「……面目ない。まさか、外部からアクセスされるとはね」
「仕方ありません。ですが、彼等の仕業と言う証拠は無いのでしょう?」
「綺麗に消されて、足跡は残って無かったよ。代わりに――」
「これが残されていたのですね?」

 聖地の中央コンピューターに不正アクセスした何者かが残して行ったデータ。
 それは『冥土の試練』を受け、発狂して倒れていく男子生徒達の姿が記録された映像だった。
 ハンナから提出されたその映像の凄惨さに息を呑む学院長。何らかの精神攻撃と思われるが、映像だけでは判断が付かない。
 男子生徒達のした事は確かに許される事では無いが、これは余りに残酷と言える内容だった。

「どう思いますか? ハンナ」
「警告と考えるべきだろうね」
「やはり、そうですか……」

 一切の足跡を残さずに外部からアクセスするほどの技術を持つ相手が、このようなヘマをするとは思えない。
 考えられる事は一つしか無い。学院長とハンナは、これを太老からの警告と受け取った。しかし実際のところは、偶然に偶然が重なった結果だった。
 グレースのハッキングの最中に、シンシアがMEMOLを通じて割り込みを掛けたのが原因。意図的に起こされた情報流出ではない。
 しかし、学院長とハンナにその事を知る術は無かった。

「教師と生徒達には、私の方から注意を促しておきます」
「こっちも、それとなく気をつけておくよ」

 普段のグレースなら、このようなミスはしなかっただろう。
 しかし肝心なところで確認を怠ってしまうほどに、『冥土の試練』とシンシアの事で動揺していたのだ。
 だが、そんな事と知らない二人は、真剣にこの結果を受け取っていた。

「それとハンナ。ハッキングの対策ですが……」
「分かってるよ。重要なデータは全部、地下の独立サーバーの方だから心配は無いよ」
「結構。このデータは削除してください」
「いいのかい? 上に報告しなくて」

 ハンナの言う事は、教会に所属する者としては尤もな意見だった。
 それでも学院長は首を横に振ってハンナに答える。

「やめておきましょう。上層部が動けば、彼の思う壺です」
「このデータが餌だと?」
「ええ、手の内を明かし、教会を挑発しているのは明白です。その上で、恐らく私達は彼に試されているのでしょう」
「上に報告するかどうかで、私達の立場を見極めようとしてるって事かい? 全く、食えない坊やだね」

 この映像を見れば挑発に乗って、チャンスとばかりに教会の老人達は太老を追及してくるだろう。
 結果、事件当事者の召喚が行われれば、教会は完全に太老を敵に回す事になる。そうなってしまえば、お終いだ。
 関係者に手を出せば、彼がどれほど冷酷な対応をしてくるのか、この映像からも明らかだった。

「これまでの教会の対応を考えれば、彼が私達を信用できないのは当然の事ですからね」
「やれやれ、結局は上の尻拭いって事か……」
「それでも、今は少しでも彼の信用を得るのが先です」

 自分達は試されているのだと、学院長は考えた。
 そして、この事態を上手く乗り越えられるかどうかで、太老に信用してもらえるかどうか全てが決まると。
 教会の出方を見れば、学院の考えは明白。ここで上に報告すれば、学院は完全に正木太老を敵に回す事になる。学院長はその事を危惧していた。





異世界の伝道師 第226話『愛のカタチ』
作者 193






 カーテンの合間から朝日が差し込み、チュンチュンと小鳥のさえずりが庭から聞こえて来る。
 あの事件から一夜明け、今日は学院の休講日。剣士とセレスはマリアの寮で一夜を明かしていた。

「セレスくん、大丈夫?」
「うん……剣士くん」

 ずっと顔色の悪いセレスに、剣士は恋人のように付き添っていた。
 剣士が現場に到着した時には何もかも終わった後だった。
 男子生徒四人は気を失って倒れていて、セレスも顔を青ざめた姿で発見された。いつもと変わらない姿を見せていたのはシンシアだけだ。

「彼等は、その……どうなったの?」
「治療を受けて、もう寮に帰されたって話だけど」
「そうなんだ……。それじゃあ、命に別状は無いんだね。よかった……」

 幼馴染みを人質に脅され、酷い事をしようとした男子生徒達の心配をするセレス。
 お人好しな性格もあるのだろうが、アレ≠見てしまった事もセレスが彼等を心配する理由の一つとして大きかった。
 シンシアのタチコマに守られて直接的な被害からは難を逃れたとはいえ、セレスは目の前で男子生徒達が発狂して倒れていく姿を目の当たりにしていた。
 嫌な連中だったとは言っても、クラスメイトが目の前で悶え苦しむ姿を見て、何も感じないほどセレスは薄情な人間ではない。
 鼻水と涙で顔を塗らし、股から尿を垂れ流し、白目を剥いて口から泡を吹いて倒れた時には、死んでしまったのでは無いかと考えたくらいだ。
 当事者でなくてもトラウマになるような光景を見せられ、セレスが気に病むのも無理のない話だった。

(冥土の試練って……太老兄が前に作った『虎の穴』みたいなもんかな?)

