「くそッ、腰抜け共め!」

 ――未開拓宙域
 銀河連盟や簾座連合などの支配宙域(テリトリー)には、虫食いのように幾つもの穴が存在する。
 今から凡そ八百年前、武者修行に出ていた『柾木阿主沙樹雷』に偶然発見される前は、樹雷第一皇妃『船穂』の故郷である地球の存在する太陽系ですら、その未開拓宙域の一つに分類されていたほどだ。

「仕方がありません。鬼姫だけならともかく、その後継者まで出て来たとあっては……。それに哲学士タロまで出張ってきたという情報があります。連盟の幹部や企業は、彼に逆らう事を恐れているようで……」
「だから、腰抜けだと言ってるんだ! こちらにだって皇家の樹はある! 条件が五分なら負ける要素など微塵もないはずだ! 第一、哲学士如きに何故こちらが遠慮をせねばならん!」
「その条件が五分の状態で、壊滅状態に追い込まれたのはどこの軍でしたかな?」
「何だと、海賊風情が!」

 アイライ原理主義者。
 そして未開拓宙域に集まった海賊ギルドの幹部。
 更には銀河連盟の重鎮と錚々たる顔ぶれが集まり、無駄な言い争いを続けていた。

 彼等の本拠地とも言うべき場所は、この未開拓宙域に点在していた。
 銀河には居住可能な未開拓惑星が、それこそ星の数ほど存在する。ここもその内の一つ。
 現在では民間でも手に入る僅かな惑星開発用の機材があれば、簡単に人間が居住可能な惑星の条件を満たし、開発する事が出来る。
 彼等は捜査の網を欺くために、そうした場所に研究所やアジトを建造し、ひっそりと活動を続けていた。

 しかしここに来て、彼等の活動に暗雲が差し掛かる。
 銀河軍は樹雷軍との演習騒ぎで壊滅的なダメージを受け、組織としての機能を維持するのが精一杯の状態に。
 アイライも、哲学士タロの所為で資金源と成っていた企業団体から一方的に関係を絶たれ、しかも幹部達も鬼姫とその後継者を恐れて次々に手を引く始末。
 海賊は、GPだけでなく樹雷軍まで本腰を入れて討伐に乗り出した事で居場所が無くなり、こうしてひっそりと未開拓宙域に息を潜め、世二我や樹雷の影に怯えながら民間船を襲いコツコツと稼いで食いつなぐ日々が続いていた。

 はっきり言ってしまえば、そろそろ彼等は限界に来ていた。
 樹雷と世二我の二者を相手に、戦争を仕掛けるほどの気概は彼等には無い。
 特に海賊など、家業を継いでなった者が殆どで、その次に多い理由は『奪う方が楽だから』という身勝手な理由からだ。
 勝ち目のない勝負に命を張れるほど、彼等は蛮勇ではなかった。

 アイライにしてもそうだ。彼等は皇家の樹、正確には目に見える象徴≠ニして始祖『津名魅』を欲していたに過ぎない。
 だが、それは現実には難しい。樹雷と真っ向から戦争をして勝てるなどと、アイライも自惚れていないからだ。
 そこで長い時間を掛けて内部に入り込み、徐々に戦力となる皇家の樹を持ち出す事で現在の戦力バランスを崩壊させ、内部の不信感を募らせる事で樹雷の切り崩しを計ろうと画策した。
 鎖国状態が続き、他国との貿易が制限されているために経済的にも乏しいアイライの政治的思惑もそこには見え隠れしていた。

 銀河軍も同じく一つの思惑があり、皇家の樹という絶対無比の優位性を樹雷が失えば、力によって押さえつけられた今の同盟関係も成り立たなくなる、と考えている幹部達が数多くいた。
 そこから瀬戸よりと言われている現首脳陣を蹴落とし、世二我と樹雷の関係が再び悪化すれば、嫌でも軍の必要性が問われる事になる。
 そのためにアイライや海賊達と手を結び、ここまで危ない橋を渡ってきたのだ。

 彼等に共通して言える事は、三者が三者、皇家の樹を欲していると言う事。樹雷や鬼姫に対し、何らかの恨みや思惑があると言う点で、彼等に仲間意識などといったモノは存在しない。
 あくまで互いの目的に相手の力が必要だった、というだけの話で、そこには利害以外の関係は存在しなかった。

 だからこそ、その関係は脆く崩れやすい。
 これまで海賊達は、重要な情報源であり資金源として後ろ盾となっていた銀河軍とアイライの顔を立て駒として動いていたが、銀河軍とアイライは先の理由から大きく力を削ぎ落とされている。
 海賊達からしてみれば、沈み掛けている船に乗っかって危険を冒してまで世二我や樹雷と争う理由は無い。
 貰うモノさえ貰ってしまえば、後はタイミングを見計らって両者との関係をすっぱり切るつもりでいた。
 だが、それは銀河軍やアイライも同じ事。彼等からしてみれば、海賊達は使い捨ての駒でしかない。
 その思惑が対立し、互いの足を引っ張り合う結果となり、事態をより悪化させていたのだ。所詮は烏合の衆に過ぎなかった。

