【Side:太老】

「ふう、すっきりした。ゴミ掃除は終了と。プチコマ、映像を記録しといてくれ」

 パンパンと手を叩いて、シンシアの周囲に居るプチコマに指示をだす。
 こう言うバカは学習能力が無いからな。徹底的にやっとかないと禍根を残す。それが原因で俺はともかくシンシアに何かあったら大変だ。

「やっぱり、男性聖機師と相性が悪いな。水穂さんの言ってた事が凄く不安になってきた……」

 頭をポリポリと掻きながら、先日の水穂との通信のやり取りを思い出していた。
 ちなみにその相性が悪い男性聖機師、さっきのバカは遺跡の外壁、よく目立つところに素っ裸にして吊してある。
 身体中に『短小』や『包茎』と言った身体的特徴を卑下した落書き付き。おまけに首からは『幼女に手を出した犯罪者です』とこれ以上ないくらい完璧に罪状を記した木製のプレートをぶら下げてだ。
 このまま解放しても、大方お決まりの男性聖機師だからと言う理由で、形式だけの簡単な罰で済ませられる可能性が高い。
 それではまたバカをやらないと限らないし、プチコマに映像を記録させておいて、次に何かあったらこれを大陸中に告知してやるつもりでいた。

「シンシアはあっちを見るなよ。目が腐るからな」
「うん」

 今回ばかりは、さすがに堪忍袋の緒が切れた。シンシアを巻き込もうとしたバカに同情の余地は無い。
 とはいえ、一つだけ失敗だったのが――

「バカに構い過ぎて、もう一人の方は逃がしちまったな……」

 どさくさに紛れてもう一人の仲間は逃げ出したようで、動かなくなった二体の聖機人が放置されていた。
 一体は仲間を見捨てて逃げ出した奴の物。もう片方は、あそこに吊されている男の機体だ。
 まあ、もう一人の方はまだ止めようとしていた分、多少はまともそうな奴だったし、こいつのようなバカな真似はしないだろう。

(しかし男性聖機師って言うのは、なんでこんな奴が多いかな)

 コイツ等自身もバカだが、修行と言うなら常識を学ばせる方が先だろう。
 男性聖機師がどれだけ偉いか知らないが、こんなバカを平然と卒業させる学院も問題だ。
 幾ら男性聖機師が少なくて貴重だからと言っても、何事にも限度がある。

(その辺りをなんとかしないと、シンシアやグレースにちょっかい掛けてくるバカがまた出て来かねないしな)

 先の事を考えると頭が痛い問題だった。
 まあ、二人に何かあれば黙っているつもりは無いが……。

「でも、なんだったんだ? 『ZZZ(トリプルゼット)』なんてタチコマにインストールした記憶ないんだけどな?」

 男性聖機師の件は一先ず保留とするにしても、そこだけがよく分からなかった。
 前にオリジナルのソフトをタチコマにインストールした記憶はあるが、そこに『ZZZ(トリプルゼット)』なんてプログラムした記憶はない。
 全く身に覚えの無い話だ。だが、現にシンシアの悲鳴が引き金となって、『ZZZ(トリプルゼット)』は発動してしまった。

(シンシアが起動させたのは間違いないようだけど……)

 恐らくはMEMOL(メモル)のマスター権限を持つシンシアだからこそ、MEMOL(メモル)がそのシンシアの危機に反応したのだと俺は考えた。
 しかし聖機人の亜法動力炉を停止させるなんて真似、オリジナルの『ZZZ(トリプルゼット)』にも無かった能力だ。
 通信亜法の応用で聖機人のシステムに介入したとも考えられるが、詳しく解析してみない事にはハッキリとした事は何も分からなかった。

「まあ、いいか。シンシアも、こうして無事だったんだし」

 何はともあれ、こうして無事だったのが一番だ。この件は後で調べれば、ハッキリとするだろう。
 くすぐったそうにするシンシアの頭を優しく撫で、怪我がない事を再度確認して『無事で良かった』と心から安堵した。
 まあ、かすり傷を一つでも負っていたら、あの程度では絶対に済まさなかったがな。
 即座にこの映像をテレビ中継して、完膚無きまでに社会的に抹殺――

「プチコマ……。映像を記録してるだけだよな?」
「パパ、あれ」

 シンシアの指差す先。遺跡を中心に広がった空間モニターに、遺跡の壁に吊された男の全裸映像が流れていた。
 ここで俺は自分の冒した失敗に気付く。先にMEMOL(メモル)とのネットワークを遮断させておくべきだった。
 怒りで頭に血が上っていて、プチコマがこの騒ぎの元凶だと言う事をすっかり忘れていた。

【Side out】





異世界の伝道師 第195話『悪意には悪意を』
作者 193






【Side:フローラ】

「……これは明らかに太老殿の仕業ね」
「……お兄様ですわね」
「……太老しかおらぬじゃろうな」

 そこだけは全員の意見が一致していた。テロに呼応するかのように突如起こった予期せぬ事態。
 私も全く予想していなかった大事件が、ここシトレイユの式典会場で起こっていた。
 空一面に広がる数え切れないほどの空間モニター。そこに映し出された青い『ZZZ』の文字。
 そして全ての亜法機器が、まるで時が停止したかのようにピタリと動きを止め、私達の目の前には信じられないような光景が広がっていた。