 と、セレスの話を聞きながら考える剣士の予想はある意味で正しかった。
 違うのは、『虎の穴』が白眉鷲羽の罠を参考にしたものなら、『冥土の試練』は水穂の経験を元に作られた物だと言う事だ。
 単純に罠に特化した『虎の穴』と違い、『冥土の試練』は闘士を育成するための訓練プログラム≠ニ言っても良い。それも鬼姫の下で働けるほど、肉体的にも精神的にも優れた樹雷の闘士を作り出すためのプログラムだ。
 それというのも、水穂の考えているメイドと太老の考えているメイドでは認識に大きな隔たりがあった。
 マサキ卿メイド隊が色々な意味で最強のメイド部隊≠ニなっている背景には、水穂の偏った常識による影響が大きいと言えた。

 あちらの世界では、神木瀬戸樹雷の片腕として神木家情報部副官という大役を務め、『瀬戸の盾』などと呼ばれ恐れられている柾木水穂。そして鬼姫の私設部隊と言えば、銀河一の情報収集能力と戦闘力を兼ね備えたその道のエキスパートだ。
 鬼姫の私設部隊には『剣』と『盾』と呼ばれる二つの側面がある。所謂、戦闘と情報収集だ。

 ――『剣』と呼ばれる女官は、護衛や潜入を始めとする単独任務、白兵戦に特化した高い戦闘力と制圧能力を持つ
 ――『盾』と呼ばれる女官は、情報収集能力に長け、一個大隊規模の人員を手足のように操り人海戦術を得意とする

 水穂の考えている『冥土(メイド)』とは、一般的な侍従の事を指すのではなく、この『剣』や『盾』と呼ばれる鬼姫の女官≠フ事を意味していた。

 ちなみに『剣』や『盾』と呼ばれている凄腕の女官達で、『冥土の試練』に換算すると平均Aランクと言ったところだろうか?
 Sランクは水穂を参考にして作られたデータなので、攻略できる者はまず殆どいない。
 太老が遠慮したいと言っている一番の理由が、それだ。

「でも、セレスくんが無事で本当によかった」
「剣士くん……心配を掛けてごめん」

 友達のためにと思って取った行動だったが、結果的にシンシアに助けられ、剣士を心配させてしまった。
 シンシアが居なかったら、どうなっていたか分からない。男子生徒のようになっていたのは自分の方かもしれない。
 最初はやり過ぎでは無いかと考えたセレスだったが、助けられた自分にそれを言う資格は無いと分かっていた。

「僕は守られてばかりだ。こうして剣士くんに心配を掛けて……また迷惑を」

 頑張ろうと覚悟を決めても、本当に力が必要な時にその力が無いのでは意味がない。
 友達や幼馴染み一人守る事が出来ない。セレスはそれが情けなかった。

「それは違うよ。セレスくん」
「剣士くん?」
「俺は迷惑だなんて思ってない。多分、それは太老兄も同じだと思う」
「でも、僕は……結局、何も出来なくて……」
「友達を心配するのは当たり前の事だよ」

 剣士の『友達』という言葉を聞いて、涙をポロポロと流し始めるセレス。
 嬉しさと情けなさと色々な感情が混じり合って、自然と涙がこぼれ落ちる。

「ありがとう、剣士くん……」

 涙を流しながら、剣士に感謝するセレス。剣士はそんなセレスを見て、照れ臭そうに指で頬を掻く。

「それにセレスくんが自分の事を話してくれて、俺は嬉しかったんだ」
「それは……でも僕は結局、剣士くんに心配を掛けて太老さんに迷惑まで……。それにハヅキを危険に晒してしまった」

 今回の報復に彼等が動く可能性は十分にある。そうなれば、ハヅキの身は結局危険に晒されてしまう。
 セレスはそう考えたのだが、剣士はそんなセレスの考えを察していたかのように首を横に振って答えた。

「心配いらないよ。ハヅキさんの事なら」
「え?」

 剣士の心配いらないという言葉に、目を丸くして頭に疑問符を浮かべるセレス。

「商会で保護してくれるって、マリエルさんが――」
「剣士くん! それ、本当!?」
「うん。だから、大丈夫。何も心配はいらないよ」

 そうしてセレスを安心させようと、笑顔で答える剣士。
 しかしそんな剣士の考えとは裏腹に、セレスの表情は張り詰めていた緊張が一挙に解けたかのように、みるみる崩れていった。

