空を覆い、聖地を照らす光の翼。
 その神々しくも不可思議な現象に誰もが目を奪われていた、その時だった。
 空が白く染まったかと思った直後、光の中心より放たれた光線が一瞬にしてバベルを呑み込んだ。
 塵一つ残さず、この世から完全に消滅するバベル。
 光に触れた谷は砕け、山や森さえも蒸発し、聖地へと通ずる一筋の道を作り出す。

「剣士くん! 逃げるわよ!」

 その光景に息を呑み、真っ先に反応したのはカレンだった。
 白銀の聖機人の操縦席から大きな声を張り上げ、剣士に撤退を指示する。
 一撃で星を砕き、数百を超える大艦隊すらも寄せ付けない圧倒的な力を持つ――皇家の船。
 その〈皇家の船〉を最強たらしめる至高の盾にして究極の矛。

 ――光鷹翼。

 海賊やギャラクシーポリスの区別なく、星から星へと旅する宇宙の船乗りでその名を知らぬ者はいないだろう。
 皇家の船と出会ったら抵抗しようなどとは考えるな。逃げるか、降伏するか、選択肢は二つに一つしかない。
 そんな命の教訓とも言える船乗りの教えを知るだけに、カレンの対応は早かった。
 あの力の前には、聖機人など玩具に等しい。抗ったところで待ち受けているのは戦争≠ナはなく蹂躙≠セ。

「カレン先生、あれは一体……」
「喋らないで。舌を噛むわよ!」
「きゃっ!」

 一刻も早く光から遠ざかろうと、白銀の聖機人はリチアを抱えたまま全速力で聖地を離脱する。

「ちょっと! 逃げるって、どういうことですの!? ああ、もうッ!」

 説明を求めるも答えは返って来ず、困惑と憤りを隠せない様子で、剣士とカレンの後を追うモルガ。
 だが、空と大地を結ぶ一筋の光が聖地に降り注ぐと、

「カレンさん! 光が――」
「くッ!」

 眩い光が森を呑み込みながら剣士たちに迫り、世界を白く染め上げた。





異世界の伝道師 第276話『始まりと終わり』(第弐期/終)
作者 193






 ババルン軍による聖地侵攻から二週間。
 聖地を脱出したマリアたちは、国境に位置するハヴォニワの避暑地に一時身を置き、情報を集めていた。
 そしてここは、太老と彼女が出会った思い出の場所でもある。

「お兄様……」

 憂いに満ちた表情で溜め息を漏らすマリア。
 あれから、太老の消息は知れないままだ。
 わかっていることは、あの光に呑み込まれて学院は完全に消滅したと言うこと。
 ババルン軍も旗艦要塞バベルを失い、聖地への侵攻に割いた戦力の大半を失ったと思われる。
 しかしババルンの生死は不明。ガイアも敵の手に落ちた可能性が高いとなると、未だに警戒を解ける状態ではなかった。

 現在、教会が各国に協力を呼び掛けているが、情報が錯綜している現状では事態を収拾させるのにも時間が掛かるだろう。
 ガイアの件もそうだが、ババルン軍の正確な規模もまだ完全に把握しきれていない。
 用心深いババルンのことだ。聖地へ侵攻した戦力がすべてとは限らない。
 現在は身を潜めているようだが、状況から言ってババルンは生きている可能性が高いとマリアは考えていた。
 だが、あのような状況のなかでババルンが生きていると言うことは、太老も無事でいる可能性は高い。

 数多の功績を残し、世界最強の聖機師と噂される太老の実力は確かなものだ。
 教会はガイアの存在を恐れているようだが、太老がそのようなものにやられるとは微塵もマリアは思っていない。
 それは予感と言うよりは確信に近い。
 それに水穂が慌てていないことも、マリアが太老の生存を疑っていない理由として大きかった。

 現在、正木商会は水穂の指揮の下、国と協力して情報収集と事態の収拾にあたっている。
 ババルンの暴走が原因で大陸一の貿易大国であるシトレイユが混乱していることもあって、その煽りを各国も受けてはいるが、ハヴォニワには太老の行った農地開拓の成果もあって他国の支援を行っても余りあるほどの十分な食糧の貯えがある。現在は市場にそれを流すことで物資不足に陥ることなく経済の混乱は抑えられていた。
 いま思えば、これを見越して太老は準備を進めていたのかもしれないとマリアは考える。
 それにラシャラがシトレイユ入りしたと言う話ではあるし、来週早々には教会の呼び掛けによって集められた各国による対策会議が予定されている。
 一ヶ月もすれば、この一時的な混乱も収まるだろうとマリアは見ていた。

 問題はその後のことだ。
 敵もすぐには動けないだろうが、あのババルンがこのままで終わるとは思えない。
 あれほどの犠牲を払ってガイアを手に入れた以上、何かしらの目的があると考えるのが自然だ。
 そのことでハヴォニワ――いや、正確には正木商会に対して教会からも再三、情報の開示と協力要請がきていた。

