【Side:太老】

「おおっ、凄い人だな」
「ラシャラ様の戴冠式ですからね」

 会場へと続く道には物と人が溢れ、集まって来た人々の活気溢れる声で大きな賑わいをみせていた。
 そして港には、見物に来た人々や諸侯の船と思しき大小様々なカタチの船が数多く見受けられた。
 会場周辺、いや街全体がまさにお祭り一色の様相を醸し出している。
 マリエルの言うように由緒ある大国の戴冠式ともなれば、やはりそのスケールも桁違いのようだ。

「懐かしいな。ここに来るのも久し振りだ」
「そう言えば、太老様は以前にもこちらに来られた事があったとか」
「うん。ラシャラちゃんの案内でね」

 会場の遺跡は湖の中心にそびえ立っている。ここに来るのは二回目だったりするので慣れたものだ。
 前にきた時はラシャラに案内され、遺跡を見物しているところで襲撃に遭ったのを思い出す。まあ、今回はそんな事はないはずだ。
 空を見上げれば必ず一機か二機、警邏中の聖機人が目に入るくらい厳重な警備だ。
 この厳戒態勢の中で、警備の目を盗んで襲撃するなんて真似が出来るはずも無い。仮にそんな事態が起こって困るのはシトレイユだ。
 俺だけならまだしも、ここには大陸中から名のある諸侯が集まっている。そんなところで騒ぎになればシトレイユの責任追及は免れない。
 我が身が大事な貴族ほど、そのような危険な真似を冒しはしないはずだ。何かあるとすれば、この式典が終わった後の事だろう。

「あの……太老様。何故、普通に並ばれているのですか?」
「え? さすがに割り込みは拙いだろう?」
「ですが……」
「ダメだぞ。常識(ルール)はちゃんと守らないと」
「…………分かりました。もう、何も言いません」

 先史文明から伝わる由緒正しき遺跡らしく、聖地の闘技場のように嘗ては聖機人の戦いの場としても使われていたそうだ。
 現在では今回のような重要な式典を催す場として使われ、普段はシトレイユ皇国を代表する観光名所の一つとして賑わいを見せていた。
 会場へと続く橋は一本しかない。そこを通って湖の中心にある遺跡へと向かう訳だが、その橋は一般の人も同じように利用する事になる。
 会場警備を強化したと言っていたし、その一環なのだろう。入り口でボディチェックをしているようなので、俺は素直に列に並んで待っていた。

「次――って、正木卿!? どうしてこちらに?」
「屋台を見学しながら大通りを歩いてきたもんでね。ボディチェックするんだろう? 手荷物は無いから、ささっとやってくれ」
「いえ、結構です! ど、どうぞお通りください!」
「いいの?」
「はい!」

 なんだかよく分からないが通って良いとの事なのでマリエルと二人、遠慮無く通らせてもらう事にした。
 随分と驚いていたみたいだけど、そんなに驚くような事かな?

「あれでは普通に驚きますよ。来賓の方々は船で直接会場に乗り付けられていますから」

 マリエルの話によれば、来賓用の入り口は別にあるという話だった。普通の貴族は船を使うため、徒歩で会場入りなどしないそうだ。
 ましてや一般客と一緒になって列に並ぶなんて太老様くらいの物です、と怒られてしまった。

「いや、でもな……。あの船で来るのはちょっと……」

 俺が何故、態々歩いてきたかというと、あの黄金の船で会場入りなんて目立つ真似をしたくはなかったからだ。
 停泊している諸侯の船を見ても、どこにも黄金の船ほど目立つ船は見当たらない。
 内心、乗ってこなくて正解だった、と俺は思っていた。

「でも、ボディチェックとか、あんな事までやってるんだな」
「当然です。大陸中から名のある諸侯が参列される訳ですから、万が一の事を考えると当然の処置です」
「そんなものかな?」
「そんなものです。太老様は少し無防備すぎます」
「そう言われると辛いんだけど……」

