【Side:水穂】

「くッ! 敵の数が多すぎます!」

 林檎ちゃんが船の舵を取りながら、眼前の余りの敵の多さに驚き、不満を口にする。
 零式に迫る無数の攻撃。レーザー、ミサイルあらゆる攻撃をギリギリのところで回避しながら、敵艦との距離を少しずつ縮めていく。
 零式を囮に使い、その隙に敵の船に乗り込む算段だったが計画は大幅に遅れていた。

「天女ちゃん、まだ解けないの!?」
「もうちょっと待ってください。思っていたよりもずっと、セキュリティの外壁が固くって……」

 天女ちゃんのその言葉に、瀬戸様から報告のあったクレーの顔が浮かんだ。
 お母さんの助手でもある天女ちゃん。そしてサポートに付いている情報部の女官達。更には零式の演算速度を利用してまで突破できない堅牢なセキュリティシステム。それだけ高度なセキュリティを用意出来る人物となると限られてくる。
 報告からも、クレーが用意した物で間違いないだろう。

 セキュリティシステムを突破できない事には、納月の乗員の位置が分からないだけでなく敵艦への個人転送も出来ない。
 その間は、こうして敵の攻撃を回避しながら時間を稼ぐ他なかった。

「もう! 何なのよ、このセキュリティは……。アイリ様の工房クラスの堅牢さじゃない」

 天女ちゃんの言葉からも、かなり不味い状況だという事が分かる。
 聖衛艦隊に敵の発見の知らせと救援要請を出して置いたが、応援の到着までにはもう少し時間が掛かる。
 それに、それまでに太老くんと納月の乗員を救出できなければ、この状況から考えて瀬戸様なら間違いなく攻撃命令を下すはず。
 そうなった場合は全面衝突は避けられない。人質の命も、太老くんの身も危険に晒される事になる。
 瀬戸様は身内の命が危険に晒されているからと言って、判断を見誤るような方では無い。
 皆、その事が分かっているからこそ、焦りを隠せずにいた。

「え……何? 攻撃が止んだ?」

 私は予想もしなかった事態に驚き、声を漏らした。他の皆も、突然止んだ攻撃に驚いている様子だ。
 前に突出していた驚異的な火力を誇る十二艦の攻撃が止み、その場に静寂が訪れる。ここで攻撃を止める理由など、彼等には無いはずだ。
 目の前のあの十二艦の防御性能、火力から考えても、恐らくは皇家の樹が使われている。
 第四世代の力を完全に引き出せていないのか、性能では零式が僅かに勝っているが、十二対一という数の差を埋められるほど圧倒的な性能差ではない。
 更にはその十二艦の後には千を超す大艦隊が控えており、クレーが構築したと思われるセキュリティシステムによりネットワークからの攻撃も遮断されていた。
 目の前の大艦隊によって出来た巨大な鉄の壁は、堅牢な要塞と言っても過言ではない。
 何かの罠かと考えたが、それもこの圧倒的な戦力差の前では意味のない行動だ。

「嘘……敵艦のセキュリティシステムが沈黙。内側から食い破られてる……」
『――!?』

 天女ちゃんの言葉に驚き、その場に居た全員の目が見開いた。
 そして直ぐに私の頭にある事件≠フ記憶が過ぎった。そう、銀河アカデミーで起こった大規模システムダウンの一件だ。
 哲学科の強固なセキュリティを突破し、銀河アカデミー全てのシステムに影響を及ぼした最凶最悪のウイルス。
 その原因であり、持ち主は――

「納月の乗員の位置の特定完了しました。転送、行けます!」

 天女ちゃんの合図で、私は直ぐに思考を切り替えた。
 呆けている場合ではない。折角、太老くんがくれたチャンスを逃す訳にはいかない。

「水穂お姉ちゃん!」
「分かってるわ! まずは納月の乗員の救出を最優先。その後は敵艦の制圧と無力化を。危険と判断したら各自の判断で撤収!」
『――はい!』
「桜花ちゃんは、太老くんとラウラちゃんをお願いするわ」

 突入部隊の女官達に指示を出し、桜花ちゃんを信じて太老くんの事、それにラウラちゃんの事を託した。
 これは桜花ちゃんに、出撃を前に頼まれていた事でもある。
 太老くんの方は私もそれほど心配はしていない。彼の能力なら状況から判断して、自力で脱出できるはずと信じているからだ。
 問題はラウラちゃんの方だった。

「うん。お兄ちゃんの事は任せて。ラウラも、ちゃんと連れて帰る」

 力強く答える桜花ちゃん。その堂々とした姿だけをみれば、私達と同じく一流の樹雷の闘士と変わりがない。
 子供と言うには無理があるほどの闘気に満ち溢れ、歴戦の闘士を思わせるほどの貫禄を放っていた。
 兼光小父様を父親に持ち、あの夕咲さんを母親に持つ――平田の麒麟児。
 ラウラちゃんの姉であり、武神の後継者の姿がそこにはあった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第88話『喜劇の開幕』
作者 193






