グウィンデルは貿易の盛んな国だ。他国との貿易で取り扱われる商品は様々で、豊かな自然を活かした豊富な山と海の幸に農耕にも力を入れていてグウィンデルで収穫される野菜は評価が高い。それに鉱山で取れる鉱石や宝石は、国の経済を支える上で重要な資源となっていた。
 そんなグウィンデルの経済を陰から支えているのがゴールド商会だ。ここグウィンデルにおいては正木商会より、ゴールド商会の方が影響力が強い。この商会はレアメタルや宝石の取り引きから人材の斡旋まで幅広く事業を展開しており、国家の承認を得て傭兵として他国に聖機師を貸し出す仲介役も担っていた。
 カレンが剣士と共に聖地へと派遣されたのも、このゴールド商会が後押しをしたためだ。聖地の人材不足を利用して、そこにカレンを潜り込ませることは然程難しいことではなかった。

「ゴールド様! くっ、勘の鋭い。逃げたわね!」

 しかし、その話を耳にしたイザベル・クナイはゴールドの企みに気付き、彼女の邸宅へと押し掛けてきた。
 首の後ろで尻尾のように束ねられた燃えるような紅蓮の髪。年齢を感じさせない引き締まった身体に凛々しい顔立ち。
 彼女こそ、キャイア・フランの母。二人いるゴールドの護衛機師の一人だった。

「この手際の良さ、セバスチャンね。だとしたら……」

 ゴールドの協力者を割り出し、直ぐ様イザベルは行動に出る。亜法通信機を使って誰かに連絡を取るが、

『ただいま留守にしております。ご用件のある方は――イザベルに丸投げよろしく!』

 イザベルは壊れるくらいの勢いで通信機を地面に叩き付けた。
 通信相手はカルメン・カルーザ。ゴールドのもう一人の護衛機師にして、ダグマイアの生みの親だ。
 息子よりゴールドとの関係を取り、故国を捨てた彼女のことだ。恐らくは今回の件に、彼女も加担しているはずとイザベルは考える。
 イザベルがこの件に気付くのが遅れたのは聖機師としての腕を買われ、傭兵として山賊被害に悩む他国の応援に出掛けていたからだ。
 それと言うのもハヴォニワやシトレイユでの活動を厳しく制限された山賊達が、聖機人の配備の少ない国を狙って組織だって襲うといった行動に出たからだった。
 背後には山賊ギルドが関与している可能性が高いことから、腕利きの聖機師ということでイザベルが派遣されたのだ。
 しかし今になって思えば、イザベルに話がきたのもゴールドの仕業であった可能性が高い。彼女が国を離れている隙に計画を実行する手はずだったのだろう。

「フフフ、そちらがそのつもりなら私にだって考えがありますから」

 この上なく不気味な笑みを浮かべるイザベル。ゴールドが警戒するくらい、彼女はゴールドにとって天敵とも言える相手だった。
 ゴールドがグウィンデルの影の支配者なら、イザベルは国民に慕われる英雄的な存在だ。
 ぶっちゃけて言えば、国内の人気はイザベルの方が遥かに高い。それだけに普段は恐怖で抑えつけられゴールドに従順な者達も、イザベルが後ろ盾に付けば反旗を翻す可能性がある。特に彼女は才能にあぐらを掻かない勤勉な性格をしていることもあって、国に仕える聖機師達からは尊敬の眼差しを送られている。それだけに自身の護衛機師でありながら、イザベルのことをゴールドは恐れていた。
 正直ゴールドがイザベルを護衛機師としているのも、シトレイユから一緒の仲だからとか昔馴染みを贔屓しているわけではなく、目の届かないところで何かをされるよりは手元に置いて監視しておきたいからだ。
 それに故国を去る際、

『ゴールド様の首を持って行けば、メザイアちゃんとキャイアちゃんを返してくれるかしら?』

 と真顔で言ったイザベルに、真っ青な顔をしてゴールドが泣きついたという話があるくらい、ゴールドは彼女のことを恐れていた。
 だから、こんな手の込んだ真似をしたのだろう。
 それに娘を大切に思う気持ちに偽りはなく、そんなイザベルだからこそ彼≠気に入ったとも言える。

