林檎をネージュの話し相手として置いてきたのには理由があった。
 そう、その理由であり元凶こそ、俺の隣を歩いている五分刈りの男性――山田西南だ。
 最初は自分が西南を迎えに行くと言ってくれた林檎だが、そうすると確実に西南の不運に巻き込まれるのは目に見えている。
 美星という例を嫌と言うほど知っている俺にとって、山田西南の持つ確率の偏りが如何に厄介で危険な物かというのは自覚しているつもりだった。
 林檎が巻き込まれる事が分かっていて、彼女を行かせられるほど俺は薄情ではない。
 それに俺ならば耐性がある。柾木家での生活自体、毎日がアクシデントの連続だった。
 今更ちょっとやそっとの事では驚かない。散歩中に宇宙船が降ってきたとしても笑って流せる自信があった。
 だと言うのに――

(何か、拍子抜けだな)

 実際に会ってみて、山田西南という人物は誠実そうで良い奴だというのは分かった。
 普通、こんな人畜無害そうに見える男を避けるなんて、余程の事情がない限りはありえない事だ。それだけに、大勢の人に避けられ続けてきたという西南の持つ才能≠ェ、如何に厄介なモノかを物語っているようだった。
 だからこそ、それを覚悟して西南を待ち合わせの場所で待っていたというのに、想像していたような不運な出来事は全く起こらない。偶然か、奇跡か、何れにしても俺にとっては幸運と言える内容だった。
 誰でもそうだとは思うが、幾ら慣れているとは言っても出来る事ならそんな不運なアクシデントに巻き込まれたくはないと思うのが普通だ。

「何だか賑やかですね……あっちじゃ喧嘩してるみたいですけど、止めなくていいんですか?」
「ああ、あのくらい放って置いても大丈夫。お祭りだからだと思うよ。今日はどこも一日こんな感じだし」

 西南の言うように、さっきから『ドカン』や『ぎゃあ!』みたいな爆発音や悲鳴が聞こえてくるが、所謂お祭りの喧騒という奴だ。こんなのは背景音楽と変わらない。取り立てて騒ぎ立てるほどの事でもなかった。
 サンタクロースの格好をして見回りを行っていた時も、どこもこんな感じだった。まあ大方、お祭りの高揚感にあてられ暴走した連中が騒いでいるだけの事だ。放って置いても直ぐに運営スタッフに取り押さえられて終わり。このくらいの騒ぎで狼狽えるような肝の据わっていない奴は、この樹雷には殆どいない。
 普通にお祭りに参加している一般客の中に、GPの隊員を遥かに凌ぐ戦闘力を持った闘士が混ざっているような国だ。大抵の事は自分達で対処する力を持っている。

「アカデミーのも凄いですけど……何だかこっちのも色々と迫力があるというか」
「派手さはアカデミーだけど、豪快さは樹雷かな? 海賊国家だし元々が大らかというか、大雑把な人が多いんだよね」

 樹雷にも一応GPの支部はあるにはあるが仕事といえば事務的なものばかりで、大抵の事は街の人達が自分達で解決してしまう。
 国民の殆どが闘士と呼ばれる兵士の国だ。しかも、闘士に対抗できるのは闘士だけ。ならず者を取り締まるのも、そうした闘士達の役目だった。
 故に目の前で事件に遭遇した。もしくは巻き込まれたというなら話は別かも知れないが、そうでなければ基本的に自分から関わり合いになる必要は無い。素人が巻き込まれたり危なくなったら仲裁や助けに入る場合もあるが、基本的に闘士同志の喧嘩や揉め事は不干渉が原則だ。

