【Side:ラシャラ】

「ラシャラ様。キャイア殿をご存じありませんか?」
「なんじゃ? 寮におらぬのか?」

 書斎で本国から届いた書類に目を通していると、マーヤが珍しく困った様子で我を尋ねてきた。

「はい。今朝早くから裏庭で鍛錬をされている姿を目撃したきり、お姿が見当たらないのです」
「ふむ……。散歩にでも出掛けたのかの?」

 確かにキャイアは我の護衛機師ではあるが、何も四六時中一緒にいなければならないと言う訳ではない。
 キャイアとて、プライベートの時間くらいはある。それにこの聖地で、ましてや寮を襲ってくるようなバカはさすがにおらんはずじゃ。
 ミツキやワウが色々と手を回して寮の警備を強化してくれておるようじゃし、万が一の事態など余程の事が無い限り起こりそうもない。
 とはいえ、気掛かりなのは先日の事件の事じゃった。

(あ奴も不器用じゃからの……)

 我の命を狙った輩。そしてキャイアを危機から救ったという白い聖機人。あのスワン襲撃事件以降、キャイアの様子が明らかにおかしかった。
 剣の鍛錬に励んでおるかと思えば、食事時にも何か考え事をした様子で物思いに耽る毎日。

 ――黒い聖機人に手も足も出ず、白い聖機人に助けられた事で聖機師としてのプライドを傷つけられたか、
 ――我の護衛機師の身でありながら、何も出来ずに気絶した事に責任を感じておるのか

 何れにせよ、キャイア自身の問題と放って置いたが、そろそろ一言注意すべきかどうか悩んでいた。
 ダグマイアとの事もある。
 聖武会の一件でエメラが学院を去った後、あの事件にダグマイアが関与していた事をまだ気にしておるのは見れば分かる。
 そこに加えて今回の事件。キャイアなりに思うところがあったのやもしれぬ。

「それでキャイアに何用じゃ?」
「先程、式典用の衣装が到着しましたので、その衣装合わせにと」

 一週間後、聖機師の授与式が行われる予定となっていた。
 女性聖機師は、その式典で教会から『聖機師』の資格を授与される事で、正規の聖機師として初めて名乗る事が許される。
 謂わば、学院に通う聖機師達はまだ卵のようなものじゃ。言ってみれば聖機師候補、『準聖機師』と言った方が正しい。
 例年通りであれば、もう少し早く開催されておるはずじゃったのじゃが、式典が行われるはずの闘技場があのような事になってしまい延期されていた。
 じゃが、闘技場が予想以上に早く復旧したとの話で、そこで式典が執り行われる事が決まったのじゃった。
 夏までは掛かると予想していただけに、その報告には驚かされた。
 タチコマがこうした作業に適しているというのもあるじゃろうが、商会の……いや、太老のところの侍従達の有能さが窺える。

「まあ、腹が減れば帰ってくるじゃろ」
「また、そのような……」
「もう暫くは様子を見る。これはあ奴自身で答えを出さねばならぬ問題じゃしの」
「……そこまで仰るのでしたら、私からは何もございません」

 マーヤ達にも心配を掛ける事は間違いないが、我はキャイアの主として安易に手を貸すような真似をしたくは無かった。
 その結果、キャイアが我の元を去るような事があったとしても、その時はその時じゃと考えておる。
 ダグマイアの件にしても、メスト家の人間を好きになってしまった以上、キャイアの取れる選択は限られている。
 宰相のババルンと我が敵対関係にある以上、我の従者を続けていれば、いつかはダグマイアとも戦う事になるやもしれぬ。
 我に皇族としての義務と責任があるように、キャイアに聖機師の義務と責任がある事は承知しておるつもりじゃ。
 じゃが、義務だからと言って割り切れるほど、人の感情とは単純に出来てはおらぬ。

 ――好きな相手のために生きるか
 ――護衛機師としての使命を全うするか

 それはキャイア次第。我は、それを強要するつもりも束縛するつもりも無かった。

【Side out】





異世界の伝道師 第208話『義兄の気遣い』
作者 193






【Side:太老】

「お前まで、こっちに来てたなんてな。お互い、マッドに苦労させられるな……」
「うん、まあ……太老兄はいつからこっちに?」
「もう二年になるな。剣士は?」
「四ヶ月くらい……」

