【Side:太老】

「お兄様!」
「マリア? いつシトレイユに着いたんだ?」
「今朝ですわ。お仕事、ご苦労様です。ナウア卿と商談をされていたとか」
「ああ、水穂さんから聞いたのか」

 フラン家で一泊して城に戻った俺達を出迎えてくれたのは、ラシャラやマーヤではなくマリアだった。
 今朝シトレイユ皇国に着いたとの話で、先程まで貴族達の歓迎を受けていたとの話だ。
 嫌な事でもあったのか、形式張ったいつも通りの催しだったと話すマリア。今もフローラが残って貴族達の応対をしているらしい。
 マリアはそれが面倒になって抜け出してきみたいだ。

「って事はラシャラちゃんもそっちか」
「今は行かれない方がよろしいかと。お兄様が顔を出されては、更に騒ぎになるのが目に見えてますし」

 マリアやフローラだけでなく、シトレイユ主催の歓迎式典で明後日の戴冠式に参加する各国の諸侯が集まっているという話だった。
 なるほど。それならばマリアが逃げてきた理由も分からないではない。
 また握手会なんてなったら堪ったモノじゃないしな。ここは素直に忠告を聞いておこう。
 俺にその話が無かったのは、ラシャラが気を利かせてくれたのだと考える事にした。

(あっ、だとするとフラン家の屋敷に行きたがってたのは……)

 何となく理由が読めてしまった。
 ラシャラもそう言うのが余り好きそうじゃないしな。とはいえ、主催者が抜け出そうとするのはどうかと思うが……。
 個々の思惑があるとはいえ、ラシャラのために集まってくれている訳だしな。俺も嫌々ではあるが、貴族の務めというのは任命された以上はそれなりに理解しているつもりだ。
 国皇になろうというラシャラであれば、その責任の重さは俺とは比較にならないほど重い物だろう。

「まあ、諸侯が今一番会いたいのは、お兄様でしょうけど」
「俺? いや、それは無いだろう」
「……もう少し、ご自身の立場を自覚された方がよろしいかと思いますわ」

 マリアに言われなくても、ウーパールーパー的な人気の高さは理解しているつもりだ。
 だけど、さすがにそこまではありえないだろう。幾ら貴族で商会の代表だからと言って、一国の代表とでは比べるまでもない。
 俺の場合は人気があるというよりは、物珍しさや商会の代表という立場に由来するところが大きい。それを言うなら、ハヴォニワで絶大な人気を誇る『黒ぬこ姫』ことマリアも十分に有名人だ。
 ――フローラだって『色物女王』なんて二つ名があるくらいだしな。しかしこれ、二つ名でいいのか?
 なんて思わず口を滑らせてしまったら、マリアがとんでもない事を口にした。

「お兄様にも二つ名でしたらありますわよ」
「え? 初耳なんだけど……」
「先日の武術大会の一件もあって、確か『黄金機師』と」

 天の御遣いだけでなく、全世界公認で『黄金』が俺の二つ名だとマリアに聞かされて、その場に両手両膝を付いて俺は床に突っ伏した。
 どこの黄金聖闘士(ゴールドセイント)だとツッコミたい。厨二病もここまで来ると本物の病気だ。このままでは後世の歴史家に、どこぞの英雄王と同じ扱いをされそうで不安で成らない。
 俺は金色≠ゥら離れられない宿命にあるのか。それは俺にとって、まさに呪いとも言うべき二つ名だった。

「あの……お兄様?」
「ごめん。そっとしといてくれ……」

 両膝を抱えて部屋の隅で小さくなる。今はそっとしておいて欲しかった。





異世界の伝道師 第185話『呪われた二つ名』
作者 193






「落ち着かれましたか?」
「ああ、ありがとう。やっぱりマリアの淹れてくれた御茶は美味いな」
「そうですか? ありがとうございます。よろしければ、こちらも如何ですか?」

 内緒でパーティー会場から頂戴してきました、と言って可愛らしく舌先をちょろっとだすマリア。
 後で茶請けにするつもりで会場を抜け出す時に、こっそりとケーキやクッキーなどのお茶菓子を持ってきたようだ。
 普通の貴族であれば行儀が悪いとこうした事はしないが、マリアは俺との付き合いが長い所為か、余りそうしたところに頓着がない。
 金を掛ける部分には俺でも驚くくらいの金額をポンッと遣ったりするが、普段の日常生活に置いては意外なほど質素な生活を送っていた。
 それでも一般市民に比べればずっと贅沢な暮らしをしているとはいえるが、貴族や王族の暮らしと比較すれば十分に質素と言えるレベルだろう。今では食事も俺に合わせた物を取っているくらいだしな。