(フンッ、愚か者どもが)

 そんな怒号が飛び交う会議を、モニター越しに科学者と思しき風体をした初老の男性が、馬鹿馬鹿しそうに眺めていた。
 悪趣味なマークの入った帽子に衣服を身に纏い、タコ足のようなカール巻きの妙な髭と髪型をした男。
 嘗て、白眉鷲羽に『タコ』の渾名で呼ばれ、GPの新造艦『春牙』強奪の容疑で逮捕された哲学士『クレー』その人だ。

 十五年前の事件で美星に捕まり服役中のはずの彼が、ここに居るのにはある理由があった。
 銀河軍が彼の釈放を手引きし、その知識と腕を見込んで協力を求めたためだ。
 所謂、司法取引に応じた結果、クレーは留置所から釈放され、彼等に強制的に協力をさせられていた。

 白眉鷲羽などの伝説的な天才を除けば、決してクレーは無能な男ではない。
 寧ろ、哲学士の中でも優秀な方で、現在はその殆どがGPに委譲されてしまっているが、彼が保有するパテントは白眉鷲羽に次ぐ数だとも言われていた。
 だが、その傲岸不遜な性格と大きすぎる野心が災いしてか、余り哲学士仲間からも良く思われておらず、評判が悪いという一面がある。
 鷲羽と銀河アカデミーの理事長の座を争った事もあるが、当然の如く敗れ、その事件が切っ掛けとなってアカデミーを追放されたという経歴を持っていた。

 鷲羽を『宿敵』と呼び、アカデミー追放の件、そして十五年前の春牙強奪事件の件で、鷲羽に逆恨みとも言うべき復讐心を抱き続けていたクレー。銀河軍に協力しているのは司法取引の件もあるが、一番の理由は白眉鷲羽への復讐。そこにあった。
 彼は独自の情報網を用い、白眉鷲羽の弟子、そして『鬼の寵児』と呼ばれている少年の事を調べ上げていた。

「クククッ、見ておれ鷲羽。大切にしている物を理不尽に奪われる苦しみ。貴様にも味わってもらう!」

 これだけ話を聞けば、逆恨みとは言ってもそこそこ真面目な話のように思われるが真相は少し違う。
 十五年前のある事件で、大切にしていた壺を割られ(実際に割ったのは美星)――
 しかもその壺が実は、その昔、鷲羽が小遣い稼ぎに作ったニャンニャコ星域の土産物屋で売ってる尿瓶のレプリカ≠セった、という信じられないような真相は、クレーにとって忘れたくても忘れられない苦々しい傷跡を残していた。

 結局のところ、物凄く個人的な恨みによるものなのだが、そんな事は狙われている当事者の太老には関係の無い話だ。
 巡るに巡って弟子に降りかかった災難。
 自分の身にクレーの魔の手が迫ろうとしている事に、太老は全く気付いていなかった。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第79話『偉大なるお父様』
作者 193






【Side:零式】

 突然ですが、自己紹介をしたいと思います。
 私の名前は『零式(れいしき)』。正式名称は『守蛇怪(かみだけ)零式(れいしき)』と申します。
 まあ、気軽に零式とでもお呼びください。ああ、『(れい)ちゃん』とフレンドリーに接してくれてもいいですよ。

「もう、何がどうなってるのよ!?」

 この落ち着き無く奇声を発しているのが柾木天女さん。一応、私を造ってくださったマイスターのお一人です。
 尤も、私のベースは正木太老様。そしてシステム構築は白眉鷲羽様でいらっしゃるので、人間のように父親、母親という言葉で言い表すとあのお二人が両親という事になります。

「そっちじゃなくて、樹雷に行きなさいって!」

 ガンガン叩かなくても聞こえていますよ。ちなみに、壊しても無駄です。自己修復できますから。
 一つだけ残念な事に、人間のように会話が出来る言語システムが現在私には搭載されていません。
 これだけは、後々なんとかしなくてはならない問題だと考えております。
 しかし人工知能は信じられないほどの成長速度を見せているとかで、生みの親である鷲羽様も驚いておられました。
 やはり、お父様をベースにしているだけあって、私も規格外のようですね。

「もう、このポンコツ! 私のいう事をちゃんと聞きなさい!」

 聞き捨てなりません。世界に二つとして無い成長する船ですよ?
 自己修復、自己進化、なんという甘美な響きでしょう。ぶっちゃけ、そこらのダメ人間より役に立つと思います。
 それは当然です。あのお父様≠ベースにしているのですから、魎皇鬼や福にだって負ける気はしません。