「どうされるのですか? お母様」
「どうする気じゃ? フローラ伯母」
「私に訊かれても困るのだけど……。太老殿に言ってくれない?」

 こうなった責任の原因は私にあると言った様子で、責めるような視線と言葉を向けてくるマリアとラシャラちゃん。
 まあ、原因の一端が私にあるのは確かに認めるところではあるけど、さすがにここまでの事態になるなんて予想しているはずも無かった。
 会場の外、遺跡の周囲に停泊していた全ての船が亜法結界炉の停止により浮力を失い、湖に落下したのだ。
 幸いな事に式典の最中だった事もあって、殆どの人達は会場に集まっていたため人的被害は出なかったものの、約三割の船が水没すると言った大きな被害がでていた。
 しかも沈んだ船は、実用性の低い見栄えばかりの大きく豪華な船ばかり。買えば、それなりの金額がする高額な船ばかりだ。

「わ、儂の船が……」
「ああぁぁ……。二十年ローンで買ったばかりなのに……」

 弱々しく膝をつき、湖の方を見て涙を流す諸侯達。沈んだ船の持ち主達だ。
 見ているこちらの方が痛々しくなるほど、どんよりとした暗いオーラを全身に身に纏っていた。

 正直に言って、最悪と言えるほどに今回の件は間が悪かった。
 大陸中から名のある諸侯が大勢集まる重要な式典とあって、どこの国の諸侯も張り合うかのように豪華な船に乗ってきていた。
 今回の式典のために借金をしてまで新しい船をこしらえた者も少なく無いと言う話だ。
 それを一瞬にして失ってしまった被害者の気持ちを考えれば、掛ける言葉すら見つからない。

「見ているこちらが痛々しくなりますわね……」
「うむ……。少し可哀想な気がせんでもないな」

 とはいえ、二人と違って同情はしていなかった。
 それと言うのも連盟に参加の意思を示さなかった、それも事前の調べでハヴォニワや正木商会に反感を持っていた国の諸侯ばかりが被害に遭っていたからだ。
 証拠は全くないが、太老が何か細工をしたのでは無いかと疑ってしまうくらい、偶然としては出来すぎな話だった。

(でも、亜法結界炉を停止させる信号だなんて……。それも聖機人の亜法結界炉まで……)

 原因は恐らく、あの青い信号。タイミングから考えても、それ以外には考えられない。
 今回のように諸刃の剣となりかねない技術ではあるが、使い方次第では強力な切り札となる技術だ。
 私にも、この事は知らされていなかった。だとすれば、彼が秘密裏に開発していたと言う事になる。
 それをこのタイミングで使った意味、それは恐らく――

(考えられるのは、教会と他国への警告)

 それしか、考えられなかった。彼は本気で世界を統一するつもりなのだ。
 勿論、私もそのつもりで今回の連盟の話をだした訳だが、彼は更にその先を考えていた。

(各国の諸侯もそうだけど、教会からも追及されそうね……)

 ただでさえ、黄金の聖機人はそれ一機で国を攻め落とす事が出来ると噂されるほどだ。
 聖地で行われた武術大会以降、最強の聖機師であると同時にハヴォニワの切り札、史上最強の戦略級兵器として彼の聖機人は各国に認知されている。
 そこに加えて、亜法結界炉を停止させる技術があると知れれば、それを教会や他の国々が黙っているはずもない。

(今まで以上に敵も味方も多くなるかもしれないわね……)

 まだ黄金の聖機人だけであれば、有用な聖機師が現れたと言うだけの話で済む。
 しかし、聖機人の亜法結界炉を外部からの干渉で停止させる事が出来る技術となると話は全くの別だ。
 聖機人の有用性が覆りかねない技術。最悪の場合、聖機師の存在意義にも関わって来る重要な問題だった。

「ぶっ!」
「ちょっ、ラシャラさん!? 突然、なんですの!?」

 ラシャラちゃんが、口に含んでいた飲み物を、マリアに向かって勢いよく吹きだした。
 当然怒り心頭と言った様子でラシャラちゃんに抗議するマリア。
 しかしその声が聞こえてないのか、先程から同じ方角ばかりを見て、ポカンとした表情をラシャラちゃんは浮かべていた。

「先程から何を見てるのです……か。なっ!?」
「あらあら……。これは……」

 先程まで青い文字が浮かび上がっていた空間モニターに、今度は身体中に落書きをされ、しかも首から木のプレートのような物を掛けた全裸の男の姿が映し出されていた。
 なんとなくではあるが、誰がやったのか手に取るように分かる。恐らくは彼の怒りを買ったのだろう。
 胸元に大きく書かれた『包茎』と言う文字が一際目立っていた。

