パジャマパーティーから一夜明け、ハヅキはマリアとラシャラの協力を得て当初の目的であるセレスの仕事を見学できることになった。
 マリアやラシャラが二人の仲を応援する気になったのも、陰ながらセレスを応援したいというハヅキの心意気に感動したからだろう。
 当然、その気持ちに嘘はない。しかし今回に限って言えば、自分の目で噂の真実を確かめたいというハヅキの想いもあった。
 ハヅキの歓迎会と競武会の前夜祭、ようするに準備の打ち上げパーティーは夜からだ。生徒だけでなく職員も参加することを考え、パーティー会場は夜会などでも使用する学院の施設を使用させてもらうことになった。ダンスの授業や演劇・音楽などの発表会でも使用される大きなホールのため、広さとしても申し分ない。
 ただ、ハヅキは歓迎会のことを知らないし、セレスもまたハヅキの希望で彼女が学院を訪れていることを知らされていなかった。

「あの……セレスはいつもあんな風に、剣士さんとご一緒なんですか?」
「ええ、大体そうですわね」
「うむ、あの二人は仲が良いからな」

 仲良く協力してパーティーの準備を進める剣士とセレス。そんな二人の様子を観察している怪しい影があった。
 タチコマだ。そのなかにはハヅキとマリア、それにラシャラの三人が乗っていた。
 タチコマは人工知能を搭載しているが、中に人を乗せることも出来る。基本的には一人用のため三人乗るとかなり狭いが、マリアとラシャラはまだ子供だ。
 それにハヅキも小柄な体型とあって、どうにか三人で乗ることが出来た。

『アトデ天然オイル忘レナイデクダサイヨ』

 と念を押す銀色のタチコマ。グレースが聖地へ連れてきている彼女専用のタチコマだ。
 主人が工房に籠っているのをいいことに、天然オイルを交渉材料にマリアとラシャラの悪巧みに協力させられていた。
 というのも、迂闊に接近すればセレスはともかく剣士には気付かれてしまう。そこで光学迷彩で姿を隠し、更には離れた場所からタチコマに搭載された望遠レンズを使って監視することにしたのだ。
 普段は仲の悪いラシャラとマリアの二人だが、こういう時だけはピッタリと息が合っていた。

「ああ、あんなことまで!」

 野球部のマネージャーのように、剣士にタオルとドリンクを差し出すセレス。
 しかも、そのドリンクを回し飲みしているではないか。これにはハヅキも驚きを隠せない。
 仲良く会話の弾む二人を見て、ハヅキのなかに怒りや嫉妬にも似た黒い感情が沸き立つ。
 心の何処かではセレスを信じ、冗談であって欲しいと願っていただけに実際に目にした時のショックは大きかった。

「ここからだと会話が聞こえないのが難点ですわね」
「ふふふ、そのようなこともあろうかと! 今朝、セレスの服に発信機を付けておいたのじゃ!」

 驚くやら感心するやら余りに手際の良いラシャラに呆れるマリア。
 しかし、それはそれ。あの二人が何を話しているのか、気になるのはマリアも同じだった。
 ラシャラがスイッチを入れると、タチコマのスピーカーから二人の話し声が聞こえてくる。

『これで大体のところは終わりかな』
『そうだね。配膳なんかは侍従さん達がやってくれるそうだし、剣士くん』
『ん?』
『パーティーまで時間もあるし、先に汗を流しに行かない?』
『あー、そうだね。随分と汚れちゃったし、また背中の流し合いしようか。兄ちゃんとも昔よくやってたんだ』

 よくある会話の流れに期待していただけにガッカリするラシャラとマリア。
 しかしハヅキの反応は違っていた。今まで色々な噂話を耳にし、侍従達からそういう趣味の人達がいる話を聞かせられていただけに、ただの日常会話と流すことが出来ないでいた。
 今の会話の流れから察するに、剣士とセレスは一緒にお風呂に入りに行くことは間違いない。しかも『また』と言っていることから、以前にも同じようなことがあったということだ。
 ハヅキの妄想は斜め上に突き抜け、いかがわしい方向へと向かっていく。

「だ、ダメ――ッ!」
「ハヅキさん!?」
「な、なんじゃ!?」

 勢い余ってタチコマの操作レバーを前に倒すハヅキ。その瞬間、光学迷彩が解除される。
 三人を乗せたタチコマはパーティー会場へと突っ込んで行った。





異世界の伝道師 第248話『セレスの覚悟』
作者 193






【Side:太老】

 明日から始まる競武大会の最終確認をリチアと生徒会室で行い、準備の打ち上げ会場に足を運んでみれば何やら騒がしいことになっていた。
 野次馬が群がっていてよく見えないので近付いて見ると、制服姿のドールを発見する。
 チキンやポテトなど、パーティーで出される料理を乗せた皿を手に持っていた。