「うっ、うううぅ……」
「セレスくん!?」
「うわああああ――っ!」

 剣士の胸で、廊下にまで聞こえそうな大きな声を上げ、泣き叫ぶセレス。

 ――ハヅキが無事だと知った喜び、何も出来なかった悔しさ、また助けられ事への感謝

 そして『友達』と呼び、心の底から心配して傍にいてくれた剣士の言葉が、セレスの胸を満たしていく。
 絶え間なくこぼれる涙と、溢れ出る想い。心の中で様々な感情が渦巻いていた。





【Side:太老】

 ドッと疲れが波のように押し寄せてくる。精神的に凄く疲れた。
 あの事件から一夜明け、今日は学院も休みの日だ。朝早くから誰も居ないリビングで、大人五人は詰めて座れる大きなソファーに全身を預け、久し振りの休日を堪能するかのように身体を休めていた。
 俺が自分の部屋ではなくこんなところで休んでいるのも、同じベッドでマリエルとシンシアが眠っていて微妙に部屋に居辛かったからだ。
 あんなところを誰かに目撃されたら、それこそ大騒ぎだ。こっそりと抜け出してくるのも一苦労だった。

「危なかった……。マリエルにあんな癖があるなんて」

 昨晩の事を思い出しながら、深いため息を漏らす。温かくて、柔らかい、生々しい感触がまだ腕に残っていた。
 シンシアだけならまだしもマリエルに、寝ている時に近くの物に抱きつく癖があるとは思ってもいなかった。
 一晩耐えきった俺の理性を褒めてやって欲しい。

 ――据え膳食わぬは男の恥だって? 隣にシンシアが居るんだぞ。そんな事、出来るか!

 一時の感情に流されて、そんな事をする気はない。第一、俺は仮とは言え、マリアとラシャラと婚約している立場だ。
 それでなくても結婚という流れに繋がりかねない行為は自重しないと、それこそ人生の墓場に直行しかねない。
 こうした一生を左右する大切な事は、じっくりと考えて決めたい。マリエルが嫌いと言う訳ではないが、内海や樹雷皇のようにはなりたくなかった。

「マリエルにどんな癖がありますの?」
「ああ、抱きつき癖がね。もう、一晩中ずっと抱きつかれてて本当に大変だっ……へ?」

 声がして後ろを振り返ると、そこには満面の笑顔を浮かべたマリアが立っていた。
 笑顔なのだが、どこか恐い。黒いオーラを身に纏っていて、有無をいわせぬ迫力がある。よく見ると額に血管マークが複数浮かび上がっているのが見えた。
 小さな身体からは想像も付かないほど大きなプレッシャーを放つマリアを見て、背中からブワッと大量の汗が噴き出してくる。
 こんな強大なプレッシャーを感じたのは、黒水穂の登場以来はじめての事だ。

「マリエルの抱き心地を、もっと詳しく聞かせて頂けませんか? お・に・い・さ・ま」
「ま、待て! マリア! さっきのは――」
「グレースに聞きました。昨晩、部屋にシンシアが戻らないのを不審に思って、お兄様の部屋を尋ねたらしいですわ。今朝早くから、侍従達の間で噂になってますわよ」

 言い訳しようにも完全に詰んでいる事に気付かされた。
 グレースの事をすっかり忘れていた。シンシアが部屋に戻らなかったら、そりゃ気になって当然だ。
 いや、ちょっと待て? 侍従達の間で噂になっているとマリアは言ったか?

「ちょっと待ってくれ。噂になってるって、まさか――」
「太老様! おめでとうございます!」

 と叫びながら、居間に姿を現したのはミツキだった。

「……えっと、ミツキさん?」
「あら? そんな他人行儀な……。『ママ』って甘えてくれても、私は全然構いませんのよ?」
「構います! ミツキさん、お兄様から離れてください!」

 ミツキに抱きつかれ困惑する俺。そんなミツキを引き離そうと必死のマリア。
 こうならないようにこっそりと部屋を抜け出してきたのに、一番心配していた最悪の事態に直面していた。

「マリエルは奥手だから心配していたのですが、母親としてこれで一安心です。ああ、マリア様ご安心ください」
「……安心?」
「側室に名を連ねるだけであの子は十分に幸せだと思いますし、別に愛人でも――」
「あ、愛人!?」

 心配した通り、ぶっ飛んだ話になっていた。
 反応に困る話題だ。マリエルの意思を無視して愛人とか、幾ら何でも話を飛躍し過ぎだろう!

「えっと、ミツキさん。俺とマリエルはそう言う関係じゃ……」
「まさか!? 一夜限りの遊びだったとでも?」
「そうなのですか!? お兄様! どういう事か、きっちりと説明して頂きますよ!」
「いや、説明も何も……シンシアも一緒だった訳で」
「まさか、シンシアにまで!?」
「ちょっと待て! マリア、凄い勘違いしてないか!?」

 その後も、噂の真偽を確かめようと次々に人が押し寄せ、全員の誤解を解くのに丸一日を費やす事となった。
 勿論、久し振りの休日をゆっくりしようと考えていた俺の計画が叶うことは無かった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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