ハヴォニワ国内に網の目のように張り巡らされた地下空洞――
 長い歳月を掛け自然に出来たその地下部分には、ハヴォニワが秘匿する地下都市が存在した。

 地下に眠る先史文明時代の遺跡を利用して作られたその地下都市では、今も主要地を繋ぐ連絡トンネルや都市施設の建設が進められている。
 だが、この地下都市の存在はハヴォニワの重要な機密の一つとして、他国や教会にはその存在が秘匿されていた。
 地下都市の存在が秘匿されている主な理由は、緊急時の避難所や本拠地として使うためと言うのが主な名目。
 しかし本当の理由は、地下に存在する遺跡を教会から隠すのが主な狙いだった。

 地下に作られた先史文明の遺跡はここだけではない。聖地自体、元々は先史文明時代の遺跡の上に学院が建てられている。
 とはいえ、これほどの規模の遺跡はここを置いて他には無い。フローラが分散統治されていた国々を統一した主な理由も、この遺跡の確保にあったと言われている。
 いざという時の切り札として使うためにハヴォニワの先々代の国王がその存在を秘匿したのが、そもそもの始まりだった。
 公式ではハヴォニワの教会とされているが、コノヱの父である剣北斎が異世界から召喚されたのも、この地下に残された遺跡だった。

「まさか、山賊退治の次は地下都市の配属になるなんてな」
「でも、太老様が進められている重要な計画って話だし」
「ここで功績を上げれば出世間違いなしですの〜」

 三バカ……もとい『ハヴォニワの三連星』の名で有名な三人の女性聖機師。
 ハヴォニワ軍が誇るエースパイロット。タツミ、ユキノ、ミナギの三人だ。
 彼女達は今年から、ここハヴォニワの地下都市に配属をされていた。

 彼女達が配属されたのは、地下都市の中でも議会場や作戦指令室のある最も重要とされる宮殿区域――遺跡の中心ブロックだ。
 多くの機密を含む仕事のために、太老と繋がりの深い彼女達が選ばれたと言う訳だった。

「でも、凄い数のタチコマだな。どれだけいるんだ?」
「二十四時間休み無しで工事が進められてるって聞いたけど」
「それだけ重要な何かがここにあるって事か。私達が配属されたのも、その辺りの理由が関係あるのかな?」

 ユキノと話ながら、腕を組んで首を傾げるタツミ。
 無理もない。ここは聖機師といえど、女王の許可なしに立ち入る事を許されない重要エリアだ。
 地下都市の事は話には聞いて知っていたが、外の主要地へと繋がる外周エリアならまだしも、こんな中心部まで来るのは三人も初めての経験だった。
 軍人として下手な詮索は良くないと思いつつも、自分達がここに呼ばれたのは太老と顔見知りだったからとしか考えられないタツミ。
 そう考えると、ここでハヴォニワと正木商会が何をしようとしているのか、気にならないと言ってしまえば嘘になる。

「とにかく太老様のためにも頑張らないと!」

 しかしブルブルと頭を左右に振って余計な考えを振り払い、改めて気合いを入れ直すタツミ。
 ここに配属された主な理由は地下都市の警備と聞いているが、太老のためであればどんな危険な任務もこなしてみせると言語している三人。
 特にタツミは心酔しきっていると言っていいほどに、太老に憧れと強い想いを抱いていた。

「ほらほら、タチコマちゃん〜。天然オイルですよ〜」
『…………』

 タチコマを天然オイルで釣って遊んでいるミナギを見て、そのマイペースな振る舞いに疲れた表情を浮かべるタツミとユキノ。

「ここには遊びに来たんじゃなく、重要な任務できたんだぞ?」
「そうだぞ、ミナギ。太老様の信頼を裏切るような真似は出来ないんだからな!」
「う〜、そのくらいわかってますの。でも、タチコマちゃん達可愛いんですのよ〜?」

 タツミとユキノの言う事に、頬を膨らませて反論するミナギ。確かにタチコマは可愛い。しかし今は任務の最中だ。
 とはいえ、師匠と崇める太老がミナギと同じような事をやっているとは、タツミとユキノの二人は知る由も無かった。





異世界の伝道師 第218話『技術開示の真相』
作者 193






 聖地学院の学舎は中央庭園を挟み、東校舎と西校舎に分かれている。
 一段高い位置にある西校舎が上級生が使う施設。そして東校舎が下級生達が使用する施設となっていた。
 マリア達の通うクラスがあるのも、この東校舎だ。

