【Side:メザイア】

「正木太老……噂以上のようね」

 決闘の不正を一目で見破った観察力は侮れないものがある。少なくとも、あの歳であれだけの慧眼を持っている生徒は他にいないはずだ。
 正木太老――ハヴォニワの大貴族にして、大商会の主。そして世界最強の聖機師。
 ハヴォニワの革命に始まり、貴族の大粛正。そしてシトレイユでの決闘騒ぎなど、彼の逸話は事欠かない。
 聖武会の一件もあり、ここ聖地でその名を知らぬ者は居ないとまで言われるほど有名な人物だった。

 ――キャイアが子供扱いされたという武術の腕前
 ――学院長やあのババルン卿を相手に、互角以上に渡り合ってみせたという度胸と知略
 ――数々の伝説を残す『グウィンデルの花』と呼ばれたフローラ女王やゴールド皇妃を上回るかもしれない才覚

 これが事実なら、ここで教えるような事は何もない。逆に教師の中に、彼に教えを乞いたいと考えている者達が居るくらいだ。
 はっきりとした事は言えないが聖武会の戦いをみても、まともに立ち会えば私でも敵わない実力を隠しているのは間違いない。

「これから、大変な事になりそうね」

 教会が彼の聖地入学を強く進めたのは、何も聖機師の義務や責任だけに囚われての事ではない。
 戦略的価値があるほど強力な聖機師を自分達の手元に置き、監視を付けたかったという方が理由として大きいはずだ。
 私の見立てが確かなら、彼一人で大国を相手に戦えるほどの力を有している事になる。当然、そんな危険人物を野放しに出来るほど、教会は寛容な組織ではない。
 教会に所属しているならまだしも、彼はハヴォニワの聖機師だ。その牙が教会に向かないとも限らない。
 ましてや、保守的な考えを抱く教会にとって、彼の思想は危険なものだった。
 革命に貴族の粛正と、時代の変革の中心に居るハヴォニワ。その原動力となっている彼を、現状維持を強く求めている教会が危険視するのは無理のない話だ。

「でも、悪い子ではないようだし……」

 決闘で不正を働いた女生徒達への配慮といい、ラシャラちゃんも懐いているようだし、キャイアのあの反応も面白かった。
 少なくとも教会が言っているような、世界の理を破壊しようとしている金色の悪魔≠ニ言った感じでは無い。
 彼を悪魔のように言う人達もいれば、逆に彼の事を英雄や救世主と呼ぶ者も少なく無い。
 結局のところ、自分に利があるかどうかというのが彼を肯定する人、否定する人達にとって重要な事なのだと考えさせられる。

「私にとって、彼は悪魔か英雄か……」

 聖地で武術教師という役目に就く身としては、仮にも教会所属という立場を考えると、私は彼を否定する立場にあるのかもしれない。
 しかし、ここの教師は全員が教会のやり方に服従し、心酔している訳ではない。
 様々な国を出身に持つ、雇われ教師が大半というのもあるが、学院長を筆頭に教会の中でも柔軟な考え方を持つ人達が大半だ。
 これも時代の流れと受け入れている人達の方が、保守的な考えを持つ者よりも遥かに多かった。

 大半の一般人にとっては平和に過ごせ、生活が保障されているのであれば、特に他の事は気にしないものだ。
 王族や貴族をはじめとする権力者の顔ぶれや都合など、多くの国民にとってはどうでも良い話。
 権力争いなど、彼等にはどうする事も出来ない雲の上の出来事だった。

 それにここは聖機工をはじめとする技術者や、教師を進んでしているような知識人が多い。
 正木商会の所有する教会にも無い技術と知識。それに触れる機会を持ちたいと考えている人達は少なくない。
 彼から逆に生徒として学びたい、と考えている教師達の大半は、教会の建て前よりも知識欲に忠実なだけだった。

