【Side:太老】

「やり過ぎです」
「やり過ぎですね」
「やり過ぎじゃ、馬鹿者」

 マリエル、アンジェラ、ラシャラの順に俺は責められていた。ワウも俺の横で正座させられて小さくなっている。

「地図を書き換えねばならんぞ……」
「マーヤ様になんと報告すれば……」

 ラシャラとアンジェラはそう言って大きなため息を漏らした。その原因は船周辺の状況にあった。
 武器を失った俺は仕方なく尻尾の封印を解いたのだが、それが予想外の被害を周辺へともたらしてしまい、粉々に砕け散った岩盤に崩れた崖など、大規模な土砂崩れも起こって渓谷だった場所は大きく地形を変えてしまっていた。
 目に映るのは大量の土砂と、その土砂や瓦礫に埋もれた草木や敵の聖機人の姿だけだ。
 しかしこれは黄金の聖機人の尻尾だけが原因とは言えない。ワウがこれでもか、と無差別に乱射した砲弾の影響も馬鹿には出来なかった。
 結果的には、その崩壊に巻き込まれて敵はほぼ全滅。難を逃れた連中も、顔を真っ青にして大慌てで散り散りに逃げていった。

「ええっと、実験には犠牲が付き物といいますか……」
「実験ですか? それではワウアンリー様。丁度、試してみたい事がありましたので、実験台になって頂けますか?」
「いえ、すみません。私が悪かったです……」

 マリエルにそう言われて身の危険を感じ取ったのか、それ以上は何も反論が出来ずワウは黙ってしまった。
 マッドの精神に目覚めたワウも、さすがに泣く子も黙るメイド長には逆らえないようだ。
 冥土の試練にでも送られれば、この間のユライト以上の目に遭わされかねないしな。
 水穂の悪い影響ばかりを受けている最近のマリエルなら絶対にやると俺は確信していた。

「太老様も、もう少し自重なさってください」
「……はい。反省してます」

 主従の立場がここでも逆転していた。恐るべしメイド長。

「ラシャラ様。国境警備隊から通信があって、状況確認がしたいと」
「今頃か……。フンッ、随分と遅い到着じゃな」

 パッと空間モニターが開き、そこに苦い表情を浮かべた一人の侍従の姿が映し出された。ブリッジに控えているオペレーターの女性だ。
 国境警備隊からの通信という彼女からの報告を聞いて、不機嫌さを顕わにするラシャラ。それも無理のない話だとは思う。
 全てが終わった後にやってくるなど、明らかにタイミングが良すぎる。まるで見計らっていたかのようなタイミングだ。とはいえ、無視して応じない訳にもいかない。
 周辺の状況からして色々と追及される可能性が高いだけに、ラシャラの辟易としている様子が窺えた。

「あっ、事情説明なら俺も……」
「よい。太老は少し休んでおれ。後の事は我に任せておけ」

 これでもこの国の国皇じゃからな、と言い残してラシャラはアンジェラを連れて部屋を出て行った。
 まあ、確かに当事者の俺が出て行くと余計に話が拗れそうではある。ここはラシャラに任せておくのが賢明か。
 それにしてもこうして見ると、やはりラシャラも皇族の一人なんだな、と再認識させられる瞬間でもあった。
 普段が普段だけに、マリアと一緒で余りそうした事を気にした事はないんだけどな。

「さてと、それじゃあ、俺はこの辺りで……」
「私も実験で使った道具の後片付けが……」
「お二人とも、まだ話は終わっていませんよ?」

 立ち上がろうとしたところで、全身を襲う強大なプレッシャー。
 メイド長とはこれほどに恐ろしい物なのか、と実感した瞬間でもあった。フローラがマリエルを恐れるはずだ。
 背中に冷たい汗を流しながら、俺とワウは時間を巻き戻すかのように再び床に正座をした。
 それから三時間。休む間もなくみっちりと、マリエル先生の指導で一般常識を叩き込まれた。効果のほどはよく分からない。