 そして王侯貴族だけが座る事を許されている席の後、教室の最上段の奥には王族だけが使用できる特別な部屋が備えられている。
 主には食堂や歓談室として使われるその場所で、剣士とセレス。それにクラスの女生徒達が集まり、一緒に昼食を取っていた。

「昼食の前に、私の方から皆さんにお話があります」

 緊張した様子で眉一つ動かさず、黙ってマリアの話に耳を傾けている女生徒達。
 学院の初日にまさかマリアから昼食に誘われると考えていなかった生徒達は、極度の緊張状態に包まれていた。
 その原因となったのが、一番奥の上座に腰掛けているマリアの左右の席に座っている剣士とセレスの二人だ。

「先程、話を聞かれてしまいましたから正直に告白しますが、こちらに居られる剣士さんはお兄様……正木太老さんの親類にあたる方です」

 マリアがそう説明すると、女生徒達の方から『やはり』と言った感じで驚きの声が上がる。
 剣士が『マサキ』の姓を名乗った時から、もしかしたらと考えていた生徒も少なく無かった。
 それにセレスが太老の関係者だという話は、既に学院中の噂となっている。
 剣士とセレスが仲良さげに話をしている理由も、マリアの説明であれば合点の行く話だった。

「セレスさんは剣士さんの大切なお友達。ここまで話せば事情を察して頂けるかと思いますが、お二人は私にとって大切な友人です」

 マリアの言葉に、女生徒達は複雑な表情を浮かべる。ここに通された本当の理由に、彼女達は気付いていたからだ。
 優しく丁寧な言葉で取り繕っているが、マリアが言っているのは警告と同じだ。
 剣士やセレスに何かあれば自分が黙っていない、と釘を刺しているのだと彼女達は察した。
 だがそれは同時に、マリアの『大切な友人』という言葉を裏付ける証明でもあった。

「それに剣士さんは太老さんと幼少の頃より一緒に育ち、太老さんが弟のように大切にされている御方。私にとって家族も同然の大切な人です。ですから、余り騒ぎを大きくしたくはありません。それは太老さんの願いでもあります」

 その上、太老の名前をだされては、女生徒達もマリアの言葉に素直に従うしかなかった。
 ハヴォニワの王女ばかりか、ハヴォニワの英雄であり黄金機師とまで呼ばれている男性聖機師を敵に回そうと考える生徒は少ない。それは仮に男子生徒であっても同じだ。
 彼女達からしてみれば王侯貴族の言葉に逆らえるはずもなく、将来の事を考えた場合、マリアとの関係もそうだが太老に嫌われたり敵に回すのは一番避けたい展開だった。

 聖機師の卵とはいっても下級生の彼女達は、『準聖機師』と呼ばれる学院の生徒の中でも一番身分の低い立場に居る。
 聖機師は確かに資質と実力こそ物をいう世界ではあるが、誰もが優れた資質を持っていると言う訳ではない。
 尻尾付き――と呼ばれる高い耐久持続力を持つ一流の聖機師は、学院の大半を占める女性聖機師の中でさえ極一部に過ぎず、その数は貴重な男性聖機師よりも更に少ない。こればかりは先天的な資質を要求されるもののため、鍛錬などで強化できるものではなかった。

 故に、そうした資質を持たない生徒は操縦技術と言った後天的に習得が可能なもので周囲との差をつけるしかない。
 だが、幾ら実力社会と言われる聖機師の世界であっても、権力やコネが全く関係していない訳ではなかった。
 先に挙げたような特別優れた資質があるのなら話は別だが、そうでない場合はそうしたコネがあった方が将来有利なのは確かだ。
 例えハヴォニワの聖機師に採用されなくても、太老やマリアとの関係を持ちたいと考えている生徒は少なく無い。
 そうした事もあって、ここでマリアに悪い印象を抱かれる事は、彼女達にとって余り得策とは言えない選択肢だった。

「はい。マリア様」
「お二人の事は絶対に口外しません」

 納得の行かない感情を抱きながらも、彼女達の取るべき道は一つしかない。
 暗い影を落とし、マリアの話を聞いて順に頷いていく女生徒達。偶然あの話を聞いてしまった時点で、自分達に選択肢は無い事を彼女達は悟っていた。
 だがマリアは、そんな女生徒達の言葉を聞いて首を横に振る。
 ここに呼ばれたのも口封じが主な理由――そう考えていた女生徒達の言葉を、マリアは思いもよらない話で遮ったのだ。