【Side:太老】

 俺は今、頭だけだし、首から下は硬化ジェルで拘束された状態にあった。
 このジェル、嘗てはGPでも凶暴犯の拘束用に使われていた物だ。
 本来は船の補修や災害防止などに使われる物で、ゴムのような弾力を持ち、加える力が強ければ強いほど硬化し強度を増すといった厄介な代物だ。

「どういう事だ!? 何故、儂の命令を受け付けん!」

 やっぱり、こうなったか。
 クレーが俺の身体を調べると言った時点で、薄々こうなるんじゃないか、と思っていた。
 宇宙船のあちらこちらで小規模の爆発が起こり、更には無数の空間モニターが飛び交い、あれだけ零式を火力で押していた十二隻の船も沈黙していた。

「くそッ! 儂の作品に欠陥などあるはずがない! あってはならんのだ!」

 欠陥は無かったのかもしれないが、事前に俺の身体の事を調べて置かなかったクレーが悪い。自業自得だ。
 以前に哲学科のシステムを破壊した事からも分かると思うが、俺のパーソナルデータはちょっとしたオカルトの類で、機械類との相性が凄まじく悪い。
 何の対策も施さず勝手に調べようとすれば、こんな風になるのは当然の結果だった。

「小僧! 貴様か! 一体何をした!?」
「何も? 日頃の行いが悪いから罰が当たったとか?」
「そんな訳があるか! 儂のセキュリティシステムを全て無効化するどころか、浸食してしまうなど……そんな事が……」
「じゃあ、そのセキュリティシステムが大した事なかったんだろう? 白眉鷲羽の研究所なら、ここまでの被害にはならなかったし」
「な、なんだと!?」

 鷲羽(マッド)と比べられて声を荒らげるクレー。実際、鷲羽(マッド)の研究所なら、ここまでの被害にはまずならない。
 その事からもセキュリティの構築からして、随分と構成が甘いのだという事が分かる。
 クレーは確かに哲学士として優秀な人物なのかもしれないが、俺からみれば鷲羽(マッド)と比べて発想力・応用力が乏しい。
 一流なのかもしれないが、超一流には届かない。しかも本来持っているはずの能力を生かしきれていないのも痛い。
 傲岸不遜な態度と自分さえ良ければいい、自分の作品は完璧だという思い込みが限界を作り、折角の才能を押し潰していた。
 理解出来ない物を理解しようとしないから鷲羽(マッド)に及ばないし、自分の作品に愛情を注げないから知識と技術だけ一流でも周囲に認められず二流、三流扱いされる結果に繋がる。
 俺も一流には程遠いが、これでも科学者の端くれだ。目の前の老人が、同じ科学者だとは認める事が出来なかった。

「口の減らない小僧め……。人質がどうなってもいいのか!」

 そう言って、納月の乗員が入っていたと思われる牢屋を空間モニターに映し出し、俺に見せるクレー。
 だが、その映し出されたモニターには、人質は疎か人っ子一人映っていなかった。
 何をしたいのか分からず、ぼけーっとモニターを眺めていると、クレーも俺の様子がおかしい事に気付き、自分の出した空間モニターを訝しげな表情で覗いた。

「な、何故、人質がおらんのだ! これも貴様の仕業か!」
「何でも他人(ヒト)の所為にするな!」

 水穂達がこの好機を逃すはずもない。大方、既に助けられた後か、場の混乱に乗じて逃げられたに違いない。
 納月の乗員には確か、瀬戸の女官達も同乗していたはずだ。
 俺が知る限り彼女達の能力なら、そのくらいの事は余裕でやってのける。

「この疫病神が……」
「俺からすると、そっちの方が疫病神だけどな」
「おのれ! もう、我慢の限界だ! 少し痛い目に遭わないと儂の偉大さが分からんようだな! ラウラ!」
「……はい」
「こいつを痛めつけてやれ! 殺してしまっても構わん。死体でも十分に利用価値はありそうだ」

 ああ、やっぱりダメだ。
 痛いのは嫌だが、それ以上にラウラにそんな事を命令する奴を、俺は許せそうにない。

「何をやっている! 早く、やらんか!」
「……うっ」

 左手を俺の方に向け照準を定めるも、肩を震わせ狙いが定まらないラウラ。
 もう一人のラウラの感情が邪魔をしているのか、それとも今のラウラが人を傷つける事を恐れているのか。
 そのどちらかは俺には分からない。しかし、ラウラが迷っている事だけは確かだ。

「ごめんなさい!」

 そう言って、手の平から光弾を放つラウラ。
 だがそれは、僅かに硬化ジェルを掠めただけで、大きく狙いを逸れてしまう。
 後の壁に着弾したのか、虚しく爆発音だけ響いていた。