 マリエルのきつい言葉と視線が痛かった。





異世界の伝道師 第189話『不安な幕開け』
作者 193






 会場に到着した俺達を出迎えてくれたのは、マリアやラシャラではなくワウだった。

「ワウ……その格好は?」
「これが私の正装ですからね。違和感ないでしょう?」

 などと胸を張っているが、着ている物はいつもの作業着だ。
 確かに違和感は無さ過ぎるくらいよく似合っているが、普通そこはもう少しお洒落してくるもんじゃないか?
 重要な式典で平然と作業着を『正装』と言ってのけるのは、女として色々と終わっている気がするぞ。

「まあ、冗談はさておき、ここには裏方の仕事できたんで。まさかドレスを着て作業なんて出来ませんしね」
「裏方?」
「会場設備の確認とか、まあ色々とあるんですよ……」

 何だか、歯切れの悪いワウ。俺と視線を合わせようとしない辺りが尚更怪しかった。

「お疑いでしたらご確認を。正式にフローラ様から依頼された仕事ですから」

 そう言って証明書を胸元から取り出し、俺によく見えるように突き出すワウ。
 確かにフローラの署名がされていた。
 ご丁寧に式典の責任者全員の連名まで添えてある。書類は確かに正式な物のようだが――

「何を企んでるんだ?」
「な、何も……」

 用意周到なところが逆に怪しかった。特にフローラの指示というのが怪しさ抜群だ。

「まあいいけど、ラシャラちゃんの戴冠式の邪魔だけはするなよ?」
「それは勿論! 困るのは太老様だけなんで、全然大丈夫です!」
「いや、それ全然大丈夫じゃないだろう!?」

 しまった、と言った顔で慌てて両手で口を塞ぐワウ。
 俺が困るってどういう事だ!?
 そっちの方が凄く気になる。フローラが黒幕と知って安心できるはずがない。

「……そ、それじゃあ私はこれで! この先を真っ直ぐいけば会場に出られますんで!」
「あっ、ちょっと待て! ワウ!」

 問い詰めようとしたところで雲行きが怪しくなってきた事を察してか、ワウは逃げるように走り去ってしまった。
 なんて逃げ足の速さ。余程、話したくない事情でもあるのか、かなり必死な様子が窺える。
 追い掛けても良いが、ここで騒ぎを起こしたくない。俺が追い掛けてワウが本気で逃げに徹したら、ラシャラの大切な式典が台無しになりかねない。いや、間違い無く大騒ぎになるだろう。
 そんな事で衛兵に捕まって会場を追い出されたら、フローラはともかくマリアの顔にも泥を塗ることになる。それを考え、俺はグッと我慢した。

「行ってしまわれましたね」
「……最後に爆弾を残してな。マリエルは何か聞いてないのか?」
「いえ、何も……。フローラ様が黒幕だとすれば、私達に気取られるようなミスを犯すとは思えませんし」
「だよな……。だとすれば、水穂さんにも内緒か?」

 悪い病気が再発したと考えるべきか、フローラの悪癖は娘のマリアも認めるところだ。
 何事も無ければいいが、そう楽観視できるほど甘い話とは思えない。特に気になるのは、ワウが最後に残した言葉だ。

「太老様に関わる事なのは間違いなさそうですね」
「それが一番不安なんだけどな……」

 一番の不安要素はそれだ。
 俺に関わる事でフローラとワウが結託しているというのが、余計に不安を煽っていた。

「あれこれ考えても仕方が無いか、マリエル」
「はい。万が一の時はお任せを。既に会場の至る所に侍従達を待機させていますし、余程の事でも無い限り対応は可能です」
「その余程の事が無ければいいんだけどな……」
「それは……善処します」


   ◆


 マリエルに後の事は任せ会場に顔をだすと、少し出遅れたようで式典会場には多くの諸侯が既に集まっていた。
 空いているところは無いかとキョロキョロと探しているところで、聖地の学院長に声を掛けられた。

「正木卿。こうして直接会って話をするのは武術大会以来ですね」
「学院長先生も、お元気そうで何よりです。やっぱり、いらしてたんですね」
「ええ、聖機神の件もありますから。それに教皇様も、あちらにほら」

