「林檎様が告白した!?」
「嘘! 太老様に告白!?」

 大騒ぎになっていた。当然ではあるが、会場にはくまなく女官達の監視の目が光っている。
 しかも、あんなに人通りの多い大通りで告白したのだ。林檎の告白が女官達の耳に入るのも当然の結果だった。
 いつかはこうなる事が分かっていた女官達も多いが、まさかこんなにも早くあんな場所で告白に及ぶなんて誰も予想していなかった。
 それだけに驚きも大きい。太老争奪レースの行方は水穂が優勢と思われていたが、ここでどんでん返しの可能性が出て来たからだ。

「うう……今から林檎様に乗り換えちゃダメだよね?」
「ダメに決まってるじゃない。私は林檎様を信じてたから大丈夫よ」
「そんな事を言って、自分が太老様にアプローチするんだ、って張り切ってたじゃない」
「あなただってイヤリングを頂いた時、ポーッと頬を染めてたの知ってるわよ」

 太老争奪レースの賭けに乗じる者。自ら参戦を密かに狙う者。じっくりと様子を窺い漁夫の利を狙っている者。
 全員が似た者同士だった。こうしたノリの良さ、迷惑な思考回路は、まさに瀬戸の女官というべきものだ。
 その内の何人かはこの機会を利用して、太老との距離を縮めようと考えていただけに林檎の告白を知って焦りを隠せない。

「スパイがまた捕まったみたいよ」
「これで八十人目ね……そうだ!」

 絶え間なく天樹へ侵入してくるスパイ・工作員達は女官達の手で、その殆どが会場に辿り着く事なく捕縛されていた。
 続々と報告が上がってくる侵入者の捕縛報告。そこに目を付けた一人の女官が声を発した。

「侵入者を大勢捕まえたチームが太老様の接待を担当する、って言うのはどう?」
『――!』

 この一人の女官が発した通信内容は、瞬く間に全ての女官達へ送信された。
 捕縛に回っている女官達は全員が情報戦・白兵戦のエキスパートとも言うべき集団だ。
 そして全員が一つ共通の思惑、いや願いを胸の内に抱えていた。

 ――折角作ったサンタクロースの衣装を太老様に見て頂きたい

 本気で太老を狙っている者は全体からすれば一部かも知れないが、チャンスがあればお近づきになりたい、付き合っても良いと考えている女官達は多い。全体の半数。いや七割に上る女性達が虎視眈々とその機会を窺っていた。
 そこに全員の内なる願いを叶える提案が成されれば、結果は容易に想像がつく。
 お祭りの高揚感、開放的な衣装、そしてトドメとばかりに林檎の告白で触発された女官達の行動と決断はとても早かった。
 本人の与り知らぬところで、太老争奪戦のデットヒートが繰り広げられようとしていた。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第52話『兆し』
作者 193






【Side:林檎】

「あの……林檎お姉ちゃん。さっきの告白なんだけど……本気なんだよね?」

 不安と心配の入り交じった表情で、私にそう問い掛けてくる桜花ちゃん。彼女もまた太老様に思いを寄せる一人の女性だ。
 見た目が子供だからといって、それが人を好きになってはいけない理由にならない。彼女の想いもまた純真なモノなのだろう、と私は思う。
 しかし桜花ちゃんの想いを知っていても、私は太老様に自分の想いを知っておいて頂きたかった。

「全部、私の嘘偽りのない素直な気持ちです」
「そっか……」
「ですがご安心ください。太老様を独り占めする気も、無理に結婚して頂くつもりもありませんから」
「お姉ちゃんはそれでいいの? 結局お兄ちゃんの返事も聞かないままだったし」
「まだ、その時ではないと思っただけの事です。でもいつか、その時がきたら……」