「嘘っ!? また海賊!?」

 今からお父様にお会い出来るのが楽しみです。
 工房のドック生活は正直退屈でしたので、自分のベースになったお父様に関する情報は余す事無く収集しておりました。
 正木の麒麟児、鬼の寵児、哲学士タロ。お父様の偉大なる逸話は、どれだけ話しても尽きる事はありません。
 そんな偉大なお父様にお会いするのに、娘の私が手ぶらで行く訳にはいきません。
 ここはお父様の船に相応しいところをアピールするために土産の一つも持参しなくては、と考えた訳です。

「え? なんで勝手に砲門が開いて――ちょっ!」

 海賊に向けられて発射された無数のレーザー砲。おバカさんですね。海賊艦の十や二十、私の敵ではありません。
 それにこのくらい、お父様ならデコピン一発で可能な芸当です。
 当然、この程度の事が出来なくては、お父様のパートナーとしてやってはいけません。
 しかし、まだまだ火力が足りませんね。もっとお父様に相応しい船になるために進化を重ねなくては――

「何なのよ。もう……」

 取り敢えず、海賊艦は全艦沈黙しました。
 粗方この辺りの海賊は撃滅しましたので、この戦果をお父様への手土産としましょう。

「やっと樹雷に向かってくれる気になったの? というか、あなたちょっと好戦的すぎじゃない?」

 天女さん、ちょっとばかり失礼すぎますよ。私は戦艦ではありますが、無駄な争いを好みません。これはお父様の性格を、色濃く受け継いでいるからです。
 しかし、目的のためには犠牲が付き物なのです。お父様の理想は『平穏』だと言います。
 その理想を叶えるためには、少しばかりこの世界は腐りすぎています。ぶっちゃけ汚い連中が多すぎです。
 お父様の平穏を妨げる敵。それは私にとっても撃滅すべき敵なのです。
 ああ言った連中は後々、お父様の障害になるのですから、ここで撃滅しておくのが一番なのですよ。

「まあ、いいわ。早く太老くんに会いに行きましょう。ああ、やっと太老くんに会えるのね」

 はい。私も楽しみです。それだけを生き甲斐に、今までジッと我慢してきたと言っても過言ではありません。
 自分の世界に浸って帰ってこない天女さん。まあ、彼女はこんなのだから、お父様に振り向いてもらえないのでしょうけど。
 これでも一応、私の製作者の一人ですからね。そこそこ敬意は払っているのですよ。
 お父様に対する敬意の万分の一に過ぎませんが――

 偉大なるお父様。今、あなたの娘が参ります。そして、私とお父様の伝説(サーガ)が始まるのですよ!

【Side out】





【Side:鷲羽】

「鷲羽様? どうかなされましたか?」
「いや……何だか、嫌な予感がしてね」

 ノイケ殿に御茶を入れてもらいながら、不穏な気配を察知し背筋に冷たい汗を流す。何だか嫌な予感がしてならなかった。
 守蛇怪・零式は、私が造った船の中でもかなり異質な存在だ。
 通常、人工知能という物は長い時間を掛けて徐々に成長する物だが、零式(あのこ)の思考回路は太老と同様、殆ど存在が確立されると同時に自我を持ち、その後も急速な成長を遂げていった。

(やっぱり太老をベースにしたのは間違いだったかね……)

 手元の端末から零式にアクセスして嫌な予感の正体を知り、更に大粒の冷や汗を流す。
 太老のパーソナルデータをベースにする事は最初から外せず、決定事項だった。
 今後の研究のために必要不可欠であり、それに太老の能力に適応させるには太老自身を使う意外に方法が無かったからだ。

 ――毒をもって毒を制す

 言ってみれば、あの船は太老の子供、第二の太老と言っても間違いではない。

(……もしかして、早まったかね?)

 自己進化を繰り返す内に言語機能を有するようになるだろうし、最初から機能の一部として組み込む事はしなかった。
 零式に言語機能を付けなかったのは、あの性格を考慮した結果だ。

「零ちゃん、張り切ってるみたいですね」
「張り切り過ぎで困ってるんだけどね……」
「まあ、生まれたての子供と一緒ですからね……」

 ノイケ殿も私と殆ど同意見のようだ。そんな事を話ながら、二人揃って渇いた笑い声を漏らす。
 子供と言えばそうなのだが、魎皇鬼や福とは違った意味で困った子だった。
 零式の性格を一言で表せば実に簡単だ。

 ――お父様至上主義

 何事に置いても、太老が正義。太老が絶対。太老が中心。
 これは別に私がプログラムしたからではなく、零式が成長と共に身につけた零式だけの個性だった。

 一抹どころか物凄く不安は残るが、今は太老に託すしかない。
 計画のために必要とはいえ、天然の悪魔を生み出してしまった事を少し後悔しつつ、太老と零式の最凶最悪コンビに対峙する事になる海賊達に、僅かばかり同情せずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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