 実際のところ、教会内部で彼の存在に危機感を抱き、頑なにその存在を否定しているのは既得権益を持つ一部の権力者達だけだ。
 教会の管理する先史文明の技術という優位性。そして調停者としての役割と管理者としての立場。
 今まで教会が独占してきた莫大な権益が損なわれる事を危惧しているからこそ、彼の存在を認める事が出来ないでいるだけだった。

「教会の思惑なんて、私には関係の無い話だものね」

 実のところ、教会本部から彼の監視を言い渡されていた。正木太老を監視し、逐一情報を寄越せというのが命令の内容だ。
 同僚のユライトも似たような命令を教会本部から受けていたようだが、私は律儀にそれを守るつもりは無かった。
 少しでも情報が欲しいと言うのもあるだろうが、自分達が優位に立てるカードが欲しいのだと推測する。
 それに学院長を経由しないで直接私達に命令してきたところを見ると、教皇様の意思では無く彼等の独断と考えて間違い無いだろう。
 結局、相手の粗探しをするくらいしか打つ手が無いと言う事だ。それだけ彼等が追い詰められている証明でもあった。

「私自身、彼を気に入っているし、キャイアとラシャラちゃんを悲しませるような真似をする訳にはいかないものね」

 学院長に恩はあっても、教会の老人達に義理立てする理由は私には無い。
 私は私のやりたいように、これまで通り大切な子達のために自分の信じる道を進むだけだ。
 どちらを取るかと訊かれれば、私は迷わずにあの子達の方を取ると断言できた。

 それに、自分の目で見てはっきりとした。
 教会の言うような嫌な男なら話は違っていたかもしれないが、そんな男をラシャラちゃんが好きになるはずがない。
 ラシャラちゃんは子供とは思えないほど鋭い感性と実力を備えた子だ。シトレイユの皇というのも頷けるほどに――
 類い希な度量と知略はさすがはゴールド様の娘と思える力を持ち、運命を自分の手で切り開いて行けるだけの強い意志を兼ね備えている。
 あの子はアレで人を見る目がある。特に金の匂いを感じ取る資質は母親譲りだ。(キャイア)より、男を見る目があると認めているくらいだった。
 教会の言葉とラシャラちゃんのどちらを信じるかと言えば、答えは分かりきっている。

「シワシワの老人より、ピチピチの美少女の方が良いに決まってるしね」

 男でも女でも、若い方が良いに決まっている。それが私、メザイア・フランの導き出した答えだった。

【Side out】





異世界の伝道師 第213話『平民の聖機師』
作者 193






【Side:太老】

「お兄様。この後始末、どうされるおつもりなのですか?」
「そうじゃぞ、太老。さすがにアレは我も無いと思う」
「いや、そんな事を言われても……」

 ステージの上で俺の弟として皆に紹介されたセレスと言う少年は、盛大な拍手で参加者達に迎えられた。
 だが、一つだけ言っておく。俺は一人っ子だ。義弟(おとうと)と呼べるのも、家族同然に一緒に育った剣士の他にはいない。
 可能性としては父親が不倫をして、その愛人相手との間に出来た子供と言う線も考えられるが、そんな真似をしたら即座にあの親父は宇宙の藻屑と化している。何かの比喩ではなく現実として十分に起こりえる可能性だった。
 樹雷皇や兼光だってキャバクラに遊びに行っても、取り返しの付かない本気の遊びはしない主義を貫いている。

 ――宇宙一恐いのは嫁

 それは内海が残した(死んでないけど)有り難い言葉の一つだ。
 樹雷の女を妻に持つ男性にとって、それだけは絶対にやってはいけない禁忌だった。

「何を言いたいかというと、俺の弟と言う線は絶対に無いって事だ」
「それは見れば分かります!」
「じゃが皆、信じておるようじゃぞ……」

 いや、マジでどうしたものかと頭を抱えた。
 ちょっとした余興のつもりだったのに、大袈裟に仕掛けをしたのが裏目に出てしまった。
 マリアとラシャラの言うように、早く誤解を解いておかないと後で大変な事になりそうだ。