 そう、樹雷は文字通り海賊国家だ。
 樹雷皇族を頂点とし、樹雷は元海賊や現役で活動している海賊ギルドを数多く傘下に抱えている。バルタ王国なども元は海賊ギルドを成り立ちとする国家だ。
 樹雷の前身である海賊ギルドも未だ健在で、そうした樹雷と交流のある海賊ギルドの多くはしっかりとした統制が取られており、樹雷領に入ってくる犯罪者、スパイ、密輸などの監視を行う役目を担っている。彼等にとって海賊行為はちょっとしたストレス解消と訓練を兼ねた物で、海賊行為の対象となるのはそうした不正に領宙に侵入してきた船ばかり、一般の輸送艦や旅客船などが狙われる心配はない。それにそうした海賊達の繋がりが貴重な情報源にも成っているのだ。
 西南の反応は実に地球人らしい感覚、職務に忠実なGP隊員らしいものだが、ここでそんな事を言っていると身体が幾つあっても足りないと早く理解した方がいい。俺は慣れた、というより諦めた。そういう国だと割り切る事が出来れば、ここは変に肩肘を張らなくてよい分、住みやすい国だとは思う。

「あれ? でも、樹雷には来た事あるんじゃ?」
「任務で何度か寄った事は……でも、こうしてお祭りに参加した事や街をじっくり見て回った事とか無かったんで……」
「ああ、なるほど」

 こうして知り合ったのも何かの縁だ。用事が片付いたら、後で街を案内してやろうと思った。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第59話『混ぜるな危険』
作者 193






【Side:瀬戸】

「相変わらず凄まじいですね。彼の才能は……」

 次々に報告に上がってくるデータと睨み合い、溜め息を漏らしながら水穂はそう言った。
 ようやく落ち着いたかと思った騒動だが、太老と西南殿が一緒に行動を始めた途端、あちらこちらからまた報告が上がり始めたのだ。
 多発しているアクシデントは、太老と西南殿の進行ルートに沿って起こっていた。その事からも、あの二人が原因と成っている事だけは間違いない。
 規模も数も、これまで西南殿が引き起こした事件の参考データよりも遥かに大きい。
 内容自体はいつもの西南殿の能力だが、恐らくは太老の確率の偏りも影響を与えているのだろう。

(でも、真に恐ろしいのは太老の方かも知れないわね。まさか西南殿が巻き込むのではなく、巻き込まれる側に回るなんてね)

 実のところ、西南殿はパーティーに招待していなかった。だからこそ西南殿を引き寄せたのも太老の能力だと私は推察している。
 事実、それを裏付けるように西南殿はここに居る。西南殿の休暇は本来であれば、この時期にこれほどの長期休暇が取れるはずもなかった。
 急遽、上のゴタゴタや思わぬ朗報が入った事が原因でスケジュールに余裕が生まれ、西南殿達の長期休暇が実現したのだ。
 そのゴタゴタや朗報と言うのが、銀河軍との演習の件と私達がこれまでに捕縛した海賊達が関係していた。
 私達が捕縛した海賊の中に簾座連合で指名手配を食らい、こちらまで逃げ延びてきた海賊達が混ざっていたのだ。西南殿達が現在請け負っていた仕事がその海賊達の追跡と捕縛だったと言う訳だ。
 その事により西南殿達の仕事が一時的に全て解決し、そして銀河軍のゴタゴタとアカデミーのシステムダウンの影響は西南殿達の仕事にも影響を与え、通常遅くとも一週間足らずで終わるはずだった事務処理に一ヶ月以上の遅滞が発生し、西南殿達のスケジュールに予想外の大きな穴を空けてしまった。そのため、彼等の長期休暇が実現したと言う訳だった。
 これを太老と関係ないというには、余りに出来すぎている偶然だ。

「あの、瀬戸様。西南ちゃんと福ちゃんの事が心配なので、もうお話が無ければ私達はそろそろ――」

 霧恋が三人を代表して遠慮がちに手を上げて、私にそう言った。
 もう半刻ほど、ここに引き留めている。そうした事もあって、西南殿の事が本気で心配なのだろう。
 一方、雨音殿とリョーコ殿の二人は、机の上に頭を預けぐったりとしていた。
 酒の席に巻き込み、ここに来るまでの経緯を海賊艦の件と合わせて事情聴取したからだった。