 ちなみにうちの屋敷は使用人も主も関係無く、全員同じ物を食している。
 食べきれないような豪華な料理など無駄でしかないし、普段から贅沢な暮らしに慣れていればいざと言う時に困るのは自分だ。
 御馳走というのは偶に食べるから美味しいのであって、毎日毎日あんな料理ばかりだされていては気が滅入ってしまう。
 やはり毎日食べるのであれば、料理人が手間暇掛けてこしらえた豪華な食事よりも、慣れ親しんだ家庭料理が一番だ。

 侍従達が俺達の食事を普段用意してくれているのだが、それは水穂が指導した味という事で非常に柾木家の食卓の料理に味付けが似ていた。
 長く慣れ親しんだ料理の味だけに、俺にとっては一番ほっとする料理でもある。まさにお袋の味といった奴だ。
 俺にとってのお袋の味は母親の物と言うよりは、砂沙美やノイケの味と言った方が正しいのだが、どちらも元を辿ればアイリの味なのだからそこは大した問題ではない。故郷(ふるさと)の味という点では同じだった。

「それで話は上手く纏まったのですか?」
「商談の方はね。簡易ではあるけど契約も取り交わしてきたよ」

 ナウアの思い出のアルバムという多大な犠牲は払ったものの商談は上手く纏まった。
 俺の方はキャイアの幼い頃の映像を収めたデータも手に入ったし、実に有意義な時間だったと言える。
 それに――

「フラン家をですか? ですがそれは……」
「立地条件も悪くないしね。遊ばせて置くよりは有効活用した方がいいかな、って」

 フラン家の屋敷を安く借り受ける事が出来たのもよかった。
 表向きは、俺がシトレイユを訪問した時の拠点とするため、主に別荘として使うためだ。
 さすがに領自体はシトレイユから爵位と共にナウアが拝領している物なので、勝手に外国人の俺に売却する事は出来ない。
 だが、賃貸契約というカタチであれば、それは屋敷の持ち主であるナウアの判断に委ねられている部分だ。
 屋敷の管理と維持費をこちらで持つ代わりに、ナウアには好きな時に使えるように屋敷の使用許可を貰っただけの事だ。

「それにあそこなら、前にナウアが使ってたって言う工房もあるからさ。少し手を加えれば直ぐにでも使えそうだし」
「なるほど……」

 シトレイユ皇国に来るような事は余り無いが、あそこの工房を捨てておくのは勿体ないと言うのが本音にあった。
 工房は何かと危険が付き纏う設備でもあるため、出来る事なら人気の少ない開けた場所の方が条件には適している。
 しかし困った事にシトレイユ支部は首都中央の広場に面しているため、その近くに工房を設置すると言った訳にはいかなかった。

 シトレイユ支部は本部との仲介をしているだけで、その殆どをハヴォニワからの輸入に頼っているのが現状だ。
 これまではそれでも良かったが支部の数も増えてきて、こちらも生産力が追いつかなくなってきている現状がある。
 それに各支部に、その国のニーズに適した独自のアイテム開発をして欲しいという狙いもあった。
 シトレイユの候補地はまだ決まっていなかったし、それならば現状で最も条件が揃っているフランの領地を利用しない手はない。

「それでマリエルの姿が見えないのですね? ナウア卿とワウもまだ屋敷に?」
「うん。マリエルには屋敷の改修工事の手配をお願いしたからね。全部済ませたら帰ってくると思うけど」

 明日には戻ると言っていたので、マリエルなら言葉通り明日までに全ての手配を終えて帰ってくるだろう。
 マリエルの見立てでは、今から手配すれば一ヶ月くらいで完全に元通りに復元できると言う話だった。
 工房への技師の派遣と工場の新設も踏まえて、来月からの本格的な運用を検討してみる価値はありそうだ。

「ところでお兄様。コノヱさんの格好の事でお聞きしたいのですが……」
「ああ、あれ? 似合ってるだろう?」
「いえ、確かに似合ってはいるのですが、何故あのような……」

