【Side:ミツキ】

 久し振りに村に戻った私は村長に挨拶を済ませた後、長く放置して埃の溜まった我が家の掃除と荷物の片付けを娘と三人、手分けして行っていた。
 長年暮らしたこの家には愛着もあるが、もうこの村に戻ってくる理由は私達にはない。
 そのため、必要な物だけ運び出し、嵩張る家具一式は次にここに住む人達に使ってもらうつもりでいた。
 村長にもその話を既に通しており、この家の扱いは全て村長に委ねてきた。
 街の発展と共に、この村も急速な人口増加傾向にある。住居は幾つあっても困らない。早ければ来週にも別の誰かが越してきて、この家で新しい生活を始める事になるはずだ。
 寂しくないと言えば嘘になるが、これでいい、私はそう心の底から思っていた。

 太老様に救って頂かなければ、病魔に冒された私の命の灯火はとっくの昔に消えていたはずだった。
 シンシアとグレースも同じ。太老様に助けて頂かなければ、今頃は山賊達の慰みものに遭い、奴隷としてどこかの好色家に売り飛ばされていたはずだ。
 マリエルもそうだ。太老様に救って頂き、拾って頂かなければ、今の地位も暮らしも得る事は出来なかった。
 その事を考えると、私達家族は太老様に返しきれないほどの恩がある。

 マリエルは太老様に拾って頂き、今のメイド長の地位に就いた。
 私にも情報部副官としての地位が、シンシアとグレースも二人揃って技術部主任という役職に付いている。
 この家を引き払う事にしたのは、太老様に救われた身、仕える身として一つの区切りを付けたかったからだ。
 娘達にまで同じモノを背負わせてしまうのは心苦しかったが、全員が思い出の詰まったこの家を引き払う事を快く了承してくれた。

 ――私達の帰る場所は一つしかない

 結局のところ、私の心配は杞憂だった。
 私を含め、家族四人全員が同じ事を考えていたのだから――

「これは……」

 荷物の片付けをしていると、懐かしい物を発見した。私は手にした亜法投影機をそっと撫でる。
 光と共に浮かび上がる鮮やかな立体映像。そこには亡くなった主人と私、マリエル、シンシア、グレース、家族五人の姿が映っていた。
 家の前で家族揃って撮った映像だ。この投影機には、他にも沢山の思い出が詰まっている。
 底板に取り付けられたダイヤルを回すと次々に映像が切り替わり、これまでこの家で過ごしてきた日々が、遂この間の事のように浮かび上がってくる。

「うわっ! 何、見てるんだよ!」

 懐かしさに浸りながら投影機を眺めていると、大慌てで駆け寄ってきて、私の手から投影機を奪い取ろうとするグレース。
 そんなグレースの手から逃れるように、ヒョイッと投影機を持った手を頭の上に持って行く。

「やめろ! それを見るな!」

 と叫びながら飛び跳ねて奪い取ろうとするも、自分の身長では無理だと悟り、肩で息をしながら大人しくなった。
 目尻に涙を浮かべて何か言いたそうな表情で、私の手元にある投影機を睨み付けるグレース。
 よく見ると、そこにはグレースとシンシアが揃ってオネショをした時の光景が映っていた。
 確かこれは、夫が『立派な地図だ! 記念に残しておこう!』と嫌がるグレースを無視して撮影した物だ。

「お、覚えてろよ!」

 三下の悪役のような台詞を残して、逃げるように走り去って行くグレース。
 私にとっては、これも娘の成長を記録した貴重な映像なのだが、グレースにとっては黒歴史とも言える最悪の汚点なのに違いない。
 まあ、だからと言ってグレースが何と言おうと、この映像を消すつもりはなかった。
 これも大切な思い出の一つ。数少ない、あの人との思い出が詰まった形見の一つだからだ。
 グレースもその事が分かっているからこそ、これには手を出せないでいた。

「シンシア。あなたも一緒に見る?」
「……コクコク」

 グレースが走り去った後、投影機に興味を持ったシンシアが駆け寄ってきて、私の腰に抱きついた。
 近くの椅子に座り、シンシアを膝の上に乗せると、二人で思い出が詰まった映像を見る。
 今は過ぎ去りし時間。シンシアとグレース、マリエルだけではない。そこには私にとっても大切な、亡くなったあの人との思い出が沢山詰まっていた。
 気付けば、自然と涙が零れていた。ポタリ、ポタリと零れる涙に気付き、シンシアが心配そうに私の方を見る。

