――旗艦要塞バベル。
 空に浮かぶ城塞と呼んでも過言ではない圧倒的な存在感を放つその船に、果敢に立ち向かう一体の聖機人の姿があった。
 柾木剣士の駆る白い聖機人だ。
 洗練された動きでバベルの砲撃をものともせず、圧倒的なパワーと機動力で敵を寄せ付けない白い聖機人。
 尻尾付きとは言え、常識を無視した一騎当千の力を前に、バベルの兵士たちは少なくない焦りと困惑を見せる。

「なんなんだ! あの聖機人は!?」

 指揮官と思しき男の声がブリッジに響く。
 無理もない。突如現れた一体の聖機人の手によって、保たれていた均衡が一気に崩れ去ったのだ。
 モルガも確かに善戦していたが、数の不利を覆すほど圧倒的なものではなかった。
 あのまま戦闘を続けていれば、モルガの方が先に限界を向かえていたことは間違いない。しかし、白い聖機人は違う。
 僅か十五分ほどの攻防でバベルに搭載していた聖機人の半数が破壊され、バベルも少なくない被害を受けていた。
 本来であれば撤退を考えるレベルの被害だ。しかし――

(このようなこと、宰相閣下に報告できるはずもない!?)

 これだけの被害をだしておきながら何の戦果も上げることなく撤退するような真似をすれば、責任を負わされるのは彼だ。
 ましてやババルンが、そのような無能を生かしておくはずもない。
 このままでは身の破滅だ。だからと言って、白い聖機人を止められるほどの戦力はバベルにはない。
 何か、何か手はないかと男は思考を巡らせる。

「そうだ!」

 男の頭に過ぎったのは、山賊たちに命じて捕らえさせた人質のことだった。
 ババルンの指示で、リチアだけはバベルに移送していたのだ。

「人質を連れて来い! すぐにだ!」
「……はッ!」

 すぐにリチアを連れてくるように指揮官が命令すると、兵士は敬礼をして、その場を後にする。
 そして――

(本当に分かり易い男ね)

 ニヤリと口元を緩ませるのだった。





異世界の伝道師 第273話『白銀』
作者 193






(やっぱり、そうきたかあ……)

 バベルからの広域通信で「人質を助けたくば抵抗を止め、投降しろ」と呼び掛けられた剣士は不快げな表情を見せる。
 しかし焦りはなかった。リチアがバベルに捕らえられていると聞いた時から、こうなることは予想していたからだ。

(もう一押しってところかな?)

 動きを止めた白い聖機人を見て、勝利を確信したのだろう。
 捕らえようと向かってきた敵の聖機人の四肢を、剣士は手に持った剣を一閃することで切断する。
 これに驚いたのはバベルの指揮官だ。

『貴様、人質がどうなってもいいのか!?』

 焦りと怒りの入り混じった表情で叫ぶ男の声を無視して、剣士は再びバベルへの攻撃を再開するのだった。


  ◆


「くそッ! どういうつもりだ!?」

 憎々しげな表情でスクリーンに映し出された白い聖機人を睨み付け、指揮官の男は歯軋りする。
 リチアは教皇の孫娘だ。教会が交渉にすら応じず、彼女を見捨てるような真似をするとは思えない。
 だとするなら、あの白い聖機人は教会の所属ではない?
 しかし、だとしてもリチアを見捨ててバベルを墜とせば、教会との関係が悪化することは間違いない。
 どの国も教会に依存している現実を考えれば、そのような真似が出来る国など――

「まさか、ハヴォニワ……正木商会の聖機人か!?」

 ならば考えられないことはない、と指揮官は顔を青ざめる。
 明確に敵対していると言う訳ではないが、正木商会を擁するハヴォニワと教会が対立関係にあることは確かだ。
 そして正木商会の代表である正木太老は権力に屈しず、敵対する者には一切の容赦がない人物だと知られている。
 実際、山賊だけでなくシトレイユの貴族の多くも手痛い目に遭っている。
 彼の前任者もシトレイユで開かれた戴冠式の騒動の責任を負わされて、処罰の対象となっていた。

(くそッ! 一体どうすれば……)