「私が皆さんにお願いしたいのは二人の事を内緒にして欲しい、と言う事ではありません」

 事情が呑み込めず、訝しげな表情を浮かべる女生徒達。
 ここまでの話の流れから、口封じで無ければなんなのか?
 他に理由が思い当たらず、マリアが何を言いたいのか分からない生徒達は困惑する。
 権力者であれば、一言命令すれば良いだけの話だ。それが貴族社会の常識。それをマリアは生徒達に『お願い』と言った。

「彼の家名からも推察できるように、いつまでも隠し事が出来るとは考えていません。ですから、皆さんには私の言った事、そして太老さんの意思を他の生徒達にも伝えて欲しいのです。その上で出来れば、クラスメイトとしてお二人の事を助けてあげてください」

 今やこの世界で、『マサキ』の姓は多大な影響力を持つ家名として周囲に認知されている。
 そんな中でマサキの姓を名乗ると言う事は、太老との関係を疑わせるのに十分な説得力があった。
 ここで口止めをしたとしても、何れは学院中の生徒達に知られる。それならば、大きな騒ぎになる前に手を打っておこうとマリアは考えた。
 噂が広まるのを食い止められないのであれば、カレンがやったように情報をコントロールすれば良いと考えたのだ。

 ハヴォニワの王女と黄金機師の大切な家族であり友人であると言う事を伝えておけば、確かに注目はされるだろうが酷い目に遭わされるような事は無い。
 既にセレスに至っては太老の関係者であると、学院中の生徒達に認識されてしまっている。
 その事を考えれば噂の進行を食い止めるよりも、状況を利用した方が得策だとマリアは考えた。

「今はクラスを同じくする生徒同士。協力し合い、楽しい学院生活にしましょう」

 それにクラスの女生徒達が協力して動いてくれれば、剣士とセレスの良い壁役になる。
 女生徒達の方もマリア公認で剣士とセレスに近付ける上に、二人のクラスメイトという他の女生徒達にはない大きなアドバンテージを得る事が出来る。
 王侯貴族であれば、一般の女生徒との立場差は明確。一言命令すれば良いだけの話だ。だが、敢えてマリアはそうしなかった。
 命令や脅迫というカタチではなくお願いとする事で、マリアは女生徒達との間に利害の一致を求めたのだ。
 強制する事では真の協力は得られない。こうした交渉の上手さはフローラ譲りだった。


   ◆


「マリア様、ありがとうございました」
「いえ、御礼を言われるほどの事ではありません。半分は私の撒いた種ですし……」
「……?」

 最後のボソッと呟いたマリアの言葉に首を傾げる剣士。
 結果的にはマリアのお陰で良い方向に向かっているのは確かだが、こうなった背景にはマリアも一枚噛んでいた。
 勿論、セレスが巻き込まれる事になった一番大きな原因を作ったのは太老だ。マリアだけが悪いと言う訳ではないが、だからと言って第三者を装えるほどマリアは薄情な人間ではない。
 剣士やセレスの件に関しては、少なからずマリアも責任を感じていた。

「ですが、私に出来るのはここまでです。後は剣士さん次第。大変かとは思いますが、無事に学院生活を過ごせるように祈っていますわ」
「ははは……」

 セレスだけに注目が向かなくなった事はよかったと考える剣士だったが、とてもマリアの言うように平穏無事な学院生活が送れるとは思えない。
 しかも、聖地(ここ)に太老が居ると言う事が、平穏とは程遠い環境に身を置いている何よりの証明でもあった。


   ◆


「初日から大変な騒ぎでしたね……」
『そこだけは同情するわ』

 ぐったりとした顔で、部屋に戻るなりベッドに倒れ込むユライト。ネイザイに同情されるほどにユライトは疲れきっていた。
 それと言うのも、太老が本格的に哲学科の生徒……もとい専属講師になったのが原因にあった。
 太老が哲学科の授業を行っているとの話を聞きつけた学院の教師や聖機工、更にはそれに興味を持った生徒達が集まり、ちょっとした騒ぎになったからだ。