「大丈夫よ。昔の事を思い出して、少し……懐かしかっただけ」

 今までは娘達を育てる事と、その日を生きていく事で精一杯で、こうしてゆっくりとアルバムを見るような時間はなかった。
 娘達の目を誤魔化し、身体を顧みずに無理をして全力で駆けてきた反動が、心に余裕が生まれた今、一気に襲ってきただけに過ぎない。
 あの頃の幸せだった時間を思い出し、何処か感傷的になっていたようだ。
 でも、昔とは違う。今なら胸を張って、はっきりと言える。今の私達は、あの頃と変わらないくらい幸せである、と。

「シンシアは太老様の事が好き?」
「――コク!」

 迷わずに頷くシンシアの無垢な表情に誘われて、私も自然と笑顔が溢れる。
 あの人に会いに行くのはずっと先に遠のいてしまったが、きっとあの人なら笑って許してくれるはずだ。
 誰よりも家族の幸せを願っていたあの人ならきっと、今の私達の姿を見て祝福してくれる。そう、私は確信していた。

「誰かしら?」

 先程走り去ったグレースが帰ってきたのか、玄関の扉がキイッという鈍い音を立てて開かれた。
 居間から見える玄関の扉は確かに開かれているが、なかなか誰も入って来ない様子に訝しい物を感じ、私はシンシアを膝の上から降ろして一人玄関へと向かった。
 外から人の声が聞こえる。声の主はどうやらグレースのようだが、誰かと話している様子だ。

「グレース、あなた何を――」
「お客さん。母さんに会いたいって男が……」
「え?」

 そう話すグレースの視線を追って、視線を玄関の外に向けると、そこには記憶に残る懐かしい人物が立っていた。

「お久し振りです。ミツキ先輩」
「まさか……ユライトくん!?」
「はい」





異世界の伝道師 第159話『ミツキの後輩』
作者 193






 ユライトくんは私がまだ若く聖地の学院に通っていた頃、何かと面倒を見てあげていた男性聖機師だ。

「そう、聖地の教師になったのね」
「はい。生徒達には、からかわれてばかりですが……」

 と苦笑を漏らしながら、自分の事を話すユライトくん。
 シトレイユの名門メスト家の次男でもある彼は、本来であれば聖機師として国のために尽くす立場にあったが、生まれつき身体が弱かった事もあり、貴重な男性でありながら私と同じように正式な聖機師にはなれなかった。
 頭が良く手先が器用だった事もあり、進んで聖機工を目指していた彼だが、無事にその夢を叶えて今では聖地学院で教師をしているとの話だった。

「それだけ、ユライトくんが生徒に慕われているって事よ。あ、ごめんなさい。もう、『ユライト様』と呼んだ方がよかったかしら?」
「はは……意地悪を言わないでください。家は兄が継いでいますし、私は学院の一教師に過ぎませんから。修業時代と同じ呼び方で構いませんよ」

 困った様子で、勘弁してくださいと話すユライトくん。そう言う所も、昔と全然変わっていなかった。
 男性聖機師と言うと、どこか偉そうで自尊心の塊のような人物が多い中、ユライトくんは他の男性聖機師と違っていた。
 人当たりが良く誰にでも紳士的で、貴族だから平民だからと差別はしないし、色眼鏡で人を見るような真似はしない。
 そう言う点でいえば、太老様に似ているところが当時からあったと私は思い返す。
 良く言えば誠実。悪く言えば変わり者。それが、世間一般のユライト・メストの評価だった。

「それでユライトくんはどうしてここに?」
「実は先輩に頼み事がありまして」
「私に頼み事?」
「はい、随分と捜しましたよ。まさか、こんなハヴォニワの片田舎で隠匿生活をされているとは思いもしませんでしたから」

 歴史上、幾人かの異世界人を先祖に持つ家系。有能な聖機師を輩出してきた家柄という事もあって、その聖機師に対する拘りは他の家に比べても一際高かったと言える。
 私自身、祖父に異世界人を持つ家柄に生まれたとはいっても、三姉妹の末に生まれ、姉二人と比べても聖機師としての資質が低かった私は家の中でも浮いた存在だった。
 結果、聖地での修行を終え正式な聖機師になれなかった私は、特にそうした憂き目に晒される事となった。
 そのため、首都で時計職人をしていたあの人と出会い、半ば駆け落ち同然で一緒になった経緯があり、実家を始め、当時の知り合いと呼べる人達と一切の交流を絶つ立場にあったのだ。
 ユライトくんが私の居場所を知らなかったのも無理はない。あの当時の知り合いで、私がここに居る事を知っている人は、まず居ないはずだ。
 軽い調子で口にしてはいるが、ここを突き止めるのも相当に苦労したはずだった。