異世界の伝道師 第180話『失敗を重ねる者達』
作者 193






 ブリッジの一番高い位置に設置された自分の席に座って俺は項垂れていた。
 言ってみれば艦長席のようなものだ。実際、この船のオーナーは俺だしな。
 ちなみに椅子の装飾まで金一色なのは、この船を注文したハヴォニワのお姫様に言ってくれ。俺だって好きでこんな椅子に座っている訳じゃ無い。交換したいんだけど、『太老様に相応しい椅子』などと言ってマリエルや侍従達まで結託してそうさせてもらないんだよね。
 そんなに俺には金色が似合うって言いたいのだろうか、新手のいじめではないだろうか、と疑っているくらいだ。
 何も昔の静竜のようにパイプ椅子にしようって言ってる訳じゃないんだから、せめて普通の椅子にして欲しいだけなのに……。
 まあ、幾ら愚痴っても仕方が無いのでとっくの昔に諦めた。一流の職人が最高級の素材で仕立てたとあって座り心地は悪く無いしな。

「なんか、最近こんな目に遭ってばかりのような気がする……」
「自業自得だと思いますが?」
「マリエルが最近、俺に冷たい……」
「そのような事はありません。太老様にもっと確りとして頂きたいだけです」

 それ、遠回しに今の俺は確りしてないと言ってるようなもんですよ、マリエルさん。いや、自覚はしているけどね。
 改めて言われると、幾ら俺でもちょっとは落ち込んだりする訳で……いや、もう何も言うまい。
 最近のマリエルは毒気がつきすぎて少し苦手だった。どことなく水穂を相手にしているような感覚だ。

「でも、ようやく首都に向かえるな」
「はい。予定より随分と遅れていますから……」

 国境警備隊に事情説明と捕まえた襲撃犯の引き渡しを行った俺達は、後始末を彼等に押しつけ急ぎシトレイユ首都へと向かっていた。
 余裕を見て出発したとはいえ、半日ほど予定より遅れてしまっていた。お役所仕事はどこも同じらしい。

「ですが、本当によろしかったのですか? シトレイユ軍に彼等を引き渡して……」

 襲撃された船はハヴォニワの船ではあるが、ここはシトレイユ領だ。あそこで犯人の引き渡しをごねたとしても碌な事にはならない。
 第一、ラシャラにこれ以上迷惑を掛けるような真似は控えたかった。
 あそこで俺が出て行って口を出せば、確実に揉めることは目に見えていたからだ。

「ラシャラちゃんの立場もあるしね。それにどちらが得かと考えるとやっぱり――」

 前向きに考えて、あれだけの数の犯罪者を捕らえて置けるような余裕はこの船には無い。
 戴冠式の後は直ぐに聖地入りする事が決まっている以上、何れにしても早く彼等の処遇を決める必要性があった。
 今なら国境警備隊の警備責任を追及できる立場にあるが、縄張り争いみたいな話になると更に話はややこしくなる。
 シトレイユ軍に引き渡さずハヴォニワの軍に引き取りにきてもらうにしても、それを理由に外交問題に発展しかねないだろうし、確実に揉めるであろう事は分かっていた。

 それなら、シトレイユ軍の警備の不備や職務怠慢を理由にハヴォニワから賠償金を請求してもらった方が幾分かマシだ。
 こちらから妥協案を提示してやれば、山賊の報奨金と合わせてシトレイユ側から慰謝料を含めた示談金が幾らか支払われて、そこで一先ずの決着はつくはずだ。
 見栄っ張りの多いシトレイユの貴族達だ。どれだけの金額を提示してくるのか少し見物ではある。