「よし、剣士! 責任を持って、友達を助けて来い!」
「太老兄がそもそもの原因じゃないか!」

 いや、だってな。俺が行くと火に油を注ぎに行くようなモノじゃないか?
 俺の弟と紹介されたセレスに挨拶をしようと、沢山の人集りが出来ていた。
 はっきり言って、あの中に飛び込む勇気は俺には無い。

「そうですわね。お兄様があそこに行くのは、やめた方がよろしいかと思いますわ」
「うむ。前菜の後にメインディッシュを差し出すようなものじゃな」
「セレスくんが前菜……」

 この場合、前菜の方がマシだと思うのだが?
 明らかにメインディッシュ扱いされた俺の方が酷い目に遭うと言われているようなものだぞ。
 だが二人の言うように、俺も嫌な予感しかしない。少なくとも、あそこに行って無事に帰って来られるとは思えなかった。


   ◆


「で、結局……誤解は解けずにあやふやなままと」
「一応、手を回しましたけど……」
「少なくとも、セレスが太老の関係者と思われたじゃろうな」

 結局、問題があやふやなままパーティーは終了となってしまった。
 マリアが八方手を尽くしてくれたようだが、完全に誤解が解けたとは言い難い状況だった。
 少なくともラシャラの言うように、セレスが俺の関係者と認識された事だけは間違いない。
 気の弱そうな目立たない感じの少年が、一夜にして学院の有名人に早変わりと言う訳だ。

「僕、明日からどんな顔をして学院に行けば……」
「セ、セレスくん、元気をだして!」

 一先ず、騒ぎが収まった俺達はセレスに事情を説明し、今後の事を相談するために商会支部の居間に集まっていた。
 部屋の隅で三角座りをして、暗い影を背中に落とすセレス。そして、そんなセレスを慰める剣士。
 こんな光景を見せられると、さすがに罪悪感が湧いてくる。
 剣士に向けた、ちょっとしたサプライズのつもりだったのだが、今回ばかりは悪ノリが過ぎた。

「まあ、剣士の友達なら太老の関係者というのも、あながち間違いではなかろう?」
「それに、お兄様の関係者なら少し……危険は多くなりますが、悪い話ばかりでは無いと思いますわ」
「危険!?」

 マリアとラシャラはフォローのつもりだったのだろうが、全く慰めの言葉になっていなかった。
 気の弱そうな少年が、更に脅えて縮こまってしまう。しかも、そこに追い打ちを掛けるラシャラ。

「太老は敵も多いからの。小さな妬みから勢力争いに逆恨みのようなものまで、理由は様々じゃが――」

 まあ、確かに俺は敵が多い。特に男性聖機師との相性は最悪と言っても良いほどだ。
 俺と仲良くすると言う事は、同じように男の敵が増えると言う事に他ならない。
 特に自分で言うのもなんだが、俺の周りは美女・美少女が多い。それが余計に男達の嫉妬の炎を燃え上がらせているのだと自覚していた。
 とはいえ、実際のところ当事者はそれほど羨ましい環境と言う訳ではない。見た目は綺麗だが、個性の強い女性ばかりだ。世間一般の男性が羨んでいるようなハーレム状態と言う訳ではなかった。

「ラシャラさん、怖がらせてどうするのですか?」
「いや、しかしじゃな……心構えがあるのと無いのとでは大違いじゃぞ?」
「それはそうですが……」

 話は戻るが、剣士の友達には悪い事をしてしまった。
 明日から授業がはじまろうと言う時に、俺と関わったばかりに敵を増やしてしまうなど不運極まり無い。
 ここは聖機師の卵が通う学院。聖機師の割合は圧倒的に女性の方が多い中、ここも『女の園』と言っても過言では無いほどに男女比率が女性に偏っている。
 だと言うのに、数少ない男子生徒に敵視されながら、あと何年もここで生活を送らなくてはならないというのは確かに不憫だった。
 俺は慣れているので今更な話ではあるが、彼は全く別だ。