「何をやっている! もういい……この役立たずが! 儂がこの手で――」

 そう言って、俺に手を向け照準を定めるクレー。
 だが、そんなクレーの行動を止め、言葉を遮ったのはラウラの一言だった。

「やめて!」
「……何のつもりだ。ラウラ」
「太老をここに連れてくるだけだと、博士は仰ったはずです!」

 ジッとクレーを睨み付け、クレーに照準を定め、手の平を向けるラウラ。
 瞳には溢れんばかりの涙を浮かべ、その声は震えていた。

「太老を傷つけるなら、博士でも許さない!」

 身体は小刻みに震え、表情は涙で崩れていたが、それは強い意志の宿った言葉だった。
 ラウラがはっきりと口にしたその言葉に、俺は自分の置かれている状況も忘れて嬉しさを感じ取っていた。
 もう一人のラウラが口にした言葉。だが感情の籠もったその言葉は、確かに俺のために発せられた言葉だ。
 少しは懐いてくれるようになったとは言っても、やはりどこか壁のあったラウラとの距離。
 しかし少なくとも、今のラウラは俺に傷ついて欲しくない、と思う程度には大切に想ってくれている事が分かる。
 何よりも、あの物静かなラウラが感情を剥き出しにしてまで、俺のために怒ってくれた事が嬉しかった。

「いいだろう……」
「博士……」

 クレーが自分の意見を聞き届け、思い止まってくれたと思ったラウラは安堵の表情を浮かべる。

「もういい! 貴様のような失敗作はもう必要無い!」

 だが、そんなラウラに向けて、クレーは激昂と共に攻撃を放ってみせた。
 足下から伸びる電撃に全身を冒され、声にならない悲鳴を上げるラウラ。
 その電撃を浴びせられながら俺と目があったかと思うと、ラウラは口をかすかに動かし『ごめん』と言葉を紡ぐ。
 血が沸騰し、肉の焼ける焦げ臭い匂いが広がり、ラウラはそのまま意識を手放し、床に俯せの状態で倒れ込んでしまった。

「使い道があると思い、目を掛けてやったというのに……」

 ――ギリッ
 噛み締める唇。口の中一杯に、鉄の味と血の臭いが広がっていくのを感じる。

「……おい、このタコ」
「何だと、貴様! また儂をその名で――」

 自分から人を殺したい、と思った事は一度も無い。
 しかし、初めて俺は目の前の男を許せない。自分の意思で殺してやりたい、と感じていた。
 ここまで他人に殺意を覚え、怒りを感じたのは初めての事だ。
 そして何よりも、ラウラがやられるのを黙って見ている事しか出来なかった自分の不甲斐なさが嫌だった。

「ぐっ!」

 ピキピキ、とひび割れる音が聞こえる。
 両腕に力を込め、身体を拘束していたジェルを引き剥がすように左右に腕を広げていく。
 内側から、嘗て無いほどの力が湧き上がってくるのを感じていた。

「なっ!? バカな! 硬化用ジェルを素手で!」

 ラウラが放った光弾は無駄ではなかった。
 あの一撃がかすっていなかったら、ここから自力で抜け出すなんて芸当は出来なかっただろう。

「くそッ! だが、これならどうだ!」

 船からのバックアップを受けたクレーの光弾が俺に迫るが、それも目の前に現れた光の盾で防がれ、力なく霧散してしまう。

「まさか、光鷹翼だと!?」

 俺の前に現れた三枚の光鷹翼。それに呼応するように、水鏡の指輪が激しい煌めきを放っていた。
 皇家の樹達も力を貸してくれている。ラウラの事を悲しみ、怒ってくれている事が分かる。
 既にセキュリティシステムは破壊され、皇家の樹とのリンク遮断も機能していない。
 なら、俺の声が届くはずだ。

「零式にアクセス。コード『ZZZ(トリプルゼット)』を承認」
「な、何を……」

 水鏡の指輪をアクセス端末に、皇家の樹を迂回して零式に撃滅信号の承認コードを送る。

「おのれ! だがこの程度で、儂が終わると思ったら大間違いだ!」

 そう言って、俺の周りに硬化ジェルで出来た壁を出し、その隙をついて逃亡を図るクレー。
 直ぐに俺は周囲を覆ったジェルの塊を光鷹翼で薙ぎ払い、跡形もなく破壊した。
 この程度の壁など、皇家の樹の力の前には無力だ。

「逃げたか……。しかし、無駄だ」

 ジェルの壁を破壊した先には俯せに倒れたラウラが放置され、クレーの姿は既になかった。
 だが、どこに逃げようと無駄だ。既にこの船のシステムは丸裸も同然。俺の手の内にある。
 あの外道には死すら生温い。ラウラに傷を負わし、ここまで俺を虚仮にしてくれたんだ。

「フハハハッ! タコ、貴様には地獄を味あわせてやる!」

 その礼に、最高の喜劇を用意してやる。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.