「率直に言います。聖地で教師をして頂けませんか?」
「…………はい?」

 そんな私を捜し出してまで頼みに来たと言う内容が、また私の想像の斜め上を行く内容だった。
 今になって、私に聖地で教師をしてくれないか、と言うのだ。それは誰だって驚くに決まっている。
 話を詳しく聞くと、今年は予想以上の欠員が聖地の職員に出たらしく、それは末端の職員だけでなく聖地の教職員にまで及んだらしい。
 毎年、この時期になると聖地での修行を終えた聖機師が、これまでお世話になった先生や使用人を引き抜き、自分の国に連れて帰ってしまう事件が発生する。それはちょっとした問題となっていて、聖地の深刻な人材不足の原因となっていた。
 結果、毎年この時期には出て行った職員の補充が急務とされるのだが、それが教える側、教職員にまで話が及ぶと簡単な話ではない。
 生徒に教える立場という事は、それなりの教養と能力が必要となり、それだけの人材はなかなか探したからと言って直ぐに見つかるものではなかったからだ。

「それで私を捜していた、と?」
「はい。先輩だったら能力的には全く問題ありませんし、ここに学院長からの許可もあります」

 恐らくは私の学生時代の成績表を持ち出して、そのような勧誘に訪れたのだろう。
 聖地学院の教職員といえば、誰もが一度は憧れる職業の一つに挙げられるものだ。
 だが残念ながら、私は例え学院長からの誘いであったとしても、その話を受ける事は出来なかった。

「ごめんなさい。残念だけど、その話は受ける事が出来ないわ」
「それは条件面での話ですか? 急な話で無理を言っているのは承知しています。出来る限り、そちらの要望を聞き入れる準備も――」
「そういう意味ではないの。私は、学院で教師をする事は出来ない」

 正木卿メイド隊情報部副官――それが今の私の肩書きだ。
 太老様にお仕えする身である以上、ユライトくんの話を受けて聖地で教師をする訳にはいかなかった。
 ユライトくんには既に『正木商会に所属している』という事だけを伝え、情報部の事は伏せて説明した。
 何も理由を話さずに断ったのでは、ここまで来てくれた彼に失礼だと思ったからだ。
 それに中途半端な話ではここまで来た以上、簡単に納得してはくれないだろう。

「なるほど……そう言う事でしたか」
「ごめんなさい。だから、悪いのだけど……」
「ならば、商会からの出向でも構いません。どちらにせよ、職員補充の件で商会と交渉する件を学院長から仰せつかって来ましたので」
「えっと……ユライトくん? それは……」

 さすがに情報部に所属しているのでそれは無理、とは言えなかったので返答に困った。
 確かに私は商会に所属していると言った。その言葉に嘘は無いが、本当の事を言っている訳でもない。
 しかし彼からしてみれば、私は商会の人間であるという認識以外にない。私が、そのように説明したからだ。

 恐らくは職員補充の件で、商会と交渉があると言うのも本当の事なのだろう。
 即戦力で役に立つ能力を持つ職員を集めるとなると、多くの有能な人材が集まる正木商会に頼むのは有効な手段だからだ。
 特に教師に適した人材の確保ともなれば、それは余計に商会の手を借りる他ない。ユライトくんがハヴォニワを訪れた一番の理由はそこにあるに違いなかった。

(取り敢えず、今は話を合わせて置くしかないわね)

 下手に太老様の話をだして怪しまれても困る。彼は教会の人間だ。少なくとも、私と太老様の個人的な繋がりは隠すべきだと判断した。
 ここは商会に判断を委ねるフリをして、後で商会側から断ってもらうのが一番リスクが少ないと考えたからだ。
 ユライトくんを騙すようで気が引けるが、これも太老様のためだ。
 情報部に席を置く身である以上、表向きは普通の職員、商会員として振る舞うのは当然。裏との繋がりを出来るだけ悟られないようにしないといけない。
 ましてや、私が与えられている責任の重さを考えれば、それは尚更の事だった。

「分かったわ。なら、商会との交渉次第――」
「太老とマリアが、マリエル達を連れて訪ねてきた!」

 ――ゴンッ!
 グレースの言葉に驚いた私は、盛大に机に頭を打ち付けた。
 その勢いを目の当たりにして、ユライトくんも冷や汗を流し、身体を仰け反らして驚いていた。

(タイミングが悪すぎです……太老様)

 視察で今日は工場見学に行っているはずの太老様が、このタイミングで村を訪れるというアクシデント。
 その何とも言えない間の悪さを、私は呪わずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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