 話はほんの少し前に遡る。いつもは教師を含めて十名たらずしかいない哲学科の工房に、今日に限って百を超す人が集まっていた。
 商会の技術力の高さは既に周知の事実となっている。下手をすれば、教会すら凌駕すると言われている知識と技術。
 教会や結界工房と並び称されるほどの知識を有する太老の講義を受けるチャンスと聞いて、少しでもそうした知識に興味のある者であれば黙っていられるはずもなかった。
 まさに異例とも言える状況。授業を放り出して教師と生徒が一緒になり、太老の講義に耳を傾けている姿がそこにはあった。

「ですが、どう言うつもりなのでしょう? 商会の技術を開示するなど……まして、この聖地で」
『聖地だから、とも考えられるわよ?』
「……なるほど。そういう事ですか」

 聖地だからというネイザイの言葉に合点が行った様子で頷くユライト。
 聖地は世界の雛型とも言うべき場所。教会の管理下にあるとはいえ、ここは教会本部も迂闊に手をだせない、各国の影響力が及ばない中立緩衝地帯だ。
 青い悪夢と呼ばれているシトレイユでの事件を切っ掛けに、これまで以上にハヴォニワと正木商会は教会から説明や技術の開示を求められていた。
 だが、当然そのような話に応じるハヴォニワではない。それは正木商会とて同じだ。
 しかしこのまま問題を放置すれば、教会やそれに属する国々との間に致命的な溝が生じるのは必然。最悪の場合、世界を二つに分けて戦争と言った事態に発展しかねない。
 世界中の国が見守る中、ハヴォニワと教会の緊張は高まるばかりだ。

「教会だけに技術を独占させないように、技術を平等に開示するのが狙いと言ったところですか」
『教会の要求に応じたとしても教会はその技術を管理するといった名目で、必ず独占しようと考えるでしょうからね』

 ネイザイの話は十分に考えられる予想の範囲内の出来事だった。教会の思想から行けば、必ずそうなるであろう事はユライトも分かっていた。
 そして恐らくはその開示された情報すら、ハヴォニワや正木商会にとっては取るに足らないものなのだとユライトは推測する。
 事実、タチコマに使われている技術の肝はタチコマ自体ではなく、商会が誇る新型動力炉『フェンリル』と次世代亜法演算器『MEMOL(メモル)』の方にある。
 タチコマに使われている技術は、この世界には無い貴重な技術ではあるが、それ自体はワウの開発している機工人と大きく変わる物ではなかった。
 精々、ロボットの事を学んだところで運用面での効率化と性能の向上が見込める程度の事。後は研究次第で、兵器の開発に役立つかもしれない、と言った程度の話だ。
 それも今すぐにどうこうと言う話ではない。実際に各国がその知識を利用して独自の開発に入るのには、まだ相当の時間を要する事になる。
 商会にしてみれば、このくらいの餌をばらまいたところで大きな損失にはならない、と言うのがユライトのだした結論だった。

 以前、剣士とカレンに盗まれた設計書もタチコマに関する資料が殆どだったが、水穂が放置した一番の理由はそこにあった。
 あの街自体、教会やそれに属する国への囮として作られた場所だ。盗まれて困る情報など、あそこには何一つ置かれていない。
 逆にある程度の情報を意図的に流し、連盟に属さない国の不信感と反発の声を抑え込む狙いがあるのだとユライトは考えた。

 各国の諸侯が集まる中で見せつけるように行われた亜法結界炉の停止騒ぎ。そして連盟の提案。更には今回の技術開示。
 だとすればシトレイユでの一件も、ここまでの事を想定して考えられた計画の一部だったのだと推測が立つ。
 教会もまさか、このようなカタチで正木商会が技術を公開するとは考えてもいなかったはずだ。
 世界のバランスを崩しかねない危険な技術を独占しているという名目でハヴォニワを批難していた教会だが、これでは商会が秘匿する技術を独占できないばかりか、半ば大義名分を失ったのと同じだ。下手をすれば、この技術開示を切っ掛けにハヴォニワになびく国も出て来る可能性がある。
 だからと言ってこの技術開示をやめさせれば、教会は各国に大きな不信感を抱かせる事になり、教会離れが加速化する可能性が高かった。

「やはり、彼は侮れませんね……」

 ユライトが太老のクラス担当になったのは、教会上層部に太老の監視を命じられたからだ。
 だが、逆にその教会が太老の手の平の上で踊らされているかと思うと、その大胆且つ狡猾な手口にユライトは恐れを抱かずにはいられなかった。





 ……TO BE CONTINUED



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