「まあ、待ちなさいな。折角、男同士で話が弾んでいるところなのだから、たまには気を利かせてあげなさい」
「男同士? それってまさか……」
「そう、さっき言ってた『正木の麒麟児』。西南殿と今一緒なのよ」
「うぅ……気持ち悪……正木の麒麟児? 何だそれ……」
「……頭がガンガンしますわ。そう言えば……何だか、以前に聞いた事があるような名前ですけど……」

 酒の飲み過ぎで辛いのだろうが、西南殿の名前を耳にしてムクリとそれでも起き上がってくる雨音殿とリョーコ殿。
 西南殿の事が心配なのは霧恋だけではないという事だ。尤も、二人とも霧恋と違って無茶な飲み方をしていた分、かなり重傷のようだが――
 私を逆に酔わせて、その場凌ぎをしようなどと考えが甘い。せめて五千年くらい経ってから出直して来るべきだ。
 その点、霧恋は私の下で修行をし働いていた事があるので、その辺りは他の二人よりも心得ている。そこがまた水穂と一緒で、話に余り乗ってこず弄り甲斐がないのだが……。

「――と、言う訳なの。分かった?」
「ああ、霧恋が前に言ってた」
「なるほど。霧恋さんの親戚の方なのですね」

 霧恋の説明を受けて、ようやく納得が行った様子の二人。霧恋の語った正木の麒麟児の話はどれも一般に知られている公的な物ばかりだが、太老の場合はそれだけでも十分に説得力がある。あの年齢でここまで名が知れ渡っているだけでも十分に規格外なのだ。そこに加えて、最近では『鬼の寵児』の噂もアカデミーを中心に囁かれ始めていた。
 今のところ『哲学士タロ』同様、太老とそれを関連付けた話は上がっていないが、太老の場合はこちらの予想を大きく超えたカタチで目立ち過ぎるために情報規制を敷くのに情報部も手を焼いていた。
 今はまだ、太老の事を公にしていい時期ではない。太老の力は樹雷にとって有益な物だが、使い方とタイミングを誤ればそれは猛毒にもなる。その時期の鍵を握っているのが鷲羽殿の研究だ。
 今は太老の成長を見守りつつ、その時が来るのを静かに待ち続ける以外に私達に出来る事はない。

「ほら、飲み直しましょ。西南殿の相手はあの子に任せて」

 それに、今三人を西南殿と太老に近付ける訳には行かない理由が別にもう一つあった。
 これ以上、被害者を増やさないためだ。西南殿だけならまだしも、太老が一緒に居る状態で近付くのは危険過ぎる。あの二人が一緒の時は出来るだけ近付かないのが無難。以前に鷲羽殿が『美星殿よりも問題は西南殿だね。私の仮説が正しければ、太老と西南殿を一緒にするのはかなり危険だし』と言っていた言葉を思い出していた。
 今回の騒動でその一端を見せられた後だけに、その言葉の意味も今なら分かる。あれは確率による暴力などではない。蹂躙だ。
 後で事件ファイルに目を通した者は、誰もが同じ事を思うはずだ。これが捏造で無ければ、まさに世界の終末、神か悪魔の仕業か、と。

「え? ちょっと瀬戸様!? 私は西南ちゃんを――」
「いや、私はもう飲めないって! 西南――っ!」
「いやあぁん! 助けてください、西南様ぁ――!」
「ほーら、グダグダ言わない。たまには西南殿を解放してあげなさい」

 三人の腕を掴みズルズルと引き摺り、再び酒を飲み直すため宴会場へと戻っていく。
 後で部下からの報告を受けながら、クスクスと水穂も笑いを溢していた。

【Side out】





【Side:林檎】

「なるほど。そういう事ね」
「申し訳ありません。お付き合いさせてしまって」
「いいわよ。西南さんの友達が増えるのは私も嬉しいもの」

 太老様に急用が出来たと嘘を吐いて、西南様の案内をお任せする事にした。
 楽しそうに話をされているお二人を見て、たまには仕事の事を忘れて男同士でゆっくり楽しんで頂きたいと考えたからだ。
 それに瀬戸様も、そのつもりで霧恋さん達を引き留めておられるのだと状況から察した。
 ネージュ様には申し訳ないが、その事を説明しお願いすると快く承知してくださった。
 どうやらネージュ様も、私と同じような事を考えてくださっていたらしい。さすがに西南様の事をよく分かっておられる。