「教会が必死になる気持ちもわからなくはないですけど……」

 執務室で教会から送られてたきた書簡に目を通しながら、マリアが呆れた様子で溜め息を漏らすのも無理はない。
 と言うのも、以前から聖地の防衛力については問題が指摘され、ハヴォニワからも常備軍の増強について提案がされていた。
 トリブル王宮機師を太老の護衛として聖地へ受け入れさせたのも、その一貫だ。
 なのにババルン軍の聖地への侵攻を許し、生徒たちを危険に晒した。聖地の防衛に絶対の自信を持っていた教会の面目は丸潰れと言っていい。
 この件については各国からも、教会の対応について疑問の声が上がっている。
 シトレイユの責任を徹底的に追及することで風向きを変えたい思惑があるようだが、正木商会の台頭によって人心が離れ、各国が教会との距離を少しずつ置き始めている現状においては上手く行っていないようだ。

「自業自得ですわね」

 確かにババルンの行為は許されることではないが、聖地にガイアが封印されていたことについて教会も説明責任を果たしていない。
 先史文明を崩壊に導いた破壊兵器――ガイア。
 そのようなものが聖地に封印されていると知っていれば、各国の対応も変わっていただろう。
 シトレイユを一方的に責めることも、正木商会が技術を独占していると非難することも教会は出来る立場にない。
 当然そこはフローラもわかって教会の要請をのらりくらりと躱し、各国への根回しを進めている。
 ゴールドも協力していると言う話なので、シトレイユだけが責任を取らされるといったことにはならないだろう。
 むしろ、あの二人を敵に回した教会に対し、マリアは少し同情をしているくらいだった。

 だからこそ、教会も焦っているのだろう。
 このままハヴォニワ主導で問題が解決されてしまえば、教会の求心力が大きく低下することになる。
 フローラの掲げる連合構想が現実味を帯び、教会が時代の流れに取り残されて行く可能性が高い。
 そんな未来が訪れるのを、教会は恐れていると言うことだ。

 教会の掲げる理念のすべてが嘘だとはマリアも思っていない。
 世界のために貢献してきた教会の功績は称えられるべきものだ。
 だが、どれだけ崇高な使命を持とうとも人間が関わる組織である以上、完全に腐敗から逃れることはない。
 だからこそ因習を断ち切り、時代に則した新たな役割を模索することが肝要だとマリアは考えていた。
 ハヴォニワやシトレイユのように、教会も変革を迫られていると言うことだ。
 だが凝り固まった常識や生き方を、簡単に捨て去れる人間は少ない。

「彼等の狙いは恐らく……」

 剣士とカレン。白い聖機人と白銀の聖機人を自分たちの管理下に置くことが、教会の狙いだとマリアは考える。
 事態を収拾させるために各国への協力を呼び掛けているのも、教会が主導権を握りたいがためだ。
 この要請を拒否すれば、正木商会を擁護するハヴォニワごと教会は糾弾するつもりでいることが窺える。
 太老は味方も多いが敵も多い。彼のことを快く思っていない国や組織は、これ幸いと教会に味方をするはずだ。
 最悪の場合、正木商会の共同管理と技術の開示などを迫ってくる流れも十分にあると、マリアは推察する。
 当然、フローラがそんなバカげた話を呑むはずもなく、大陸を二分した戦争へと発展しかねない問題だけに慎重に事を進める必要があった。

「……少なくとも会議に出席しないわけにはいきませんわね」

 フローラがハヴォニワを動けない以上、マリアが名代として会議に出席する必要がある。
 太老の代理として商会からも水穂が招かれており、一週間後に三国の境にある教会の本部で対策会議が開かれる予定となっていた。
 会議が荒れることは間違いない。こんな時に太老がいてくれれば、とマリアは考えるが――

「大丈夫。お兄様ならきっと……」

 太老のことだ。
 便りがないと言うことは、何か理由があってのことのはず。
 悲観に暮れるよりも前に為すべきことを――
 太老の帰りを待ちながら、マリアは密かに決意を固めるのだった。


  ◆


 ギリギリのところで離脱に成功した剣士たちは、あれからハヴォニワの首都にある正木商会本部で世話になっていた。
 正確には目立ち過ぎたこともあって、ほとぼりが冷めるまでの間、各国の干渉から距離を置くためだ。
 しかし当然、剣士とカレンのもとにも商会経由で教会からの招待状が送られてきていた。

「水穂様に聞いてみたら、剣士くんの好きにしていいそうよ」

 カレンの話を聞き、どうしたものかと腕を組んで唸る剣士。
 本音で言えば、余り面倒なことに関わりたくないと剣士は考えていた。
 しかし目立ってしまった以上、それも難しいだろうと思う。