「あくどいですね……」
「そうかな? 俺は彼等の誠意が知りたいだけだよ」

 マリエルも、まだまだ甘いな。取れるところからは目一杯ふんだくる。それが俺のやり方だ。
 そもそも遠慮が必要な相手でも無いしな。水穂が相手なら骨までしゃぶり取られるぞ。俺なんて、まだ全然優しい方だと思う。
 ラシャラも俺の考えを予測してか、今回の失態の請求は宰相派の貴族達に突きつけるつもりでいるようだった。
 目がドルマークになっていたしな。宰相派の貴族の力を削ぎ落とすには丁度良いネタだと言っていたけど、あれは大金が絡んでウキウキとしている時の顔だ。
 最近、マリアやラシャラが周囲の良くない影響を受けている気がしてならない。多分、水穂辺りだと思うんだけどな。一番の要因は――

「それはそうと、この辺りじゃ無かったっけ?」

 首都に向かう前に例の飛んでいった鉄球を確保して欲しい、とワウに泣き疲れて少し寄り道をしていた。
 あれを作るためにかなりの量のインゴットを使ったらしくて、その金額だけでも頭を抱えたくなるような代物らしい。
 通常の聖機人用装備の百倍くらいの金額があの鉄球一つに遣われていると聞いて、ラシャラも顔を真っ青にしていた。
 まあ、確かに無駄遣いは良くないしな。再利用できるなら回収しておいて損はないだろう、と許可したのだが――

「太老様、大変です! こちらをご覧ください!」
「なっ!?」

 オペレーターの慌てた様子に嫌な予感を感じつつも、表示された目の前の大きなモニターに目を向けると、そこには先程までいた賊との交戦地帯とよく似た光景が広がっていた。
 土砂崩れでもあったのだろうか?
 地図のデータからも渓谷があったであろう場所には元の面影はどこにも無く、ただ土砂と瓦礫の山が広がっているだけだった。

「いや、俺の仕業じゃないぞ!?」

 マリエルを含めブリッジにいる全員の視線がこちらに向いている事に気付き慌てて否定する。
 冗談では無い。あの場所からここまで五十キロは軽く離れているっていうのに、俺の所為にされて堪るモノか。

「もしかすると、あの鉄球が原因では?」
「へ? 幾らなんでも、そんな馬鹿な……」

 マリエルの話を馬鹿な事と笑いつつも、ちょっとありえるかもと思ってしまった。
 あの鉄球は見た目に反して、とにかく重い。見た目の数百倍という質量の鉄を圧縮して作ったそれは、とんでもない重量を持った物体だ。並の聖機人なら重力制御装置を用いなければ振り回す事も出来ないほどの重量を有していた。
 重力制御装置は鉄球が飛んでいった時に取れてしまって回収済みだが、鎖と鉄球の付け根の部分に付けられていた物がそれだ。
 ――って事は、空高く飛んでいった鉄球は重力制御装置が外された状態で、本来の重量を有していたという事になる。
 そんな物が高度数千メートルという高さから、物凄い速度で落下してきた事を考えると――

「十中八九、あの鉄球が原因でしょうね」
「ワウ!?」
「太老様、素直に認めた方が良いですよ。その方がきっと楽になれます」

 いや、ちょっと待て。関係無いようなフリをしているけど、それを作ったのはワウじゃないか?
 確かに飛ばしたのは俺だけど、鎖が切れたのはワウのうっかりが原因だし俺だけの責任って事は無いだろう。
 と言う訳で――

「ワウアンリー様も同罪です」
「嘘っ!?」

 マリエルの死刑宣告に再び顔を青ざめるワウ。だけどそれは俺も同じだった。
 この後、またマリエルの追加授業もとい説教が待っているのだから――

「地図を書き換える場所がまた一つ増えたの……」
「そうですね。マーヤ様にお叱りを受ける理由がまた一つ増えましたね……」

 ブリッジの角に忘れられた姿が二人。主従の哀愁漂うため息がまた一つ漏れた。


   ◆


 で、コノヱがなんであんな暴走行為に及んだかという話についてだが――

「度重なる失態をどうしても補いたくて……」

 これまで警備部主任という重責にありながら、何一つここぞというところで成果を上げる事が出来ずにいた事を気にしていたそうだ。
 それに水穂から念入りに俺の警護を頼まれたらしく、今回の任務に失敗したら『冥土の試練』に送られる可能性が高いとの話だった。
 既にマリエルから水穂に報告が行っていると伝えると、顔を真っ青にしてガタガタと震えていたくらいだ。余程怖かったのだろう。気持ちは分かるけどな……。

