正木太老は異世界人である。
 だが、その事実を知る者は少ない。ひょっとして? もしかして? と疑惑を抱く者は居るかも知れないが、異世界人召喚に関する手順やルールが邪魔をして推測の域を超えず、太老の正体を隠す要因となっていた。
 異世界人は例に漏れず、ダークエルフを上回る聖機師としての高い適性を持つ。
 一度に召喚できる異世界人は多くても数人が限度。一つの儀式場で一人しか呼び出せないのが難点ではあるが、その能力はそれを差し引いても十分過ぎるほどの価値があった。
 
 しかし召喚に必要な儀式には、幾つもの決められた手順と条件が必要となる。その条件の一つに星の配置が関係しており、最後に召喚が成功したのは今から半世紀近く前。次の召喚には少なくとも、まだ数十年の年月が必要とされていた。
 そう、今この時期に異世界人が召喚できるはずがない。
 だが、その条件に当て嵌まらない者が現れた。それが彼、正木太老とその関係者だ。
 異世界人は召喚によって呼び出されるモノ。それがこの世界の常識であり、一般的に知られている異世界人の境遇だ。
 だが、太老は召喚ではなく、あちらの世界から送り込まれた。
 歴史上、このような例は類を見ない。事情を知らない一般人が、太老を異世界人だと確信に至れない理由がそこにあった。

 嘗て、この世界にも異世界に人を送る技術は存在した。
 しかしそれは、大崩壊時代以降の混乱で失われ、今や人々の記憶からは薄れ去ってしまった幻の技術。
 だとすれば太老の居た世界は、少なくとも先史文明に匹敵する技術力を有しているということになる。だが、この世界に記録として伝わっている異世界の文化は、最新の記録でさえ、国家規模の計画で大変な労力をかけ、人を月に送るのが精一杯とされていた。
 異世界に人を送るどころか、異世界があることさえ知られていない。
 そんな世界の住人が、異世界に渡る手段を有しているなど信じられるはずもない。

 ――太老の正体が宇宙人だから

 と理由を知ってしまえば簡単ではあるが、そのようなことをこの世界の人達は知らない。
 桁外れの資質と実力。常人離れした発想力。結界工房や教会を凌駕する高度な技術力。
 太老の正体に疑いの目を向けるだけの要素があるのは事実だが、それを裏付けるだけの証拠が彼等にはなかった。

 それに太老の功績の数々を考えれば、正体など些細な問題でもあった。
 貴族の大粛正や聖武会の一件で敵に回すのは危険な人物として太老の名は知れ渡っている。
 同時に上手く付き合えば、世界最強の男性聖機師、大商会の代表、ハヴォニワの大貴族。これほど美味しい相手は他にいない。
 下手に藪をつついて蛇を出すような真似をするよりは、友好的な関係を築いた方が自分達の利益に繋がると考える者達も少なくなかった。
 実際、教会と関係の薄い小国や、新興勢力の商人達を中心に太老は高い支持を得ていた。
 だがその一方で、損をしている者達も数多く存在している。時代の流れについて行けず、既得権益にしがみつく貴族達や、これまで技術を独占し、その利益により甘い汁を吸い続けてきた教会の幹部達などが良い例だ。

「やはり奴は危険だ! 生徒会を掌握し、学院の運営にまで口を挟むなど!」
「だが、正木太老を学院に入れ、監視すると言ったのは我等だ。それを今更……」
「それはわかっている。しかし下手をすれば、このまま奴に聖地の実権を掌握されかねんぞ?」
「あの能力……やはり、奴は異世界人ではないのか?」
「しかし、どうやって? 星の配置に関係無く召喚が可能だとでも言う気か!?」
「だが、奴の正体には不明な点が多すぎる。何かを隠していることだけは確かだ」

 ここは教会本部。太老を危険視し快く思っていない者達が集まり、秘密の会合を行っていた。
 教会との繋がりが浅い国を取り込み勢力を拡大し続けているハヴォニワや、各国の諸侯の評価も高く、こうしている今も聖地学院で確固たる地位を示し、影響力を高めている正木太老への対策をどうするかで議論は紛糾していた。

