【Side:剣士】

 この世界に飛ばされて数ヶ月。色々とあって今はグウィンデルと言う国でお世話になっていた。

「剣士くん、ちゃんと話を聞いてる?」
「ああ、はい。すみません」

 この隣にいるメイドの格好をした人が、グウィンデルに俺を連れて行ってくれた恩人のカレンさん。
 現在グウィンデルに亡命しているシトレイユ皇国の元皇妃で、グウィンデルの貴族でもあるゴールドさんの従者をしている人だ。
 太老(にい)が代表を務めているという正木商会ほどではないけど、グウィンデルのゴールド商会といえば、その筋ではかなり有名な商会らしい。
 でも、元大国の皇妃でそんな商会の代表を務めているというゴールドさんもそうだけど、この人(カレン)≠燗艪フ多い人だと思う。
 姉ちゃん達みたいな常人離れした凄い身体能力を持っているし、体術も剣術もまるで爺ちゃんと稽古しているかのような凄腕だったりする。

 聖機師としての資質は俺の方が圧倒的に高いような話をしていたけど、実際に戦えばどうなるか分からない。
 それに『乙女(メイド)の嗜み』と言って彼女が持っている透明色のキューブ。美星(ねえ)がよく使っていたキューブ型の亜空間キーと良く似ていた。どんなに大きな物でも簡単に仕舞っておけるという例のアレだ。
 俺と同じ世界の住人か尋ねても、『美人には秘密が多いものよ』と言って答えをはぐらかされるばかりだし、本当に謎の多い人だ。

「あんな小さな子が……」
「ええ、シトレイユの皇になられるラシャラ・アース様。ゴールド様の御息女よ」

 観客席から俺達が観察している人物がラシャラ・アース。そのゴールドさんの一人娘だ。
 彼女が狙われているという極秘情報を掴んだ俺達は、ゴールドさんの指示でシトレイユ皇国に潜入していた。
 元の世界に戻るというのが今のところ一番の目的ではあるけど、我が家の家訓にも『受けた恩はちゃんと返せ』と言うのがある。このまま何もせずに帰ったら絶対に姉ちゃん達に色々と言われるだろうし、お世話に成っている以上、その恩はちゃんと返したい。そこだけは、きっちりとしておきたかった。
 それにゴールドさんの方でも、俺が元の世界に帰る手立てを探してくれると約束してくれた事もある。
 太老兄が二年近くもの間、帰って来なかったのも、帰れなかったからだと考えれば全て納得が行った。

(それに、太老兄に頼るのは出来れば最後の手段にしたいもんな……)

 俺が苦手とする姉ちゃん達やばあちゃん達よりも、実は一番頼りにしたくないのがあのマッドサイエンティストと太老兄の二人だ。
 悪い記憶ばかりではないんだけど、かと言って良い思い出も少ない。あの二人と関わると結果よりも過程の方で苦労させられるのがよく分かっていた。
 マッドサイエンティストの非常識さは言うまでも無く、太老兄は姉ちゃん達すら時に呆然とさせるような事を平然とやってのける事がある。
 実はそれが一番厄介だと言う事を俺は知っている。太老兄を頼りにしたくないのは、そうした事情もあった。

 それに我が家の家訓に『自分の尻は自分で拭け』と言うのがある。
 どうしてこんな世界に飛ばされたか分からないけど、他人の力に頼らず出来る事なら自分の力でなんとかしたいと考えていた。
 カレンさんやゴールドさんも悪い人じゃないし、衣食住は保証されている上に仕事の内容に応じてちゃんと報酬もでる。
 待遇も決して悪くないし恩返しの件もあって、せめてそれが済むまではこちらに協力しようと心に決めていた。

「私達の役目は、聖地までラシャラ様を影ながら護衛する事よ」

 今回俺達はゴールドさんからの直々の依頼で、『娘を護って欲しい』と頼まれていた。
 首謀者が誰かまでは教えてもらえなかったけど、何者かがラシャラ・アースの拉致を企てているとの情報を掴んだそうだ。

(悪い人達ではないんだけど、ゴールドさんもカレンさんも癖が強いというか、逆らえないオーラと言ったものが滲みでてるんだよな)

 前に正木商会の工場に侵入した時も、ゴールドさんの情報を基に目当ての工場にアタリをつけて任務を遂行した経緯がある。『情報は金と一緒よ』と本人は言っていたけど、どこからあんな情報を仕入れてくるのか正直不思議なくらいだった。
 あの妙に情報通だったり金に五月蠅いところは、よく知っている人達に似ている気がする。父さんが言ってたけど、俺の家には『女難の相』がでているそうだ。
 将来お前も女性関係で苦労する事になるだろうから覚悟しておけ、と言われた事を今更ながらに思い出し実感していた。

「でも、それなら素直に心配だって言えばいいのに……」
「ゴールド様にも色々と事情があるのよ。そう、色々とね……」

 たった一人の娘を残して、祖国に亡命した事を気にしているのか?
 それとも他に何か事情があるのか?