「その料理……また、つまみ食いか?」
「失礼ね。これは正当な報酬よ」
「ってことは珍しいな。準備を手伝ってたのか」
「ううん。見てただけ」
「それは手伝ったとは言えないんじゃ……」
「生徒が怪我をしないように監督するのが私の仕事よ」

 それは教師の仕事じゃ――と言おうとして諦めた。
 まあ、こうして行事に参加する気になっただけマシか。学院の方にも余り顔を出していないみたいだしな。
 午後からは他に仕事があるからと、特例で午前だけの授業で免除してもらっているそうだ。
 学院の授業は基本的に午前が座学、午後は剣や動甲冑を用いた実戦的な授業がメインとなる。聖機師でないドールは、そう言う意味では午後の授業に参加する必要性が薄い。
 剣術や武術ならともかく、聖機人の動かし方なんて覚えても聖機師でない限り意味はないしな。

「で、その監督ついでに教えて欲しいんだが、何があったんだ?」
「銀色のタチコマが会場に突っ込んできたのよ」
「……銀色のタチコマ?」

 それってグレースの専用機だよな? 激しく嫌な予感しかしないんだが……。
 グレースの奴、昨日から工房に引き籠もってると思ったら何をやってるんだ。
 昨晩は大変だった。結局、朝までマリア達のパジャマパーティーに付き合わされたからな。
 え、羨ましいって? 聞きたくもないガールズトークを横で延々と聞かされる身にもなってくれ。
 誰が持ち込んだのか、知らずに酒を飲んだハヅキには絡まれるわ、マリアとラシャラは対抗心を燃やして甘えてくるわ、マリエルは先に眠ってしまったシンシアを連れてさっさと退散するわで、これでも羨ましいという奴がいたら代わってやりたいくらいだ。
 そう言えば、朝起きたらいなくなってたんだよな。あの三人。
 食堂にもいなかったし、どこに行ったのやら……って、あそこで正座してるのって。

「二人して何やってるんだ?」
「お、お兄様、助けてください!」
「た、太老、我を助けてくれ!」

 涙目で助けを求めてくるマリアとラシャラを前に、なんのこっちゃと近くにいたマリエルに説明を求める。

「お二人がハヅキさんをそそのかしてタチコマを暴走させたらしく、会場はこの有様で……」

 そう言われて被害に遭った場所を見渡すと確かに酷かった。
 折角、準備したテーブルや椅子は壊れ、料理や草花も散らばっている。これはマリエルが怒るのも無理はないな……。
 てっきりグレースの仕業かと思っていたら、この二人だったのか。大方、天然オイルでタチコマを釣ったんだろう。

「いえ、タチコマを操縦したのはハヅキさんで……」
「うむ、我等ではないぞ!」
「見苦しい真似はお止めください。ハヅキさんにも然るべき罰を後で受けて頂きますが、原因を作ったのはお二人で間違いありませんよね? このことはマーヤ様と本国のフローラ様に報告済みです。後で厳しい処罰があるものとお覚悟ください」

 すまん、助けてやれそうにない。本気で怒ったマリエルは俺でも恐いんだ。
 それに話を聞く限り、悪いのはマリアとラシャラだしな。庇ってやりたくても、それは出来ない。
 まあ、最近は少し暴走気味だったし良い薬になるだろう。そういえば、ハヅキはどこに?

「手紙のこともそう! 剣士、剣士、剣士! 剣士さんのことばかり!」
「友達のことを手紙に書くことの何がいけないのさ!」
「……友達なら一緒にお風呂に入るの?」
「確かに仕事や稽古の後とかよく一緒にお風呂に入っているけど、男同士なんだしそれの何がいけないのさ」
「それじゃあ、一緒に御飯を食べたり寝るのが普通なの?」
「昼食はほとんど毎日一緒だけど、寝るのはたまにかな? 仕事が夜遅くまで続いた時とか、後は剣士くんのところに泊めてもらったりとか? そんなの普通じゃないか、ハヅキが何を怒っているのかわからないよ」

 何やらセレスと痴話喧嘩をしていた。
 周囲の注目をこれでもかと言うくらいに集めている。女生徒の間からは、

「きっとあれは身分差を超えた恋ですわね」
「では、メイドとのただらなぬ恋!?」
「痴情のもつれが原因ね」
「まさか、剣士さんを取り合っての三角関係!?」
「さすがはセレス様。太老様が目を付けられた男性聖機師だけのことはありますわね」
「ううん、でもセレス様と剣士くんならアリかも」