「でも、代わりに付き合ってくれるんでしょ? 林檎さんが」
「はい。財団の設立式の時間までなら……。準備は全て終えていますし」
「財団?」
「船穂様が代表を務める新財団の事です」

 ネージュ様に財団の活動内容と設立に至った経緯を軽くご説明する。感心した様子で頷きながら、私の話に耳を傾けられるネージュ様。皇家の樹の実の事や、太老様に関する全てをお話する訳にはいかないが、それでも財団の意味はご理解頂けるはずだ。
 それに聡い方だ。恐らくは話の流れから大筋の事は読み取ってしまわれるに違いない。

「相変わらず色々とやってるのね。でも子供達のため……と言うよりは彼≠フためなんでしょ?」
「それは……」
「見ていれば分かるわよ。その話をする時、好きな人の話をする時と同じ顔をしていたもの」

 自分では自覚が無かったが、本当に顔に出ていたのだろうか?
 ――と僅かに思考した。その僅かな変化に気付かれたネージュ様は確信を持った様子で、『やっぱりね』と言葉を口にされた。
 現役を退いたとは言え、二千年もの間、国家の中枢におられた御方だけの事はある。
 まるで瀬戸様を相手にしているかのような、隠し事をする難しさを感じずにはいられなかった。

「でも、あの様子から察するに林檎さんも苦労しそうね」
「あ……」
「才能と実力があって将来性も抜群で人格も申し分なく、それに優しい。顔もそこそこ及第点となれば……彼、モテるでしょ?」
「……はい。経理部の娘達は殆ど全員。後は水穂さんと情報部の方々……いえ、瀬戸様の女官達は過半数が太老様を狙っていると思います。その他にも何人か、太老様に好意を持っている女性が居ますし」
「うわ……西南さんも凄かったけど、それはまた凄まじいわね。しかも、あの水穂さんまで……」

 太老様が大勢の女性に好意を持たれているのは当然の事だ。
 それだけの魅力が太老様にはあるし、注目されるだけの実績をあの方は上げられている。情報部が情報規制を掛けていなければ、今頃は銀河中から求婚が来ていても不思議ではない。少なくとも、私はそう思っていた。
 ネージュ様の言うように確かにライバルは多い。しかし、そんな太老様だからこそ、私は好きになったと言える。
 ただ強いだけではない。ただ優しいだけではない。大勢の人達の心を惹きつけて止まない、その見えない魅力。
 沢山の人達に愛され、そしてそれ以上に大きな優しさと広い愛で沢山の人達の希望になれる。太陽のように暖かな大きな力を、私は太老様から感じ取った。
 私にとって太老様は太陽その物なのだ。無くては成らない存在。太老様が居ない世界など、私には考えられない。

「だったら、アピールしないとダメね」
「アピールですか?」
「そうよ。林檎さんから、もっと積極的に迫らないとダメ。これは経験談だけど、多分太老さんは西南さんと同じで待ってるだけじゃダメなタイプだと思うのよ」
「ですが……既に告白は……」
「したの!?」
「………はい。返事はまだ頂いていないのですが、私の気持ちを知って頂きたかっただけでしたので――」
「――そんなのじゃダメよ! あー、もう! 西南さんといい、なんでこう男の人って唐変木≠ネのが多いの!?」

 何やら、恋の話なると弁に熱が入るネージュ様。その背中には炎が薄らと見えるくらい、やる気に満ち溢れていた。
 自分の事のように心配して、親身に成って相談に乗ってくださっている事が分かるだけに、今更断れるような雰囲気でもない。

「よし、それじゃあ取って置きの方法を伝授するわ。いい、まずはね――」

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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