 実際のところは分からない。ただ、まず間違い無くこの話には裏があると俺は考えていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第190話『野生の勘』
作者 193






【Side:太老】

 ラシャラの戴冠式は無事に終わった。普段のラシャラを見ている俺からすれば、今日のラシャラはまるで別人のように見えた。

 キャイアとユライトの二人を供に引き連れ、教皇とババルンが待つ祭壇へと歩みを進めるラシャラ。教皇の手より授けられる煌びやかな皇冠。
 代々この国の皇に受け継がれているというシトレイユの権威を象徴する大きな皇冠が、ラシャラの小さな身体には少し不釣り合いではあったが、その貫禄ある立ち居振る舞いは周囲の大人達を圧倒するほど堂々としたものだった。
 改めて、彼女が大陸一と呼ばれる大国を背負って立つ、皇族の一人なのだと実感した式典だった。
 若干十二歳という年齢で就任した小さな国皇様ではあるが、ラシャラならシトレイユの皇としてその責務を全うできるはずだ。

「ラシャラちゃん、綺麗だったな」
「……そうですわね」

 何故だか、不機嫌さを顕わにするマリア。式典の間ずっと立ちっぱなしだったから、疲れているのかもしれないな。
 この後、二時間の休憩を挟んでハヴォニワとシトレイユ、二国の同盟条約の調印式が行われる予定となっている。
 そこで予定通り、俺とラシャラ、そしてマリアの婚約発表が行われる予定だ。

 聖機人が絶対兵器と呼ばれるように、その搭乗者である聖機師もまた国にとって重要な存在だ。
 そして圧倒的に女性に比率が偏っている聖機師の中で、特に有能な男性聖機師というのは希有で貴重な存在として大切にされている。
 マリア曰く俺くらいの聖機師になると、そこらの小国の王族よりもずっと大きな発言力と影響力を持っていて不思議ではないそうだ。
 余り自覚はないのだが、あの黄金の聖機人にはそれだけの価値があるという話だった。

 それと言うのも、女性聖機師と一般人の間に生まれた子には聖機師の資質が遺伝する可能性は低いらしく、やはり聖機師は聖機師同士交配させた方が資質の高い聖機師が生まれる確率が高いそうだ。ましてや有能な男性聖機師との間に生まれた子は同じく高い亜法波の耐性を持った聖機師が生まれやすい傾向にあるらしく、そうして国によって管理され決められた結婚を繰り返す事によって、資質の高い聖機師の数を増やし各国は戦力の強化を図っているとの話だった。
 各国が保有する事の出来る聖機人の数が教会に決められているのであれば、確かにそれは仕方のない事と言える。聖機人の数はどうしようもないが、ようは質でそれをカバーしようと言う事だ。
 それだけに有能な聖機師の血は、それだけで国の戦力バランスに直結する影響力を持つ。ようは俺のような男性聖機師は、各国が喉から手が出るほど欲しがる逸材という話だった。

 今回の婚約も諸侯から見ればそうした利害の話になるらしく、ハヴォニワだけでなく同盟国であるシトレイユに俺の血を入れるというのが一番重要な意味を持つ行為だそうだ。
 種馬扱いというのが少し腑に落ちないが、その立場を利用して元の世界に帰る手段を探そうとしている訳だから文句は言えない。
 こればかりはお互い様と言う奴だ。それに俺の生まれ育った国には『郷に言っては郷に従え』という言葉もあるしな。
 納得している訳ではないが、そこだけは理解していた。

 まあ、少なくとも聖地学院を卒業するまでは、この話は保留という事になっている。
 ラシャラとマリアが卒業するまでの四年間。そして最低でも俺が聖地に通う事になる二年の間は政略結婚をさせられる心配はない。
 この世界の文化や風習に異世界人の俺がケチを付ける訳にもいかず、あれこれと今言ったところでどうにもならない問題だ。
 そこは追々と対応を考えていくしかないだろう。ようはその猶予期間の間に帰る手段が見つかれば良いだけの話だ。