「カレンさんはどうするつもりですか?」
「私? 取り敢えず、招待に応じるつもりよ。まだ御礼≠受け取ってないしね」

 御礼と言うのは、リチアを助けた件だと剣士は察する。
 それだけが理由ではないだろうが、カレンが半ば本気で言っているであろうことは剣士もわかっていた。
 カレンの実力なら万が一のことはないと思うが、やはり彼女一人に押しつけてしまうのは嫌だという感情が働く。

「……俺も行きます」
「いいの? 無理しなくても……」
「逃げてても解決しないと思うので」

 男の意地と言うのもあるが、柾木家の家訓には「自分のケツは自分で拭け」というのがある。
 リチアを助けると我が儘を言ったのは剣士自身だ。
 そのことでカレンや商会に迷惑を掛けることを、剣士はよしとする性格ではなかった。
 それに――

(太老兄が関わっている以上、このままで済むはずがないしな……)

 太老が行方不明と言う話は剣士も聞いているが、その点に関しては特に心配をしていなかった。
 むしろ、監視の目から外れた太老が何をするか予想が付かなくて怖いという思いの方が強い。
 上手く説明は出来ないが、まだ終わっていないという確信めいた予感が剣士にはあった。
 となると、主導権を握るとまではいかずとも、黙って状況に流されることだけは避けたい。
 被害を最小限……は無理かもしれないが、身近な人たちくらいは守りたいと剣士は心に決めていたからだ。

「剣士くんなら、そう言うと思ってたわ」

 剣士なら、そう答えるとわかっていたのだろう。
 だからこそ、カレンもゴールドとの約束を破って、白銀の聖機人を衆目に晒したのだ。
 だが、そんな状況さえも利用しようと奔走するゴールドのたくましさに、カレンは若干呆れていた。
 そうした主従の信頼関係があるからこそ、あとのことを気にすることなく力を使うことが出来たとも言えるのだが――

「それじゃあ、少し対策を話し合っておきましょうか」

 教会が戦力≠ニして自分たちを管理下に置こうと企んでいることくらいカレンにはわかっていた。
 剣士は確かに強いが、そうした駆け引きには疎いところがある。
 人の悪意などには敏感なようだが、簡単に騙されてしまいそうなくらいバカ正直なところが彼の長所であり弱点だ。
 実際、本人は隠しているつもりのようだが、表情を見れば何を考えているかくらいは想像が付く。
 そんな剣士を見て、

(『バルタ』の姓を持つ私が『柾木』の名を持つ少年を心配する日がくるなんてね)

 長く生きていると何があるかわからないものだと、カレンは苦笑するのだった。





【Side:太老】

「素晴らしい景色だな」

 青く輝く星を眺めながら、俺は感情の籠もっていない表情で心にもないことを呟く。
 宇宙船から星を眺めるのは初めてと言うわけじゃないけど、二年振りだしな。
 展開が余りに唐突過ぎて、状況を上手く呑み込めない。

「ですよね!」
「ああ……で、だ」

 俺の隣に立ち、にこにこと笑顔で相槌を打つゴスロリ衣装の少女。
 青い髪に、青い瞳。歳の頃は十歳前後と言ったところだろうか?
 いろいろと聞きたいことはあるのだが、まず最初に俺は確かめずにはいられないことがあった。

「お前、本当にあの零式≠ネのか?」
「ですよ?」

 この少女、第一声で俺のことを『お父様』と呼び、自分のことをこの船≠フ生体コンピューター『守蛇怪・零式』と名乗ったのだ。
 ――守蛇怪。それは樹雷の次期主力艦として開発された船で、『零式』は白眉鷲羽が改修したカスタム艦だ。
 以前、鬼姫の誘いで宇宙に上がった頃、僅かな期間ではあるが俺が乗っていた戦艦でもある。

(ううん、この子が守蛇怪の生体ユニットね……)

 どこからどう見ても人間の少女にしか見えない。
 信じがたい話だが、魎皇鬼や福という前例を知っている身としては、彼女が零式だという話を否定することが出来なかった。
 それに直感というか、本能というか、そうしたものが彼女が嘘を言っていないと訴えていた。
 なんとなくではあるが、彼女があの零式≠セと俺にはわかるのだ。
 まあ、それにこの宇宙空間に浮かぶ船……守蛇怪を見せられれば納得するしかない。
 それに――

「太老。お腹減ったから、そろそろご飯にしない?」
「めっちゃ、馴染んでるよな……」

 彼女の言葉を疑っていても話は進まない。
 まずは状況の把握。そして、これからどうするかだ。

「とはいえ、まずは腹ごしらえをするか」

 ドールに食事を催促され、俺は零式を伴って食堂へと移動するのだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED




あとがき

 第弐期はこれにて完結。次回から完結編となる第参期へと突入します。
 マリアたちが心配する中、太老は果たして何処に飛ばされたのか?
 そして聖地で何が起きたのか? 事の真相とは一体?
 太老の秘密を含めた謎が明らかとなる完結編をお待ちください!



【追記:2017/04/05】
 第参期の連載を開始しました。詳細はこちら



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