 シトレイユに来る途中、襲撃にあった件は商会を通じてハヴォニワ政府にも連絡が行っているはずだが、コノヱの件までは知らされていないようだ。事情を知らなければ、マリアが首を傾げるのも無理はない。コノヱの格好は周囲の物と比べると随分と浮いている。確か今日の衣装はウサミミがチャームポイントのバニーガールだったか?
 それで今は、ユキネと一緒にフローラについて諸侯の警護をしているというのだから、想像するだけでなんとも微妙な話だった。

「話せば長くなるんだけど、あれは……」

 マリアに事情を説明しようとしたところで、コンコンと来意を知らせる音が部屋の中に鳴り響いた。
 噂をすればなんとやら、と言ったところだろうか?
 どうぞと返事をすると扉を開けて部屋の中に入ってきたのは、

「……キャイアさん? その格好は一体?」
「ううぅ……お願いですから、余りジロジロと見ないでください」

 コノヱではなく、コノヱと同じバニーガールの衣装を身に纏ったキャイアだった。
 予備の衣装なら何着かあるので、コノヱと同じローテーションを組んで侍従達に任せてあったのだ。
 そう言えば、着替えたら部屋に見せに来るように伝えてあった事を思い出す。

「よく似合ってるじゃないか。うん、可愛いと思うぞ」
「あの……やはり私にはこんな服は……」
「二度目だっけ?」
「うっ……」
「剣で斬り掛かられたのって」
「うぐっ……」
「何か問題でも? 弁明があるなら聞くけど」
「何もありません……」

 その場で肩を落とし、意気消沈した様子で力無く応えるキャイア。こうしてキャイア・フランは陥落した。

【Side out】





【Side:マリア】

 それほどに『黄金』の二つ名がお気に障ったのだろうか?
 私はとてもお兄様に相応しい立派な二つ名だと感心していたくらいだと言うのに――
 いや、お兄様の事だ。そうして慢心しないように、自身を戒めておられるのかもしれない。さすがはお兄様だ。
 大陸を平穏に導き一国一城の主と成られる事が決まっているお兄様なら、将来は『英雄王』と呼ばれても全く不思議では無いと私は思っていた。それこそが、最もお兄様に相応しい二つ名と言えよう。

「とはいえ、お兄様にも困った物ですわね」
「地形が完全に変わってしまい、あの辺りの航路にも少なく無い影響を与えているようです。ただ、見方を変えれば大型船が行き交えるほどに渓谷が広がりましたので、交易路の確保には不自由しなくなったとか。あのルートなら以前よりも時間を短縮できますし」
「まさか、それを狙ってやったとかは……」
「多分、無いと思いますが太老ですしね……」

 部屋に戻った私は、お母様の護衛(おもり)から戻ったユキネにお兄様から聞かされた件の詳細な報告を聞いていた。
 コノヱとキャイアの件は本人達の自業自得で済む問題だが、シトレイユ領で起こった戦闘に関しては別問題。簡単な話ではない。
 対応を誤れば同盟の話どころか、ハヴォニワとシトレイユの戦端を開きかねない重要な案件だった。
 何事も無く済んでいるのは、襲撃した側が容易く撃退されたからに過ぎない。お兄様が万が一怪我でも負われていれば、シトレイユとの関係悪化は避けられなかったはずだ。
 お兄様の命が狙われるという事は、ハヴォニワの王族が襲われるほどに重要な国際問題になる恐れが高かった。

 例え私達が黙っていても、国民が黙ってはいないだろう。お兄様の存在は貴族や商人だけでなく、それほどにハヴォニワの民にとって重要な意味を持っている。
 ハヴォニワ政府や王族が国民から多大な支持を得る事が出来ているのも、元を辿ればお兄様や正木商会の存在があってこそだ。
 何を考えての事かは分からないが、未遂に終わったとはいえ再び大戦の引き金となりかねない大問題である事に違いはなかった。
 ハヴォニワ政府としても、これは黙って見過ごせるレベルの話ではない。当然ながらシトレイユ側に説明と謝罪を求めない訳にはいかない。