 マリアとラシャラの事は嫌いでは無いが、まだ結婚とかそういう話をするには早すぎる。
 後、四年経てば二人は十六だ。その時になってみなければ、こればかりはなんとも言えない話だった。

「それでは、私も用意がありますので失礼します」
「あっ、俺も着替えないとダメなんだっけ……」
「……まさか、そのままの格好で式典に参加されるおつもりだったのですか?」
「いや、ちゃんと用意してあるよ。マリエルの指示で……」
「さすがマリエルですわね。では、お兄様。また後ほど」

 普段の行いの所為とはいえ、マリアの中ではマリエルよりも俺の信用は低いようだった。
 そして噂をすればなんとやらというか、マリアと別れ、振り返ったところで物陰に隠れていたマリエルの姿を発見した。

「そんなところに居たのなら声を掛けてくれたらよかったのに……」
「マリア様と話の最中のようでしたので、邪魔をしては悪いかと思いまして」
「そんなの気にしなくても……」
「太老様は、もう少し気にされてください」

 また、叱られてしまった。
 最近、マリエルに叱られてばかりのような気がする。そんなにおかしな事を言ってないと思うんだけどな。
 大きな式典でマリエルも緊張しているのは分かるが、もう少し肩の力を抜いても良い気がした。

「また、マッサージでもする?」
「結構です。それよりも、お召し替えを」

 マリエルのスルースキルが以前にも増して上がったような気がするのは、きっと気の所為ではないはずだ。


   ◆


「やっぱり慣れないな、この服。もう少し動きやすい服の方が……」
「それなりの格好をして頂かなければ困ります。太老様は今回の同盟調印式の要なのですよ?」

 戴冠式で着ていた衣装は俺が選んだ物なのだが、こちらはマリエルの意向で半ば強引に決まられた方の衣装だった。
 着物とローブの間と言った感じの少し樹雷の正装に似た感じの衣装で、白を基調とした生地に金の装飾が施されている。特殊な生地を使っているらしく陽光がキラキラと反射して、遠くからでも一発で見分けが付くほど眩しい衣装だ。金色のスーツとかよりは確かにマシかもしれないが、動き難いし目立つしで俺の好みからは大きく外れていた。
 とはいえ、これ以上文句を言っても始まらない。自分の我が儘で周囲に迷惑を掛ける訳にもいかなかった。

「そういえば、フローラさんは見つかった?」
「いえ。侍従達にも周辺の捜索を徹底させていますが、今のところ発見には至っていません。ただ……」
「ただ?」
「来賓用のゲート近くに隠れていた怪しい人物を捕獲しました。武器を隠し持っていましたので捕らえてあります」
「武器を? 入り口でボディチェックはしてたんじゃ?」
「……諸侯の従者と入れ替わって侵入したようです」

 諸侯の護衛や身の回りの世話役として同行している従者は、一般人と比べてどうしてもチェックが甘くなる。
 それでなくても、入り口でチェックを行っているのは貴族ではない一般の兵士や職員だ。
 貴族に対して強い態度に出る訳にもいかず、過度な警戒は相手に言い掛かりをつけられる原因ともなりかねない。
 認識が甘かったと自分を責めるマリエルだが、こればかりは仕方のない事だ。マリエルの責任ではない。

「マリエルは悪くないよ。そういう事情なら仕方がない」
「ですが、恐らく彼等の狙いはラシャラ様と太老様です。万が一の事を考えると……」

 ラシャラはマリアと一緒に予定よりも随分と早く会場入りしたとかで、その難を逃れたそうだ。
 俺も一般人に紛れて徒歩で会場入りをしたために、その来賓用のゲートを使わなかった事が幸いした。
 フローラの件で会場内の捜索をする事が無かったら、その犯人を捕まえる事も出来なかった訳だしな。
 偶然というか、運が良いというか、これも日頃の行いが良いお陰だな。