 まさか、剣士がこちらの世界に来ているとは思ってもいなかったので驚いた。
 でも、俺だけでなく水穂がこちらの世界に飛ばされてきたくらいだ。
 俺と同じくらいマッドとの関係が深い剣士が、こちらの世界に飛ばされてきていてもなんら不思議では無い。
 それに――

(ずっと忘れてたけど、本来ここに居るのは剣士だったはずだしな)

 頭の片隅に知識として残っている『異世界の聖機師物語』と呼ばれる空想の物語。しかしその舞台は現実として俺の目の前にあった。
 ジェミナーと呼ばれるこの世界こそが、柾木剣士が主人公として活躍する予定だった物語の舞台だ。
 時期とか物語の詳細とかは全然記憶に無いが、剣士が現れたと言う事はそれは即ち物語のはじまりを意味していた。

(でもま、俺には関係の無い話だな)

 だが、だからと言って何かが特に変わると言う訳ではない。元々、剣士の物語に介入するつもりは俺にはないからだ。
 自分の尻は自分で拭け、と言う柾木家の家訓もあるが、それ以上に平穏に今を過ごせれば俺はそれだけで満足だった。
 第一、原作の話は剣士が主人公だという以外、殆ど何も知らないも同然なので、俺自身この先どうなるかなど全く分からない。
 俺がこの世界に来た事で、歴史が変わってしまっている可能性もある。下手に介入をして、面倒事に巻き込まれたくはなかった。

(まあ、剣士なら俺の助けなんていらないだろうしな……)

 更にぶっちゃけた話をすると、剣士の方が俺よりも優秀だ。
 剣術の腕は俺より上、料理と家事はプロ級の腕前だし、父親が建設関係の仕事をしているとあって日曜大工はお手の物だ。
 更には手先が器用で、大抵の事は一度教わっただけで人並み以上になんでもこなす。
 はっきり言って、こんな完璧超人に俺の助けなど不要だ。そもそも、俺の方が助けて欲しいくらいだった。

(でも俺の問題は、さすがに剣士に相談してやるのは可哀想だしな……)

 俺が悩んでいる事。それは大抵女性関係の悩みなので、そっち方面だけは同じ『マサキ』の宿命を背負う剣士に相談してやるのは酷と言うものだ。
 剣士もまた例外に漏れぬ柾木の男子。早速、侍従達に襲われるといったハプニングに見舞われているくらいだ。
 望む望まないに関わらず、女と関わり合いを持つ騒動に巻き込まれると言う点は、俺と大した差が無かった。

「太老様のお身内の方とは知らず、大変なご無礼をしました!」
『申し訳ありませんでした!』
「いや、気にしてませんから……頭を上げてください」

 一斉に頭を下げる侍従達。誤解があったとはいえ、剣士を不審者と間違えて襲ってしまったそうだ。
 まあ、確かにこんな森を一人で彷徨っている怪しい人物がいれば、不審者と間違えても不思議では無い。しかも罠の位置を一発で看過し、捕獲しようとした侍従達の攻撃を簡単に回避してみせたというのだから尚更だ。尤も、剣士の実力をよく知っている俺からすれば全然不思議な話ではなかった。
 過去に俺が発明した『虎の穴』と呼ばれる訓練用シミュレーターの最高難易度を、いとも簡単にクリアした実績を持つ剣士だ。
 俺と同じく鷲羽お手製の罠の張り方にも耐性がある事から、このくらいの罠を見抜けないような粗末な鍛えられ方はしていない。
 それに剣術の腕は間違い無く、俺よりも剣士の方が上だ。近接戦闘で侍従達が手も足も出ないのも無理のない話だった。

(ここに居る全員で掛かっても、剣士には勝てないだろうしな)

 剣士を襲った三人は、お側御用隊に勤めるメイド隊の中でもエリート中のエリートと呼べる侍従達だ。
 水穂のだした課題をクリアした人材と言うだけあって、情報部・警備部を含めてもトップクラスに入る実力の持ち主達だ。
 だが、それでも剣士には遠く及ばない。それほどの実力を剣士は秘めていた。
 勝仁ほどではないにしても、間違い無くあの世界で上から数えた方が早い実力者だ。
 単純な剣の技量という点に置いては、水穂ともそこそこ戦えるほどのレベルだと、俺は剣士の事を高く評価していた。

