【Side:水穂】

『ああ、その件なら学院長からこっちに要請が来てるよ。それで職員の補充の件なんだけど』
「既に手配済みよ。でも、有能な人材が不足しているのはどこの支部も同じだから、そちらだけを優先してというのはやはり難しいわね」
『やっぱり、即戦力になりそうな人材の補充は難しいか。それなら教育係にメイド隊の中から優秀なのを何人か借りたいんだけど』
「それなら大丈夫。太老くんの世話係として選り抜きの侍従達を同行させてあるから、彼女達を使って頂戴」
『了解。あ、そういや。もうそんな時期だっけ……』
「忘れてたの?」
『あはは……最近、休日も返上で毎日忙しかったからね』

 聖地学院支部に居るランと通信で仕事のやり取りを行っていた。
 試しに任せてみた闘技場の再建計画や聖地学院との交渉役など、こちらの予想よりも随分と上手くやってくれていた。
 支部長の仕事にも慣れてきたようで、現地の職員から聞こえて来る噂も悪い物では無い。寧ろ、評価はかなり良い方だった。
 隠れた才能とでも言うべきか。ランは侍従や従者をしているよりも、こちらの方が向いているようだ。
 ランにここまでの商才があるのは予想外ではあったけど、今となっては商会の支部を任せてみて正解だったと思うようになっていた。

「これなら安心して任せられそうね。おめでとう。支部長代理から代理≠ェ取れて、晴れて支部長に昇格よ」
『……ええっ!? 聖地の支部長って太老がやるはずじゃなかったのか!?』

 支部長代理から支部長に昇格の話をすると、驚いた様子で奇声を上げるラン。
 他になり手がいそうに無かった場合は最悪そのつもりだったのだけど、予想外にランが使えそうだったので私の心は決まっていた。
 この数ヶ月はランの査定も含めていたのだけど、学院との交渉を含めこれだけの成果をだせるなら問題は無い。
 支部職員からの評価も高いようだし信頼関係も問題無く気づけているようなので、適役と言えるだろう。

「太老くんは本部の代表よ? 支部長を兼任してやれない事は無いけど、学院に入ったら生徒会の仕事もあるでしょうしね。そちらに構ってばかりもいられないと思うわ」
『ああ、でもそうすると学院との交渉が少しやり易くなるのかな?』
「その辺りは太老くんと相談して決めて頂戴。とにかく、よろしくね。聖地学院支部、支部長様」
『ええ……』

 それに太老くんには、真っ当な学生生活を少しでも楽しんで貰いたいという思惑もあった。
 中学を卒業と同時に瀬戸様に宇宙へと連れ出され、事情が事情だけに仕方の無い事とはいえ太老くんには自分の将来を選択する余地が無かった。
 あの時の事は瀬戸様のした事とはいえ、私も全く責任を感じていない訳ではない。そのため、太老くんには折角の機会。少しでも真っ当な学生生活を満喫して欲しいと考えていた。

「それに、代理が取れて支部長になると給金が一気に増えるわよ」
『へ?』
「そうね。ざっとこのくらい」
『やる! やらせてください! 水穂様!』
「それじゃあ、正式な通知を後でそちらに送っておくわね。よろしく」

 具体的な数字を提示すると、コロリと態度が豹変するラン。この辺りは成長しても全く変わらないようだった。
 代理が取れて給金が増えるという事は、それだけ仕事も今より大変になるのだけど、そこに想像が行かない辺りはまだ甘い。
 ランがその事に気づくのは、もう暫く時間が掛かると考えた。

(まあ、これも勉強よね。ランちゃんには頑張ってもらうとして)

 私がハヴォニワに残る事を決めたのも、太老くんの余計な負担を減らすためでもある。
 それなのに支部の仕事まで掛け持ちさせてしまっては、何の意味も無い。
 ランや支部の皆には悪いけど、支部の方は彼女達の力だけで出来る限り頑張って欲しかった。

『もうちょっと学院側が条件を緩くしてくれたらいいんだけど……』
「聖地は王侯貴族や大貴族を始め、多くの特権階級にある子女が通う場所だから、その辺りの問題が大きいのでしょうね」
『その所為で限られた人数でやりくりするしかないんだけどね……』