 教会と対立関係にある以上、リチアを助ける理由が太老にはない。
 だとすれば人質を取って脅したとしても、白い聖機人が攻撃を止めることはないだろう。
 その上、厄介なのは白い聖機人だけではない。モルガの聖機人も依然として健在で、軍の被害は増すばかりだ。

「た、大変です!」
「今度はなんだ!?」
「人質が逃走したようです。それと別の部屋で気絶させられた兵士が発見されたと……」
「なに!?」


  ◆


 突然やってきた兵士に部屋をでるように命令され、リチアは素直に指示に従う。
 さすがにこの状況で抵抗をするほど、彼女は愚かではなかった。
 捕らえてバベルへ連れてこられたと言うことは、殺す気はないと言うことだ。人質としての価値が自分にあることは、リチア自身が一番よく知っている。
 それにババルンが何故このような暴挙にでたのかはわからないが、恐らくは教会との交渉のために自分は連れて来られたのだろうとリチアは予想していた。

(この揺れ、まだ外では戦闘が行われているみたいね……)

 戦闘が終わっていないと言うことは即ち、まだ聖地は占領されていないと言うことだ。
 リチアが大人しく人質になったのも、生徒たちが逃げる時間を稼ぐためだった。
 そのことを考えれば、少しでも戦いが長引いてくれた方がリチアにとっても都合が良い。
 欲を言えば、ババルン軍を撤退に追い込むことが出来れば言うことはないのだが――

(恐らくは勝てないでしょうね)

 時間を稼ぐことくらいは出来る。
 しかし聖地の戦力では、ババルン軍に勝てる可能性は低いとリチアは見ていた。
 本来であれば聖地は喫水外に囲まれているため、攻めるのに難しい難攻不落の地と知られている。
 そのため、配備されている聖機人の数は少なく、大国の軍と正面から渡り合えるほどの戦力は用意されていなかった。
 だが、どういう手段を用いたのかはわからないが、バベルが高地を越えて侵攻してきた時点で、聖地の優位は覆されている。
 不幸中の幸いはババルンの動きを警戒していたこともあって、学院の指揮系統が混乱することなく生徒・職員の避難が速やかに行われたことだろう。

(可能性があるとすれば……)

 ババルン軍を退ける唯一の可能性があるとすれば、正木商会の動き次第と言ったところだろうか?
 太老なら一人でも一国の軍隊と互角以上に戦えるとリチアは見ているが、そう簡単な話でもない。
 それほどの戦闘が起きれば、当然――

(彼の力は確かに強大でしょうけど、あれは言ってみれば諸刃の剣。どちらにせよ、聖地も無事では済まないでしょうし……)

 闘技場を消滅させた黄金の聖機人の力。
 あの力を用いれば、確かに勝利することは出来るだろうが聖地の被害も甚大なものとなる。
 どちらにせよ、太老が全力で戦うためには、生徒・職員の避難を最優先で行うしかないとリチアは考えていた。
 そのために生徒会もラシャラやマリアに協力して、もしもに備えて避難計画を推し進めていたのだ。
 しかし思ったよりも敵の動きが早く、逃げ遅れた生徒たちが敵の手に落ちると言った事態を招いてしまった。
 まさか正規軍だけでなく山賊のような者たちまで雇い入れ、聖地に潜伏させているとは思ってもいなかったからだ。

(ラピス……)

 一緒に捕らえられた職員や生徒たちのことも気掛かりだが、ラピスの安否をリチアは一番心配していた。
 どうにか山賊の隙を突いてラピスを逃がしたはいいが、彼女の性格から言って大人しく避難をしたとは思えない。

(無茶をしていなければいいのだけど……)

 大人しそうに見えて、ラピスには強情なところがあることをリチアはよく知っていた。
 ラピスの母もまた教会に所属する聖機師だったからだ。
 幼い頃からリチアと共に過ごし、従者となるべく育てられた少女。それがラピスだ。
 謂わば、マリアのところのユキネや、ラシャラのところのキャイアのような立場と言っていいだろう。
 そのため、職務に忠実で少し強情なところがあり、ラピスだけを逃がすのも苦労したのだ。
 従者としての務めを果たせなかったことを気に病み、ラピスが無茶なことをしでかしていないかどうかをリチアは心配していた。