 気持ちを知っておいて頂きたかったのは確かだが、その告白を受け入れて頂けるとまでは考えていなかった。
 それに私は、私一人だけが幸せになればよい、という考え方が出来ない。
 桜花ちゃんや水穂さんの気持ちを知っているから、というのもあるが、それ以上にそうした事を一番気に成されるのが太老様だという事に気付いていたからだ。
 いつかは私も太老様の隣に並び立ち、伴侶として傍にお仕えしたいと考えているが、きっとそれは一人では叶わない夢だと思う。

「やっぱり林檎お姉ちゃんらしい……」
「そういう桜花ちゃんは太老様に告白をされないのですか?」
「うーん、かなりストレートにアタックしてるつもりなんだけど、お兄ちゃん『超』がつくほど鈍いから……」
「それは何となく分かります……」
「それに……私には他にも色々とやる事があるし、それを終わらせてからかな。本気でアタックするのは」
「やる事?」

 私が質問を返すと、『それは内緒』と唇に手を当てて意地悪に微笑みながら返事をする桜花ちゃん。
 子供っぽい仕草の中にも、どこか妖艶じみた女の表情がそこには見え隠れしていた。

「でも、あんまり甘やかしたらダメだよ? お兄ちゃんって無自覚に女の人を落としていくんだから」
「太老様は魅力的な男性ですから、女性が惹かれるのも無理の無い事と思うのですが……」
「林檎お姉ちゃんがそんなに包容力豊かだから、お兄ちゃんが余計につけあがるんだよ! そんな事を言ってると、そのうち経理部だけでなく瀬戸様の女官全員がお兄ちゃんの虜にされかねないよ?」
「まさか、そこまではさすがに……」

 無いと言いたかったが、太老様なら少しはありえるかも……と思えるところがあるだけに――
 桜花ちゃんの言葉を全面的に否定する事が出来なかった。

【Side out】





【Side:太老】

「ハハハッ! 我ながら完璧な変装だな!」

 俺は今、サンタクロースの衣装に身を扮していた。
 定番の赤い衣装に真っ赤な帽子、そして白い髭。肩にはプレゼントの詰まった袋を持っている。会場のスタッフは全員クリスマスにちなんだ衣装(女性はミニスカサンタ、男性はトナカイなどの着ぐるみ)に着替えているし木を隠すなら森の中。この姿なら、まず怪しまれない≠ヘずだ。
 林檎の仕事を手伝うと決めた俺は、こうして会場警備を手伝う事になった。主な役目は犯罪者の捕縛だ。
 これだけ大きなお祭りともなれば酔っ払いを始め、会場の高揚感にあてられた連中が些細な事で喧嘩を始めたりと揉め事は絶えない。林檎がああして屋台の見回りを行っていたのもそのためだ。
 さすがに桜花をそんな場所に連れて行くのは危ないので、桜花は林檎に預けてきた。
 少しは林檎も休憩をした方がいい。桜花と屋台見学をしていれば、多少は息抜きになるだろうと考えたからだ。
 そうして代わりに俺が林檎がやる予定だった会場の見回りを担当していると言う訳だ。

「ん? あれは美兎跳さん?」

 会場の一角に美兎跳の姿を発見した。
 何をしているのか? スタッフに混じって掃除をしているようだが……。

「あの美兎跳さん?」
「あらあら、その声は太老さんですか? いつの間にお爺さんになられたんですか?」
「いや、これは付け髭ですから……」

 定番のボケはいいとして、どうやらマナーの成っていない客がポイ捨てたゴミを美兎跳が掃除しているようだった。
 会場スタッフに任せて置けばいいモノを、やはり清掃係の血が騒ぐのだろうか?
 とは言え、ゲストとして招かれている美兎跳一人にやらせて放って置くという訳にはいかない。ゴミ掃除を手伝う事にした。

「すみません。手伝って頂いて」
「いや、それはこっちの台詞ですから。美兎跳さんはお客さんなんですよ?」
「あら、そう言えばそうでしたね」

 今頃気付いたかのように納得した様子で、ポンと相槌を打つ美兎跳。
 こうしたマイペースなところを見ると、美星の母親なんだなと改めて自覚させられる。
 しかしマナーの成ってない客も居るモノだ。ゴミは持ち帰るか、ちゃんとゴミ箱に捨てるのが常識だろう。
 それを地面にポイ捨てするなんて非常識極まりない。