 聖地はかなり厳しい取り決めや仕来りがあり、それが商会の活動の妨げになっていた。
 聖地での活動が認められているとはいっても、それは太老くんの聖地学院への入学を条件に特例として認められたものだ。
 本来、修行の場である学院に公務や仕事を持ち込むこと自体が異例な事だ。
 太老くんが大貴族であるという理由や、大商会の代表であるという点が考慮された結果に過ぎず、本来こうした事は王侯貴族や大貴族でもなければ認められるはずもない特例中の特例だった。

 学院長の権限でも出来る事と出来ない事があるように、聖地の伝統や規則をねじ曲げてまで活動の範囲を広げる訳にはいかず、現在は決められたルールの枠内で地道に活動を続けていくしかない状況だ。
 そこは交渉を続け、少しずつ開拓していく他なかった。幸いなのは学院長と、現教皇の孫であり聖地学院の生徒会長も務めるリチア・ポ・チーナが協力を約束してくれている事だ。
 後は教会の方をなんとかすればランの不満も解消できると思われるのだけど、実はそこが一番難航していた。

(太老くんが上手くやってくれていると良いのだけど……)

 結界工房との技術提携。その交渉が上手く行けば、この膠着状態から抜け出し糸口を掴めるはず。
 私が一緒に行けさえすればよかったのだけど本部を放置する訳にも行かず、秘密裏に進めている地下都市の建造計画の方もある。
 非常に不安ではあるけど太老くんの手腕に期待するしかない。余計な事をしていなければ良いのだけど……。
 太老くんは頼りになるし有能ではあるのだけど、瀬戸様や鷲羽様と同じく言い知れぬ不安を抱かせるのも事実だった。
 今回はそれが発動しない事を祈るばかりだ。多分、大丈夫。領地の一件からそれほど経っていないし、少しは自重してくれるものと期待したい。

『ああ、そうだ。もう一つ報告があったんだ』

 何かを思い出したかのように人差し指を立てて、そう口にするラン。

「……報告?」
『まだ確証のない情報だから、そっちでも確認を取って欲しいんだ。学院に通う生徒の中にクリフ・クリーズって男性聖機師が居るんだけど――』

【Side out】





異世界の伝道師 第184話『親馬鹿の末路』
作者 193






【Side:太老】

 前もって準備を進めていたので思ったよりも時間が掛からなかった事もあり、ナウアとの商談は思いの外早く終わった。
 ワウは話が纏まるなりマリエルとキャイアを手伝ってくると言って書斎を出て行き、部屋に残された俺とナウアは仕事モードから抜けて男同士、軽い談笑を行っていた。

「――で、これがキャイアが八歳の頃の映像」

 見た目キャイアに似て生真面目そうに見えるナウアだが、思いの外話しやすい人物で特に娘の話になると人が変わったように饒舌になる傾向があった。
 ナウアの娘自慢が始まって小一時間。今は、表題に『我が愛しの娘達』と名打ったナウア秘蔵の立体アルバムを見せてもらっていた。

「どうです? 可愛いでしょう?」

 交渉の最中に見せていた真面目な顔は一転、今のナウアの表情は緩みきっていた。これがワウの言っていた親馬鹿モードだ。
 この調子で娘自慢をして回っているのだろう。まあ、自慢するだけあって、確かに可愛い事は可愛い。
 普段見る事が出来ないキャイアの意外な一面も見られて、俺は結構満足していた。
 何より、可愛らしい幼女……もとい美少女が沢山映っているアルバムは素晴らしい!

「おおっ、この頃って髪が長かったんですね」
「ああ、キャイアが髪を切ったのはラシャラ様の護衛機師に正式に認められた後だからね」
「勿体ない。似合っているのに……」
「私も突然の事であの時は驚いたよ。決意表明のつもりらしかったのだが、あの子はいつもやる事が突然でね。長い髪は仕事の邪魔になるからと……」

 三次元投影モニターに浮かび上がるキャイアの幼い頃の映像が、これでもかと言うくらいそこには収められていた。
 昔のキャイアは髪が長くて、ドレスで着飾った姿はまるで本物のお姫様のようでもあった。
 どこか高貴な血筋を引く貴族の子女と紹介されても、これなら全然違和感が無いくらいだ。
 髪型や服装一つで、今のガサツで男勝りなキャイアとは全くイメージが異なるのだから不思議だ。

「あれ? こっちの女の子は?」
「ああ、それはメザイアだ。キャイアとは四つ違いの姉でね。今は聖地学院で教師をしているのだが、聞いていないかね?」
「なるほど、この子が……。いや、実際に見るのは初めてなんで」