 そう言って学院長が視線を送った先には、赤い法衣を身に纏った白髭を生やした老人と、この国の宰相ババルンの姿があった。
 あの白髭の男性が学院長の話す教皇だというのは直ぐに分かった。
 年齢の割に確りとした体つきをしてはいるが、概ね想像していたとおりの如何にもって感じの老人だったからだ。
 それよりも気になったのは、二人の後にある大きな置物の方だ。
 祭壇の前に鎮座する巨大なロボット。そう、この式典のために教会から貸しだされたという聖機神が鎮座していた。

 武術大会の時も本戦から展示されるとの話で一度も見る事が出来ないままだったので、実物を見るのはこれが初めての事だ。
 知識としては知っていたが、ロボットと言うよりは聖機人と同じく生物と機械の間のような異質な感じのする代物だった。
 発掘されて以来、誰一人として動かせないままと言う話なので、実際のところ置物と大差は無い。
 先史文明の遺産という話だし、もう数千年も昔の話だ。現代の技術で分からないだけで、どこか壊れているのかもしれない。

(ううん、ちょっと弄ってみたい)

 なんて不適切な事を考えるが、教会がそんな許可をくれるとは思えず、勝手に弄ると後で周りに迷惑を掛けそうなのでグッと我慢する事にした。
 一番怒らせると恐いのは水穂だ。聖機神を弄ってみたいのは確かだが、水穂の怒りを買うのを承知の上でやりたいとまでは思わない。
 最近はマリエルも段々と水穂に似てきたしな。ここ最近、苦手とする女性が増えるばかりだった。

「太老さん、お久し振りです」
「ご無沙汰しています。太老様」
「おおっ、リチアさんとラピスちゃんもきてたんだ。元気してた?」

 リチアは学院の生徒代表として今日はここにきたそうだ。ラピスはそのお供らしい。
 良く見れば他にも、学院の制服に身を包んだ生徒と思しき少女達が一緒に居た。皆、生徒会の役員という話だ。
 他の諸侯が高そうなローブやドレスで着飾っている中で、こう言っては何だが学院側の出席者だけ、学院長、教職員を含めてみんな凄く地味な格好をしていた。
 俺でさえ、今回の式典のためにこしらえた新品の衣装を身に纏っているというのに……。
 俺が今着ている衣装は、職人に募集を掛けて集まった中から選び抜いた二着の内の一着だ。もう一着は婚約発表の席のために取ってある。
 一々服を分けて着替えなくても良いと思うのだが、そこはちゃんとするようにとのマリエル先生の言い付けだった。

「お陰様で。太老さんもお元気そうで何よりですわ」
「太老様。その衣装、よくお似合いですよ」
「そう、苦労して選んだ甲斐があったよ」

 かなり苦労して選んだ事もあって、ラピスに褒められて素直に嬉しかった。
 戴冠式はラシャラが主役だ。だからこそ、余り目立つ格好は控えるべきと考えて、過度な装飾のない控え目な衣装を選んだ。
 淡い空色の上着に白いズボン。袖と胸元から腰に掛けて黒のラインが入っており、肩に掛けた白いマントは攻撃亜法に耐性のある丈夫な布地が使われていた。
 デザインだけでなく実用性を兼ね備えたなかなかの衣装だ。マントもそれほど邪魔にならず動きやすいので、個人的にも気に入っていた。

「二人は制服なんだね」
「生徒の代表として来ている以上、これは行事の一貫ですから」

 祝い事の席なのだし、もう少し着飾っても良いと思うのだが、それを言うとリチアに首を横に振られてしまった。
 真面目なところは相変わらずのようだ。クラスメイトに一人は居る委員長タイプと言ったところか?
 そういえば、薬嫌いは治ったのかな?
 前よりも幾分か顔色が良くなった元気そうなリチアを見て、そんな事を思った。

「――お兄様」
「ん? マリアじゃないか」

 後から声を掛けてきたのはマリアだった。
 何やら少し息が荒い。マリアの方も、俺の事を捜していてくれたようだ。

「おっ、新しいドレスだな。よく似合ってるぞ」
「あ、ありがとうございます」

 よく見ると、今日のために新調したと思われる紺色のドレスを身に纏っていた。
 マリアらしい華美な装飾の施されていない落ち着いた印象のドレスだ。

「皆様、お兄様がご迷惑をお掛けしました」

 学院長やリチア達の姿を見つけて、そう言って挨拶もそこそこに頭を下げるマリア。
 一見、不規則に見えた参列者の並びにもちゃんと規則性があったらしく、俺が居たのは教会のために用意された席だったそうだ。
 いや、今となってはただの言い訳かもしれないが、案内役のワウが途中で責任を放棄してどこかにいっちゃったしな。
 知らないものは、さすがにどうしようもない。マリアの話では、ハヴォニワの席はこの向かいという話だった。