 とはいえ、工場に侵入者を許した事とか、庭を破壊した件とか、俺は特に気にしてないのにご苦労な事だ。
 職務に忠実な点や真面目さは認めるが、この融通の利かない実直さがコノヱの欠点とも言える。もう少し柔軟な頭を身に付けないと。
 同情はするが、今回ばかりは弁明の余地が無い。功を焦って先行したのは事実だし、言い訳は出来ないだろう。
 護衛任務中という事で水穂からの罰は保留にしてもらっているが、長期休みであちらに帰った時は覚悟して置いた方がいい。
 しかしそれでは可哀想なので、一つだけ水穂の怒りを緩める打開策を用意してやった。あらかじめ俺の方から罰を与えておけば、水穂も余り酷い事はしないだろうと考えての事だ。
 少なくとも『冥土の試練』は回避……出来ると思う。

「で、俺からの罰はこれだ!」
「…………まさか、これを私に着ろと?」
「うん」

 ボンッと漫画のような音を立てて、顔から湯気を噴き出すコノヱ。実に分かり易い反応だ。
 俺が手に持っているのはフリルを沢山あしらった黒をベースとしたゴスロリ衣装だった。
 実は他にもナース服やウェイトレス。レースクィーンなんかもある。全て、こんなこともあろうかと俺がコツコツと蓄えてきたコスプレ衣装だ。

「日替わりでこれらの衣装をきてもらう。聖地に着くまでずっと」
「そんな恥ずかしい真似! わ、私には無理です!」
「嫌がるくらいじゃ無いと罰にならないだろう? どうしても嫌だっていうなら、水穂さんのところで再教育を受ける事になるけど……どっちがいい?」

 護衛の任を解きハヴォニワへ強制送還をほのめかすと、途端にコノヱの様子が大人しくなった。
 水穂がどれだけ恐れられているか分かる。いや、実際に怖いしな。俺だって水穂だけは絶対に怒らせたくないし。

「分かりました……。謹んでお受けします」

 水穂の罰と一時の羞恥心を天秤に掛けて、後者がコノヱの中でマシと判断された瞬間でもあった。
 しかし、コノヱは気付いていない。これは言ってみれば、罰であり試練だという事が――
 羞恥心溢れるコスプレ衣装に身を包み仕事に従事する事で、精神修養をして欲しいという微かな俺の願いも込められていた。
 昔、キャイアに課した罰のようなものだ。え? アレは楽しんでやってなかったか、って? そ、そんな事は無いぞ。多分。

「うん、可愛いじゃないか。似合ってると思うぞ! なっ、皆!」
『はい!』
「ううぅ……。余りじろじろと見るな!」

 早速、コノヱにゴスロリ衣装を着せて、呼ぶと嬉々とした表情で集まった侍従達にお披露目をする。
 うん、思ったよりもよく似合っていた。ギャップ萌えって奴だな。でも、威圧しながら刀を構えて脅すのはどうかと思うぞ。
 それでもやめるつもりは無いんだけど。侍従達も慣れたものだ。そのくらいで動じるような娘はここにはいない。

「婦警さんもいいな。でも、ナース服も捨てがたい」
「太老様。こちらの衣装なんて如何ですか?」
「おっ、分かってるね。巫女さんは基本だよ!」

 なんて具合に侍従達とああでもないこうでもないと盛り上がりながら、コノヱの衣装のローテーションを考えていく。
 そう、これはコノヱのため……本音をいえば、ちょっとだけ趣味が入っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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