「セレスくん、本当に悪かった。この通りだ!」
「お兄様!?」
「太老!?」

 部屋の隅で落ち込んでいるセレスの前に行き、誠心誠意土下座をして謝った。
 こんな事で罪を償えるとは思っていないが、それでは俺の気が済まない。
 今回は俺の過失によるところが大きい。まずは、ちゃんと本人に謝罪するのが先だと考えた。

「マ、マサキ卿! やめてください! 僕はそんなつもりじゃ――」
「いや、今回は全面的に俺が悪い。こんな事で許されるとは思っていないが、キミの学院生活を十分にサポートさせてもらうつもりだ」

 こうなったのが俺の責任なら、俺にはその責任をちゃんと果たす義務がある。
 セレスが学院で不便をしないように、全力でサポートするのが俺の罪の償い方だ。
 見た感じ気の弱い大人しそうな男の子ではあるが、これまでに見た高慢な男性聖機師と違って優しそうな良い子だ。

「剣士と仲良くしてやってくれ。俺の事も気軽に『太老』って名前で呼んでくれていいから」
「む、無理です! そんな畏れ多い事できません!」

 名前で呼んで良いと言っているのに頑なに拒絶するセレス。
 年上に対する礼儀も弁えた最近の若者の中では珍しいくらい良く出来た少年だった。

【Side out】





【Side:セレス】

「セレスくん、寮まで送っていくよ」
「あ、うん。ありがとう」

 平民出身の聖機師である僕は、同じ聖機師の男子生徒の中でも浮いている存在だった。
 この学院に入るまで剣一つ握った事なんて無かったし、勉強も村の子供達と一緒に大人達に教わっていたくらいで平均よりも低いくらいだ。
 普通の一般人と何も変わらない。ただ、亜法波の耐性が一般人よりも優れていて、聖機師としての資質があったと言うだけの話だった。

 僕のように一般人の中にも、極稀に亜法波の耐性が高い子供が生まれる事がある。
 でも、生まれながらにして特権階級として育てられてきた彼等と、小さな村出身の平民出の僕とでは最初から身分も何もかもが違う。
 この学院に通い始めて二年。思い出されるのは村での生活の日々。残してきた幼馴染みの事。
 二年経った今も、僕は学院の生活に馴染めずにいた。

「セレスくん。今日はごめん……」
「剣士くんの所為じゃないよ。それにマサキ卿……太老さんも謝ってくれたし」
「重ね重ねごめん……。太老兄って、いつもあんな感じだから」
「ううん、気にしてないよ。寧ろ、嬉しかったんだ」
「嬉しかった?」
「うん……。あんな風に僕の事を本気で心配してくれた人は、今までいなかったから」

 剣士くんの素性にも驚いたけど、一番驚いたのはあのマサキ卿が僕なんかに土下座をして謝ってくれた事だった。
 名字だと剣士くんと一緒で紛らわしいと言って、強引に名前で呼ばされる羽目になってしまったけど、あの人なりに僕の事を心配して言ってくれているのだと分かって少し嬉しかった。
 男性聖機師としてではなく、セレス・タイト個人と真摯に向き合ってくれたのはあの人だけだ。
 剣士くんのお兄さんと言うのも、納得の行く人物だった。

「良いお兄さんだね」
「ううん……。まあ、アレさえ無ければ良い人なんだけどね」

 そう言いながらも、剣士くんもお兄さんの事を嫌っている様子では無かった。
 少し演出過剰だった気もするけど、後になって考えてみるとアレも早く剣士くんが学院に馴染めるようにと、考えての行動だったに違いない。
 どちらかというと、その計画を台無しにしてしまった事を謝りたいくらいだった。

「剣士くん、これからよろしく」
「あ――うん!」

 初めて学院にきて出来た友達。この出会いが僕の運命を大きく左右する出会いになるとは、この時の僕は知る由もなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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