「……ここまでくれば、もういいわね」
「え?」

 突然、兵士が立ち止まったかと思うと、男の口から女性の声が聞こえてきたことにリチアは驚く。
 リチアが連れて来られた場所。そこは聖機人のコクーンが陳列するバベルの格納庫だった。
 兵士の身体を白い光が包み込んだかと思えば――
 聖機師のパイロットスーツと思しき、金の刺繍が入った黒いレオタードに身を包んだ女性が姿を現す。

「カレン先生? それは一体……」
「ああ、これ? 闇雲に捜し回るの大変だから、兵士に姿を偽装して入れ替わっていたのよ」

 カレンと剣士が考えた作戦は簡単だった。
 白い聖機人が外で暴れれば、恐らく追い詰められた敵の指揮官は人質を使おうとするはず。
 あとは兵士に姿を変えたカレンが情報を集めつつ、何食わぬ顔でリチアを部屋の外へ連れ出し、騒ぎに乗じて奪取した聖機人でバベルを脱出すると言う計画だった。

「正直こんな手間を掛ける必要もなかったくらい簡単だったわ……」

 そう言って、肩をすくめるカレン。この世界の技術力で正体が見破られることはないと思っていたが、正直なところ拍子抜けもいいところだった。
 ユライトやババルンであれば、カレンの正体を見破れなくとも異変を察した可能性は高い。最低でも人質が奪われる危険を考慮し、兵士に警戒を促すくらいのことはしただろう。
 しかしバベルのなかを巡回する兵士を含め、誰もが外にばかり意識を向けて船内の警備はザルと言うほかなかった。
 バベルに潜入される可能性をまったく考慮していないのだろう。
 確かに戦闘の真っ只中で船へ近づくことは難しいだろうし、誰にも接近を気付かれずに空を飛ぶ船へ潜入するなど不可能に等しい。
 しかしカレンは特殊な技術で姿を偽装するだけでなく、タチコマのように光を屈折させ周囲の景色に溶け込むことで姿を消すことが出来る。
 白い聖機人に注意が向いている隙にバベルへ潜入する程度のことは、カレンにとってそう難しいことではなかった。

「それじゃあ、さっさと脱出しましょうか。こんなところに長居は無用よ」
「……はい」

 まだ納得は行っていない。聞きたいことがあると言った顔をしながらも、リチアはカレンの言葉に頷く。
 コクーンへと近付き、カレンが聖機人を起動しようとした、その時。

「そこで何をしている!!?」

 ようやくカレンたちに気付いた兵士が声を上げ、ぞろぞろと銃で武装した兵士たちが格納庫に集まってきた。

「あら? 見つかっちゃったみたいね」
「……カレン先生?」

 しかし、まったく慌てた様子のない軽いカレンの反応を見て、リチアは怪訝な表情を浮かべる。
 だが、その答えはこの場にいる誰もが、すぐに理解することになった。

「そこにいると危ないわよ」

 カレンとリチアを取り押さえようと兵士たちが距離を詰めた直後、爆発が起きたからだ。
 それは侵入の際、カレンがあらかじめ仕掛けていた爆薬だった。
 爆風に吹き飛ばされる兵士たち。そして船内に蔓延した煙が、後続の兵士の視界を防ぐ。
 その隙を突き、コクーンを起動させるとカレンはリチアを聖機人の手に載せ――

「尻尾付き!? それに、この聖機人は――」

 爆発で破壊されたバベルの隔壁から、一気に外へと飛び出した。
 驚きの余り、困惑の声を上げるリチア。
 カレンが十三年前にも聖地で臨時教員をしていたという話は、リチアも知っていた。
 だが、リチアの知るカレンと言う女性は卓越した才を持つ武人ではあったが、決して高い資質を持つ聖機師ではなかった。
 教会に残された資料には、彼女の乗る聖機人が尻尾付き≠ナあることを示すデータはない。ましてや――

「白銀の聖機人……カレン先生。あなたは一体?」

 カレンの聖機人は過去のデータによれば、青い聖機人だったはずだ。
 しかし、目の前に見えるのは――
 太陽の光に照らされ、虹色の輝きを放つ白銀≠フ聖機人の姿があった。



 ……TO BE CONTINUED



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