「剣士ちゃんまで私から引き離そうだなんて……フフッ、本当に困った御方ね」

 舞台の裏側でゴールドとイザベルの激しい攻防が始まろうとしていた。





異世界の伝道師 第249話『競武大会・開幕』
作者 193






【Side:太老】

「リチア・ポ・チーナの名において、競武大会の開催を宣言します!」

 生徒会長のリチアの宣誓で始まった競武大会。目玉は動甲冑を用いた武術大会だが、密かに障害物競争も注目を集めていた。
 シュリフォンの管理する森を経由し聖地をグルッと一周するコースで、ポイントごとの周回タイムを競うらしい。
 武術大会と違って体力に自信さえあれば誰でも参加可能な上、副賞も豪華とあって人気を集めていた。
 剣士はこれに出るらしい。聖機師じゃないしな。でも俺が乗れたんだから、剣士にだって適性はありそうなんだが……。
 まあ、本人にやる気がないのに俺が言うことでもない。それに剣士くらいは普通に生活をさせてやりたいと考えていた。
 聖機師として認められるのが幸せとは限らないことを、セレスの一件や自分自身のことで痛感したからだ。

「お兄様は障害物競走には参加されないのですか?」
「体力は温存しておきたいしね」

 武術大会は午前が予選、午後から本選となっている。
 俺はシード枠で本選からの出場が決まっているので、午前の障害物競走に出場できなくはないのだが、余りやる気が起きなかった。
 あの野生児のような剣士相手に体力勝負で勝てるとは思えないし、ぶっちゃけると面倒臭い。
 無駄な体力は消耗したくないし、こうして女子のブルマ姿を観賞しているだけで十分だ。
 それにシンシアとグレースの発表会が、障害物競走の時間に重なっているのが理由として大きかった。
 マリアと一緒にハヴォニワ名物の『にゃんにゃんダンス』を踊るらしい。これは是非とも見なくては!

「マリアは発表会だけで、競技には参加しないのか?」
「はい。私は余り運動が得意ではありませんので……」

 それもあるのだろうが、男性聖機師や王侯貴族に怪我をさせるわけにはいかないといった学院側の事情もあるのだろう。
 実際、武術大会に関しても男性聖機師を参加させる件で随分と揉めたそうだ。
 ただ、俺を参加させて他の男性聖機師を参加させないのでは不満の声が上がる。そこで怪我を負っても商会が責任を持って治療をするということで、学院側を説得したらしい。
 まあ、大方ラシャラが手を回したのだろう。競武大会を必ず成功させるって、かなり熱心に取り組んでいたしな。

「あれ? そう言えば、ラシャラちゃんは?」
「ラシャラさんですか? 大方、予想はつきますが……」

 そう言って、ため息を吐くマリア。でも、どこか楽しそうだった。

【Side out】





「ど、どういうことじゃ……これは!」
「武術大会はすべて太老様に集中していますね」
「障害物競走も剣士くんに票が集中しています」

 太老と剣士――その二人に、この大会の目玉とも言うべき競技の票が集中していた。
 アンジェラとヴァネッサの報告に頭を抱えるラシャラ。ブックメーカーのラシャラからすれば堪った話ではない。
 太老と剣士が優勝しなければ大儲けだが、あの二人が優勝をすれば大赤字間違いなしだ。

「武術大会は仕方ない……。しかし何故、太老は障害物競走に出ぬのじゃ!?」
「一応、お誘いはしたのですが、体力を温存したいからとお断りに」
「昨日のセレス様の件があるので、万全の状態で試合に臨まれたいのでは?」
「ぐっ……じゃが、太老ならそのくらいハンデには……」

 と言いながらも、太老が障害物競走に出場さえすれば体力の消耗などを考慮して、モルガの方にも票が流れるとラシャラは予想していた。
 それに障害物競走の方も、太老と剣士。この二人なら確実に票が割れると予想を立てていたのだ。
 しかし太老が障害物競走に参加しないことで、周囲は太老が武術大会のために体力を温存し、本気で試合に挑むつもりでいると誤解をした。
 その結果、武術大会の票はすべて太老へと集まり、太老の参加しなかった障害物競走は剣士の人間離れした体力を知る生徒や職員を中心に票が集まったと言う訳だ。
 こればっかりはラシャラも完全に予想外の事態だった。