「シトレイユの発表では、犯人は指名手配中の山賊で個人的な恨みと金目当ての犯行という話ですが……」
「ただの山賊が聖機人を十機も使って襲撃? そのような話が本当に信じてもらえるとでも思っているのかしら?」
「それが、全く根拠のない話でもありません。あの山賊ギルド≠ェ今回の一件に関与している可能性が高いという話も上がっています」
「……なるほど、それで山賊の独断による犯行と。やはり、お兄様への報復が目的?」
「ハヴォニワの山賊狩りの話は有名ですから可能性は確かにあります。正木商会の影響もあって、山賊ギルドの活動はハヴォニワやシトレイユの二大国周辺では制限されていますから」

 ユキネの話には確かに納得の出来る部分も多々あった。
 しかし幾ら大きな勢力を持つといっても所詮は山賊の集団だ。国家防衛力の要とも言うべき聖機人を易々と十機も投入できるとは思えない。
 ましてや襲撃地点はシトレイユの国境付近だ。国境警備隊の目を盗んでそれだけの大部隊を潜ませておく事など、果たして可能な事だろうか?
 裏で何者かが意図を引いている事は明確だった。幾ら話を取り繕っても、シトレイユ側の人間が関与している事は明らかだ。
 それは向こうも分かっているはずだが、敢えてそのような話で決着をつけようとしているのには国内の事情も関係しているのだろう。
 一部の人間を除き、本気でハヴォニワとの戦争を望んでいる者はあの国には居ないという事だ。いや、本当に恐れているのはお兄様の力なのだろう。あの黄金の聖機人一体で一国の聖機人全てを相手に出来るほどの力がある。それは聖地で行われた武術大会で誰もが知るところとなった。『黄金機師』と言う二つ名は、そうした人々の畏怖や畏敬の念が込められた結果でもある。

「戦略上は攻め入られやすくなったように見えますが、それも同盟国となるハヴォニワ方面、シュリフォンや聖地の勢力圏内に近い中立緩衝地帯直ぐ近くでの事ですから、寧ろ貿易面でのプラスの方が大きいでしょう。そもそもあちらの不手際ですし、それなりの額の賠償請求は十分に可能かと」
「関係各署への通達と意見調整は?」
「ハヴォニワ政府に緊急対策チームが発足されて、既に外部交渉の準備に入っているとか。フローラ様は全てご存じだったようですが……」
「全くお母様は……」

 そう言った本国からの重要な報告は、直ぐにこちらにも回して欲しい。
 戴冠式当日の衣装の相談を私にする時間があるくらいなら、一言仰ってくだされば良い物を――

「また、何かを企んでいる気がしますわ……」
「その可能性が一番高いですね。意図的に伝えなかった節が見られますし、今も関係者と協議を行われているご様子ですから」
「その会議に呼ばれないと言う事は間違いなさそうですわね……」

 恐らくは、私にも関係する話なのだろう。だからこそ、蚊帳の外に置かれているのだと察した。
 よからぬ事を企んでいなければよいのだけど、と不安を募らせる。しかしここはハヴォニワではなくシトレイユだ。情報が少なすぎて、今の段階では手の打ちようがない。
 戴冠式当日まで残り僅か。何事も無く無事に式が済んでくれる事を今は祈るばかりだ。

「あ、そうですわ。ユキネ」
「はい?」
「あなたも、キャイアやコノヱのような衣装を着てみません? お揃いで」

 予期しなかった提案に、ポカンとした表情を浮かべるユキネ。次の瞬間、伏し目がちなユキネの目がクワッと見開かれた。

「無理! 無理です! マリア様、それだけはお許しください!」
「……そう? ユキネならよく似合うと思うのだけど」

 お兄様達と付き合うようになって、最近は随分と積極的に自分から話をするようになったと思っていたけど、それでもこんな姿のユキネを見るのは初めての事だった。
 まだ何着か予備があるという話だったので、従者同士親睦を深める意味で勧めてみただけなのだけど、ユキネには頑なに断られてしまった。
 お兄様の用意される衣装は確かにどれも奇抜ではあるが、聖機師のパイロットスーツや聖機師授与式の正装もそれほど変わるように思えない。
 今日のはウサギを模した衣装との話だったが、私のぬこ衣装≠燗ョ物をカタチ取った物と言う点ではそれほど変わりは無いように思えた。

「そんなに変かしら? お母様もよくあのような格好をされてるわよ?」
「フローラ様と一緒になさらないでくださいっ!」

 お母様を引き合いにだされ、先程よりも鬼気迫るユキネの拒絶の言葉に、ああ確かにそれはその通りですわね、と心の中で相槌を打った。
 例えが悪かったと自分でも反省した。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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