「被ってますわね」
「被っておるな」

 どこでそんな言葉を覚えたのか、本人が聞いていたら卒倒しかねないトドメの言葉を、平然と口にする二人だった。

【Side out】





【Side:モルガ】

「なんで、亜法結界炉が急に止まるんだよ!?」
「ああっ、もう! このままじゃ沈んじゃう!」
「最初から、沈んでますわよ?」

 私のツッコミは二人の耳には届いていなかった。
 目の前ではグレースとワウが慌てた様子で、ああでもない、こうでもないと亜法結界炉の復旧作業を行っていた。
 ここは湖の底。ワウと商会の技術力を結集して造りあげたと言う、フローラ様の新造艦『マーリン』の中だ。
 従来の船とは違いあらゆる状況を想定して造られたこの船は、空だけでなく陸や水上、更には水中でも航行が可能な万能戦艦だ。

 太老様の船『カリバーン』で収集されたデータを元に造られた別名『魔女の杖』。
 他にも様々な仕掛けが施されており、誰の目にも触れず機体を隠しておくには打って付けの環境を備えていた。
 私とワウの聖機人を乗せ、万が一の事態を想定して、ここに船を隠してあったのだが――

「ああ、もう! とんだ未完成品じゃないか!」

 グレースの悲鳴が船内に木霊す。ここでまさかのエンジントラブルに見舞われ、船は湖の底から動けなくなっていた。
 船だけではない。聖機人も亜法結界炉が完全停止し、コクーン状態から起動すら出来ない状態だ。これでは身動き一つ取れない。
 船に使われているような大型の亜法結界炉が停止するなんてハプニングは、私の知る限りでも滅多にある話ではない。
 全く無いと言う訳では無いが、先程まで好調に動いていた亜法結界炉が、突然なんの前触れもなく停止するなんて事は通常で考えればまずありえない話だった。

「フェンリルを作ったのはグレースでしょ!?」
「蒸気動力炉はワウのだろ!?」

 と、冷静さを欠き、遂には責任の擦り付け合いを始める二人。
 この船にも蒸気動力と亜法動力のハイブリッドである『フェンリル』と呼ばれる商会の新型動力炉が搭載されているとの話だが、それでも亜法結界炉を使っている事に変わりは無く、メイン動力である亜法結界炉が停止してしまえば当然ではあるが船は動かない。
 しかも外は水中。どこにも逃げ場などない。言ってみれば、船の中に閉じ込められたと言う事だ。

「……なんでモルガ様一人だけ、そんなに落ち着いてるんですか?」
「フローラ様も地上に居るし、そのうち救出部隊がくるでしょ?」

 ワウの質問に『私だけならこのくらいの湖、泳いで脱出する事も出来るもの』と話すと、グレースが『それだ!』と何かを思いついたかのように声を上げた。

「タチコマに乗って脱出すればいいんだ。私のタチコマは優秀だからな!」

 そう言って、小さな胸を張るグレース。でも――

「タチコマってあれの事よね?」
「へ?」

 船の外、窓の向こう側にグレースの自慢する銀色のタチコマの姿があった。
 いつの間に船外に出たのか、もう一機、色違いの青いタチコマと何やら話をしているようで、さっきからずっとあの場所に居た。

「こら、何やってんだ! 戻って来い!」

 ドンドンと強化ガラスを叩いてタチコマを呼ぶグレース。
 しかし肝心のタチコマには全くその声が届いていないようで、遂には青いタチコマと一緒に船から離れていってしまった。

「あ、あのポンコツロボット! マスターを見捨てて逃げるなんて!?」

 さっきまでは優秀と自慢気に胸を張って言っていたのに今は『ポンコツ』と悪態を吐くグレース。
 プルプルと肩を震わせながら、怒りの籠もった眼で船から離れていくタチコマを睨み付けていた。
 怒っているのは見て分かるけど、その場で地団駄を踏む様が年相応で可愛らしい。正直なところ迫力に欠ける。
 その様子を黙って見ていたワウも遂には我慢出来なくなり、腹を抱えて大声で笑い始めた。
 当然その反応にグレースが大人しくしているはずもなく、またワウと言い合いの喧嘩へと発展していく。
 この二人、本人が気付いてないだけで似た者同士なのかもしれない、と二人のやり取りを見ていて私は思った。

(フローラ様の言った通り、面白い子達ね)

 これなら確かに退屈はしそうにない、と私は笑みを溢す。
 太老様にお会いする事が一番の目的ではあったが、それ以外のところでも退屈な王宮暮らしよりはずっと楽しめそうだ。

(それに私の勘が正しければ、このトラブルもきっと……)

 亜法結界炉が停止しただけでなく、通信機を含めた全ての亜法機器が使えなくなっているため外の様子は分からないが、このタイミングでの故障が偶然とはとても思えない。
 噂に聞くような御方であれば、この常識外れとも言えるような事をやってしまいそうな、そんな予感が私の中にはあった。

(益々、興味が湧いてきましたわ。黄金機師、正木太老様)

 そして私達が助け出されたのは、これから五時間も後の事だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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