「ぐぬぬ。どうすれば……このままでは大赤字じゃ」

 だからと言って、まさか太老に負けてくれと言えるはずもない。
 セレスとのことはラシャラも知っている。その原因の一端を担ったのが自分だと自覚していた。昨日は散々そのことでマーヤに絞られたばかりなのだ。
 あれほど武術大会に参加することを拒み、試合で見世物になることを嫌っていた太老が、万全の状態で試合に挑もうとするからには余程の事情があると考える。恐らくは聖機師として、セレスの覚悟に本気で応じるつもりなのだろうと皆は考えていた。
 そんな試合に負けてくれなどと言えるはずもない。セレスは予選からの出場だが、今の実力なら決勝に駒を進める可能性は高い。太老と当たる前に負けてしまえばそこまでだが、太老はセレスが勝ち上がってくると信じているに違いない。そうでなければ、試合に備えて体力を温存するなどと言った真似をするとは思えなかったからだ。
 その邪魔が出来るほど、ラシャラは愚かではなかった。
 幾ら金のためとはいえ、そんなことがバレたら周囲に責め立てられ、ラシャラは立場を終われかねない。最悪、婚約解消もありえる。

「ま、まだじゃ! 剣士が勝つと決まったわけではない! こうなったら――」

 先に試合のある剣士の方をどうにかすると息巻くラシャラ。しかし、この二時間後。彼女は涙を流すことになる。


   ◆


「剣士くん頑張って」
「うん、それよりセレスくんは大丈夫?」

 障害物競走のスタート地点となる黄金の闘技場に、セレスは剣士の応援のために出向いていた。
 セレスの方はというと順調に試合の駒を進め、あと二勝すれば本選に進むことが出来るところまで来ていた。
 予選を勝ち抜けば、組み合わせ次第ではすぐに太老と当たることになる。そう考えると――セレスは思わず武者震いをした。

「剣士くんから見て、僕に勝ち目はあると思う?」
「ううん……正直に言えば厳しいかな。太老兄(たろうにい)って勝負になると凄く強いから」
「やっぱり剣士くんよりも?」
「稽古なら五分だけど、本気の勝負になったら勝てないと思う。うちには凄く強い姉ちゃんがいるんだけど、その姉ちゃん達とも互角以上に戦ってたし、俺よりも強い兄ちゃんが太老兄には勝てないかもしれないって言ってたしな……」

 セレスも太老の強さは知っているつもりでいたが、やはり実際に太老と一緒に剣を学んできた剣士の言葉は重みが違っていた。
 太老が聖機師として凄い人物だというのは、セレスでなくても誰でも知っていることだ。
 高い亜法耐性を持ち、どんな攻撃も通用しない『黄金の聖機人』を操る最強の聖機師。でも、動甲冑なら機体の条件は同じだ。亜法耐性も関係ない。
 剣術や操縦技術で互角とまでは言わなくても、なんとか食らいつけないかとセレスは考えていたが、それも甘い考えだったと剣士の話から理解した。
 剣士と互角以上の剣の腕を持つ相手に、正面から挑んで勝てる自信は今のセレスにはない。どちらにせよ、この勝負は最初から無理があった。
 それでも、セレスは諦めることが出来なかったのだ。ハヅキのことを――

「何かの誤解だと思うんだけど……」
「それでも、ハヅキはあれから顔も合わせてくれないし……」

 ハヅキが何を怒っていたのか、今でもセレスにはわからない。でも、冷静になって思い起こして見ると、ハヅキには寂しい思いや苦労ばかりをかけていた。
 そんなことを思うとセレスは自分が情けなくて、惨めで……とても胸が苦しかった。
 ハヅキなら何も言わなくても、きっとわかってくれる。応援してくれている。そう思い込むことで自分を騙していたんだろうとセレスは思う。
 何も見えていなかったのだ。自分のことで精一杯で、ハヅキの抱えている問題や寂しさに気付いてあげることが出来なかった。
 これでは彼氏失格だ。ハヅキの恋人なんて胸を張って口に出来ない。セレスが太老に決闘を申し込んだのも、そんな想いからだった。

「セレスくんはどうしたいの?」
「僕は……太老さんに勝ちたい。そしてハヅキに成長したところを見て欲しい」
「なら、セレスくんの思うようにやればいいと思うよ。きっと上手くいくよ」

 剣士は勝てるとは言わなかった。その励ましの言葉が、今のセレスには少し辛く感じた。
 でも、剣士の言うとおりだとセレスは思う。元々、実力の差ははっきりとしている。なら、後は精一杯やるだけのことだ。
 勝てる勝てないじゃない、今の自分をハヅキに見てもらおう。それがセレスの決めた覚悟だった。

「ありがとう、精一杯頑張ってみるよ。剣士くんも頑張って」
「うん。目指せ、優勝!」

 この後、セレスはハヅキへの思いを胸に――本選へと駒を進めた。





 ……TO BE CONTINUED



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