「それにトリブル王宮機師が動いた。今は下手に動かない方が得策だろう」
「くっ! トリブル王め! まさか、我等を裏切るなど……」
「手を回したのは恐らくハヴォニワの女王だろう。我等への牽制のつもりなのだろうが」
「全く、小賢しい真似をしてくれたものだ」

 聖地に太老を閉じ込め監視するつもりが、聖地を内部から掌握され、逆に聖地を盾とされるとは彼等も思ってはいなかった。
 更にはトリブル王宮機師が太老についたことで益々行動が取り難くなり、太老の計画によって聖地が内部から変化していく状況を外から観察することしか出来ない現状に、彼等は苛立ちを募らせていた。

「今は静観するしかあるまい」

 議長の一言で場は鎮まるも、一同は悔しさから表情を歪めた。





異世界の伝道師 第240話『戦いの約束』
作者 193






【Side:太老】

 やあ、正木太老だ。俺は今、恐いお姉さんに捕まっていた。

「あの黄金卿に学院を案内して頂けるなんて、とても光栄ですわ」

 と言いながら腕を引っ張って、俺を連れ回す金髪の女性。
 彼女はモルガ。『狂戦士』や『戦闘狂』など、お近づきになりたく無い物騒な二つ名を幾つも持つ女性聖機師だ。

(俺、この手の女の人に振り回されてばっかだよな)

 はっきり言って、この手のタイプの女性とは相性が悪い。
 前生徒会長にして、トリブル王国から派遣されてきた王宮機師の部隊長。自他共に認める世界トップクラスの聖機師で実力は折り紙付きと言う話だが、性格に色々と難がある人物だそうだ。その悪癖はフローラに近いものがあると聞いて、不吉な者を感じずにはいられなかった。
 リチア曰く、モルガが生徒会長だった頃、役員の一人だったリチアは相当尻拭い……もといモルガの突拍子もない行動に苦労を強いられていたらしく、涙ながらに当時の事を語って聞かせてくれた。
 学院新聞で『モルガ襲来』の見出しが一面を飾ったことからも、そのことがよくわかる。

「ところでモルガさん」
「あら、『さん』付けなんて他人行儀な。太老様は私達のご主人様なのですから、遠慮なさらず『モルガ』と呼び捨てて頂いて構いませんのよ?」
「えっと、じゃあ……モルガ」
「はい。なんでしょうか?」

 こういうタイプの女性に下手に逆らうのは危険だ。基本的に初対面の……しかも年上の女性を呼び捨てにするのは気が引けるが、ややこしいことになるよりはずっといい。本人がその呼び方で納得しているなら、それが一番。軽くスルーに限る。
 それよりも問題は――

「黄金卿って何?」

 これが一番の問題だった。
 黄金卿って初耳なんですが? どこのジパングですか?
 まあ、確かに日本出身ではあるが、黄金とは縁もゆかりもない田舎育ちですから。
 黄金機師とか色々と噂されているのは知っているが、今までは普通に『正木卿』とか呼ばれていただけに納得が行かなかった。

「勿論、太老様のことですわ」
「どこで、そんな噂が……」
「皆さん噂されてましたわよ? トリブル王宮でも、この名をよく耳にしましたわ。黄金の聖機人を駆る世界最強の聖機師。聖武会の戦いも中継されていましたし、知らない方なんていらっしゃらないと思いますけど?」

 どうやら一般常識らしかった。
 黄金……成金のようで嫌な二つ名なんだが、どうやら決定事項らしい。
 人の噂も七十五日というが、話が誇張され広まっていくばかりで終息する気配がなかった。

「それよりも太老様。よろしければ、お近づきの印に私と一戦――」

 とモルガが何かを言い切る前に、モルガと同じトリブル王宮の機師服を身に纏った女性達が現れ、彼女の口を塞ぎ手足を拘束した。
 なんというか、素早く随分と慣れた動きだった。
 彼女達には見覚えがある。モルガと一緒に紹介されたトリブル王宮機師の人達だ。

「な、何をするのよ!?」
「それはこっちの台詞です! あれほどダメだと言ったじゃないですか!」
「そうは言っても、聖機師であるなら一度は戦ってみたいと思うのが……」
「思いません! 特にモルガ様の場合は試合≠カゃなく死合い≠ノなるので却下です!」