 桜色の髪をした女の子がキャイアと一緒に映っていた。メザイア・フラン、キャイアの姉だ。
 聖地学院で教師をしているという話は聞いていたが、こうして実際に眼にするのはこれが初めての事だった。
 キャイアはどちらかというとナウアの面影がある感じがするし、メザイアは母親似なのだろうか?
 髪や肌の色といい、映像から感じ取れる雰囲気といい、姉妹と言う割には余り似ていなかった。

「二人とも、私の自慢の娘だよ。メザイアとは聖地で会う事になると思うが、仲良くしてやって欲しい」

 その言葉や仕草からも、ナウアが二人の娘を大切にしている気持ちが伝わってくるようだった。
 まあ、これだけ可愛い娘が二人もいれば、確かに自慢したい気持ちは分からないでもない。俺でもこんな娘が居れば、きっと自慢して回っていると思うくらいだ。
 特に幼い頃のキャイアの可愛さは反則気味だ。普段とのギャップが新鮮で、思わず萌えてしまったくらいだ。
 今が可愛くないとは言わないけど、あの猪突猛進な性格と融通が利かない不器用さは改善の余地があると思う。

「ナウアさん。一つお願いがあるんですが……」
「何かね?」
「この映像のコピーをもらえませんか?」

 俺の宝物に、また一つ貴重なアルバムが追加された。


   ◆


「なるほどドリルか……。掘削機を武器に使うという発想は無かったな」
「ドリルは男の浪漫ですよ。穴掘りだけでなく武器として使っても高い威力を期待できますしね」
「確かに……。聖機人を兵器としてではなく土木作業に役立てようという者はこれまで居なかったからね」
「うちの領では普通に働いてますよ。主に農地の開墾で役立ってもらってます」
「それは凄い。一度、噂の正木卿の領地をこの目で見てみたいものだ」
「ナウアさんなら歓迎しますよ。後、他人行儀な呼び方をしなくても、太老でいいです」
「では、太老殿と。いやはや、太老殿の話は新鮮で研究意欲を掻き立てられるものばかりだ」
「俺もナウアさんの話は参考になります。それにほっとするっていうか、男の人とこうやって科学談議で盛り上がったのって久し振りの事なんで」

 ハヴォニワの軍工房で働く技師達とこうして科学談議を以前はよくしていたが、最近は商会の仕事や公務が忙しくてそれどころでは無かったのでナウアとの話は楽しかった。
 それにこちらの歴史の話や亜法技術に関しては、確実にナウアの方が俺よりも博識だった。
 だからこそ、その話は聞いていて飽きないしためになる。
 柔軟な思考に研究者としての視点からみた問題点の指摘など、着眼点も斬新且つ経験に裏付けられた的確な物で勉強になるし面白い。さすがにワウの師匠と言うだけの事はある。

「太老殿の周りには、女性の技術者が多かったのですか?」
「ああ……というか、俺の師匠も女性だったんで」
「太老殿の師匠……。ううむ、一度会ってみたいものだ。きっと素晴らしい技術者なのでしょうね」

 素晴らしい技術者という点に関しては否定はしない。
 本人が『宇宙一の科学者』と自負しているように、確かに伝説に名を残すほど凄い哲学士だ。
 ただ性格に難があるというか、究極の変人であり史上最凶のマッドサイエンティストと言った方が正しかった。
 哲学士として凄いからって、人として尊敬出来るかどうかは別問題だ。少なくとも、俺はああはなりたくない。

「……いつの間に、そんなに仲良くなられたのですか?」

 楽しく科学談議に花を咲かせている最中、会話に割って入る女性の声。
 書斎の入り口に、微妙な表情を浮かべ呆れた様子のキャイアが立っていた。
 話に夢中になり過ぎて、扉をノックする音にも気付かなかったようだ。

「話が思わず弾んでしまってね。いやはや、太老殿の話は凄く参考になる。キャイアも一緒にどうだ?」
「結構です……。それよりも、そろそろ夕食の時間だから食堂に集まって欲しいと」
「ああ、呼びに来てくれたのか。それはすまない。でもその様子だと、戦力外通告をされたっぽいね」

 ナウアの的確な指摘に、ムッとした表情を浮かべ不機嫌さを顕わにするキャイア。

「……余計なお世話です。私の事は良いですから、お二人とも早く食堂の方へ――」
「キャイアはこの通り昔から不器用でね。料理や掃除はからっきしダメで、よくメザイアや使用人達を困らせていたものだよ」
「お父様! また何か余計な事を太老様に吹き込んでいないでしょうね?」