「とにかく何事も無かったんだから、この話は無し。マリエルが責任を取るなんて話をしたら――」

 ――警備責任者のコノヱには、今よりずっと恥ずかしい格好をしてもらわないといけなくなる
 と話をしたら、ようやくマリエルも納得してくれた。その状況を想像して、さすがに不憫に思ったらしい。
 マリエルのコスプレ姿も見てみたい気はするが、こんな事で罰を与えようとは思わない。
 それでなくても、マリエルはよくやってくれているしな。失敗には相応の罰を、働きには報いるのが俺のやり方だ。

「あれ? そう言えば今日は一日、コノヱの姿を見てないな?」
「……彼女でしたら水上警備の指揮を執ってもらっています」
「水上警備? うちの担当って会場内の警備じゃなかったっけ?」
「水上ルートで侵入を試みる者もいないとは限りませんので、その警戒です。それに――」

 あの格好では会場内の警備は目立ちますから、と言い難そうに答えるマリエル。そう言えば、今日のコノヱの衣装はスク水にぬこ耳セットだった事をそれで思い出した。
 ちなみにキャイアもラシャラ公認で同じ罰を継続中なのだが、さすがに今日は大切な式典という事で免除されていた。
 スク水で戴冠式に出席して、護衛機師としてラシャラの後を並んで歩くのはさすがに酷すぎるしな。
 それにキャイアがどうこうよりも、一緒に並んで歩くラシャラの方が嫌がったらしい。

「居ないのか……。生で見てみたかったな。コノヱのスク水姿」
「……残念そうに仰らないでください」

 まあ、後でタチコマに録画させている映像をこっそり楽しむとするか、と一人納得する事にした。
 ちなみに、タチコマへの対価は最高級のシトレイユ産天然オイルだ。同志の結束は固い。
 こうして俺のお宝は日々その数を着実に増やしていた。

【Side out】





【Side:コノヱ】

 さすがにこの姿での会場警備は周囲の目が痛すぎる。だからマリエルに恥を承知で頭を下げて、周辺の水上警備にしてもらった。
 尻尾と耳は仕方が無いがこれは水着と言う話だし、まだ船の上であればそれほど不自然ではないと考えたからだ。

「大丈夫ですよ! ほら、布地の面積はパイロットスーツもそれほど変わらないじゃないですか! 肌のフィット感だって!」

 と部下は慰めてくれるが、実際のところはそれほどフォローになっていない。
 パイロットスーツは慣れのようなものだ。あれを恥ずかしがっていては聖機師は務まらない。一説にはあれも異世界人が伝えた物という話があるが、女性聖機師は緊急時を除いてパイロットスーツを着用して聖機師に乗るのが仕来(しきた)りとされている。
 それに女性聖機師のパイロットスーツが耐熱・耐寒・防刃効果にも優れ、身を守るのに適した衣装である事もまた事実。
 大抵の場合、正規の聖機師であればパイロットスーツは下着の代わりとして衣服の下に身に纏っている。私も普段はそうしていた。

「これとパイロットスーツを一緒にされるのは……。それならば、お前達は着てみたいか?」
「そう言われましても、私達は聖機師ではありませんし……」
「私は太老様のためなら着ても良いかな」
「大胆発言! あっ、でも太老様って猫が好きなんだよね? そっちの方がいいんじゃ?」
「猫じゃない! ぬこだよ、ぬこ。そこを間違えると太老様凄く怒るんだから」

 思いの外、侍従達は順応しているようだった。このくらいの衣装なら、特に問題無く着られるそうだ。
 猫ではなく『ぬこ』。太老様の世界ではそう呼ぶ事が常識なのか、彼女達の話によるとそこには随分と拘りがある様子だった。
 しかし、これは確かに動きやすくはあるが、パイロットスーツのように特に何か特別な効果や意味がある訳でもない。
 機能性の面では確かに優れているが、それだけだ。罰と考えれば当然の事だが、やはり慣れないものは慣れなかった。

「聖機師の方って、そう言う衣装を着慣れてるんだと思ってました」
「お前達は、私をどんな目で見てるんだ……」
「え? でも……フローラ様なんて、もっと凄い格好をされている事がありますよ?」
「あの方と一緒にしないでくれ……」

 王としても聖機師としても確かに尊敬できる方ではあるが、あの方の趣味には正直ついて行けそうにない。
 よい意味でも悪い意味でも、北斎様の教え子というのは納得の行く話だった。

「……ん?」
「どうかされたのですか?」
「……いや、気の所為だろう」

 水面が不自然に波打ったような気がしたが、大方、魚でも跳ねたのだろうと自分を納得させた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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