決定していた。
 狙いは全て、天樹への侵入を試みる有象無象のスパイ達と、太老様という極上の餌に釣られてやってくる愚か者達を釣り上げるためだ。
 銀河軍は先日の事件で艦隊の大半を失い、既に後がない厳しい状況に立たされている。そんな状況で彼等が頼れる相手、残された手段は限られていた。
 その上、瀬戸様の情報部と美守様の協力であらゆる連絡手段を監視し封殺されている現状では彼等に取れる選択肢は更に少ない。
 こうして動きを狭め、予測経路を割り出しやすくしたところに罠を張って待ち構える。実に瀬戸様らしい計画だった。

(先日の侵入者も含め、太老様に害を成す者達には退場して頂かないと……)

 今回の件に関しては、瀬戸様と私、それに水穂さんの意見は完全に一致している。二度と表舞台に這い上がって来られないように全力で叩き潰すつもりでいた。
 あの守蛇怪が撃沈されたという第一報を受けた時、嘗て無いほどの殺意と怒りが衝動と成って込み上げてきた。
 侵入者の件といい、二度とあんな思いをしたくはない。

「あの林檎様……殺気が漏れているので少し抑えて頂けると嬉しいな、と」

 秘書の言葉にハッと我に返り、自分のしてしまった事にようやく気がついた。
 まだ経理部に所属して日の浅い部下達が、部屋の隅で身を寄せ合い小刻みに震えていた。
 そんなつもりはなかったのだが、自分で思っている以上に感情的になっていたようだ。
 もう少し自制する事を覚えないと――

「ごめんなさい。少し嫌な事を思い出してしまって。あなた達に向けたものじゃないのよ?」

 無言でコクコクと頷く彼女達を見て、本気でもう少し気をつけようと心に決めた。
 仕事柄というのもあるが、私自身こうした恫喝じみた方法は好きではないし出来るだけ使いたくないと思っている。
 だからこそ、普段から怒気や殺気と言った感情を特に抑えるように努力していた。

「えっと……本当に大丈夫?」
「ひぃっ! だ、大丈夫です!」

 一人の女として他人に恐怖され逃げられる≠ニいう状況は、余り嬉しいモノではない。
 私は拗ねた様子で口を尖らせた。そういう態度を取られると、これでも傷つくのだ。

「何も、そんなに怖がらなくたって……」
「自業自得だと思います」

 深く溜め息を吐く。今日ばかりは、秘書の言葉が胸に痛かった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.