「正木卿。後ほど契約の話もありますので、少々お時間を頂けますか?」
「ああ、はい」

 学院長の言う契約の話というのは、職員の派遣の件だと直ぐに分かった。
 そう言えば、まだ口頭の仮契約の段階で正式に契約書を交わしていなかった。
 暫定的に聖地学院支部の方から人員の穴埋めを行ってもらっているが、それも暫定的な処置に過ぎないしな。

「それでは皆様、私達はこれで」
「リチアさんとラピスちゃんも、また後で」

 式が始まってからでは身動きが取れなくなる。別れの挨拶を交わし学院長とは後で商談の場を設けると約束をして、俺とマリアは自分達にあてがわれた席へと移動した。

「え? これだけ? さすがに少なすぎないか?」
「仕方がありませんわ。大勢で長くハヴォニワを空ける訳にはいきませんし」

 本国の仕事が忙しくてそれどころでは無いのだから仕方の無い事と言えるが、教会の大所帯と比べるとハヴォニワの参列者は本当に微々たる数だ。
 一番人数が多いのはシトレイユ貴族、その次に教会、そしてシュリフォン。各国の諸侯が続き、最後にハヴォニワと言った感じだ。
 必要最低限の人数しか連れてきていないというのだから、それは当然だった。

「お母様もいらっしゃらないし……。お兄様まで来られなかったら、どうしたものかと」
「あれ? やっぱり、フローラさん来てないのか?」
「やっぱり?」

 訝しげな表情を浮かべるマリア。いや、俺に疑いの目を向けられても正直困るのだが……。
 要らぬ容疑を掛けられては堪らない。先程あったワウとのやり取りをマリアに説明した。

「お母様とワウが……? それで、あのような姿で会場にきていたのですね」
「ワウに会ったのか?」
「ええ、今朝早く。そう言えば、お母様と何やら話をしたと言ってましたわね」

 マリアと二人、これは何かあると同じ事を考えていた。
 俺もそろそろ二年の付き合いになる。マリアに至っては、この世に生を受けてから十二年以上の付き合いだ。
 こうして姿を見せない時のフローラが一番得体が知れなくて恐ろしいと言う事を、俺達は嫌と言うほど理解していた。

「嫌な予感しかしませんわ……」
「俺もだ……」

 ハヴォニワの恥になるような真似だけは控えて欲しい、と不安を押し隠すように言葉を漏らすマリア。
 しかし俺からしてみると、それは既に手後れのような気がしてならなかった。
 俺の経験上、こういう時は楽観的な考えを余り持たない方が良い。それだけ後のショックが大きくなるからだ。
 最悪なパターンを予想していたにも関わらず、その斜め上を行く結果が待っていたなんて事はよくある話だ。
 色物女王の本領発揮と考えると、もう一人ワウという不安要素が絡んでいる以上、斜め上のパターンも想定して置いた方がいい。

「急に目眩がしてきましたわ」
「気を確り保て……。まあ、多分大丈夫だ」
「多分……ですか?」

 確約は出来ないが、式典の進行に関しては大丈夫ではないかと俺は考えていた。
 少なくともラシャラの戴冠式や同盟の調印式を台無しにするような真似は、女王という立場からもフローラでもしないはずだ。
 それにワウの残した言葉も気になる。ラシャラに迷惑は掛けないが、俺には迷惑を掛けるような事をワウは言っていた。
 被害を受けるのが俺というのは気になるが、最悪の場合、俺だけに被害を食い止められるかもしれない。

「……始まったようですわね」
「……後は運を天に任せよう」

 鐘の音と共に遂に始まった式典。無事に式が終わってくれる事を、今はただ静かに祈るばかりだ。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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