 ごめん。余計な事かは分からないけど、結構な代物を色々と見せてもらった。既にコピーも入手済みだ。
 しかし、これが家族に見せる顔か。こんなキャイアを見るのも新鮮だった。
 護衛機師という立場もある所為か、どことなく余所余所しいというか、キャイアはいつも一歩引いた態度を取っているからな。
 俺としてはもう少し打ち解けて欲しいと思っているのだが、キャイアの真面目な性格を考えるとなかなかに難しいようだった。

「また、こんな物を持ち歩いて! これは没収します!」
「ま、待ってくれ! それは貴重な資料――」
「こんな資料は必要ありません! 娘の過去を勝手に周囲にバラさないでください、ってあれほど!」
「いや、それは娘二人への愛情表現でだな」
「そんな歪んだ愛情表現はやめてください! ああっ、もう! こんな写真、いつの間に撮ったんですか!? 父親と言えど、隠し撮りは犯罪ですよ!?」

 隠し撮りだったのか……。それで合点が行った。カメラ目線の映像が少ない訳だ。

「仕方が無い。結界工房に帰れば、まだ幾らでもバックアップが……」
「……全て処分してください」
「いや、あれは私の宝物で……」
「処分……してくださいますよね?」

 腰の剣を抜き、それを血の繋がった実の父親に向けるキャイア。顔は笑っているけど、心は笑っていなかった。
 逆にその冷たい笑顔が恐い。今のキャイアなら、問答無用で剣を振り下ろしそうだ。
 データを処分するためなら、聖機人で結界工房に殴り込みを掛けても全く不思議では無いほどの迫力を伴っていた。

(あ、危なかったな……)

 早めにコピーを貰っておいて正解だった。これは絶対にキャイアには秘密にしておこう。
 でも、普通に可愛いと思うんだけどな。ナウアの隠し撮りは別として、そんなに恥ずかしがるような内容じゃ無いと思うんだが……。

「申し訳ありません。馬鹿な父で……」
「……放って置いていいの?」
「一食くらい抜いたって死にはしません。少しは反省して頂かないと」

 娘に無茶苦茶怒られ、宝物を取り上げられて落ち込んだナウアを書斎に残し、俺とキャイアは食堂へと向かう。
 二次災害を考えると、あそこでナウアの助け船をだすという選択肢は無かった。
 まあ、直ぐに立ち直ってくるだろう。データは俺も持ってるし、万が一の時はコピーしてやろうと思う。少し不憫だしな。

「でも、可愛かったと思うけどな。あそこまで無理に隠そうとしなくても……」
「――なっ!? やはりご覧になられたのですか!? あ、あれは別に……」
「今の髪型も似合ってると思うけど、ロングヘアーのキャイアもお姫様みたいで凄く可愛らしかったと思うよ」
「お、お姫様……」

 あれは素直に可愛いと思った。髪型や服装一つで雰囲気ってガラリと変わるんだもんな。正直、驚いたくらいだ。
 外見で心のありようも変わるというし、『たまにはあんな格好をしてみても良いのでは?』と本気で思った。
 キャイアに必要なのは技術を磨く事では無く精神修養だと思うしな。素材は申し分ないのだから、もう少し女の子らしさを身に付けて欲しいと切に願う。そうすれば、不用意に剣を抜くような事も少なくなるだろう。
 真面目なのも度が過ぎるとただの馬鹿だ。キャイアに必要なのは、そうした心に余裕を持つ事だと俺は考えていた。

「うん、いいかもな。折角だし、とびっきり可愛らしいドレスでも着てみるか? そのくらいだったら俺が手配――」
「け、結構です!」

 そう言って顔を真っ赤にして、食堂とは逆の方向に走り去っていくキャイア。
 そこまで嫌がらなくてもいいのに……どうやら筋金入りのようだ。

「やっぱり、コノヱと同じ罰を与えるのが無難かな?」

 何かある度に真剣で襲い掛かられても堪らない。うっかりは仕方が無いにしても、少しは自制を覚えて欲しかった。
 だとすれば、方法は一つしかない。言って直らないのであれば、あの性格を矯正するには多少の荒療治は必要だろう。
 それに今回の件の罰とすれば、こちらが用意した衣装を着ない訳には行かないはずだ。

 ――キャイア乙女化大作戦

 うん、意外といけるかも知れないと思った。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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