 これは助けられたと思っていいのだろうか?
 試合ではなく死合いと聞こえた気がするが、気の所為だと思いたい。
 護衛に殺される護衛対象。そんな洒落になってない状況は勘弁して欲しかった。
 戦えば勝てると思うけど、なんとなく嫌な予感がするんだよな。

「申し訳ありません、正木卿。きつく言い聞かせておきますので、どうか先程の話は聞かなかったことに……」

 モルガの代わりにペコペコと頭を下げる女性。
 こんなことがよくあるのか?
 なんとなくその姿が哀愁漂っているため、怒る気にはなれなかった。

「気にしてないから。モルガも本気じゃないと思うし」
「あら? 私は本気ですわよ? それとも、私程度では本気になるまでもないと?」
「え? いや、別にそう言う訳じゃ……」
「さすがは黄金卿ですわね。その自信、益々戦ってみたくなりましたわ」

 なんか、話の雲行きが怪しくなってきた。
 いや、ちゃんと話を聞いてください。挑発したつもりなんて全くないんです。

「そこまでじゃ!」

 とそんな中、颯爽と現れるラシャラ。
 先程まで木陰に隠れていたのか?
 髪と服には木の葉がくっついていて、なんとも締まらない格好をしていた。

「話は聞かせてもらった。しかし御主達にも立場というものがあろう。普通にやれば太老が勝つことは自明の理ではあるが、ここで私闘を演じれば結果の如何に関わらず、後で問題となることは必至じゃ」

 これは助けにきてくれたのか?
 俺が勝つのが自明の理とかいうのはともかく、モルガを説得してくれていることはわかる。
 だが、その程度のことで納得してくれるなら苦労はない。それを裏付けるように、ラシャラの話に黙って耳を傾けてはいるものの横槍を入れられ、モルガはムッと納得の行かない表情を浮かべていた。

「じゃが、このままではモルガも納得が行くまい。この件、我に預けよ」

 しかし、そのくらいはラシャラも空気を読み、妥協案を考えていたようだ。
 突然のラシャラの申し出に驚き、怪訝な表情を浮かべるモルガ。

「なーに、悪いようにはせん」

 口元を緩め、ニヤリと笑うラシャラ。嫌な予感しかしなかった。


   ◆


 何故、こうなった?

『生徒会主催・競武大会』

 別称――体育祭。来月行われる予定となっている学院の行事。
 全てが初めての試みとなる今回のイベント。発足はじめてとなる部活動の説明や勧誘をするオリエンテーションも、この催しと並行して行われる予定となっていた。
 既に活動をはじめている部も多く、俺がワウ達と作った『異世界文化研究会』も、このイベントに向けて準備を進めている真っ最中だ。
 で、そこで行われる予定となっている競技の一つに、武術大会というのがあった。

「太老様。頑張ってください!」
「武術大会楽しみにしています!」

 と、道行く生徒達に声を掛けられると、今更参加をなかったことにして欲しいとは言えない。
 使用するのは聖機人ではなく動甲冑。怪我をする心配は少ないとはいえ、正直余り気乗りがしない。この武術大会に俺は強制参加が決まっていた。

 ラシャラが言いだしたのは、武術大会での決着。
 本来であれば学院の生徒以外参加できない催しだが、この競技に限り一般参加ありという無差別ルールが適用された。
 言ってみれば、聖地で働く聖機師なら準聖機師に限らず、誰でも参加可能ということだ。
 理由付けとしては、聖武会の予行演習のような役割を持たせることで、実戦経験のない学院の生徒に正規の聖機師――実力者との戦いを経験させる狙いがあるとのことだ。
 だが、どうもそれは建て前。ラシャラがモルガと結託し、裏から手を回したらしかった。
 後でリチアから、「お力になれなくてすみません」と申し訳なさそうに頭を下げられたくらいだ。何があったかは察しが付く。

「はあ……。ラシャラちゃんを信じた俺がバカだった」

 ラシャラが関わった時点で、このくらいのことは予想して然るべきだった。

「なるようにしかならないか……」

 あれこれ考えたところでなるようにしかならない。
 来月頭からはじまる予選の事を考え、俺は大きなため息を漏らした。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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