「ふう……この辺りのはあらかた片付きましたね」
「それじゃあ、次に行きましょうか」
「え? いや、俺には見回りの仕事が――」

 言い終える前に、俺の腕を掴んでどこかに走っていく美兎跳。
 余りの速さに、まるで周囲の時間が止まったかのような錯覚に襲われる。
 軽々と俺を引き摺っていく力と速さ、恐るべき掃除にかける執念だった。

【Side out】





【Side:瀬戸】

「随分とペースが速いわね……」

 水鏡のブリッジで、次々に上がってくる侵入者の捕縛報告に驚きを隠せずにいた。
 本番前のゴミ掃除にはもう少し時間が掛かる事を予想していたのだが、この調子だと夜のパーティー開始までには全てカタがつきそうな勢いだ。
 挙げ句には侵入者だけでなく、そこら中で紙面のトップを飾るような事件の犯人が続々と逮捕されるというインパクト抜群の報告が上がっていた。件数にして、もう直ぐ千の大台に乗ろうかという勢いだ。
 想像以上に気合いの入った様子の女官達の活躍に、何だか嫌な予感を隠しきれなかった。

「瀬戸様、大変です!」
「……今度は何?」

 もうこれだけ次々に予想外の事が起これば、多少の事では驚かない自信があった。
 そうなる事を予想して立てた計画だとはいっても、ここまで予想と違う方向に事態が向かっていくと苦笑しか浮かんでこない。
 この犯罪者の捕縛データだけでも、この調子でいけば向こう数年分に上がる成果となる。
 真面目にコツコツと地道な捜査をしている者達からすれば信じられない、いや信じたくないデータに違いない。

「美兎跳様の姿を見失いました!」
「……また? 掃除はさせないように目を光らせてたはずじゃ」
「近くで大きな騒ぎがありまして、事態の収拾にあたっている隙を突かれたようです。最後にゴミ掃除をしている美兎跳様と太老様の姿を確認しましたが――」
「太老まで? まさか……」
「はい。太老様も美兎跳様と一緒にロストしました」

 頭を抱えた。段々と混沌としていく状況。船の出航は止めてあるので樹雷の外に出るような事はないと思うが、一体何処に行ったのか?
 美兎跳様が相手では会場のセキュリティも大きな効果は期待できない。一番確実なのは人海戦術を用いる事だが、会場の警備や侵入者対策も含めればそれほど大きな人数を動かす事は出来ない。だからと言って、放って置く事が出来ないのも事実だった。
 美兎跳様だけならまだしも太老が一緒という時点で、放って置けばどんな事態に発展するか全く予想がつかない。

「直ぐに二人の捜索を――可能な限りの人数を割いていいわ。後、例の美兎跳様捕獲プランの実行を許可します」
「了解しました」

 こうした事態を予測して対美兎跳様用の罠は仕掛けてあった。
 それで捕獲できれば万々歳といったところだが、そんなに上手く行くとは思えない。
 そう思っていたのだが――

「美兎跳様捕獲しました!」
「え? 嘘!?」

 こんなにも早く美兎跳様を発見する事が出来るとは思ってもいなかっただけに、私はそのオペレーターからの報告に耳を疑った。
 しかし映し出された映像には、罠を張った特設会場でプリンの食べ放題に舌鼓を打っている美兎跳様の姿が確かに映し出されていた。

「……太老は?」
「それが太老様の姿だけが見当たりません……どこかで美兎跳様と別行動を取られたとしか」

 美兎跳様と太老をロストしてから一時間。そして太老の行方は以前知れぬまま。
 これまでの事からも、明らかに何かの前兆としか思えない。嫌な胸騒ぎがしてならなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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