 幾ら、うちの侍従達が優秀だとは言っても、そんなバケモノじみた力を持つ剣士に敵うはずもない。
 ユキネやコノヱ、それにミツキでも、剣士が相手では二分と保たないだろう。
 そう言う俺も、あれから更に実力を付けたであろう剣士に正面から戦って勝てる気は全くしなかった。
 剣士と正面からやり合って勝てそうな人物といえば、この世界なら思い当たる限り水穂くらいしかいない。
 水穂クラスになると完全な別格。そもそも人間の基準で比べてはいけない。アレは達人とか、そう言ったレベルを遥かに超越したものだ。

「しかし、タイミングが悪かったな。丁度、食材確保を兼ねてメイド隊の訓練をしてたんだよ」
「訓練? それで、こんなに罠が……」
「習うより慣れろ、ってのが基本だからな。俺達もよくやったよな」
「うん……。太老兄の仕掛けた罠の方が遥かに厄介だったけどね……」
「何か言ったか?」
「ううん、何も……」

 習うよりも慣れろ、俺達が勝仁との鍛錬で学んだ事の一つがそれだ。
 山に籠もって修行をした日々の事が、今でも鮮明に思い出される。そのくらいアレはハードな鍛錬だった。
 まだ、この森に設置している罠など、あの修行の日々に比べれば随分とマシな方だ。

「太老兄、魚焼けたよ」
「おっ、サンキュー。剣士の手料理を食べるのも久し振りだな」

 剣士から焼けた魚を受け取って、それをフウフウと息で冷ましながら一気に口に頬張る。
 絶妙な塩加減と焼き方。ただ串に刺して魚を焼くと言うだけの行為なのに、剣士の用意した焼き魚は絶品の味だった。
 俺が自分でやると、こうはいかない。さすがは柾木家直伝の腕前と言ったところか。
 砂沙美にノイケ、それに剣士の母親の玲亜さんも料理が上手かったからな。よく台所に立って見よう見まねで手伝っていた剣士が料理上手なのも頷けるというものだ。

 ――俺はどうなんだ、って?

 俺は基本的に食べる専門だ。阿重霞や魎呼ほどじゃないけど……あれはやらないじゃなく、出来ないだからな。
 近くに出来る人が居ると、なかなか上達しないもんなんだよ。知識としてはレシピとか頭に入ってるんだけどな。
 砂沙美やノイケのレベルになると、知っているだけで味の再現は困難だ。
 レシピ通りにやるだけで誰でもプロの味がだせるのなら、プロの料理人なんていらないだろう?
 俺に出来る事といえば、精々レシピ通りに料理を再現する事くらいだ。その味は当然だが、オリジナルには遠く及ばない。
 普通に食べる分には全く問題の無い出来だとは思うのだが、そうした美味しい料理ばかり食べ慣れていると物足りないのは確かだった。

「相変わらず、美味いな。これなら、嫁の貰い手には困らないな」
「太老兄……俺、男だよ?」

 いや、多分剣士なら『嫁』という表現の方が似合っていると思うぞ。
 専業主夫なんかやらせると凄く似合いそうだ。ある意味で天職か?
 まあ、選択肢の一つとしては悪くは無いと思う。昔と違って、今は強い女性が多いからな。特に俺達の周りとか……明らかに強すぎる個性的な女性ばかりだ。
 結婚とか付き合ってもいないのにまだ考えられないが、将来その内の誰かと一緒になっても、確実に尻に敷かれる自信があった。
 自慢にもならない話だが、前例を嫌と言うほど見てきているしな。実際、目の前に居る剣士の実兄や父親も、その中の一人だ。

「態々、こんな森の中で食べなくても……」
「はあ……分かってないな。こうして自然の中で、獲りたてのを食べるのが良いんじゃないか」

 訓練という名目が無ければ、『行儀が悪い』と言って説教される行為だ。特にマリアはこうした事に口五月蠅い。
 普段から食べている料理も美味しいには美味しいのだが、こうした野性味溢れる食事が恋しくなるのも事実だった。
 結局のところ、侍従達の訓練というのは建て前で、これが一番の楽しみでやっているようなものだ。
 いつもは自分で用意するのだが、こうして剣士と再会できた事で美味しいサバイバル料理にありつけたのは幸運だった。
 侍従達に任せると屋敷で食ってるのとそれほど変わりが無いからな。こんな場所でフルコース料理なんか食べたくない。