 と、ひそひそ話が聞こえてくる。
 目立っているぞ、と言ってやりたいが、あのなかに入って行く勇気は俺にはなかった。
 これで俺が入っていけば、火に油を注ぐようなもんだ。正直、衆目に晒されるのは回避したい。

「いいもん! それが普通だっていうのなら、私だって、私だって――」

 何やら感情的になっている様子でハヅキは涙をボロボロと流し、

「昨晩はマリア様のところで、太老様と閨を共にしたんだから!」

 会場に響き渡るような大声で、そう叫んだ。その時、カチリと時が凍り付いた音がした。


   ◆


「随分と焦燥しきってるけど大丈夫か?」
「お兄様こそ、随分と面倒なことに巻き込まれているご様子ですが……」

 あの後、マリエルにこってりと絞られたのだろう。
 疲れきった様子のマリアに半眼でジーッと睨まれ、俺はため息を漏らす。

「何もなかったことはマリアだって知ってるだろう?」
「ええ、まあ……。あの時はラシャラさんもご一緒でしたし……」
「なんで、こうなったんだろうな……」

 あの後、すぐにマリアとラシャラが自分達も一緒だったことを証言してくれたのだが、どう言う訳か誤解は解けるどころか曲解されて伝わったようで――

「お訊きになりました? あの話」
「ええ、ええ、聞きましたとも!」
「太老様と」
「マリア様と」
「ラシャラ様」
「それにメイドも加えて、一夜を共にされたとか」
「それって、やっぱり……」
『きゃあ――っ!』

 女生徒達の黄色い声が会場に響く。噂話なら、もっと聞こえないように静かにやって欲しい。話の内容が内容だけに、俺は頭を抱えるしかなかった。
 どうしてこうなった。まさに、そんな状況だ。

「まあ、ここに通う女生徒は良いところのお嬢様がほとんどだしね。皆、この手の話には飢えてるのさ」

 料理を盛った皿を手に声を掛けてきたのは、動きやすいグレーのパンツスーツに身を包んだランだった。
 胸はないが、例えるならスラリとしたスレンダー体質なので見栄えがする。
 こうしてみれば、女性職員や女生徒からの人気が高いというのも頷ける話だった。

「他人事だと思って……」
「さっさと諦めな。別に放置したって困るような噂でもないだろう? 二人とは実際に婚約してるわけだし」
「ハヅキちゃんも、そこに入っているわけだが……」
「それこそ、今更じゃないか。これだけメイドを囲んでおいてよく言うよ」

 別に好きで囲んでいるわけじゃないんだが……。だが、確かにランの言っていることにも一理あった。
 人の噂も七十五日にと言うしな。ここで下手に騒ぎ立てるよりは噂が鎮まるのを待つのが賢明だろう。
 問題はセレスとハヅキのことだ。

「どうしたもんかな……」
「セレスとハヅキのことか? それこそ、当人同士の問題だと思うけどね」
「ハヅキちゃんのことを気に掛けてるように思ってたんだが、随分と薄情だな」
「それとこれは別。他人の色恋沙汰に首を突っ込むほど、あたしは無粋じゃないよ」

 そんなもんかな? でも、ランの言わんとしていることはわかった。
 ようするに、夫婦喧嘩は犬も食わぬって奴だ。他人の色恋に首を突っ込んでも碌なことはない。
 以前、どこぞの夫婦の喧嘩に巻き込まれ、決闘騒ぎにまで発展したことを思い出した。
 確かにあんな面倒なことは二度とごめんだ。

「ご立派ですこと。ご自分の感情には素直になれない様子ですけど」
「何か言ったかい? お姫様」
「いえいえ、何も。でも、お節介ついでに言わせてもらえば、尽くしても行動に出なければ本当に欲しいものは手に入りませんわよ」

 何やら、俺の目の前で腹黒い会話をする二人。ただでさえ精神的に参っているのに、俺の前で喧嘩はやめて欲しい。
 マリアなりにランのことを心配しているのだろうが……もしかして、ランにも好きな相手が?
 ううん、想像が出来ないが、それならそれで応援してやらないとな。心に留め置いておこう。

「あ、あの!」
「ん?」

 突然、声を掛けられて振り向くと、そこにはセレスが立っていた。
 身体を小刻みに震わせて、何やら緊張している様子が見て取れる。
 あれ、このパターンって以前にもどこかで?

「ぼ、僕と……ハヅキを賭けて戦ってください!」

 真剣な表情でセレスに決闘を申し込まれ、俺は一瞬思考が停止する。
 どうしてこうなった――そんな波乱に満ちた競武大会が、明日から始まろうとしていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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