「そう言えば、こんなところで何してたんだ? ここって一応立ち入り禁止区域だから、許可無く入る事は禁止されてるはずだけど?」
「そうなの?」

 学院周辺の森はシュリフォンの管轄となっていて、固く立ち入りは禁止されている。
 偶然、最初に発見したのが俺達だったからよかったが、シュリフォンの警備隊に見つかっていたら不法侵入の罪で捕縛されても文句は言えないところだった。
 見たところ学院の制服を着ているようだし、学院の関係者であれば拷問されるような事は無いだろうが、罰掃除や謹慎くらいは言い渡されてもおかしくない。

「ああ、俺はちゃんと許可を得ているけど……そうだ! 剣士、お前もよかったら商会(うち)で働かないか?」
「え? 太老兄のところで?」
「食べる物に困って森の中を彷徨ってたんじゃないのか?」

 ドールと言う前例もある。
 剣士が今どんな生活を送っているのかは知らないが、金が無くて食べる物にも困っていると言うのであれば知らない仲ではない。そのくらいは助けてやってもいいかと考えた。
 勿論、働かざる者食うべからず、というのがうちの家訓だ。
 労働と言う名のそれなりの対価は頂くつもりだが、仕事に見合った十分な報酬は支払うつもりでいた。

「あの……俺も一応、ここの生徒なんだよ?」

 制服を着ているからもしかして、と思っていたが、やはり学院の関係者だったようだ。
 確かにここの生徒なら大食堂を自由に利用できるので、腹を空かせてそこらで野垂れ死ぬような事は無い。

「でも、ここの学費って結構高いんだけどな……。いい人に拾われたんだな」

 特権階級の子息女が通うというだけあって、学費がありえないほど高いのがこの学院の特徴でもある。
 例えるなら、豪邸とまでは言わないまでも庭付き一戸建ての家が買えてしまうような金額だ。
 平民がおいそれと支払えるような金額では無い。少なくとも、生活面で不自由をしている様子は無いし、待遇もそれなりに良い事が窺えた。
 これで不満があると言ったら、それは贅沢と言うものだろう。

「いい人……なのかな?」

 なのに、返事に困った様子の剣士。なんとなくではあるが、剣士も苦労してるんだな、と思った。
 柾木家の女運の悪さは、こうしたところでもちゃんと受け継がれているようだ。アレはもはや呪いと言っても良い。
 大方、剣士も俺と似たような状況に身を置いているに違いない。実の兄からしてアレだしな。
 同じ男として、ここは深くは突っ込んでやらないのが優しさと言うモノだろうと考えた。

「まあ、困った事があったらいつでも尋ねてきな。それと森の件は、話を通して置いてやるよ」
「いいの?」
「たまには、アニキらしい事をしないとな」

 腹が減って森の中を彷徨っていた訳ではないのなら、大方いつもの趣味だろうと考えた。
 剣士の気持ちも分からない訳ではない。高級食材ばかりを使った美味しい料理も、毎日だと飽きるしな。
 特権階級の子息女ばかりが通うこの聖地など、その辺りが顕著だ。

「そう言えば、今は学院の寮で暮らしてるのか?」
「えっと……一応、従者をやってるんで……」
「従者? さっき言ってたお世話になってるって人か」

 従者と言うからには、相手はそれなりに名の知れた大貴族の可能性が高い。
 剣士の学費をポンッと用意してくれるような人物だ。金持ちなのは間違いないだろう。
 それにここ聖地は修行の場。学院の関係者、各国を代表する王族、もしくはそれなりの地位を持った大貴族を除いては、従者を連れてくる事は禁じられている。

「それじゃあ、ちゃんと挨拶に行かないとな」
「え?」
「家族がお世話になってるんだから当然だろう? どんな人かなー?」
「太老兄!? なんか、楽しんでない!?」
「気の所為だ。気の所為。義弟(おとうと)の事を心配する義兄(あに)の気持ちがわからんとは、俺は悲しいぞ……」

 まあ、実際には剣士の言うとおり、どんな人なのか興味はあった。
 剣士の反応を見る限り十中八九――

(女の人だろうな)

 確認するまでもない。それだけは確信していた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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